第13話 後宮
全員との挨拶が終わり…桃麗妃の所には結局行ってないが。とにかく全員との挨拶が終わりすることも無くなってのんびりと真桜と過ごすのも悪くはないが、夏霞妃に言われていたこともあり真桜に肉まんを渡して下女たちと食べてくるように言い渡して私は後宮を散歩する。
内壁を見れば高く、思えば良く降りてこれたなと自分を褒めてやりたい。
廊下を歩けば私一人で歩くのが新鮮で本当に久しぶりの自由を感じる。
私が侵入してきた経路は南西から南の壁を伝って東に位置するところまでこそこそしてたわけだと、明るい景色を改めて見ていく。
比較的中央にある食堂は大きく、それでいて後宮の食事をほぼ一手に担っている。
西の方には医務室があり、そこにお世話になる人もちらほらいるようだ。
気付けば北西付近まで歩いていくと梦慧が掃除しているところに出くわしてしまう。
「あ、小朱じゃないっすか」
「梦慧にもそう呼ばれるのか、別にいいけどさ。いつもの挨拶はいいの?」
「あれは夏霞様の前だけっすよ。それに公的な場所だとわっちもさすがに朱里姫と呼ぶので安心していいっすよ」
別に心配はしてないんだが。やけに気軽に話しかけてくるからそれには驚いた。
「真桜は一緒じゃないんすね?」
「今日は暇を与えておいたよ、いつも世話になってるしな。梦慧は掃除か、手伝おうか?」
「冗談はよしてほしいっす」
冗談なつもりじゃなかったが、楽しそうに断るので今の言葉が良い気分にさせたのだろう。
私が何かしてあげようとすると大体のことは冗談扱いされてしまうのは巫女だからか。
「それよりも夏霞様に会いに来たんすか?」
「いやぁ?後宮を適当にぶらついてるだけだよ、真桜にいつも案内させてもらってたけど自分でもどういう見取りしてるのか確認したくてな」
「良い心がけっすね、太陽邸にはもう行ったんすか?」
「行ってないけど?」
「あちゃぁ…本当に行かないんすね。わっちが言えることじゃないけど桃麗妃というよりかは太陽邸の侍女達とあんまし敵意を買うことは勧めないっすよ?」
それって私が行っても敵意を買うし、行かなくても敵意を買うってことか?面倒すぎるだろ、そんな怠いやつらよく従えられているな桃麗妃は。
「だっる」
「まぁ小朱はそう言うと思ったっす」
「あ、そういえば邪魔して悪かったな?あまり私と話してるのって良くないだろ?」
「夏霞様はそんなこと思う人じゃないっすよ。それにわっちは話しながらでも手を休めることはないんで」
顔はこちらへ向いてるが丁寧に廊下の手すりを綺麗にしていく。ただ夏霞妃も言ってたが北西だけでも結構な広さがあるのにそれをほぼ三人でやりくりしてるのは凄い。
侍女頭も合わせれば四人なんだろうが他と違って信用とかは大事なんだろうがそこまでしないと行けない生活は息苦しいだろうに。
「いまいち分かってないんだけど後宮って下女少ないの?」
「あぁ少ないっすね。下女は後宮にもいるっすけど後宮にいる下女は先代の巫女元侍女だった女官とか…食堂で小間働きしてるのがそうっすよ」
「だから服装が綺麗なのか?」
「っすね」
服装で侍女かどうか見分けようとしたとき小綺麗な服装の下女もいるから見分けつかないと思っていたが先代の元侍女だったとは。もう少し仲良くしておくべきだったか。
「それなら普通の下女って普段どこにいんの?」
「後宮から出た先に焔宮って場所があるんすよ、小朱も本来ならいけるはずっすよ?」
「そうなん?」
「役人の方も下女に炊事をさせたり、後宮を出た焔宮では色んな人がいるっすね。小朱が行ったことないのは東紅老師が心配してるからかもしれないっすね」
ここに来て男衆と会うことはほぼ事務的なことばかりだったから確かにどんな扱いなのかは不安なところだ。
多くの侍女達みたいに仮初の巫女というのを良く思わない連中がいたらと思うと面倒な気もする。
「あとは宦官とか珍しいけどいるっすよ?」
「なんだ?それも偉い人なのか?」
「あぁ…ようはあれっすよ、男だけど男じゃなくなった人っすね」
「……そんな奴もいるのか…」
「そんな暗い話じゃないっすよ!?刑罰とかでなる人もいるとは聞いたけど後宮に来る宦官は大抵忠誠から来るもんっす」
別に刑罰とかではなく、私みたいなやつがいるのかと思うと不憫に思ってしまっただけだが。
しかしそんな奴もいるのか。珍妙というか不思議なやつだな。
「例えば医官とかはそうっすね、医学知識のある女官なんて珍しいんで後宮の医官は宦官として派遣されてたりするっす」
「そこまでして忠誠を示す必要ってあるのか?」
「場所が場所っすからね。女官であったらそれはそれでどこかの派閥争いに巻き込まれますんで、公平な全員の侍女と言ってもいいっすよ。小朱もお世話になるときは気を遣わないで関わるといいっすよ」
梦慧は色んな事を知ってるのだな。それに話しながらだが少しずつ移動して掃除も手早く済ませていってる。
本当に気を遣ってないのか、私がいないと本当は仕事がもっと捗るのかは分からないにしても夏霞妃と茶を飲んでいた時はあまり話さなかったがこうして話してみれば話しやすい。
「色々知らねえことばっかだなぁ」
「知っても知らなくてもいいっすよ、みんな話すことが欲しいからそういう話題になってはしゃいでるだけなんで」
「随分と達観してるんだな梦慧は」
「涵佳や天楊も同じような考えっすね。夏霞様があえてそういう人を傍仕えにしてるんだとは思うっすけど、それもまぁ運が良かったというべきっすかね?」
人を見る目があるのだろう。それに内面をちゃんと分かった上で傍に置くか選んでいるというのも夏霞妃が言っていた処世術というやつだろうが、そこまでしなければいけないというのも酷な話しだ。
長居しすぎても悪いのでもうそろそろ散歩の続きをしようかなと思うと梦慧が笑顔を向けてくる。
「小朱は良い奴っすね!だらだら掃除するだけじゃなく話して楽しかったっすよ」
「それはこっちの台詞だなぁ?私も話しやすくて楽しかったよ、夏霞妃が許すなら暇になったとき飯でも食おうぜ」
「っすね。夏霞様が小朱を偵察して来いって言われたときは是非お願いするっす」
本当に偵察して来いとか言うのだろうか?最後に不穏なことを言われたがそのまま手を振って歩き去るが、途中振り返ると淡々と掃除の続きをしていて、つまらなそうに見えた。
毎日仕事こなすだけだと楽しくはないわなぁ…ただ夏霞妃が選んだということもあって仕事は出来ていてそういう性格を傍仕えにしているなら梦慧達本人としては給金が上がって満足なのかもしれないし私がとやかくできることではないだろう。
たまには真桜も一緒でもいいから話し相手になるようにしてあげたら楽しくしてやれるかもとは思うが。
むしろ私と話すより真桜と話してる方が楽しいのかもしれん。
梦慧達とは仲良くしてもらうように真桜に言っておこう。それに侍女同士なら掃除の手伝いも一緒にやったりと一人で行動するよりは楽しいだろう。
このまま進むとそれこそ夏霞妃の所まで行ってしまいそうなんで、東に進路を進めるが。それはそれで桃麗妃のとこに行ってしまうことになるし、桃麗妃の侍女と顔を合わせたら嫌な顔をされると思ったので中央に進むようにして行くと、食堂に着く。
先ほどまで梦慧と話していたこともあって先代の巫女の元侍女が気になって様子を見てみるが、全員楽し気に仕事している。
気付かれる前に自室に戻るが、覗いてみた感じ別に悲壮的なわけではない。
私に思うところがあるのかいきなり聞いても答えてはくれないだろうが、食事に何か盛られていたことはないし気にしてないのだとは思う。
逆に気にされていたとしても私は先代の巫女と繋がりなんてどこにもないから困るだけなんだが。
真桜も見当たらないし、焔宮というとこに行ったのかもしれない。
私も出入りしていいとは聞いたがばあさんの許可なく行くのも気が引けるので一旦相談だとは思うんだが真桜も出入り出来てるなら案外安全な場所なのではとも思う。
そんな風に暇を持て余すなら大人しく梦慧と話し続けていたらいいかと思えば、戻ってきた自室で文字の読み書きを勉強するくらいしかすることが無くなる。
木版や紙の類が貴重だから黒い石で読み書きをするのだが、いつだったかばあさんが兄弟に手紙を出してもいいと言ってたのを思い出して、今後関わることは無いがいつか妹が読み書きできるようになったら読んでもらえるような手紙を用意しておくために文章を考える。
最近のあった面白かった話し?それともあれから元気にしてますとか?
そう言うのを書いても生きてるなら帰ってこないのは何故だと困らせるだけだと思ったら手紙って案外難しいんだな。
うんうん唸っていると扉が開き真桜が帰ってきた。
「何してるんですか朱里姫?」
「手紙を試し書きしようと文章を考えていたんだが何を話してやればいいのかわからんくなってなぁ?」
「別に話したいこと書けばいいんじゃないですか?というか朱里姫って手紙出す相手とかいたんですね」
「あぁ、血の繋がってない兄弟がいてな、もう会うことも無いんだが」
「それはっ!すみません…」
「ほえ?あー?兄弟は生きてるぞ?あれだよ、私が巫女になったから会うことはない的な感じな?」
それを聞いて安心したのかホッとしてるが、実際には会っても私が誰か分からずに意味がないとかそういうやつなんだが、真桜に上手いこと説明してやれる自信はない。
「でも意外ですね?朱里姫はもっと真っすぐな物言いで手紙も同じような物かと思ってました」
「まぁ、色々あってなぁ」
「あっ、そのその、東紅老師から伝言がありましてですね。炎刃将について提案があるそうですよ」
「そういやそんなのいたなぁ。桃麗妃以外は理解があるようで私の婚姻計画は必要無くなったと思ったんだが」
「婚姻とか関係なく朱里姫には精鋭が必要だとは思いますけどね?とにかく炎刃将に関して思い切って民も交えて武闘会を開いて選出したらどうか?らしいですよ」
もちろん婚姻とか関係無しに桃麗妃に認めてもらうためなど理由あって頼んだわけだが。
武闘会とは腕自慢を競ってどうのこうのとか?
しかし民も交えてとなると他国の間者がどうだのとかいう話しはどうなったのか。
「それって普通なことなの?」
「一年に一回宮廷で武闘会を開くことはあるそうです。ただ炎刃将を決めるための武闘会というのは聞かない話しですし例外的な処置らしいですよ」
「考えておくって言ってたわりにはなんというか雑な感じなんだな」
「えと…多分ですけど心当たりある人に聞いても断られたんじゃないかなと思います。民も参加可能にしてるのが範囲が広くして少しでも相応しい人を探すためなのかなって」
「そいつは頑張りすぎだろう…まぁ仕方ないと言えば仕方ないのかぁ?私の人望がないっていう理由だしな」
実際どんな感じで行われるのかは分からないが、そもそも集まるのか?という話しだ。
宮廷のほとんどが駄目だったのなら他所から来た者に期待するしかないんじゃないのか。
とはいえ私が他の提案を出来るわけでもないので頷くしかない。
「その提案受けるが、一旦ばあさんと話してえな。焔宮ってところに行って実際に武官を見てみたいという気持ちもあるしよ」
「朱里姫…焔宮のこと知ってたんですね?」
「たまたまな?」
武闘会が行われるにしてもどれくらいの規模なのかでいつ開催されるか変わるだろうし時間の猶予はあるだろう。
その間にもし私から少しでも候補者をこの国で見つけれたらばあさんも楽になる。
上手くいくかは置いといて見ておいて損はない。
「明日にでも東紅老師に来てもらうように言っておきますね」
「ありがとうな」
その後は真桜と一緒に今日あったことなどを聞いたり話したりして、梦慧達は良い奴だと伝えたが灯花妃の侍女だった時の癖が抜けきれないのか別の侍女と関わることに少し抵抗感がある様子だったので出来る限り緩和するように楽しい会話をする。
話しもほどほどに明日にまた来ると言い残して真桜は自分の部屋に戻りに行ったが。よくよく考えたら真桜はどこで寝泊りしているのだろうか?
私の侍女ということは後宮にいるのは間違いないんだが、いざ後宮内を歩き回れるようになったら知らないことや新しいことがありすぎて気になることも増えていく。
私は真桜が出て行ったのを追いかけるように部屋を出れば、さすがに夜の暗さもあってか久しぶりの真っ暗を感じる。
見渡して真桜がどこに行ったかを見てみればうす暗い明かりを手元に相変わらずちょこちょこ歩いて遅い真桜を見つけて後ろから隠れて様子を見るが方角的に南だな。
もしかして下女が住んでいるところに戻っているとか?それならばあさんにも言って住むところを近くにしてやりたいが…。
ただそんなことはなく、西へと方向を変えて、位置的に南西の場所だ。
灯花妃は南と言えば南だが南東に住んでいるので、南西と言えば侍女が増えたら私が住む予定だったとかいう場所だったか?ある意味前借りしてる現状なら納得だが私が住んでる部屋と遠いことに不満とかないのかぁ?私なら文句を言うが。
最終的にどこに住んでるのかも見送ろうと思ったらでかい建物に入っていく。
その際に中から多少の声も聞こえたので恐らく誰かが住んでるところへ一緒に過ごしているのだろう。
建物を見れば灯花妃の蕾邸。夏霞妃の微睡邸と比べても遜色ないほどには大きい。
私より遥かに良い暮らししてるのかもしれんな。
なんとなくやるせない気持ちになったが、別に今のところに不満があるわけではないのでいいのだが…いいのだが!私もこっちで過ごしたい。もっと明確に言えば真桜や他の連中と夜も駄弁りながら暮らしたい!
ただそしたら真桜が気遣って迷惑もかけるだろうし仕方ないのだが、一人で寝るのはどうにもつまらん。
やることはやったので自室に戻って横になれば暗くても廊下があるから道に迷うこともないし、夜景色を見ると少し気分が高揚するのはどこかへ忍び込みたい気持ちが彷彿としてしまうので自重しないとなと思って目蓋を閉じる。
昨日は散歩くらいしかしてないからか早起きして何度も真桜に見させてもらっていたので着替えを自分で済ましておく。
ばあさんの時は早すぎて覚えることはできなかったが真桜が丁寧にしてくれるのを何度も見て服なら自分で着替えれるようになった。相変わらず重い衣服も慣れたら体も動かしやすい。
扉を叩く音がして真桜が入ると私の姿を見て驚いている。
「朱里姫もう起きてたんですか!?そんなそんな!着替えまで!私に何かご不満が!?」
「お、おう?不満なんてないが真桜に迷惑かけないようにな?髪は結えないから頼んでいいか?」
「はいっ!そのその迷惑なんて欠片も思ってないのでむしろ尽くさせてください!いいですか!?」
一体どういう意欲で動いてるのかわからんが、髪を結い始める真桜は楽しそうに体を揺らしているのでそういうのが好きなのかと一人で納得する。
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