第14話 焔宮

 真桜がばあさんを連れて…というよりもばあさんが真桜を連れて私の部屋までやってきた。


「おひさっ!―あでっ!」

「口が直らんと思えばどこでも調子に乗りおってからに」


 小突かれるのも毎度のことながら、ばあさんは疲れているのかいつものキレがない。


「んだよ、疲れてるなら肩でも揉むぜ?真桜も一緒にするか?」

「えっ!そのその私で良ければ!」

「別にええわい!それよりもまたなんぞ積もった問題でもあるんかい?」


 積もる話しはあるが問題と最初から厄介事みたいに決めつけなくてもいいのに。

 ばあさんには椅子に座ってもらってそのまま二人で肩を揉みながら何から話していこうかなと頭の中を整理していく。


「炎刃将の件あんがとな?でも結構な範囲で武闘会を募るんだろ?民からもってなったら炎刃将云々よりも宮廷勤めになる目的で来る奴ら来るんじゃねえの?」

「ちいとは頭が回るようになったんか。普段は一年に一回、八月に行われるんじゃがそれももちろん開催されるが、七月に炎刃将武闘会を開催すれば舞台の準備を早めるだけで舞台をそのまま使えば良うなる。埋もれている人材もおるかもしれんしのぅ」


 聞くだけなら案外大丈夫そうなのか?それでばあさんが疲れるってことは他にも要因があるのかもしれん。


「その件なんだけど私って焔宮まで移動していいんだよな?宮廷を移動してもいいなら私も探し回っていいか?」

「だめじゃ」

「んな身も蓋もねえな。理由は?」

「おまえさんは少しは自分の状況を分かっておろう?箱巫女だの贄巫女だの言われたり、それでも一定数焔祭の影響でおまえさんを信奉しとるものもおるが、口も悪ければ態度も悪いおまえさんが出れば悪印象しか残らんわい」


 実際その通りだから返しが思い浮かばないが、信奉してるって輩は一人や二人程度の差なら気にしなくてもいいとも思うんだがなぁ?


「こいつはぁ、ばあさんを責めるわけじゃなくむしろ感謝してるんだがよ、次代の巫女探しをしてる話しが出回ってる以上引き籠ってても何も解決しなくねえか?」

「それは…そうじゃのぅ」

「じゃ、そんな細けえことはいいだろうよ。出来る限りは喋らないようにするが、私が動いてこれ以上評価が下がることなんてねえだろうし」

「皇帝やその他の官人連中がどう思うかは変わってくるのぅ」


 真桜に官人って何?と聞くと役人連中のことらしい。役職を持ってる連中が相手だとばあさんでも面倒なのか。

 具体的にばあさんの立場がどれほどの物なのかによるが、夏霞妃の話しだと皇帝はそんな悪そうな感覚ではないが性格が変わっていったのか。


「ばあさんも私に賭けてみればいいさ。元々巫女だなんてなるかどうかすら私に選択肢を与えたのはばあさんだろ?だったら私に全力で賭けてそれでだめだったら私がばあさん養って宮廷から逃げようぜ」

「なっ、にを言うとるんじゃ生意気な」

「考えすぎなんだって、誰が何を言ってもばあさんの言う通り祭事は行うし、少しくらいなら怠いこともやる。文句を言ってきても私の代わりを用意できるんならそれはそれで儲けもんだろ?次代の巫女をばあさんが探さなくてもよくなるしよ」

「そうかのぅ…それくらい能天気な方がおまえさんらしくはあるわな。好きにせい。尻拭いはわちがしちゃるが、問題だけは起こさんようにのぅ?」


 問題を起こせばどうなるかを聞きたいが、今回に限ってはそれこそ真桜に喋らせて私から喋ることを控えれば解決する事柄だ。


 ある程度体を解してやったばあさんが少しは晴れた顔で帰ろうとするので、文字の勉強に使えそうな巻物の類を今度くれるように言っておいた。


 覚えたくはないが、覚えたい。そんな矛盾だが、真桜もなんだかんだ文字を楽しんでいるし一緒に遊ぶと言うのが勉強なのが辛いところではあるが、暇つぶしできるもんを今後考えた方がいいかもしれない。


 許可は下りたということで真桜と一緒に早速焔宮へと足を運んで行く。


「朱里姫にとっては朗報ですが焔宮では場所さえ覚えれば誰かが一帯を取り仕切ってることはないので好きに動けると思いますよ」

「そりゃあいいねぇ。真桜が私の性格を分かってきてるのも嬉しいぜ」

「あと東紅老師に言っていた書物の類も焔宮に少しですが書庫があるので朱里姫が望んだら読めると思います」


 別に望んで読みたくはないが、勉強がてらに読むのはいいかもしれない。

 南に近づけば灯花妃の侍女がちらほらとみかけるので相変わらず真面目に働いてる。


 途中灯花妃の侍女頭、佳林ともすれ違い佳林から灯花妃とお茶をしないかという誘いもあったが今回もお断りしておいて今日は焔宮へ向かうことを告げると佳林は多少驚いた様子を見せていた。


 灯花妃に断りを入れるのは申し訳ないが、今は自分のやりたいことをさっさと済ませてしまおう。


 南の門へと着けば守備兵がいることからそこで真桜が顔見知りなのか話しを通して私もそのまま素通りさせてしまう。


 南門を抜けた先は道だったがそこから西へ移動して進んでいけば結構な庭?平地があって北を見れば後宮よりも大きい建物がある。


「朱里姫あちらが焔宮で、ここから更に西へ行けば――」

「宮廷のどっかだろ?焔祭の時も通った記憶があるから大丈夫だ」


 三回。忍び込んだ時と、焔祭の出入りで合計三回も通ってるので道筋は大体分かる。内部構造までは分からないが。


「あのあの朱里姫って記憶力良いですよね?」

「馬鹿に見えてたか?」

「いえいえ違いますよっ!私は覚えるの時間かかったのに凄いなって思ったんです!」


 からかっただけだが、一生懸命に伝えてくるから可愛いのもあるが感謝もしている。

 私からしたら真桜も十分に記憶力は良いと思うが。無理して慣れないことをしてるだけかもと思うと今後はもう少し優しくしてやれればと思う。


 真桜が途中下女とすれ違うと挨拶をしたりするのを眺めながら、下女がこちらを見て頬を染めてすぐにお辞儀してどこかへ行くので何事やらと真桜と一緒に歩くがそう言うことが複数回も続くことがある。


「なんから知らねえが、私避けられてるのか?」

「いえ?朱里姫がお綺麗だから話しかけていいのか躊躇ってるのだと思いますよ?」

「それは冗談はよしてって言うところか?」

「本当ですよっ!」


 なんにしても服装が小綺麗だった後宮の連中と比べても汚いとは言わないが、派手さに欠ける服装をしてるのは下女と分かりやすい。

 それに男衆も普通に歩いていたり、中には下女に話しかけている者もちらほら。


 ばあさんの負担を減らすために炎刃将を自分で見つけれたらなんて思っていたが、早々見つかるもんでもないのか、そもそも私が遠ざけられてるのか。遠巻きに見てくることはあっても話しかけてこようとする者は特にいない。


「どうしますか朱里姫?下女達の仕事を見ていきますか?書庫に行きますか?それとも他に行ってみたいところとかありますか?」

「どうしたもんかねぇ…とりあえず一通り案内を頼む。一回で覚えるようにはするが忘れたらすまん」

「分かりました。焔宮の裏手の方は建物が多いのでそこから行きましょうか」


 普段寝泊りしている場所や、炊事場。洗濯に関しては離れた場所へ結構な数の洗濯物を抱えてる下女を見かけたり。


「男衆の洗濯もしてるんだろうが、下女は宮廷をある程度自由に動けるのか?」

「そうですね。役人の方が侍女として選ぶこともありますよ?その場合は宮廷の取り決めがある程度関わってくるので東紅老師や管轄してる方の許可が必要になるみたいですが」


 後宮とは違って手間暇が増えるとのこと。重婚が許される立場なら案外すんなりと許されるのかもしれんがそうではない者からしたら宮廷の花を摘むかもしれないのは許されることではないのだろう。


 この場合摘むというより枯らすか?


 後宮よりも広い場所を案内してもらってある程度は分かってきたが、焔宮は結構自由な場所だ。

 男女混じってるのもそうだが、下女がそんなにつまらないとか悲壮的な人が少ない。


 別に後宮の侍女がつまらなそうとかではないが梦慧はつまらなそうだったのが記憶に残っているからか、印象とは違ってみんなそれなりに楽しそうだ。


「なんか北か?あっちの方にも門があるがあっちはなんだ?」

「焔宮の裏にはまた別の倉庫や書庫があるんですよ。あちらは立ち入られる方が限られてますね。それでも大掃除の際には一斉にみんなで取り掛かりますが」


 大掃除とやらは年に四回行われるらしい、多いときは雨季の降り具合によっては五回六回となることもあるらしいが、最低でも四回。

 焔宮にも倉庫はあったが、まだ何かため込んでると言うのも気になるが下女達が掃除に関われるなら貴重品の類はないのだろう。


 やはり広いというのもあって細かいところまでは覚えられなかったがある程度の場所は把握したつもりだ。案内されてる間も人とすれ違うことで一応どういう人間がうろついてるのか確認したがそれもまたよく分からないと言う感じで話すこともなくすれ違うだけ。


「話しかけられることないなぁ?」

「後宮とは違ってほとんどの方は焔祭を見てますからね。朱里姫がどう思ってるかは分かりませんが話しかけるのは勇気がいると思いますよ?」


 そういうもんかぁ?まぁ確かに知らない奴にいきなり話しかけるのは話題が無いと近づいたりはしないもんな。


「大体の場所は見て回りましたけど朱里姫はどうされるんですか?」

「そうだなぁ?」


 炎刃将の件は無しにして興味を惹かれるほどの物は特にはなかった。

 稽古場とかに行けるなら行ってみたいが焔宮も後宮の延長線というか、雑用場みたいな印象が強い。


 作りも最初は広いし大きいと思ってたが、内部は部屋がちらほら見かけて区分けされてあるし、確かに後宮とは違うんだが…似たようなものに見える。


 逆に違うところを取り上げるなら後宮ほどギスギスした空気をしてないから気楽というところだが。私を見つけた人間は大抵体を縮こませたり、遠くから興味本位で眺めてるだけだったりと少しだけだが居心地が悪くなるのはある。


「武芸に励んでるような奴が少ないように思うのは私の気のせいか?」

「そう見えないだけで皆さんお強いと思いますよ?着痩せして見えてるのだと思います」

「そうかぁ?着痩せで言うならばあさんは確かに強かったな」

「えっ?戦ったことあるんですか!?」

「いやぁ?戦ったと言うか一方的にねじ伏せられただけだなあれは」


 それも私が逃げようとしていたのを軽くひねられただけだが…。

 見た目で判断するのは早計というのはそうだな。侍女選びで真桜を選んだ時にも思ったことだが出来るなら言うことを聞いてくれそうな優男が良いが、それだと強さ度外視になりそうだな。


 あとは炎刃将とは関係ないが、真桜の友人関係を改めて確認したいが…下女の雰囲気から察するとどれも似たような反応をされるのなら私がいると確認ができないだろう。

 またこっそりと拝見出来る時があればいいんだが。


「今日はお戻りになりますか?」

「北の書庫とかは私なら入れるのか?」

「えとえと…多分大丈夫だと思いますが、私が入れないです…」

「んー…そうかぁ。なら帰るか」


 特に入りたいわけではないが立ち入れる人物が限られるなら人目が付かず話しかけれる相手がいるかもとは思ったが。真桜がいない時にでも一人で行ってみるとしよう。


 そのまま帰るときも視線を感じたがやはり話しかけられることはなくそのまま素通りしていく。


 ばあさんが警戒していたからそれなりに心配していたが存外心配のし過ぎだったみたいだ。


「帰ったら飯だな」

「朱里姫が良く食べるから食堂の下女が新しいお饅頭を制作しようか考えてるみたいですよ?」

「そりゃあありがたいねぇ…別に肉まんが特別好きなわけじゃないんだがな?」


 真桜が丁寧に案内してくれたおかげもあってか時間も結構経ってたようで日も沈みかける頃合いになりつつも自室に戻ると、部屋の前に灯花妃と佳林、それと知らない侍女が二人ほどいた。


「灯花妃?」

「朱里姫!どうして最近はお会いになられてくれないのですか!」

「ほえ?灯花妃?」

「佳林にお誘いの言伝を渡したのに返ってくる言葉は今日は忙しいことや夏霞妃の所へ行かれることや今日だって焔宮へ行かれることもです…。私に何か問題があったのなら言ってくださらないと私分かりません、何か気に障ることを私はしたのでしょうか…!?」


 そういや夏霞妃に訪問して以降、灯花妃とは会ってなかったか?なんだかんだ毎日のように佳林が来ていたがそれを断っていたのを振り返って思い出すが、それでここに来たのか。


 佳林の方を見ると小さく首を振るので、佳林もここまで来るのは止めたような雰囲気だ。


「灯花妃に悪いことなんて何もないさ、ただ巫女の仕事やらやりたいことが重なっててな?」

「でしたら私も…私もお誘いが欲しいです」

「灯花妃は後宮から出れないだろう?それに以前も話したことがあるかもしれんが炎刃将とかを見繕ったりとかな?相談しなかったのは悪かったよ、一緒に肉まん…は苦手なんだったな?別のもんでも食うか?」

「ふふ…ふふふ…私よりお食事の方が大切ですよね…分かってました…私が何か頑張っても無駄なんだって」


 いくら何でも気持ちが負の方向に行き過ぎてる。そんなに私と遊べなかったことが辛かったのかぁ?

 別に癇癪を起して立ち去るわけでもなく下を向いて呪詛を呟くように自分を卑下する言葉を羅列していくのでどうしたもんかと考えて真桜を見るがおどおどと戸惑っている。


 他の侍女たちを見ても良くあることなのか、特に誰も何も言わない。


 私もこういうことは初めてだから困るんだが、自分のことを悪く言うもんじゃない。それがたとえ自分自身であっても悪く考えたらずっと悪いままだ。


 そう思うと泣き止ます為に普段は唄う子守唄だが、灯花妃を軽く抱いて背中を落ち着かせるように叩きながら唄うと灯花妃が体を強張らせているが、呪詛が無くなったので正解だったかと思って最後まで唄いきる。


「少しは落ち着いたか?」

「え…しゅりひみぇ…どうして…?」

「どうしてもないだろ?灯花妃が悪いことなんもしてなくて、最近遊べなかったことに拗ねてんだろ?明日は一緒に茶でも飲むか?暇な時間の時は誘いは断ってるつもりはないから安心してほしいんだが?」

「は、はぃ」


 このまま返すのも申し訳ないので真桜にお茶を用意してもらってから自室にて一緒に茶を飲んでもらい。その際に侍女二人は帰らせて佳林と真桜が横で立っている状態で、灯花妃も特に喋ることはないのかちびちび茶を飲んで顔を赤らめて静かな時間を過ごす。


「えっとなぁ…灯花妃は何か話したいこととかあったりしたか?」

「いえ、その…一緒にこうしていられるだけで私は幸せです…」


 佳林が帰らせるまで灯花妃の顔を眺めるだけの時間が続いて息が詰まりそうだった…。

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