第15話 知らない文官 前
あれから遊んだりと色々したが。
灯花妃とのお茶は卑下の呪詛を言って以降、誘い方が細かくなっていった。
佳林が来ては「次のお暇な日程を教えてくださいとのことです…」と疲れたような顔を見て悪いとは思うが何故佳林ばかりが来るのか気になったので他の侍女が来ない理由を聞いてみると。
「その…朱里姫に申し訳がないので一番信頼できる人物を選んでるとのことです。心に染み渡りますね」
「それなら少しは嬉しい顔をしてほしいんだが…いや毎度お使いを頼まれて大変なのは分かるんだけどよ」
あまり私の前でそんな顔をしているのは良くないとは思っても灯花妃が近くにいるとそんなことありましたか?みたいなすまし顔になるので私に心を許してくれてると思ったら気分は悪くないが…。見せる顔は疲れてる顔だけだからなぁ…。
真桜とも話し合い次の暇な時間を考えるが、未定という一言を言うと沈んだ顔を佳林がするので言い方を変えてから伝えるようにしている。
「今日は遊んでやれないが、この黒い石を渡してもらえるか?」
「これは?文字ですね。『灯花妃のことを思って早く会いたいが今日は炎刃将を探しに行くからまた今度な』ですか…前回もこのような文ではなかったですか?」
「佳林に任せた。私から気持ちを込めた文章だと伝えておいてくれ」
灯花妃は文字が読めないが佳林は文字が読めるのが幸いして私が雑な文章を書いても多分言い方を変えて灯花妃が納得する言い方に変えて伝えてくれるのだろう。その証拠に呪詛を言ってくることはなくなってる。
そうして佳林を送らせて…というよりも帰らせて、今日の予定を考える。
「あのあの…灯花妃を甘やかしすぎていませんか?」
「真桜も歌が聞きたいのかぁ?」
「違いますっ!ただなんというか…このまま行けば朱里姫と灯花妃で噂が絶えなくなると言いますか…」
どんな噂があるのか気にはなるがそれ以上に聞くと疲れそうなので聞かなかったことにする。
「本日はどこへ行かれるんですか?」
「あぁ…宮廷事情に詳しいだろう夏霞妃の侍女にいっそ聞いてやろうかと思ってな?」
「私もっ!私も聞いてもらって大丈夫ですよ!」
「なにを対抗心燃やしてるのかはわかんねぇけど向こうの方が年季は上なんだろ?」
「そうですが…多分私と同じような結果になると思います。特に朱里姫が気に入ってるあのお三方も後宮勤めの方が長いと言うことは焔宮に行く時間も惜しいでしょうし」
それを言われたらそうだな?
かといってこのままだらだら焔宮と灯花妃を交互に行くだけの生活をしても何も進まないだろう。
「よし、真桜肉まんを渡す」
「あ…お暇を頂けるんですね…そして情報を集めてくればいいんですね…」
私が肉まんだけを渡すと言えば真桜は下女達の所へ手土産を持って何かしらの噂を拾ってくるので自然と流れで察したのか残念そうな顔をしてる。
「それで朱里姫はなにをするんですか?」
「気になってた焔宮の奥にある書庫に行こうと思う。あそこならまだ知らない人間がいるかもしれないからな」
「先に東紅老師へ相談した方が良くないですか?」
そんなことをしたら私に賭けろとか大言壮語したのにすぐに負けを認めたみたいでばあさんに顔向けができん。
「とりあえず今回はそっちが主だった理由だから普通に今日は休んでていいぞ」
「心配ですけど…わかりましたっ!昼食はどうされますか?お饅頭を持参していくんですか?」
「それもいいかもな」
真桜の意見を採用して、食堂へ一緒に行ってから大量の肉まんをくれと言ったら時間が少しかかると言われて大人しく待ちながらそれを二人で持ち運ぶ。
どの程度手土産に必要なのかはわからないが、今日一日真桜にはのんびりしてもらうためにも焔宮に運んでからは落ち着ける場所に肉まんを置いて後のことは任せて自分の食べる量だけを小分けしてから北に向かう。
警備は一応あったが入っていいか聞くと私の姿を見てから入っていいと許可をもらって門を潜ると後宮や焔宮と比べると小さいが建物が見える。
倉庫と書庫がどこにあるのか真桜がなんとなくで教えてもらったがあんまり覚えてないのでそのまま一部屋一部屋開けてから中の様子を見て物置か書庫か確認する。
目立ったものは特にはないし、物置となってる物は茶器の類だったり布の類だったりと色々ある。
書庫に関しては更に奥の方でようやく見つかって中に入るも特に誰かいるわけでもなく本しかない…まぁ当たり前の話しではあるんだが。
ここまで来るのに眼鏡をかけた文官っぽい奴はいても武官みたいな奴はいなかった。
これは的が外れたかと残念ながらも別に強くなくても男なら誰でもいいのではないかとも考えると文官に炎刃将を任せると言う考えはありかもしれない。
さすがに勝手に決めるのは駄目だとは思うからばあさんに文官を炎刃将にしてもいいかは確認しておこう。
あとは灯花妃が…というよりも佳林が大変そうなので、詩集が好きだった気がするから参考になりそうな本はないかなと近くの机に肉まんを置いてから本の背表紙を見ていく。
軍法や、指揮。兵法について書かれてある本ばかりで、今見てる本棚は駄目かと次の本棚を覗くがそれも歴史がどうのとかの本ばかりであまり参考になりそうなものは見当たらない。
ここまで来て飯も食わずに帰るのも癪なので仕方なく兵法書を一冊適当に抜いて椅子に座って読むが、なんとかの陣とかそういう小難しいことが書いてあって面白みに欠ける。
もっと他に読みやすい本が無いか改めて探すと日記みたいなものを見つけてそれをパラっと読んでみると恋文のような文章がある。これなら少しは参考になるかと思って読んでいると一人で書いてるわけではなく誰かから誰かに手渡されて書かれていく恋文を綴らせたものだ。
それは例えば盤上の遊戯に例えられていたり、戦のような高ぶりをぶつけるようにと色んな恋文を見て、私もこんなことを灯花妃に書けばいいのかなと一人で納得してると書庫の扉が開く。
そこへ目を向ければ武器を持ってない所を見ると文官らしき男が中に入ってこちらを見て驚いている。
武官じゃないのかと残念な気持ちを抱えるが先ほどまで文官を炎刃将にするという考えを実行するなら少しは話しかけて良いかもしれないと話題を考える。
相手の様子は入口でこちらに気づかずに扉を閉めてしまったためか動かずにこちらを伺う様子が見れる。
顔を見れば若そうに見える。面構えも文官にしては精巧な顔立ちをしている。
「本。読まないんですか?」
「あぁ…そうでした」
短く交わす言葉も少なくどう交流を深めるか悩むが、宮廷の男衆が好みそうな話題なんて思い浮かばない。
私がさっきまで見ていた兵法書を手に取り、私が真ん中の机を占領してるからか近くの机で本を開いて真面目に読み耽っている。
相手から何か話すのは期待できそうにないので軽い雑談のつもりで話しかけるのが無難か。
「兵法書面白いですか?」
「え…いや面白いというより勉強ですよ…一見して兵法書と分かると言うことは読んだことがあるんですか?」
「…少し嗜む程度には…」
知るわけないだろうが。さっきたまたま読む本が無くて見つけた一冊を偶然読みはじめたからなのに少し嬉しそうに兵法書をこちらに持ってきて中身を見せてくる。
「それではここなのですが。貴方ならどう布陣を敷かれますか?」
中身を見るが、まず状況が分からない。
字も全てが読めるわけではないので、分かる文字だけを見てなんとなく解読するが、自陣が敵陣に攻められてこちらが圧倒的に不利という状況で撤退戦を持ちかけられてる感じだ。
そりゃ逃げるのにどうこうとかないだろとかしか感想が出ないが。意見を聞くってことは正解があるということだろう。
「普通ならそのまま逃げますね…」
「そうですね。僕も同じ状況なら殿を誰かに任せるしかないと思います」
「…?どうして誰かに任せるんですか?」
「え?」
私が理解してないだけでもっと複雑なのか?
殿ってようは囮みたいな物で使い捨てされる奴らのことじゃなかったか。私だったら殿に選ばれるなんてごめんだけどな。
「自陣が攻められて逃げるしかないですけど、撤退の殿なんてこの状況で望む人なんていますかね?」
「それは…」
「戦力もこちらが不利、抵抗してももちろん負けるんでしょうね。だからって殿を決めなくても良くないですか?」
「指揮官が倒されることが一番悪手だと僕は思いますが」
「指揮官が生き残りたいからと思っても一兵は誰だって死にたいなんて思ってないでしょう。それなら武器も何もかも投げ捨てて身軽にしてから逃げた方が良くないですか?」
戦場のあれこれは分からんが、逃げるしかないならそれが良いだろうと考えるが。実際に戦場に行ったことなんてないので私には正解を見つけ出せない。
そもそもなんでこんな状況になるまで戦い続けてるのかすら疑問だ。
「この陣や作戦がどんなものかは分かりませんが…この状態にしないことをするというのを伝えたいのだと私は思います」
「そう、ですね…たしかにこうならないようにするのが最善ではあります」
「これは負けそうになってる状況ですよね?その前の段階でならもっと早く上手く逃げれないですか?」
陣形とか難しいことは分からないので逃げることだけを論点に絞って話すが、文官は悩まし気な表情を見せてる。
やっぱり戦う方が正解だったかぁ?
私も改めて兵法書を見るが、平地で戦い合ってほとんど勝ち目がないとしか分からない。
死んだふりをするというのも考えたが自陣には相手とは歴然ながらも結構な数の味方がいる。少人数ならどうにでもなるかもしれないが全員は助からないだろう。
「ではこちらの状況ならどうでしょう?」
そう言って何枚かめくって改めて見せられるのは今度はさっきとは違ってこちらが有利な状況で敵陣は徹底抗戦をするために逃げる気配がないような状況だ。
この文官はさっきの答え合わせもしないまま次の話しにするとかばあさんとは違って優しくないな。
普通なら攻めるのか?ただ有利になったからと言って攻めればやっぱり死者が出てその犠牲になるのは私や使い捨てにされる人物達だろう。
「待ちます」
「待つ…?」
「相手が逃げるまで待ちます。逃げたら追えばいいですし、それでも逃げなかったら相手の方が消耗してるのだから待つ方が良くないですか?」
「それだとこちらの補給物資が滞ったら兵が統率を保てなくなると思いますが?」
知らねぇ!
そんなもん補給できなかったやつらが悪いに決まってる。なんでいちいちこちらが不利な状況にさせたがるんだ?
「ろくな補給物資が来ない状況なら撤退したほうがいいでしょう?どうして補給が来ないのにまだ戦おうとするのか分かりませんし…それに悪い方向ばかり考えてしまうなら最初からこんなところで戦う方が悪いですよ」
苛立ちを募らせてしまったから思わず雑な回答をしてしまったが、それはそれで文官が悩み始める。
一体何を答えたらいいのか分からないからもう続きがないことを祈ってると納得した顔でお辞儀をし始める。
「ありがとうございます。そうですね、悪いことばかり考えても確かにいけませんね」
「いえ…私の言ったことはあまり参考にされませんように」
文官は私が読んでる物を見て笑いが堪えられなかったのか息を噴き出して、すぐに真面目な顔をした。
「すいません笑うつもりはなかったんですが…兵法書を読まれるのにこういう文集も読まれるのだなと思いまして」
「大丈夫ですよ。私も別に少しは参考になればと思って読んでいただけなので」
「参考ですか?」
そこを掘り下げられると思ってなかったが、何か好印象なことを一つくらいは言いたかったので意地悪な顔を作って兵法書を指さして私は答える。
「そんな状況にならないためにまずは敵や味方と心を通わせることの参考にですかね」
さっきまで怠いことをさせられたことに対しての嫌味も含んで言ってやったが小さく笑って「その通りですね」と認められたので何とも言えない気持ちになりながら、文官みたいな頭の良さそうな奴の考えてることは分からんと思って恋文を再度読む。
「姫巫女様がこういうことに興味あるとは思いませんでしたよ」
どういうこと?と改めて文官を見るも意図は読めない。
「そう言うあなた?も恋文を知ってるってことは読んだことがあるんですか?」
「いえ、今開いてる辺りを少し見えてしまって内容を察しただけですよ」
「そんなに少しの文字で察せるなら先ほどの兵法も私に意見を聞かなくて良かったのでは?」
「こうして他の誰かから聞けるのは貴重ですから。それも相手が相手だったので」
巫女って言ってきたし私のことを知ってるんだろうが、私はこいつのことを知らない。
わざわざこんな所で勉強してるくらいなのだから真面目なんだとは思うが素人の意見なんて聞いて何が楽しいのか。
「他にも聞いても良いですか?」
「私に聞いても面白いことはないですよ?」
「いや、負けない事を前提に考えて動いてる考え方は新鮮ですよ。勝つことばかりに意識してましたので」
それなら他の文官と意見交換すればいいだろうに。
仕方ないので付き合ってやるが、ほとんど私の答えは逃げる。隠れる場所を探す。奇襲して嫌がらせをしてから逃げるという答えばかりになる。
「全然戦わないんですね!」
「戦って得られるものがあれば考えますけど…仲間の命が大事ですから」
「仲間ですか…それは確かに大事ですね。裏切り者がいたらどうですか?」
「それもどうして、そのいるかもしれない状況で戦わないといけないのかが嫌なので信頼できる仲間を集めたいですね?」
「兵一人一人を気にしては戦えませんからね」
そんなこと言われても裏切られる前提なら裏切ることが分かってるってことなのにと思う。
この話がいつまでも続きそうな気がしたので、私は肉まんを取り出して一つだけあげることにする。
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