第16話 知らない文官 後
肉まんを食べた後もあれこれ聞いてくるのが怠くなってきて兵法書を読んだことあるなんて適当言わなければ良かったと後悔しつつも、こいつ友達がいないから楽しそうに話してるんじゃないだろうな?
「友達いないんですか?」
「えっ?」
しまった。心に思ったことをそのまま伝えてしまった。
顔色を伺うも特に気にした様子はなくむしろ恥ずかしそうにしている。
「友はたしかにいないかもしれませんね。勉強ばかりで人と話すこともあまりなかったので」
「そう、ですか。友達いないところ申し訳ないですけど炎刃将になりたがる武官に心当たりとかありませんか?」
「炎刃将?たしか老師が武闘会を開くと聞きましたね。それなのに探してるんですか?」
「もちろん武闘会は開くつもりですけど…宮廷から志願者がいないのも嫌じゃないですか?」
「それはそうだ。いいですよ僕の方から知り合いに聞いてみましょう」
あまり期待はしてなかったが何故かやる気になってくれてるみたいだ。
肉まんあげたからかぁ?餌付けすれば男はホイホイ、後宮では一緒に飯を食おうと誘っても全然食いついて来なかったがここに来てようやく飯の偉大さが伝わったか。
飯を一緒に食えば仲良くなれるというのは兄弟達の中では当たり前みたいなもんだったが、真桜しか一緒に食べたがるのがいないから良かった。
「今日貴方に会えて良かったです。またこちらへ来られますか?」
こっちも相談してみて良かったが、結果はばあさんで駄目だったから期待はできないが少しは頑張ってくれることを祈ろう。
ただ一日書庫にいたがこいつ以外誰も来ることはなかったのでこれ以上はここに来る意味がない。
「今日は気まぐれで来たので…仕事があるので来ないと思ってください」
「たしかに初めて見ましたよ姫巫女様がここにいるのは」
初めて?というとあれか?こいつは毎日ここに来てるのか?
いやまぁ、毎日じゃなくても来る頻度がそこそこに多いみたいな発言ではあるのだろう。
よくもまぁ勉強が好きなことだ。兵法書なんて一人で読むくらいなら誰かと盤上の遊戯でもしていたらいいだろうに。
「それじゃあ私はここで失礼しますね」
「分かりました…またお会いしましょう」
また質問攻めにされるのだけは嫌だが、もう少し軽い話し合いが出来るならまた会ってその時は楽しく話せたらいいだろう。
恋文が書かれた本を戻して、書庫を出る際にこちらへ笑顔を向けてきている文官を再度見て手を振って挨拶を終えて焔宮へと戻る。
真桜はどこにいるのだろうかと肉まんを降ろしたところまで行くがすでにそこに姿はなかったので私の部屋までもう帰ってしまったのかと思い、どうせなら焔宮をそのまま探索しようかと出来る限り人目に付かないように柱に隠れながら歩いてると誰かの話し声が色々聞こえてくる。
「なんかわからないけど最近お饅頭姫がよく差し入れくれよねー」「最近だと焔宮まで歩いてること多いよね」「でも何もしないのに侍女にお饅頭くれるのなんでだろう」「饅頭が好きだからみんなに配ってるんだよ」「むしろ夏霞妃と同じ理由じゃないかな?」「でもなんでお饅頭?」「頭の中お饅頭で出来てるとか」「そんなことないよ真桜が教養もなんでも兼ね備えてるって自慢してたよ」「確かに綺麗だけど侍女の子しか言ってないんでしょ?」
うん。誰が饅頭姫だ!何か知らないが箱巫女だの饅頭だの好き放題な呼ばれ方が広まってしまっているのが不服だ。
ここで出て行ってしまいたいが、さすがにそれは悪いだろうと思って大人しくその場から離れるが…。私の印象ってもしかして頭が花畑な印象しかないとか…?
え、でも結構頑張ってるよな?焔祭で頑張ってる姿も見られてるって真桜は言ってたし。
勉強もわりと…文字だけだけど頑張ってるよな?
常識知らずすぎるか?飯与えたら真桜もやりやすいと思ってたが、実際作ってるの後宮の下女だし。
しかも先代の侍女であって、実質私何もしてないのでは…?いや、私は頑張ってる!
ただ今後肉まんは控えよう…。食べやすいし良いと思ったんだけどな…。
良い話聞けるかなと思ったけど、やってることは確かに夏霞妃の二番煎じだし、もっと他のやり方を考えないといけないな。
ただ私が活躍するって実際どうすればいいんだ?菓子を作るにも食堂を借りても私は料理なんてしたことない。夏霞妃に作り方教えを乞うか?そしたら結局夏霞妃と同じことしてるだけか。
考えても仕方ないときは真桜に今日の調子はどうだったか聞くのが早いな。
自室まで少し疲れ気味に帰ると真桜はすでに帰っていたのか部屋の掃除をしてくれている。
「おかえりなさいませ朱里姫…なんか疲れてますか?」
「ただいま。いやまぁ疲れたと言えば疲れたけど――」
「何があったんですか!?もしかして誰かに何かされましたか!?」
「ほえ?あぁいや、文官と話したりとかはあったけど大したことじゃないよ」
「話したんですかっ!?てっきりいつも通り何もないまま過ごすと思ってたんですが…」
そんな頼りないように見えるだろうか?私だってちゃんと炎刃将について何かできることはしたいと思っているんだがなぁ。
「兵法についてな?あと炎刃将の件も頼めそうな雰囲気だったから一応頼んでみたよ」
「へいほー?朱里姫は凄いですね。文官なんて難しいことをしてる人だから話しかける人なんて少ないですのに」
そうなのか?まぁ若かったし友達いなかったし色んな偶然の重なりでしかないが、真桜は何でも褒めてくれて心休まる。
文官に対して疲れたのもあるがそれ以上に私の印象が饅頭ということに衝撃を受けてはいたのだが。
「ところでさ、真桜は肉まん渡しててなんか言われたりとかしなかったか?」
「えとえと?特に…感謝のお言葉は言われますが好評ですよ?最近は味が変わったとかで話題になったりとか朱里姫に感謝を伝えておいてほしいとかは言われますが、朱里姫はいつも聞き流されていますが普段と変わらずです」
んー…。饅頭姫とか呼ばれていたことは知らなそうな雰囲気だ。
ばあさん辺りなら知っていてもおかしくはなさそうだが、それも箱巫女だのなんだのと言われていた時のようにどうでもいいこととして扱ってるんだろう。
「それよりも大丈夫だったんですか?役付きの人と接したってことですよね?」
「そういえばある程度の立場じゃないと立ち入れないんだっけ?若い奴だったけど特に普通だったと…んー。変わった奴だったな?本の内容について意見が聞きたいとか私に聞いてきたし」
「それは朱里姫なら普通なのではないですか?」
真桜にとって私はどう思われているのだろう。別にそこらへんの奴より底辺の暮らしをしていた一般人なんだが。
「おかしいだろ?初対面で難しい話し持ちかけるとかさ」
「またまた冗談はよしてください!朱里姫はいつも何も考えてなさそうなのに相手とすぐに仲良くなるじゃないですか」
「仲良くねぇ…。相手が私に合わせてくれてるとは思うが、あんまり深入りしたことはしてないぞ?」
「それならそういうことにしておきますねっ!」
そういうことじゃないから否定したんだが。まぁどう思うかは相手の自由か。
私が何をしたら良いかはまた考えないといけないが焔宮で出来ることも暇つぶしくらいしかないからしばらくは灯花妃と茶を飲むか、夏霞妃のところに行って遊ぶか。
炎刃将については期待は薄いがあの文官がそれなりの役人というなら一応は期待しておこう。
「食堂で新しく汁饅頭を作ってくれるそうですから今日の夕食は楽しみにしてくださいね!」
しばらくは肉まんは考えたくないが、嬉しそうに話すものだし、美味いもんは美味いから深く気にしないでいっかぁ。
食事を済ました後は軽い談笑をして真桜は眠りに行き、私はなんとなく散歩したくて特に決まってない目的でふらふらと廊下を散歩する。
食堂付近も今では誰も使ってないのか静かで次はどこへ行こうかなと悩んでいると夏霞妃の三侍女の一人…確か涵佳が食堂へ入っていくのを見かけた。
こんな夜に何をしてるのかと気になって様子を見に行くが、中で料理?いや、明かりは蝋燭一本でそんなことしないよな?
思い切って声をかけようかと悩んでいると、向こうの方がこちらへ気付いた。
「うわぁ!?」
「そんな驚かなくても良くないか?」
「あぁ?あぁ!小朱か!あたいに何か…というよりも盗み食いにでもきたん?」
今更愛称で呼ばれるのも別に気にはしないが。
むしろこっちの台詞だと言いたいが手元を見ると温水を作っているようだ。
「私は別に涵佳が見えたからなにしてんのかなって気になってな?なんでこんな時間にお湯なんか用意してるんだ?」
「これは天楊が熱を出したから汗を拭いてやろうと思ってだよ、体を冷やすのは良くないって聞くし」
「それは大変だな?医官には診てもらったのか?」
「薬ももらったし、飲んで落ち着いたけど汗が酷かったから綺麗にするのも含めてさ」
それなら見舞いにでも行ってやりたいが私が行くと迷惑だったりするだろうか?
いや、遠慮して聞かないでいるより聞いていい相手なのだから聞けばいいだけか。
「手伝おうか?夜に見舞いはあれだろうから途中までだけど、見舞いとか行っていいなら明日にでも行くぜ?」
「それなら暗いから明かりをあたいの手元に持ってきてくれないか?零したらいけないしさ。見舞いは小朱に移したら悪いからいいよ」
「おう。気にしなくていいんだがなぁ?」
「心配していたってことはあたいから伝えておくからさ。梦慧から聞いてたけど小朱は都合の良いときに良く現れるんだな?」
どういうことかは分からないが蝋燭で明かりを灯すことが都合が良いことなのか?梦慧って言ったって掃除してるのを邪魔した記憶しかない。
「よく分かんねぇが、頼りにしてくれていいぜ?お互いに困ったときは助け合いってな」
「あたいが何か助けになるかは分からないけどありがとうな」
火を焚いて温水を作ってからは鍋のような物に入れて盆に乗せて落とさないように気を付けながら移動しようとする。
「火は消さなくていいのか?」
「あ、忘れてた!」
「私が消しとくからちょっと待ってな」
石窯なんて扱ったことはないが、水をかければ大丈夫だろうと近場の水で鎮火してから涵佳の所へ行く。
「悪いね。手伝ってもらってさ」
「暇してたし、散歩のついでだよ。むしろ私がいた方が邪魔だったかもなぁ?」
「そんなことないって、梦慧の話しを聞いてからあたいはまた話せないか楽しみにしてたくらいさ」
それならもっと頻繁に微睡邸付近を散歩通りにしてもいいかもしれないな。今回は食堂なんていう中央での偶然的出会いだったが。
微睡邸の近くまで行くとここまででいいと言われたので盆の上に蝋燭を置く。その後は扉を開けてやり感謝されつつ涵佳を見送る。
「ありがとうな小朱!」
「おう。三人いつもの元気に戻ったら例の挨拶やろうな」
「今度はあたいが最後を飾ってやるさ」
最後の方が上の立場なのか?そこのところは分からないが、それでも少しでも役に立てたなら良かった。
扉を閉めてからは遠回りしながら自室に戻る。
文官とのやりとりで疲れたのもあるが良い気晴らしにはなれたと思って衣服を緩めてから寝台でゆっくりしていると寝付きが良いのかすんなり眠ってから朝に目覚める。
今日をどう過ごすかを考えていると扉を開ける音が聞こえて振り向くとばあさんが珍しく真桜よりも早く来ていた。
「起きとったんか?」
「さっきな?それでどうしたんだ?」
「おまえさんの積もる話を聞きに来たんじゃよ」
最近でなんかあったか?ばあさんに話せるほど大した話を持ち合わせてない。
昨日のことで言えば饅頭姫と、あぁ文官か。
「そういや炎刃将ってのは強い奴ってのは分かるんだけど文官でも志望できるもんなのか聞きたかったぜ」
「文官?将というよりは炎刃衆として参謀してなら加わることは可能じゃろうが…将のいない状態でなら意味はないんじゃないかのぅ」
「初聞きだぜばあさん。炎刃将っていうのは一人じゃなかったのか?」
「将は一人じゃ。それに炎刃衆なんて過去にも数回しか纏まらなかったわい。実際今の情勢は護衛が一人おればええから文官じゃだめじゃのぅ」
じゃああの文官とは会うことはないかもしれないな。焔宮をうろついていたら現れる可能性はあるかもしれないが。
一応ばあさん以外の助力だから何とかなってほしいとは思うが。
「他にはなんだろうなぁ?」
「まぁええわい、それならこっちの話しをするんじゃが、武闘会は一カ月後に開催できそうじゃ」
「早いな?」
「一カ月前には準備だけはしておったからの。規模を大きくするつもりはなかったんじゃがやるなら盛大にということで闘技会や焔宴会の一カ月前に開催されることになったわい」
「待て待て待ってくれ?闘技会っていうのはなんだ?武闘会の親戚かなんかなのは分かるが焔宴会っていうのは聞いてないぜ?」
「夏霞妃から伝えたと聞いたんじゃが?夏に三妃、そして巫女が合同で食事会をする催しじゃの」
あー、夏になんかするって言ってた気がするな。ていうと…一カ月後に炎刃将が決まって、二カ月後に闘技会という名の武闘会の延長線的なのがあってから、食事会ってことか。
順番通りにいくとしても闘技会ってやつは私とは関係なさそうだな。
「闘技会ってのは私がなんかすんの?」
「見てるだけでええわい。ただ武闘会で炎刃将が決まれば将には出てもらうつもりじゃ」
「それって志望者減らすことになんない?大丈夫なん?」
「腕自慢を呼び込むと言う意味では宮廷で実力を試したい輩が来るから問題なかろうて。それよりも焔宴会についてじゃ、姫巫女の不在もあってか静かな催しで終わっておったが今回はおまえさんに舞踊を教えないかん」
踊りってことは別に構いはしないが、教えるってことは私が踊っていた奴じゃだめってことか。
「誰が教えてくれんの?」
「必然的にわちが教えることになるかのぅ…まぁおまえさんならすぐ覚えるじゃろ」
過大評価って言いたいが、ばあさんがいつか踊りを見せたときに満足気だったのを思い出して宴会で踊らせたかったから喜んでいたってことかと納得する。
「ばあさん腰とか大丈夫か?」
「わちが痛めんようにおまえさんが頑張ればいいだけじゃよ」
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