第17話 舞踊

 炎刃将については一旦置いて。

 二カ月先の宴会に向けて舞踊を練習しつつ、踊りの練習を繰り返す日々が続く。


 ばあさんも気軽に言ってくれるものだから簡単なものかと思ったが羽衣を使った踊りというものを初めて体験して邪魔なのもあるがそれを上手く扱えというばあさんの指示で自分ではどんな風に見えてるのか分からず駄目だしをされる。


 場所も自室ではなく、後宮の西に位置する建物。塾邸と呼ばれる場所で机や椅子を端に詰めて広く場所を取り客は真桜だけでばあさんが段取りよく踊りの手順を教えてくれる。


「だぁぁー!教えてくれるのはありがてえんだけど、このひらひらした奴本当にいるのかぁ?」

「あいっかわらず口汚いのぅ!おまえさんならもう少しできるじゃろうが!」

「使ったことないものはわかんねえよ。いや見たことくらいはあるがこんな高そうな物使わせて貰えなかったしな」


 花町で見た程度だが、私に踊りを教えて遊んでくれた花町の遊女は少なくともこんな羽衣みたいなひらひらしたもんは使ってない。


 自分の手先とは違って風の動きで変わると言うのも厄介で想像してた動きとは違ってばあさんのだめだしを再度食らう。


「でもでも朱里姫は綺麗ですよ?」

「本番は外じゃ。今のうちに慣れてもらわんと羽衣を手放してどこかへ流されてしまうかもしれんのじゃよ」


 いっそ飛ばしてしまった方がいいんじゃないだろうかと思うが、ずっと踊っていると汗が滴り羽衣もなんか湿気ってる感触になる。

 そうなれば新しい羽衣を手渡されるだけなのだが、とにかく暑い。


 他に踊ってくれるやつがいるなら参考にするんだが、焔祭と言い焔と名の付く行事は私に恨みでもあんのかと思考が鈍って来れば。


「しゃきっとせんかい!天下がどうのとか言っとった威勢はどこへいったんじゃい!」

「おぉお…おおぉぉお!」

「声を出しても動きがついていってないわい!」


 一通りの流れ自体は分かってはいるんだが、何が駄目なのかわからん…。


「無理だ!休憩させろばあさん」

「ふぅむ…真桜、水を持ってきてやりな」


 真桜が持ってきてくれる水は温くあまり水分を補給した感覚にはならないが一息吐く。


 この羽衣が憎らしい。もっと使い勝手の良いものを代わりにないだろうか。もしくは羽衣の両先端に重しを乗せたら多少は動きやすくなるかもしれないのでは?


 だめだ。自分が出来ないことを物に当たることでしか発散できない考えになってる時点で冷静になれてない。


「ばあさん、これって宴会のいつやればいいんだ?」

「全員が集もうてから皇帝がそれぞれの話しに耳を傾けて、巫女が皇帝の返答を舞踊で返すという流れかのぅ?」

「ってことはわりと初っ端なんだな。疲れた後に楽しく食事しようって巫女だけ待遇悪くねぇかな」

「逆に言えばおまえさんは皇帝と話さんくても良いと言うことじゃ」


 面を拝みたいとは思ってないが、怠いことばかりではないというばあさんなりの励ましなんだろう。

 それでも皇帝のために覚えてるようなもんだから苦労と報酬が見合ってない。


「今日はこれくらいにするかのぅ…。次は明後日じゃい」

「休みがあるだけでもありがてえな」

「わちが用事があるだけじゃがな」


 水を再度一口飲み、ばあさんを見送ってから真桜が心配そうに私を見るが気にしないように手を振って大丈夫と告げてから再度練習する。


 体が筋肉痛を起こすことがないのがありがたいし、柔軟な体が段々と細かい動作をしても良いのだと理解すれば多少強引に動いても体を捻っても問題はない。


 何回か練習してまた一息吐いていると真桜が不思議そうな顔をしている。


「どうしたんだ?」

「いえ?朱里姫はどうして口では嫌がってるのにこんなに真面目に練習してるのか分からないんです」

「そりゃあ…あー。なんでだろうな?やらなきゃいけないっていうのは分かるけど、出来たら格好いいし。嫌なことは嫌って言いたいし、全部私の言いたいことでやりたいことだからかなぁ?」

「東紅老師が言うほど出来てないように見えませんがそれでもですか?」

「踊ってればもっとこうしたほうがいいかもしれないとか余裕ができたら出来てるってことだと私は思う。今は余裕がないからな。真桜もやってみるか?」

「いえいえっ!私では務まりません!」


 別に遊びの延長線だとは思うが。まぁもう少し簡単な踊りを今度教えてやればいいか。

 今は悪いが自分の事で精一杯だ。


 あと二、三回練習を繰り返して今日はやめて自室に帰ろうかと思っていると塾邸の扉が開きそこから梦慧が出てくる。


「小朱も真桜も張り切ってるっすね!」

「いえいえっ私は何もしてないです!」

「梦慧じゃねえか、どうしたんだ?」

「涵佳から聞いて天楊からお礼を言いたいと言われてたんすけど、小朱がどこにいるのか分かる人がいなくてさっき東紅老師と会って近くだったから冷やかしに来たんすよ」

「見世物ではあるが、そう簡単に見せるのもなぁ…天楊は元気になったのか?」

「おかげさまで元気っすよ。夏霞妃もお礼を言いたいと言ってたっす」


 全員から感謝を頂けるというのもありがてえ話しだがやったことが蝋燭を持っただけなのでそこまでしてもらう義理は感じないな。


「まぁ今度会ったときにでも――」

「飯っすね?小朱は食い意地張ってるっすよね」

「別に食い意地があるわけじゃないんだが…まぁいいや、見ていくなら少しは意見をくれ」


 せっかく探していたのにこのまま返すのも申し訳ないので、一連の舞踊を踊ればそれを真剣に梦慧は見ていく。

 真桜は最後まで踊り切ったら小さい拍手をくれる。


 汗を拭いながら梦慧の反応を見るが、あまり良い反応ではない。ばあさんの言う通りなんか駄目なところでもあったか?


「小朱は焔祭でも踊ったんすよね?」

「あぁ。踊ったが?」

「実際にわっちは見てないんすけど…天楊は見に行ったらしいんすよね?夏霞妃が皇帝に頼んで武官と付き添いで…その時の話しだと楽しそうにしてるって聞いてたんすけど、顔が辛そうなのはどこか痛めてるんすか?」

「えとえと!そうだったんですか朱里姫!?」


 それは単純に注意しながら踊ってるからだが、表情にまで気を遣えてないのは余裕の現れが顕著に出ているからだろう。

 純粋に踊りを体に覚えさせるならひたすら反復練習するしかない。


「仕方ねえなぁ!もう一度見ておけよ!」

「っす!」


 今度は羽衣の動きなどを度外視に気楽に失敗してもいいように踊って見せれば梦慧は笑顔で拍手をしてくれる。


「わっちもそんな知らねっすけど、小朱っぽくて良いと思うっす」

「そうだなぁ?やっぱ楽しいほうがいいんだろうが…まぁ本番ではこれくらい楽しく踊れるようにはしてみせるぜ」


 真桜もさっきよりは笑顔になっているので実際ちゃんと踊れることよりも踊っている楽しさが伝わる踊りの方が周りの目からしたら受けが良いのは確実だ。

 ばあさんや。宴会に集まる人間は目が肥えてるだろうからそうはいかないというのが辛いところだ。


 花町の高級遊女がやる舞踊などを見ていたりもするだろうし、皇帝に至っては先代巫女が見せていた可能性もある。それを考えれば楽しいよりも綺麗に魅せることが大事なのだと思う。


 もちろん私がそこまでに至るとは思えないが、今できないことを出来るようにしてから新たな自分なりの色に染めた舞踊に変えていけば多少なりとも魅せることが出来るようになると信じて。結局一旦覚えるしかない。

 梦慧の言いたいことをちゃんと胸にしまい込んでおく。


「小朱は器用っすね。巫女なんてしなければ夏霞妃の傍仕えとして呼ばれてたっすよきっと。性格もそうっすけど」

「駄目です!朱里姫は私が仕えるお方なんですから!」

「取るわけじゃないっすから。小朱は人たらしっすね」

「私が会話に混ざってないのに変な印象付けねえでほしいんだが?」


 それ以前に下女にも侍女にも毒水を飲まなければという前提があるから後宮なんて無縁だったし全部ぶちまけて実は男でしたなんて言っても冗談扱いされるんだろうなと思うと前の自分が本当にいたのかすらあやふやになってしまう。


 その為にばあさんが私のことを名前であまり呼ばないのはいつでも巫女を辞めてもいいという優しさなのかとふと思う。


 二人で話す分には良い事なのでそのまま練習を続けていると真桜と梦慧で私の踊りに関して話し合い始める。


「やっぱさっきと違うっすね」

「でもでも朱里姫はどちらも綺麗ですよっ!」

「いや…真桜はなんか小朱に対して幻想抱いてないっすか?」

「そんなことないですよ!格好良いし可愛くて綺麗だって思ってるくらいで」

「染まってるっすね…格好いいとは思ったことないっすよ。なんていうか羽衣が小朱の邪魔してるっていうか…焔宴会のために練習してるとは思うんすけどね?」

「えとえと…たしかにいつもよりは力んでるというか、朱里姫は物の扱いが雑ですけど今は丁寧ですよ?」


 褒めてるのか貶してるのか論議を持ち掛けたい気持ちを抑えて練習に一心を注げるが、力んでるという指摘に思うところがある。


 スリやらなんやらしていると普段は身軽でいることを前提に逃げて行く準備をしてから動いているせいか今は少しは慣れたとは言え衣服が邪魔で、羽衣なんて扱ったことがないものを振り回している。


 何かを使って忍び込むだのはしたことあるがそもそも物を扱うなんて武芸の一環な気がする。

 論点からずれているのか?体を使うんじゃなくて羽衣を使って踊ってるように見せながら体の動きを多少サボってもいいのかもしれない。


 その方法が分からないんだがな!


「横で色々言ってくれて助かるぜ。へこむがな?」

「すみませんっ!」

「冷やかしなんで気にしないで続けてどうぞっす」


 邪魔な物をいつまでも邪魔と思わずに刀…というわけでもなく、槍…でもなく、羽衣を武器として扱う思考もいまいち明確な気もしない。

 ばあさんが期待してたことは私の器用さと踊りの技術だと思うから器用なところを生かすにはどうしたらいい?


「朱里姫そろそろお休みになられてはどうですか?」

「あー。そうだなぁ?梦慧もわざわざありがとうな」

「いいっすよ。わっちは踊りとは縁がないっすけど良いものが見れたんでまた皆に自慢しておくっす」


 一体夏霞妃のところはどんな話しをしてるんだろうかとも思うが、まぁ些事か。

 実際意見をもらえたのは貴重なもんだったのでそのまま三人で塾邸を出てから真桜が鍵を閉めたあと解散する。


「皆さん朱里姫をもっと認めてくださればいいですのに…」


 私よりも凹んでいるのか真桜がぼそっと言うが、それは違うと言うのも真桜からしたら困らせるだけだしなんて言ってやるべきか。


「期待っつうのは悪いもんじゃねえよ真桜?私も真桜なら出来ると思って頼み事することあるだろ?それに応えたいって燃える心があればこそ期待以上に頑張れるんじゃねえかな?」

「期待ですか?東紅老師が朱里姫を褒めることあまりない気がしますけど?」

「ばあさんは例外だなぁ?あれは褒め方が下手くそなんだよ、けどたまーに褒められるからやる気になっちまう。真桜のことも良い子だと思ってるから私の侍女にしてくれたんだぜ?」

「それは…あっ、これが期待されることですか?」

「そうそう」


 少しは伝わってくれたようで安心して真桜も少し頬を染めながら嬉しそうにしている。


 こういうことを教えるのはそれこそばあさんの方が上手いんだろうし、ばあさんが直接褒めた方が効果があるとは思うが。真桜には出来る限り今の純粋な気持ちのまま育ってほしいものだ。


「梦慧も言ってましたけど朱里姫は人たらしですねっ!」

「いやぁ…この場合ばあさんじゃねえか?なんだかんだ慕われてるしな」

「そうやって他の人を立てて謙遜するところも素敵だと思います!」


 そんなつもりはないが、真桜が自分で納得する分には良いだろう。

 私があれこれ言って真桜の良いところを消してしまうわけにもいかないし、なにより周りが言って潰れてしまうかもしれないなんてこともある。


 下町の家無し兄弟達が兄か姉に憧れて無理して怪我をすることもあれば死んでしまうことなんて普通にあったことを思い出しながら発言には気を付けなきゃなと真桜が頭の肉まんを横に揺らしているのを見守る。


 自室に戻ってからは衣服などを着替えて体を拭ってからはさっぱりとした気分になるのと同時に夜就寝で真桜が帰っていくのを見送った後に身軽な間に体に踊りを馴染ませておく。


 ばあさんが踊りを教えて以降夜は反復練習を繰り返すが、動きは段々と馴染んでるはずなんだが衣服と羽衣だけで見え方が変わると今日改めて分かったので羽衣をどうやって扱うかを想像しながら練習をする。


 身体的にばあさんは一連の動作を全て見せてもらうわけには行かず一部分だけを見せてそれを繋げて覚えていったが、私の動きをもし客観視することができたらと思わずにはいれない。


 練習を終えてそろそろ眠りに就くかと寝台に寝そべりゆっくりしていると段々と意識が沈んでいく感覚がある。


 深く深く。これはいつもの未来視とやらかと我ながら久しぶりの感覚と呆れて、今度はどんな光景を見せてくれるのかと思ったが自室の扉前が見える景色だ。


 辺りを見渡そうとしても特に見えることはない、変わったこともなく私の部屋の前が映ってるだけで変わり映えがなく、一体なんなのか分からないがそこに現れるのは桃麗妃が私の部屋に来てから扉を叩いていく。


 ただ誰かが出るわけでもなく、桃麗妃もしばらくしてからそのまま少し不機嫌そうにどこかへ行く。


 目が覚めたら、朝になってるのも昨日の疲れが残ったままで体が怠いことを覗けば平穏な未来視だった気がする。それとも夢か?夢にしては空虚な感覚が胸に残っているので未来視だとは思うんだが何のために視えた光景なのか分からない。


「朱里姫起きてますかー?」


 扉を開けて真桜が現れて笑顔でこちらに近寄る。着替えかと思ったがそれだけではないみたいだ。


「今日は焔宮で水浴びが出来るらしいので朱里姫も一緒に行きませんか?」

「あー…そういうことか。肉まんを真桜に渡すよ」

「来ないんですか?朱里姫なら喜んでくれると思ってました…」

「少し事情があってな?」


 焔宮で色んな人間と関われる機会と思うとそれも魅力的だが、わざわざ未来が視えたことが気になって桃麗妃がなにしに来たのか確認したい方が優先だ。

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