第18話 太陽邸 前

 真桜に暇を与えて楽しんでもらうことにして、私は踊りの練習をしながら桃麗妃が来るのを待っていると扉が叩かれ訪問を告げる音が聞こえて向かう。


「桃麗妃お久しぶりですね?」


 扉を開けながら答えると少し驚かれたが、すぐに表情を引き締めてこちらを見る。


「久しぶりね。失礼してもいいかしら?」

「侍女に暇を与えてるので私が茶を入れますが、それでも?」

「構わないわ…」


 私は入れ方とか分からないので美味いかはわからないがそのまま茶葉をもう冷めてしまってる水を入れて用意して渡すと一口飲んで渋そうな顔をするので多分薄いか苦かったのだろう。

 ただ私も同じものを飲むので許してもらいたい。


「急な訪問で申し訳ないとは思ってるわ」

「茶が不味かったならすまないが私も入れ方分からないんだ。悪いな?」


 つい、口調を戻してしまったことを思い出して桃麗妃の顔色を見るが特に怒った様子はないので安心する。


「てっきり話し方について何か言われるかと思ったが?」

「噂には聞いていたからそれでいいわ。どうせ誰もいないのだから気にしても仕方ないもの」

「人目があればちゃんとしろってことな。分かったよ」


 不味いだろうに茶を一緒に啜りながら桃麗妃がなんでここに来たのか話してくれるのを待っていると話しづらそうにしているので私から何か言った方がいいのか悩むと小さく頭を下げられた。


「貴方が嫌な気持ちをしてるのは分かるけれど、そろそろ私の所にも来てくれないかしら?」

「…?なんのことだ?」

「何って、太陽邸に姫巫女が来ないと蕾邸の侍女が毎回言ってくるのよ…灯花妃に指摘していたことは撤回するつもりはないけれど私情でこんな扱いされるとは思ってなかったわ」

「待て待て、何の話しか分からないんだが。灯花妃のことは気にしちゃいないし、桃麗妃の所へ行かなかったのはあの時挨拶したから別にいいかなと思っただけだぜ?」

「けれどあれから侍女を送らせても良い返事は一切来なかったわ?それどころか怒っていると聞いたのだけれど」


 心当たりが全くない。真桜が対応してたなら私に相談するだろうし。

 それにここ最近は佳林とばあさんくらいしか来たことがなかったはずだ。


「順序を追って話してもらっていいか?」

「話すと言っても…訪問してもらうために贈り物を持たせたりしていたはずよ?」

「そもそも桃麗妃の侍女が来たことなんて一度もないと思うんだが?」

「どういうことかしら?」

「私に言われても知らねえな。真桜…私の侍女も追い返すなんてする奴じゃないから私の耳に入ってきてないってことはそもそも来てないっていう方が納得するんだが」


 そこまで言って少し考え始める桃麗妃だが、単純な私の嫌がらせなのか桃麗妃に対しての嫌がらせなのか桃麗妃に侍女がどういうつもりで来てないのか分からないし、どういう性格の奴に頼んだのかも分からない。


 しばらく茶を飲んで待つと、やはり頭を下げられてしまった。


「私の監督不行き届きだわ…箱巫女と私が普段から言ってるものだから勝手に会わないようにしてたのかもしれないわ」

「別に頭を下げなくていいんだが、言うこと聞かない侍女なんているのか?」

「…そうね。私の都合ですわ…貴方に関係のないところで責務を全うできていなかったのは私の失態でしたないかしら…」

「せっかくのところ悪いんだが桃麗妃の顔だと頭を下げるのは似合わないぜ?もっと堂々としてな?侍女が悪いんならそっちの責任だろう?」

「そんなことないわ、あの子たちを選んでいるのは私なのだから私のせいよ」


 そこまで自分を追い詰めなくてもいい気はするが。気の強かった最初の印象も相まってこちらも申し訳ない気持ちになる。


 侍女を責めないのは立場的な意味合いなのかもしれないが、私からしたらそいつらの方が問題あるようにしか思えない。


「聞くんだが桃麗妃は私の事嫌いか?」

「好きか嫌いで判断はしてないわ」

「堅いねぇ…まぁ、桃麗妃が人一倍責任感を持ってるのは分かったが私は桃麗妃のこと嫌いじゃないぜ?好きかと聞かれたら性格を知っていけば好きになるかもしれねえがあんま関わってないからな」

「そう。それでいいと思うわ」

「違うだろ?わざわざここに来たってことは桃麗妃は仲良くなりに来たってことだ。責務や責任がどうのとかじゃなくてもっと単純にいこうぜ?」

「仲良くというよりも巫女に捨てられた妃と呼ばれることが苦痛なだけでここに来た私の我儘みたいなものよ、そう言う意味でも私は間違ったことをしたのか悩んだわ」


 誰に?と思うが灯花妃の侍女達くらいしか思い浮かばないので、お互い仲の悪さに拍車をかけてやばいな。

 どっちが悪いだのどうとかではなく、侍女同士のいがみ合いに勝手に巻き込まれて自分の責任だと思い込んでる桃麗妃が不憫だ。灯花妃ならば勝手に一人で過ごしてるだろうから侍女同士の絡みで苦労してるのは三妃の中で桃麗妃だけだろう。


「沈んでるところあれなんだが今からでも向かうか?太陽だっけ?」

「太陽邸よ。どうかしらね…私の言ったことは聞いてくれてると思っていたのだけれど持て成す準備をちゃんとしてくれているかは怪しいわ…」

「じゃあ行こうぜ?別に毒さえ無けりゃ水でもいいから一緒に太陽邸に行けばいいんだろ?それならそこで駄弁ったら私が行ったっていう事実は残るだろ」

「貴方は何も思わないの?」

「思わねえさ。口がきついのが桃麗妃だろうとは思うが言ってることは間違っては無いと思ってるしな、気にすんなよ。話し方も気を付けて喋るが、いっそ侍女をどっかに追いやってくれたら普通に話せるだろ?」

「それだと意味がないから貴方にもしっかりしてもらわないといけないけれど…お願いしてもいいかしら?」

「任せとけって!」


 善は急げとばかりに桃麗妃と一緒に北東に向かうが、道中私に対しては露骨に挨拶が無く桃麗妃に対しては丁寧に扱われているのと眺める。


 どうしてまたこんな扱いづらい連中を従えているのかは分からんにしても桃麗妃は平然とさっきまでの弱気だったのがまるで無かったかのようにキリっとした顔で進んでいく。


 その際に掃除や荷物運びをする侍女に指摘することもあるし、ちゃんとしてる…してるんだが。


 灯花妃が放任主義で、夏霞妃が有能故に任せられる侍女達だとして。

 桃麗妃は一人一人細かく言い渡していて、それぞれが仕方なくやってる感が否めない。怠そうにしてるとかではないんだが、仕事だからやってるというだけで丁寧さに欠けるし、人数で一人でも良いような仕事を補ってる感じだ。


 改めて真桜は凄いんだなと思うが桃麗妃からしたら大変なだけじゃないだろうか?


 太陽邸に着くと特に変なところもなくそのまま進み客間へ桃麗妃に案内されるが中を覗いた桃麗妃が私に見せないように扉を閉める。


「どうしました?」

「いえ…準備が滞ってるようなので私室へ来ていただいてもいいかしら?」

「いいですよ?」


 何か言い付けをしていたのをサボっていた侍女でもいたのだろうと思ってそのまま私室に案内される。


 後ろを見ればいつの間にかついてきた侍女が数名。この中に侍女頭もいるのかは分からないが私に対して敵意のある視線だけは感じる。


「席へ座ってもらって…茶菓子は用意してあるわね?」

「桃麗様こちらに」

「朱里姫、改めて本日はお越しいただいてありがとうございますわ」

「大丈夫ですよ。桃麗妃とは以前からお話したいと思ってましたので」


 堅苦しい挨拶だが、桃麗妃が望んでいるであろう言葉を渡すもののあまり機嫌がよろしくないのは侍女のせいだよな?


 お茶を淹れられて用意されるも、口にするのが少し怖いので桃麗妃の方を見ると察してくれたのか。


「私と容器が入れ替わってるみたいだわ、こちらの方が客人にお渡しする茶器ですわ」

「そうなのですか。桃麗妃自らやっていただいてありがとうございます」


 一応桃麗妃がそのまま飲んでもいいか不安になって周りの侍女を見るが、一人。表情が違う人がいる。

 先ほどお茶を用意したのはこの人なのか、桃麗妃はそのまま飲んだあと私が淹れたお茶の時と同じ表情をしたので、不味かったんだろうなとなんとなくだが分かった。


 こちらも飲まなきゃいけないと思って飲むが、普通に美味い茶だ。


「朱里姫いかがでしょう?」


 お茶の事?周りの視線が圧凄いこと?もっと言えばいままで流れでやってきたことが通用しなさそうなところ?


「良い…茶葉ですね」

「それならよかったわ。貴方も知ってるとは思うけれど紅葉邸店から仕入れたものなのよ」


 知らんがぁ?打合せ無しにこんなこと言われたら戸惑いそうなものだが謝罪に来た桃麗妃がわざわざこんな言い回しをするってことは助け船を出しつつ周りが針の筵状態なのを気にしてか?


「あそこのお茶は美味しいと聞いてましたので桃麗妃が用意してくれたこと嬉しくおもいます」

「今日淹れてくれたのも紅葉邸店の息女なのよ。そうよね?」

「はい…はk…朱里姫が喜んでくれると思い一番良い物をご用意させてもらいました…」


 先ほど一人だけ表情が違った侍女が前に出てきて説明してくれるが、桃麗妃の方の茶は不味かったんだよな?商家の娘が侍女をしてるのも驚いたが性格がどうにも好かん。

 嫌がらせしたいなら桃麗妃がここまで頑張ってるのに努力を泡にしたいのか?


「そう…あなたが?でしたら私、姫巫女!として。桃麗妃!の代わりに巫女の加護が実家である紅葉邸店に考えておきますね?桃麗妃の代わりに!」

「は…はい…ありがとうございます……」

「そ、そんなに朱里姫は気に入ってくださったのね。嬉しいですわ。ただそろそろ私ともお話しましょう?」


 気に入らんから強めに言ってしまったが、ここはもっと侍女達に言った方がいい気がするんだが桃麗妃も遠慮気味だからしないにしても今後は出会えば言ってやってもいいかもしれない。


「夏霞妃から聞きましたが、朱里姫は饅頭と甘味を好んでるとか」

「饅頭…まぁ好きですね。夏霞妃から聞きましたが夏霞妃からもお茶菓子として桃麗妃の用意されたものを頂く機会がありましたよ」

「それでなのですが、少ないですが砂糖を直接渡しても困るかと思いまして日持ちする焼き菓子を用意しておいたの。もらってくれるかしら?」

「嬉しいですけど、やはり砂糖は貴重な物なのに渡していいのですか?」

「食さねば素材として用意された意味がありません。そして私は貴方に渡すことがこの菓子の意味なんだと思ってますわ」


 いちいち言い方が堅苦しいが、とにかく贈り物を用意したから受け取ってほしいってことだろ?

 席を立ち、棚から持ってきたのは金属の箱?包装からしてこんな貴重そうな物を用意するってのもどうなんだ?


「これは桃麗妃が作られたんですか?」

「箱のことですか?それは当家の職人が作った物ですが焼き菓子は私が作りましたわ」

「でしたら心が籠っていてどの焼き菓子よりも美味しく食べれるでしょうね」

「冗談が上手いのですわね」


 あー、褒めたりすると冗談扱いされるのはあれか?そういう作法なのか?

 桃麗妃からも言われるとは思わなかったぜ。


 どの妃も引き籠ってばかりだと思っていたが、よくよく考えたら桃麗妃は食堂の周りで灯花妃と出会っていたのを思い出し、それを考えたら結構な頻度で外に出歩いているのかもしれない。


「その…朱里姫に直接持たせるのは申し訳ないので、こちらに見送りをする際に持たせましょうか?」

「いや…いえ、最近東紅老師の指導で体を動かすことが多いので自分で持って帰ります」

「そうですか。巫女としての責務を全うされるよう努力されているのであれば私も安心ですわ」


 言いにくそうにして、断れば安堵してるのは侍女を信頼してないのか。それでもここで一番偉いのは桃麗妃なのになんで侍女に遠慮してるような振る舞い方をしてるんだ。

 侍女も侍女で桃麗妃を后妃にしたがってるとばかりに思っていたがむしろ嫌がっている?そんなことありえるのか?


 話しもろくに弾むことはなく、周囲の侍女を紹介するような桃麗妃の言葉を聞き流しながら様子を伺うが、このぞろぞろ居座ってる侍女全員を紹介されたことで気付く。

 こいつら紹介されたいためだけにいたのか。


 そして桃麗妃は立場が上なのにむしろ雑用をしてるようにさえ思える。これじゃどっちが侍女か分からんぞ。


「桃麗妃…私は桃麗妃のことが聞きたいです」

「私の?と、言われましても私のことなんて商家の成り上がりみたいなものですわ」

「私は初めて桃麗妃にお会いした日、なんて責任感が強く自分を持っているんだろうと思いましたが。それは私の勘違いだったのでしょうか?」

「…っ!もちろん責務を全うするために私はいまここにいますわ」

「比べるものでもないかもしれませんが。私は灯花妃とも夏霞妃とも話しをして、その二人はどちらも私と話してくれました。侍女と話しに来たのではありません」

「それは…そうですわね。配慮が足りませんでしたわ」

「むしろ配慮してるからこうなってると私は思いますよ…それを踏まえて桃麗妃、普通にしていいですか?」


 桃麗妃なら頭が回るだろうから伝わるだろうと思っての言い回しだが、最初こそ分からなくて不思議そうにしてたが気付いた途端に首を小さく振る。


「普通…それは朱里姫にとっても良い事とは思えませんわ」

「良いか悪いかより、楽しいか楽しくないかを私は考えてます。今の桃麗妃は凄く窮屈で太陽邸?に縛られているように見えますが…それが桃麗妃の言う責務というやつですか?」

「朱里姫のためにも言ってるのですよ。今後ここで生活をしていくのなら立場ある者として――」

「だぁあー!知らんね!私がここまで言っても分からないなら言ってやんよ、桃麗妃じゃなくてそこにいるお前らにだ!」


 私は桃麗妃の飲みきれてないお茶を奪い飲むと、私が淹れた茶なんかとは比べることもできないくらいに不味い。苦い。渋みも相まって後味に苦味が続く。


 こんなもの良く我慢して飲めたな。


「まっずい!名前なんだったか?こんなものを飲ませようとしてたなんて私を馬鹿にしても桃麗妃を馬鹿にしてるとしか思えねぇ。潰れちまえそんな店!おっと?言っとくが桃麗妃が悪いと思うか?私が悪いと思うか?客に不味い物を出して主人に守られることを当たり前としてるお前の方が断っ然と悪いね!他の奴は知らねえが今後もこんなことがあるなら私は箱だか饅頭だか知らんが巫女だ。そして東紅老師に告げ口を堂々とする!だから言いたいことあるならこの場で言ってみろ」


 一人だけを指名して近寄って圧を掛けるが、半泣きになってるその姿を見ても可哀相だなんて微塵も思えない。


「桃麗妃?悪いが窮屈だ。太陽邸はこの私室に限り素敵な場所だと私から他の奴にも言っといてやるよ。だから次からは私のところに来い。私の侍女は茶を淹れるのがそいつより美味いから安心して来てくれ。あと菓子ありがとうな」

「まっ――」


 そのまま太陽邸を後にすると侍女達からの敵意が雨のように感じるからいっそ清々しいくらいに思える。

 これは灯花妃の侍女と話せる機会が少しほしいな。佳林は毎日来るだろうし少し話してみるか。

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