第19話 太陽邸 中

 自室に戻るとすることないので舞踊の練習をしていると昼飯を食べることも忘れて夜になっていたのか、真桜が楽しそうに夕飯を持ってきてくれた。


「朱里姫の好きなものですよ!」

「肉まんてぇことかぁ…それよりも水浴び楽しかったか?」

「はい!朱里姫の侍女だからこそ焔宮のみんなと仲良く遊べて楽しかったです!朱里姫は今日はどうでした?まさかずっと練習してたんですか?」

「あぁ…まぁ半分くらいはそうだな。あとは桃麗妃が難儀な性格してることが分かったくらいだ」

「桃麗妃?」


 あまり人に話すようなことじゃないだろうから適当に話題を逸らすが、侍女問題に関してあそこまで言ってやれば桃麗妃の言うことを聞いてくれるとは思うが。

 逆に桃麗妃が面倒を見るような真似をして甘やかすようなら責任強い桃麗妃のやりたいことが分からなくなる。


 それぞれが后妃を目指す。夏霞妃が望まなくても二妃の気持ちはそのはずだ。

 私がとやかく言うことではないが。侍女が、真桜がこんなに尽くしてくれている存在だというのならそれは身内みたいなものだろう。

 それが信用できないっていうなら桃麗妃は一体誰が味方だと言うのか、孤独に頑張り続けるなんて寂しいことするくらいなら楽に生きたいと願わないのか?


「朱里姫はまた悩んでる顔をしてますね?」

「そうかぁ?そうだなぁ。私が出来ることっていうのはばあさんの言う通り祭事くらいしかないんだろうが、腹に一物抱えていたとしても私から見たらどいつも良い奴だからな。他にできることをしてやりたいのさ」

「他?どいつもこいつも?朱里姫は人を助けないといけないんですか?」

「そんなことはねぇさ。暇なだけだよ、暇だから余計なことを考えてるだけさ」

「えとえと、私にはわかりませんが…朱里姫は確かに頼りになります。傍にいてくれるだけできっと何かしてくれるんだろうなって、朱里姫はそうは思わないと思うかもしれません」

「課題評価だねぇ…」


 特に何かしたこともないし、今までもなんとなく上手くやれてたことをやって、これからも出来そうなことをやっていくだけだ。

 何かを目指してるわけでもないし、楽しければそれでいい。


 楽しいと思えるから今も頑張って踊りを覚えてるに過ぎない。


「初めて…」

「ん?」

「初めてお会いした時、なんて綺麗な人なんだろうと思いました。ちぐはぐな喋り方も人とあまり話したことないのかななんて思ってました。

 けどそんなことはなくて誰よりも真剣で東紅老師を助けた時に今までの私と比べちゃいました。

 私は人紹介で下女になったんですよ。それが人攫いなのか親切で紹介してくれたのかは分かりませんが、ここで関わっている人たちと一緒にいて。


 あぁ…景色が暗いなぁって思ってました。傍仕えに選ばれた後も灯花妃と一緒に過ごしても暗くて何もなかったんです。お仕事は一生懸命こなせばお給金が入ってると思えば使う機会も全くないですがいつかは私も誰かと添い遂げるか一人で暮らすにしてもそれで生きれるならいいかなって。


 でもでも。朱里姫は違いますよね?それでいいんだと思います。むしろ私は朱里姫が真剣で誰かを思いやって、楽しくするために笑顔で私を暗いところから救ってくださるような。ずっと思ってたんです!どうしてこんなに綺麗に生きていられるんだろうって!

 誰より練習して、文字も私が分からないところを先に勉強して覚えて何事もなかったかのように教えてくださるところも。そんな朱里姫に私は…」


 何を言ってやるべきか…。真桜が普段どんな気持ちで過ごして私の侍女になってからどんな気持ちだったか。それは私が決めることじゃない。


「贅沢かもしれません。我儘かもしれません。朱里姫は東紅老師を褒め方が下手と言っていましたけど朱里姫は誰かに頼るにしても自分で先に何かしてから相談しています。私では駄目でしょうか?私も楽しくなってみたいです。朱里姫が見てる景色を私も見てみたいんです」


 底辺を知ってるから今が楽できているなんてことを言っても真桜は分からないだろう。

 いつ死んでも構わないから悪い事だと知ってても真面目に頑張ってる奴から盗んだりして身内と気楽に過ごして明日も兄弟達が楽してればいいだろうと自分の命を軽んじて考えて今も結局ばあさんとの成り行きで過ごしてるだけの私がそんな大層な存在なわけがない。


「真桜、気持ちは分かったよ。じゃあ後宮の規則とかどうでもいいから楽しくやろう。まだやらなくちゃいけないことを沢山残してるが、それも全部含めてやりきってやろう」

「はいっ!朱里姫は心配してる顔よりもその悪い顔の方が素敵です!」

「それは誉め言葉かぁ?私からしたら誉め言葉か。じゃあ頼りまくることになるが、灯花妃と太陽邸の侍女達について聞けることを聞いていってくれないか?私はばあさんとの練習もあるが夏霞妃に直接聞いてくる」

「主にどんなことを聞けばいいんです?」

「それは太陽邸の侍女についてだな。どう思ってるかとか、佳林辺りなら答えてくれるかもしれないが灯花妃が何するか分からないから侍女全員を管理しきれてるとは思えん。逆に太陽邸の侍女については…桃麗妃についてどう思うか聞いてきてほしい」


 桃麗妃が言っていたのは灯花妃陣営の方から巫女から見捨てられた云々と言っていた。それなら灯花妃が言うわけないと思うので侍女達からの出所だとは思うが。

 正直佳林がそんなことをしてるとは思えない。灯花妃のお使いも真面目にこなして暴走を抑えるのをやっているのも侍女として比較的まともな事だと思う。


 となれば今日の太陽邸の侍女が見せてきた反応だ。もし本当に私が思い描くこの構図が成り立つなら。桃麗妃に届く情報は灯花妃の侍女、もしくは太陽邸の侍女が勝手に桃麗妃へ嘘の情報を告げているという可能性だ。


 そこまで単純なら難しいことを考えなくてもいいんだが、逆にそこまで単純なら非常に怠い。太陽邸の侍女を桃麗妃が解雇するとは思えない。

 ちゃんと真偽を確認した後は桃麗妃に改めて事情を聞いてどうしたいのかを聞かないといけない。


「朱里姫はやっぱりみんなが仲良くしないと駄目なんですか?」

「それが理想だが。桃麗妃は頑固そうだからなぁ…ただ夏霞妃が協力してくれるなら桃麗妃は否が応でも仲良くなりに来るだろうさ」

「夏霞妃のこと信用されてるんですね…?」

「適材適所ってやつだな。私も灯花妃も桃麗妃とは仲良くないから夏霞妃に頼むってだけだよ」


 やることを決めたら後はこっちで先に焔宴会とやらが起きる前に女たちの宴会を先に開いてしまおう。

 場所は都合が良いことに私が練習してる塾邸があるからあそこで十分な広さはある。


 真桜がどれほど頑張るかは分からないが、桃麗妃が口を堅くしても侍女はどうせ言うこと聞いてないからそのまま答えが聞ければいい。


 次の日になればばあさんが現れて大人しく練習をするが、時間の空いてる時間練習してるからか、今日の駄目だしは減っている。

 昼には解散となったので良かったのだが。今日はこのまま汗を拭いてから夏霞妃の所へ行こう。予め行くことを告げていないから留守の可能性や子供の世話をしてるかもとは思うが話すことは少ないので大丈夫だろう。


 微睡邸へと向かい、道中珍しいことに今まであまり接点のなかった天楊がいた。


「あ…」

「よっす」

「朱里姫来られたんですね…!梦慧、涵佳と続いたらわたしにそろそろ来るとは思ってました心の準備が…!」

「いやいやそんな緊張?驚くことないだろう?普通にしてるだけだって、それに今回は夏霞妃の所にいきたいんだけど。駄目か?」

「夏霞様?大丈夫だと思いますよ…?あっ、どうしましょう…洗濯物…」

「別について来なくていいぜ?」

「そんな…!でも…それじゃあお礼だけ言わせてください。わたしが病に陥ったとき心配して涵佳のお手伝いをしてくれてありがとうございます。嬉しかったです…!」

「おうよ、なんなら移してもいいから看病してほしかったら言ってくれよな」

「朱里姫は冗談が好きなんですね…!」


 そのまま分かれてからは天楊の病み上がりを心配するが、涵佳の心配具合から動いてもいいと思ってのことなんだろうし大丈夫だろうと思いそのまま向かう。


 微睡邸の扉を叩いてしばらく待つとゆっくりと扉は開き見ない侍女が出てきた。


「その御姿…朱里姫でございますか。わしは夏霞様の侍女頭を務めている丹三と申します」

「おう?だから見たことなかったんだな。夏霞妃に会いに来たんだけど忙しいかな?」

「いえ。朱里姫が来たのでしたら喜ばれることでしょう。中でお待ちいただけますか?」


 言葉に甘えて入った後だんさんとかいうばあさん。結構老齢な人もいるんだなと思ったがむしろ風格があって一番仕事が出来そうな侍女だと思う。


 しばらく待てば夏霞妃が手を振りながらこちらへやってくる。


「あは~、来てくれて嬉しいな~小朱はあたしの侍女が好きで来てくれないかと思っちゃった~」

「好きと言えば好きだが夏霞妃のことも私は好きだぜ?話してて落ち着くしな」

「ありがとうね~?」


 挨拶しながらも手招きされるので案内されるのは以前も使わせてもらった客間だ。

 そこにいたのは涵佳で、部屋は窓を開いているところから掃除途中だったのだろうか。


「涵佳も久しぶり?」

「あたいは夏霞様の侍女、涵佳!」

「私は姫巫女!朱里!」

「いやぁ、久しぶりじゃないけど小朱が来ないと夏霞様が嘆いていたので来てくれて嬉しいな」

「それは言わないで~!」


 やはりこの挨拶は夏霞妃の前だとやらないといけないっぽい。

 油断していたから出遅れたが、それを気にしないようなので涵佳が二人分の席を引いてくれてお茶などもすぐに用意してくれる。

 梦慧だけじゃなく涵佳も手際が良いのは予想してた通りだが、仕事が誰でも出来るのだろう。


「それで~?小朱はどうしてきたのかな~?」

「ダチの所に来るのに理由が必要かぁ?」

「あは~、小朱が忙しいのは知ってるよ。それでも灯花よりもあたしの所に来るってことは話したいことあったんじゃないかな~ってね?」

「そうだなぁ?灯花妃は何故か私を好いてくれてるしな。夏霞妃に聞きたいんだが以前は駄目だと言われたが三妃で飯を食おう」


 まだ詳しいことを決めてるわけではないが先に要件だけ伝えても夏霞妃ならなんとなく伝わる気がしたのでかなり省略して伝える。


「そう聞くってことは太陽邸に行ったの~?そっか~…小朱はそうなっちゃうんだね。あたしから言えるのは太陽邸は言うなれば防波堤みたいなものなんだよ~」

「そんな言い方するってことはあそこの侍女達が問題児だらけってことか?それを桃麗妃が一人で抑えるため?」

「問題ある子は少なからずいるね~。自尊心が高くて自分にもまだ妃になれる機会があるかもとか~?もしくは宴会で誰かに色目を使う気なのかもね~?」

「桃麗妃があまりにも雑じゃねえか?私の所へ使いを寄越してた侍女が仕事放棄して桃麗妃に嘘ついてたりするくらいだぜ?いくらなんでもあんまりだろ」


 夏霞妃があまりにも落ち着いてお茶を飲むものだから、私も一息吐くために茶を啜る。


「言いたいことは分かるよ~?ただ三妃で集まれば結束したと思って余計に敵対心を持って…その敵意は桃麗妃に行くんだよ?」

「解雇するわけにはいかないのか?」

「桃麗は商家の成り上がり。そんなことを知ってる他の商家から下女に来た子は夢を見ちゃうんだよね~。桃麗はそこそこ程度の商家の娘なんだよ。そこで自分より下だと思っていた桃麗が選ばれたことに不満を覚える商家の息女たちは結託しちゃうわけだ~」


 そんなの逆恨みだろ。

 それに結託したとしてもそんな不穏分子を下女ですら無くせばいいだけなんじゃ。


「解雇…ってことはさぁ、宮廷が早々口出しできることでもないんだよね~?桃麗は彼女たちを侍女にして機会を与えるということをして、彼女たちは桃麗に侍女にしてもらう代わりに桃麗の実家との商談は円滑に進ませてくれる。お互い利害を与えあってるんだよ~」

「そうか……だからあんな太陽邸の侍女達は傲慢なんだな」

「傲慢か~あは~、はっきり言っちゃえばさ~。桃麗には応援だけしておいて頑張ってもらうしかないかな~?」


 そしたら放置して桃麗妃が一人で孤独に頑張って潰れるまでやるしかない。

 責任感が強い桃麗妃のことだから全員に対して毎日神経使って精神的負担ばかりで得なんて全くないんじゃないのか。


 だとしたら誰かが止めてやらないとと思うが、それは私が止めることで桃麗妃の努力を遠からず否定してしまうことになるのか?


「それで?どうするの~?」

「宴会をしよう」

「それだと…」

「私は仲良くなりたいからって理由だったが、桃麗妃の負担を減らすための宴会なら問題ないだろう?男女混じって交流会を開こう」

「皇帝が許すと思う?後宮そのものの否定じゃないかな~?」

「あぁ、だからその日一日太陽邸の侍女は全員私が奪わせてもらう。姫巫女の侍女は焔宮までなら自由に行き来できるから向こうに迷惑をかけることになるが、残りもんの私達は私達で宴会を行う。それでようやく桃麗妃の本音を引き出せるんじゃねえか?」


「夏霞様。発言良いかな?」

「涵佳?」

「あたいは別にそれでいいと思うな。夏霞様も普段から桃麗妃のことは心配していたし、ただお目付け役がその場合必要ってんならあたいと、灯花妃から佳林。巫女の宴会には天楊と梦慧がいれば十分かと。真桜には伝達役に徹してもらえば今後禁止にされるかもしれないけど可能だと思うかな」


 段取りまで深く考えてなかったがさすがは夏霞妃の侍女というか涵佳だ。

 横から聞いていただけでそんなすぐに思いつくなんて芸当できないだろう。頭の回転が早い。


「ま~禁止にはされちゃいそう?太陽邸の侍女が全員いきなり姫巫女の侍女になるなんて暴挙…あは~、それなら灯花の協力も必要だね~?」

「佳林に関しては分からないが灯花妃の侍女達のことをもう少し調べて大丈夫そうならお目付け役に使えそうな人を涵佳に送れるとは思う」

「準備自体はどうするつもり~?宴会を二つ同時に行うわけでしょ~?」

「これは半分運だが、一つ心当たりはあるのと、もう一つは私の侍女は夏霞妃の侍女と比べても有能だって信頼だな」


 私がやることは三妃の宴会を準備すること。実際どうなるのかは分からないが規模は小さくても話し合いができる環境であればそれでいい。


 太陽邸の侍女達の説得はどうするかも私が用意できるのは有望な婚姻相手探しを手伝ってやることくらいだが、今思えば運でしかなかったが以前出会った文官がまだ書庫に籠ってる性格なら会えるかもしれない。


 ほとんど人頼みで情けない話しだが、役人との交流が出来る機会なんていくらでも太陽邸の侍女が欲しがるならそれを餌に桃麗妃を頂くだけだ。


 あとは。


「あとは~東紅老師かな~?」

「そうだな…ばあさんは協力してくれるかは分からねえが…今までなかったことをやろうってんだ。燃えるだろ?」

「いいよ~、私からも大賛成って言っておいて~?燃やして二つの宴会で太陽邸の侍女にお灸を据えて少しは自信過剰な自分の立場を分かってもらわないとね~」


 和やかな話し方で騙されそうになるけど夏霞妃も結構言うこと言ってるよな。意味自体は私が言いたいことを言ってるようだし、ばあさんは夏霞妃のことをどう思ってるんだろうか。


 二人から応援をもらって、踊りの練習がある以上時間、その時間でばあさんを説得しつつ灯花妃に相談だな。


 やるなら盛大に、大きく。それでいて楽しくだ。焔宮にも事前に連絡をいれないといけないだろうしな。


 本当頼りにしてるぜ真桜。

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