第20話 太陽邸 後
「ばあさん相談があるんだが?」
朝から練習を続けて、駄目だしが少なくなってきたところで私は声をかける。
「なんじゃい?改まって言うのは珍しいのぅ」
「あーなんだ?何から話すかとか説明とか色々考えたけど、ばあさんは太陽邸の侍女についても詳しいってことでいいんだよな?」
「…そうじゃのぅ。桃麗妃はよう頑張っておるわい。わちはおまえさんなら気にかけるじゃろうとは思ったがその件かの?」
「ああ、まさにその件だ。私ができることなんて…って言うと駄目だな。私は少しでも桃麗妃を助けてやりてえ、それが気休めでもいい、ただ今息苦しい環境から少しでも楽をさせてやりてえ。そんな自己満足だ」
できれば侍女解雇なんて言うのがいいにしても実家を盾にされてるなら、后妃に選ばれない限り余計なことなんてできない。
もしかしたら后妃になりたいと責任を。家を、家族のために必死になってる。そう思うと手を伸ばしてやりたい。
「ばあさん、太陽邸の侍女は言うなれば皇帝の嫁さんに選ばれなくてもそれなりに身分のあるやつらと繋がりができれば不満は減ると思うか?」
「減るじゃろうな、じゃが一人二人不満が減ったところで解決なんてせんわ。おまえさんが頑張っても知名度が少しばかり出とる巫女が呼びかけても数十の小娘が一人で満足するだけじゃ」
「それをさ、太陽邸の侍女全員を私の侍女にした上で焔宮で宴会をしたい。もちろんこれだけじゃ効果は薄いだろうが、夏霞妃からの支援は貰える約束はもらえた。灯花妃にはまだ話しは通してないが協力してもらえるようにするつもりだ」
夏霞妃に言ってもらえたことを少し説明して「夏霞妃ならそう言うてもおかしくないのぅ」とだけ。
反応は薄いから多分まだ何か足りてないのだろう。
「ばあさんにしてもらいたいのは一時的に太陽邸の侍女を私に全員してほしいんだ。そのあとまた桃麗妃のところに戻してほしい。できれば手伝っても欲しいが最悪それだけしてくれれば、桃麗妃と夏霞妃、灯花妃で話し合い解決策を三人で探っていきたい」
「太陽邸の侍女を遠ざけたところで戻ってからまた桃麗妃が面倒を見るならなんも解決せんではないか」
「分かってる。だから私が桃麗妃を説得する」
「説得じゃと?」
「この後宮でできることなんて限られてるからな。ただ私という存在はルクブティムではそこそこ重要な存在なんだろ?私が皇帝に桃麗妃の実家を守ってもらえるように直訴する。それじゃあだめかぁ?」
色々考えた。人脈がないから文官に頼って焔宮を少しは盛り上げてもらおうとか、太陽邸の侍女を贔屓してもらうことや。
ただどれも確実性なんてない、私に権力なんてほど遠い存在だと十分に理解しているつもりだ。
だったらもう皇帝になんとかしてもらうのが一番早い。
「おまえさんが言うたところで小娘の戯言じゃぞ。なにより皇帝から遠ざけるためにおまえさんを今まで会わせんようにしておったのに自分から会いにいってどうする?ルクブティムでそこそこ重要じゃあないんじゃ。ルクブティムにおいての巫女は他の巫女と比べて遥かに貴重なんじゃよ。素質そのもんがないとなりたいからなれるもんじゃない」
「だから婚姻だろ?探すよ、そうそう私の都合の良い男なんているかは分からねえが頑張っても子供ができなかったとなれば皇帝も文句は言わんだろ?」
「そうなればおまえさんよりも男の方に種無しと判断されて皇帝が言う相手と結ばされるだけじゃ。おまえさんが思うより巫女への執着は…妄執は激しいんじゃ」
その時が来たら案外そん時かもな。正直男に組み伏せられるというのは想像もできないし、今でも想像つかないが。
それでもだ。私は桃麗妃が頑張ってるのを知った。真面目にしてる奴なんて馬鹿だと思う。
でもそういう馬鹿がいないと私みたいな貧民は生きていけない。兄弟達は私がなんとかして生きてるだろうが、他にも馬鹿みたいに真面目な奴も生きることに必死なやつもいる。
「作ってやんよ。正直不安だ。妹が着飾って憧れた世界っつう中には理想の男がいたりしてそいつと家庭を持って、幸せ?とかそう言うのも含まれてんだと思う。俺は…そういうのはねえと思う。だから、私として改めて死んだ奴じゃなく私として、誰かの憧れた世界に身を投じて今いる姉妹達を守ってやりてえ」
私と遊ばないとすぐに拗ねてしまう灯花妃。
私の性格を認めてくれる夏霞妃。
一番責任で苦しんでるのに誰かの心配をしてやったりもできるのに自分の事が疎かになっちまう不器用で仕方ない桃麗妃。
あいつらを私は姉妹として見る。そして小細工しか出来ない私が性格が小難しい侍女の妹共を私という姉で埋めてやりたい。
「そん気持ちは嬉しいが…おまえさんが身籠るとは限らん…事情を知っとるわちじゃから言うが最悪の場合を想定すれば清い気持ちも穢れるほどに軟禁され為されることもあるかもしれんのじゃぞ」
「ばあさん言ったはずだぜ。私は朱里だ。そして姫巫女だ。どうにもならなかったときは皇帝と心中して次の世代に託すくらいのことはしてやんよ」
「そうなった方がしんどいわい。皇帝に直訴の件は分かったわい。じゃがな…それは桃麗妃がおまえさんに助けを求めてきたらじゃ。宴会の件は好きにするとええわ。わちも宴程度なら人員を少しは呼び込んでやるわい」
「助かるぜばあさん。あまりにも皇帝の件で脅してくるもんだから不安は尽きねえが、どうせ死んだ命だ。燃やし尽くしてなんぼだ」
こちらで選んだ奴と子供が一人でも出来れば後は自由と思えば耐えれないことはない。
その子供がどんな扱いをされるのかと考えたら私が生きてる間に少しでも巫女について詳しくなるか皇帝の巫女好きをなんとかするか寿命で先にくたばることを祈っておくとしよう。
「今日は終了じゃ。どうせおまえさんは夜で勝手に練習するじゃろう。それよりも灯花妃や真桜のところへ行ってくるとええ」
「気が利くな。昨日から真桜に色々頼んでいるがあんまり進捗は進んでないみたいだから明日も休んでいいか?」
「そうじゃの…一週間じゃ。焔宴会ほどの規模がなくてええなら一週間あれば準備はできるじゃろう。そしたらおまえさんのやりたいようにしてみい」
期限をもらいそのままの足取りでばあさんに手を振って灯花妃の所へ行く。さすがに外出してるとかは無いと思うが今日も練習があると佳林を追い払ったこともあるから多分蕾邸でいつも通り過ごしてるはずだ。
私が歩いてることで隠れた視線を蕾邸の侍女から感じるが特に何か言われるわけでもなく、そのまま訪問するために近場の侍女に呼んできてもらうように頼んでからしばらく待てば灯花妃が直接出てきた。
「朱里姫…!今日は会えないのではなかったのですか?」
「すまねえな。最近は忙しかったし、これからも忙しいんだけどよ…灯花妃に頼みがあって来たんだが大丈夫か?」
「頼み?あ…私に会いたくて来たわけではないんですね…そうですよね…」
「会いたいなんて毎日でも会いたいに決まってるだろう?」
「毎日!?本当ですか!あ!立ち話もあれなので入ってください!」
気分が沈んだり戻ったり大変だなと思いつつ。佳林の姿を探すも見つからない。
今日は知らない侍女がお茶を用意してくれて灯花妃は私から話しをするのを待っている。
「佳林はどうしたんだ?」
「え?真桜と一緒にどこかへ行きましたよ?てっきり朱里姫が必要としてるのかと思い許可しましたが」
「そうか?じゃあまぁ後で聞いておくか」
真桜が呼んだということは太陽邸に一緒に行ったのだろうか?事情を聞いてほしいとだけ伝えていたが何か真桜もしたがってるのか?
「灯花妃、私と夏霞妃、それと桃麗妃で宴会をしよう」
「ん?焔宴会のことですか?それならまだ先の話しだと思いますけど」
「いや、侍女には侍女で宴会をしてもらって、少しの侍女に残ってもらって私達で一緒に話し合わねえか?って誘いだ。その為に佳林を借りたりとか色々したいんだが…どう思う?嫌だったりしないか?」
「私は構いませんが桃麗妃が参加すると思えませんよ?夏霞妃のことも私は詳しくないですし…」
「私がなんとかするからそこは問題ねえさ。灯花妃がどうしたいのかを教えてほしいんだ。そこだけは無理させたくねえしな」
「朱里姫と一緒にいれるなら嬉しいことです。もちろん無理なんてするはずもありません。ただ…侍女というのは蕾邸の。私の侍女たちもその別の宴会へ招待させてもらってもいいですか?」
灯花妃は自分の侍女が他との交流を避けたがってると思っていたが、予想外な提案で少し驚く。
別に人数が増えることは文句はないし、佳林を向こうに送るつもりだったから混乱することはないと思うが、真桜が関係性を調べてる最中だから少し待ってほしい気持ちもあるが…。
「灯花妃はそれがいいのか?」
「はい。私には朱里姫がいますから。みんなにも自分の大切な事を優先してほしいと思えるようになりました」
「私は侍女じゃないがな?まぁそうか、そう思うなら灯花妃の願いだ。ばあさんに掛け合ってみる。もし不参加希望の奴がいたら改めて教えてほしい。一日ばかりの休日を送らせてやってくれ」
「はい!楽しみにしてますね!朱里姫が来てから新しいことばかりでとても嬉しいです」
その期待に添えるかは分からないが。一応今回の主題についても話しておくべきだろうと思い、桃麗妃の現状をどう説明したものかと悩んでいると、私の手を掴んできて微笑んでくる。
「私のお手伝いが必要でしたら言ってください。何ができるかは分かりませんが朱里姫のために頑張ります」
「そうか…じゃあ、桃麗妃のことどれくらい知ってる?」
「桃麗妃?佳林なら詳しいでしょうが…そうですね、私が知ってることは誰よりも后妃になりたがっている。そんな話しを聞いています。理由まではわかりませんが」
「それで后妃争いに侍女達が祭り上げてることは?」
その話しをすると近くの侍女が少し目線を逸らして自分は関係ないとばかりにしているので、どういう気持ちで視線を逸らしたのかは分からないが事情自体は知ってるんだろう。
「そのことですが…私はそもそも今では后妃にならなくても良いと思っています。ですので侍女にも通達して禍根は残るかもしれませんが深入りするつもりはないですよ」
「それを深入りして禍根を消したいってぇ話しなんだが」
「…?えっと、私の侍女は、私の我儘のために頑張ってくれてました。たしかに禍根が消えれば良いことですが…私はどうすればよいのですか?」
「夏霞妃と桃麗妃とダチになってほしい。私達が一番のダチになってそれぞれ思いやって助け合えばこんな窮屈な世界も楽しくならねえかな?」
「ふふ。私は朱里姫さえいればいいですが…。いいですよ、朱里姫の良さを分かり合える者が佳林以外にもいれば良いなとは少し思ってましたから」
佳林は絶対私の事良いとは思ってないと思うぞ。
多分そういう風に伝わるように頑張ったんだろうが…よく頑張れたな?私の前で苦い顔をしている印象が強いがなんだかんだ灯花妃に甘いのか嫌いな私を好きなように見せていたみたいだ。
灯花妃の協力がもらえるなら侍女の件に関してばあさんにまた苦労をかけるがここまで協力してもらえるなら夏霞妃と三人で桃麗妃に言ってもっと自分を大切に扱ってくれる人を周りに置くようにしてもらうとか、どうしても扱えない奴はそのまま私の侍女に残してもらってもいい。
そうしたらきっと三妃が仲良くして、この広いようで狭い後宮を楽しくいられるはずだ。
灯花妃に日程を告げてそのあとは自室に戻り真桜の帰りを待つことにする。
灯花妃から蕾邸の侍女については灯花妃の我儘だとは聞いたが本心から嫌っている可能性も捨てきれないため真桜の話しによっては焔宮の宴が不穏になる可能性がある。
明日は書庫に行って文官がいないか確認してから、いなければいないで焔宮で大々的に下女は何しに来てるか分からない男衆に宴の日取りを教えてやればいい。噂が少しでも広まれば人は集まってくれるはずだ。
何か見落としがないか確認していると真桜が食事を持って帰ってきた。
「朱里姫お疲れ様です。本日も舞踊で忙しくしてましたか?」
「いや、ばあさんに事情を話して何とか許可をもらったところだ。灯花妃のところにも顔は出したぜ」
「行動が早いですね…私の方は確定ではないですが、佳林のお手伝いもあり蕾邸と太陽邸の関係を聞いてきましたよ」
先に食事を二人でゆっくり楽しんだ後に本題へと移る。
「えとえと、まず蕾邸の方々ですが。太陽邸の一部には不満が募ってるようでした、主に佳林の話しだとそこそこ身分が高かった方たちのようです。太陽邸の方は強い方に言われて仕方なく従ってるだけだと教えてもらいました。佳林と一緒に確認はしたんですが誰かまでは分かりません…申し訳ありません」
「いや、十分だぜ。つまりは仲良くしたいけどできないって連中が太陽邸にもいるってことだろ?それなら問題児だけをどうにかすればいいってだけじゃねえの?」
「表沙汰にはしてませんが佳林の話しだと太陽邸の侍女が行った嫌がらせは蕾邸の花を散らしたり水を蒔いたりと地味な嫌がらせで純粋に嫌われているのもあるので、謝罪がないと解決にはならないかもしれませんよ?」
「あー…なんでまたそんな地味な…まぁそれも命令した奴らの仕業ならそいつらを私の侍女にして謝らせるのはどうだ?」
「私は正直それには反対です。朱里姫が桃麗妃の代わりになるってことですよね?朱里姫には後ろ盾すらないのですから舐められるだけではありませんか?」
「わりと直球に言うんだな…その後ろ盾に関しては、その侍女が満足する私の給金で賄える範囲ならそれでも良い気がするんだよ」
「余計駄目ですっ!」
金で解決には反対か。まぁそりゃ嫌がる気持ちも分からないこともないが真桜にだって給金を増やすようにすれば全員公平になったりするんじゃないのだろうか?
「朱里姫、私がお給金で不満を持ってると勘違いしてませんか?」
「違うの?」
「違いますよっ!もう!太陽邸の侍女はお金に困ってるわけではなく婚姻相手や実家を継いでくれる人、もしくは自分をより高い身分にしてくれる方へ嫁ぎたいわけですよね?それじゃあお金をもらっても嬉しくなんてないでしょう?」
「それは…そうなのか?あ、分かった!炎刃将に全員嫁がせればいいんだ!」
「たまに朱里姫って知性を放棄することありますよね…それも駄目です。炎刃将が実際どんな人になるか決まってないのに決めれることじゃないですよ」
順番が逆だったってことか。でもそのころには行事が色々重なって私の方が時間が取れない気がする。決まった炎刃将も私が関わってくるんだろうし。
最初は私の婚姻相手について悩んでいたが悩む必要がなくなったかと思えば、本気で婚姻相手を望んでる相手を見繕ってあげないといけないようになってるって怠い話しだ。
一度気合を入れなおして考えてみるか。
身分が高い奴の嫁になりたい奴が具体的に何人いるかは分からないが、それなら恐らく武官よりも文官が適切なはずだ。とはいえ知ってる奴は一人。あれに任せるのは何とも言えないが一応重婚できそうなら嫁に貰ってほしいやつが何人かいると押し付けるのはありかもしれない。
断られたらその時だろう。他で言うならばあさんの伝手にもよるがこの際武官とか拘りをいれずに実家を継いでくれるやつでもいいならそれなりに計算できる武官でもいい。できなければばあさんから私が教えてもらって私が教えれば問題は解決しそうか?
「うん、いざとなったら無理やりなんとかする方向でいい気がする」
「朱里姫はまた自分が頑張ればとか思ってるんじゃないですか?」
「ほえ?そんなまさかー…」
「いいですよ、その分私も頑張ります。ただ涵佳と佳林に協力してもらって嫌がらせの首謀者を探しはしますが、桃麗妃の負担になってる方は朱里姫にお任せしますよ?」
「すまんな。なにからなにまで頼りっぱなしで」
「あのあの!私が頼ってほしいんですって!…謝るならご褒美が欲しいです…」
「何が欲しいか言ってみなよ、私で出来ることはしてやるよ」
「その…抱きしめてほしいと思うことは…できますか?」
それくらいなら別にいつだってやるが、踊りで多少は筋肉付いてるだろうと真桜を抱えようとしたら離れて睨まれた。
「違いますっ!抱擁ですよ!」
「抱擁?ああ?慰めてほしい的なやつな。てっきりばあさん助けた時のあれが好きだったのかと」
「もう!」
不貞腐れる真桜を落ち着かせるように抱きしめて、頭を撫でながら歌を歌うと満足するように脱力している。
まだ真桜には動いてもらうからその疲れが少しでも癒えてくれるといいんだが。
佳林にもお礼を言わないといけないしな。私も頑張らないといけない。
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