第21話 朱里の宴 前
ばあさんに今日はサボらせてくれと言うと小突かれはしたが一日休日を貰って、食堂で肉まんを作ってもらう。「朝から食べると胃もたれしますよ?」と下女から暖かい目で見られたが昼食用の弁当だと伝えたら納得してもらえてそれを手に持って書庫に向かう。
結構な頻度で頼むが、朝早くからいることもあるし、下手な侍女よりよほど出来る奴らなんじゃないのだろうか。
さすがは先代の巫女元侍女だとは思うが、もう誰かの傍仕えになる気とかはないのか?それとも先代の巫女に今も仕えてるつもりで食堂で働きづめしてたりとか?
わりとあそこもよく分からない人たちで働いてるよな。
焔宮を通りがかって行こうとすれば普段話しかけられることがなかった下女の一人がこちらへきて挨拶をしてきてくれた。
「あの、朱里姫おはようございます」
「おはよう?あ、おはようございます」
「失礼します!」
もしかして私が肉まんを持っていたからくれると思ったのだろうか?それなら悪いことをした。
周りを見るも物欲しそうにしてるやつはいないが私に挨拶をした子はそのまま知り合いらしき人の所へ行ってから興奮した様子で飛び跳ねている。
何かの罰でやらせが起きているとかそういうのでないといいんだが、喜んでる様子ならそれでいいか。
他に話しかけられることも無かったため北に向かい警備兵と一言二言交わしてからそのまま書庫へ着いたが、文官の姿は見当たらない。
いつ頃現れたのか記憶に残ってないが、来るまで暇つぶし程度に何か本を読もうと思ったが以前の恋文が載っている書物が見当たらず仕方ないのでいくつか本を取って中身を見ると兵法書の類で嫌な気分になる。
一応見るには見るが、その中の一文で『未来の無い逃げは臆病であり、未来に繋ぐ逃走が次は聖戦である』など見かけてある意味私を肯定してる気分にしてくれた。
ただ聖戦も何も戦争に変わりないだろうとかそういう冷静になってから見ると戦い続きにしたがる本の内容はどうにも血なまぐさい。
少しでも文官の興味がありそうな本を探してみるが、大体は戦争に勝つためのものだ。
ルクブティムは武に自信のある皇都とは聞いたが、ちゃんと戦術が記載されてあるのは頭も使ってる証拠だと言うのにどうしてこんなに不利な状況を示す記載が多いのだろうか?
「姫巫女様?」
「ほえっ!?」
いつの間にいたのか文官が立ち読みしてる私の隣に立って覗き見るように私の本を見てくる。
「いつからいた、んですか?」
「それはこちらの台詞ですよ?もう来ないのかと思いましたが?」
「これは、頼み事があったとかそういうので来ました!」
「へえ?以前の頼み事なら順調に聞いていますがね。一体どんな頼み事で?」
いきなり直球すぎたか?もう少し下手に出てから物を頼んだ方がいいかもしれないし、とりあえず困ったら用意していた肉まんを使うべきだな。
「食事はもうしましたか?」
「まだ昼食の時間には早いかと思いますが?」
「そうですか…肉まんを用意したので食べますか?」
「あの、話しを聞いていますか…?この前も饅頭でしたね」
急に現れるものだから焦ったが一旦落ち着こう。まずは何を頼むんだったか。
焔宮へ暇そうな偉そうな奴を集めるって話しだ!とはいえ偉そうな奴はこいつでは無理かもしれないからもう少し位を下げても金稼ぎの良い男を集めてもらえるように言えばいい。
「それにしても姫巫女様が読んでいたのはワンオウムとの戦ですよね?逃げる勉強ですか?」
「ワンオウム?」
「知りませんか?西の皇都ですよ、常勝無敗。人馬一体の動きをルクブティムがするならワンオウムは人軍一体の動きをする軍そのものが生きた獣という恐ろしい国です」
「なんですかそれは…人馬一体の動きを見たことはないですが…連携がすごいってことですよね?」
説明に少し悩ませてしまってるが、私も一緒に考えてみる。
指揮官が良い。という意味では、ルクブティムは武に長けていると聞いていたから多分知略的問題で負けてると言ったところだろうか?
「これは秘密事ですが…巫女の差です。ワンオウムの巫女は戦場を操るのに長けている能力を持っているそうですよ」
「巫女…巫女ってそんな強いんですか?」
「西の巫女と東の巫女だけは…いえ、西の巫女は戦争で。東の巫女は戦闘で活かされる巫女ですね。僕達の姫巫女様と北の巫女は戦働きする巫女ではありませんが北の巫女も戦場の近くに赴くでしょうね」
ばあさん以外でこんなに詳しいのも初めてだな。若い若いとは思っていたがこの見た目で戦争を経験していたりするのだろうか?
「あなたは戦ったことはあるのですか?」
「僕は無いですよ。知人が東の巫女に模擬戦で一撃で負けたと嘆いていたのを慰めた程度です」
巫女だよな?慰めたってことは本気で挑んで負けたのか?
私とはかなり方向が違うんだな。そもそも盗人と本物の巫女を比べるべきではないのかもしれないが本物となれば人知を超えたことをやってのけるのか。
「それで姫巫女様はどうしてその本を?」
「いえ、特に理由はありませんよ。今日来たのはあなたも含めて宴に参加してほしいと思ったからです」
「宴…というと焔宴会のお誘いですか?」
「違います、なんといえばいいのか。焔宮にて皆を労うお祭りと言いますか。それに是非知り合いを呼んで参加してほしいんですよ」
「それは構いませんが…?一体何の意図が?この時期にそんなことをしても意味なんてないでしょう?」
細かいことを気にする奴だな。まぁ頭の良い奴はそういうもんか。
ここで意味がないと言えば興味が余計なくなるかもしれないから少し考えてから答える。
「息抜きというのは駄目なんですか?あなたも常に書庫にばかり籠ってないで外の。周りの空気を味わって楽しむというのをしてみたらどうでしょう?」
「僕は息抜きでここに来ているんですが…まぁそうですね。焔祭では姫巫女様の活躍を見れなかったのでそこで姫巫女様を見れるのなら楽しみにしておきましょうか」
「できれば頭の固くなさそうな武官でも文官でもいいので知り合いを誘っておいてくださいね?」
「あはは。これもまた姫巫女様からしたら炎刃将のためですかね?」
「いや、それはどうでもいいんですが…そもそも炎刃将に関しては宮廷ではあまり期待をしないことにしてますし」
「期待…してないんですか?」
「だって私に忠誠を誓うなんて酔狂な人ここにいないでしょ?あ、いませんよね」
要件も伝えたし、後は肉まんを餌付けしてやって帰る際に焔宮で色んな人にどうやって宣伝していくかだな。
私の活躍を見れなかったとこいつも言っていたし…。ん?私焔宮でもなんかするのか?私は後宮の方で過ごす予定だったんだがこいつの言い方だと私はこっちでも何かしないとこいつからしたら期待外れな祭りになってしまうのか。
ま、まぁ時間が余れば焔宮で何かするのもいいだろう。適当に挨拶の一つや二つすれば満足するだろうし。
「姫巫女様」
「あ、はい頑張ります」
「頑張る?そんなに宴が楽しみなんですね。そうではなくて忠誠を誓う人なら姫巫女様は誰でもいいのですか?」
「強ければそれもいいのでしょうけど、一番は忠誠かと思います」
私の言うことに逆らわないことはなによりも大事だ。もしかしてだけど強いやつばかり呼んでしまったとか?下手したら武闘会そのものが宮廷の人だらけになってしまって最後に忠誠ないので辞退なんてこともあるのか?
桃麗妃のことばかり考えていたがもうすこしこいつに言い聞かせておく必要があったか。いやでもばあさんでも無理だったんだからこいつが用意できたのも少人数くらいだろう?
「武闘会のことは今はいいので…あ、肉まん置いておくんで食べておいてください」
「姫巫女様は食べないんですか?」
「私は忙しいので、それはあなた様に作ってもらった肉まんです」
「そうですか…名残惜しいですがまたお会いできる日を楽しみにしておきますね。宴、頑張ってください」
手を振って書庫を後にしてから、名前くらいは聞いてやるべきだったかもしれないと思いつつ焔宮まで戻ってから考える。
全員に伝えることはできないとしても、誰かに広めてもらえるようにすればいいわけだが下女でそんな発言力ある人物に心当たりはない。
だとすれば、今見せるものではないかもしれないが、練習してきた舞踊を踊って注目を集めた後に宣伝だけして帰るか。
下女なら焔宴会に参加するとは思えないし、お堅い踊りではなく梦慧や真桜が喜んでくれた踊りで、羽衣も無く自由に踊れるその体で、焔宮の前にある広場の中央に立って周りが興味本位で見てくれている時を狙い。
ある程度何してるのか気になって人が増えたところで踊る。
その際に周りを見ながらどういう人物が集まってるか確認しながら見るが、注目は集まってるがこの調子でいけば踊りは中途半端な人数で終わってしまう。
そうなる前に踊りを無理やり繋げて宴会用ではなく元から覚えている踊りに切り替えて歌を歌う。
少しでも建物に籠ってる人に届いて来てもらえるように。
少しずつだが人が増えて来て男女入り混じって見える状況まで来たのでそろそろ区切るかと思ったときにさっきまで話してた文官が北の方に見えて、引き籠っていなかったのかと思ったが仕方ないので指を差して片目を閉じる。
できれば見なかったことにしてほしいという気持ちを込めて。
踊りと歌を区切ってから。汗を拭って周りがしんと静まり返ってるので受けは悪かったかもしれないと思いつつも静かな間に宣伝を済ませておかないといけない。息を整える。
「焔宮にて私が皆さんに楽しんでもらうために宴を催ししたいと思います。身分を気にせず男女共に楽しんでもらうことを目的とした親睦会を。誰が誰を想い、日常の中に花を…日輪草のような笑顔咲く花のように楽しんで頂きたいです。その際に私の侍女達が迷惑をかけるかもしれませんが迷惑なら迷惑と言ってやってください。私が皆さんに危害を与えないように後から注意しておきますので楽しむことだけをしてくれれば私は満足です!」
周りの反応はやはり何が起きてるのかわからないと言った感じで静かな空気だが文官だけは拍手をして、それに合わせて皆も続いて拍手を打っていく。
そこで気を遣わせたようにしなくていいんだよ恥ずかしいんだから。
私は後宮の方に歩いてあとは噂が広まってくれるのを待てばいい。
男もいたから少なからず男側にも噂が広まるといいんだが、それができなければ文官に期待するとしよう。
自室に戻る途中で佳林を見つけて、向こうも私を見てからこちらに来る。
「朱里姫…どうしてこんなことになってるんですか…」
「おいおいそんな明らかに嫌そうな顔しなくてもいいじゃねえか?」
「あのですね…朱里姫がしたいことを皆がしたいとは限らないんですよ…そのこと分かってますか?」
「それを言われると痛いが、佳林もどうせなら楽しむつもりでさ」
「でしたら私を客側にしてください…!私だってたまには休日が欲しいんです!灯花様のことは好きだから良いですが真桜が暇の話しをしたときの私の心境が分かりますか!?え?なにそれ?って後宮から出れなくても一日花を見るだけで過ごす日が私にもあったっていいんじゃないかななんて…!」
「分かった!分かったって。宴の時は大丈夫そうならそのまま梦慧に任せちまえよ、真桜も行くことあるからその時に監視役交代して自由時間設ければ佳林は好きな事していいぜ?」
「本当ですか?問題が起きても無視していいんですね!?」
「お、おう?」
蕾邸も結構な数いるから侍女頭がどんなに大変なのかは分からないにしても灯花妃に関してはたしかに扱いが大変そうだろうなとは思う。
佳林からしたら灯花妃を好き…つまり忠誠だけで今まで頑張ってきたんだろうが、最近だと私のせいで気苦労が増えて余計に鬱憤溜めていたのかもしれん。
ただ佳林からこんな風に言われると思ってなかったから少しは私に何話してもいいと気楽な関係になれたのだと思えば嬉しいもんだ。ただ真桜に仕事を増やすことになるが大丈夫だろうか。
自室に戻ればまだ慣れない字で書置きがある。
『しゅりひめ、ゆうしょくは、おひとりでおねがいします』
文字を書けるのは少なくとも佳林や夏霞妃関連の人物であえて拙い文字と考えるなら真桜が書いたに間違いないだろう。
まだ太陽邸の侍女について調べているんだろうが、本当にどこからその情報を仕入れてくるのか。せっかく佳林に会ったのだから勢いに押されて話すことを忘れていたが、真桜についでももう少し聞いておけば良かったな。
無理してなければいいんだが。
私が食堂へ行くのも不自然ではなくなったためか、食べ物を求めると笑顔で肉まんを渡されるのでたまには他の物を食べたい気持ちもあるがありがたくいただき。下準備は大体は終わったと確認しつつ。踊りの復習をしてから次の日に備える。
朝になれば真桜がいつも通り着替えや髪を結ってくれ、その時に昨日の進捗を聞くがまだ確定な情報ではないため時間が欲しいとのこと。
「あのあの!宴までには誰か特定しますので!」
「いやぁ?無理はしなくていいんだぜ?桃麗妃が私や他の二人に心を開いてくれたら侍女のことも聞けるだろうし」
「いえ…なんというか。まだ確定ではないから言いたくはなかったんですが…。太陽邸でも侍女同士の嫌がらせはあるみたいで、桃麗妃の言うことを聞かない侍女。その他に太陽邸で侍女同士でいがみ合ってる侍女がいるかもしれません…」
「ややこしいな!なんで太陽邸に問題がそんなに集まってるんだ…」
「驚きますよね…佳林と一緒にお話を伺ってようやくそのことを知ってから、えとえと、桃麗妃のことは朱里姫に任せて、太陽邸でいがみ合ってる方を私は調べようと思います」
「すまんな…苦労を掛けて。無理だけはしないでくれな?」
「はいっ!私にお任せください!」
できればもっと楽させてやりたいが、真桜は甘やかせ上手なのかもしれない。私が困っていればすぐに何かしてくれようとする。
しばらくしてばあさんが来てから。昨日サボった分今日は練習をしないといけないということでそのまま真桜と分かれて、私は踊りの練習をする。
「おまえさん昨日焔宮で踊ったじゃろ?」
「もしかして、だめだったか?」
踊りの最中に話しかけてくるものだから呼吸感覚を大事にしながら聞き返すが別に怒ってはなさそうだ。
「わちが見てるおまえさんと周りの見てるおまえさんでは評価が違うのは当たり前なんじゃが。おまえさん根が真面目なんじゃろうて。もっと失敗してもわちがおるから自信をもってやってみい」
ばあさんなりに助言なのか励ましなのか。その言葉を聞いてから、私は馴染ませた体に身を委ねつつ楽しく踊るようにする。
途中明らかな失敗もそれも踊りの一部であるように気にせず踊り切る。
「練習方針を今日からそれでいくわい。おまえさんは型にはめてもつまらんからのぅ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます