第22話 朱里の宴 中

 踊りの方針が変わったのもあって基本は崩さずにすることで羽衣の動かし方も私好みにしつつやっていくことにした。


 ばあさんには改めて蕾邸の侍女を私の侍女にしてもらうように頼みつつ、宴の事前準備を済ませてから日にちも経ち、練習終わりに夏霞妃の所へ行くと、三侍女は外で動いてるのか夏霞妃だけが対応してくれた。


「小朱はさ~成功すると思う~?」

「ほえ?桃麗妃のことか?」

「あたしはね~、ここまで手伝っておいてあれだけど桃麗の意志の方を尊重するよ~?」

「その無理してる桃麗妃を説得するためだぜ。夏霞妃には色々手回しをしてもらったからこれ以上は望まねえ。ゆっくり桃麗妃と話そうにも向こうは時間が割けられないくらいには忙しそうだしな」

「そこだよそこ~…まぁ…直接話した方が良いっていうのはいいけどね?無理強いはよくないからね~?」


 今日はやけに弱気というか、むしろ私がやろうとしてることに反発するような言い方だ。

 なんなら私よりも夏霞妃が説得してくれた方が桃麗妃としては頷きやすいと思ってた分協力してくれれば桃麗妃は楽になると思っていたんだが。


「涵佳もやる気になってたからあえて言わなかったけど。桃麗は自分でそうなることを選んでやったんだよ~?あたしは少し言ったと思うけど、桃麗妃を応援するだけでいいと思うんだよね~」

「夏霞妃は今のままの方がいいって思うのか?」

「そうだね。小朱が嫌なのは分かるけれど、あたしも灯花も自分のしたいようにしてる。桃麗も自分のしたいようにした結果がこうなんだよ~?」


 実際その通りなんだろう。実家のためだから仕方ないとはいえ、妃という立場であればもっと他にやりようはあったはずだ。それなのに侍女達が調子に乗ってもおかしくないほどの状況にしてしまったのは桃麗妃本人の行いだ。


 でも、だからこそ。誰にも頼れずに心労だけを重ねて、それでも他の誰かを気遣ってやってそんな奴が苦しいだけで終わるなら、誰かが手を伸ばしてやるべきだ。そうしないと桃麗妃が報われない。


「桃麗妃がどうしても嫌だって言うんなら諦めるさ。そうなったときはな?私だってなんでも解決してやれるなんて自惚れちゃいねえ。自信なんてもんもねえ。笑っちまう話しだよ。ただ苦しんでる姉妹みたいな存在がいるだけでどうしようもなくお節介したくなる厄介な奴だろうさ。息苦しいこんなところでせめて呼吸がしやすい場所を作ってやりたいなんて太陽邸の侍女より傲慢だろうさ。私が巫女じゃなかったらあっさりと諦めちまいそうだよ」


 それでも。夏霞妃を見て言う。


「助けてやりてえ!それが他の誰かの反発を買っても私が抱いた意志だ」

「あは~。変わった子だね。まるで愛をくれる母親みたいな感じだ~」


 愛やら親やらは知らないが、絆だけは本物だ。なんとかならないかもしれない、なんとかなるかもしれない。やらなければ分からないことはやって確かめるしかない。


 私は少なくともそうやって生きてきた。


「準備は涵佳が張り切ってくれたから大丈夫だと思うよ~。あたしも桃麗に声をかけて塾邸に寄らせてもらうよ~」

「ああ。そこを頼って悪いな」

「小朱は何を言うかだけ集中すればいいよ。あたしは公平に見るだけだから~」


 話すことも終わり、自室へ戻って今度は真桜の話しを聞く。

 ずっと太陽邸の事情を調べてもらっていたからそろそろ休ませてやりたいがもうひと頑張りすれば大丈夫なはずだ。


「えとえと…嫌がらせの内容は省きますが、受けた本人から相手が誰かとか嫌がらせをした人も分かりました。ただ理由が仕事が遅いだのとか声が小さいだのとそういう理由らしいです。その人たちは桃麗妃とも近しいわけではないですし単なる憂さ晴らしだと思います」

「ってぇことは宴があってもなくてもそいつらは変わらないのか?実家のどうこうとかも関係あんのかな?」

「そこまでは分かりませんでした。深い事情は知らなくても実際仕事の手際などは良いみたいです。折檻と言えば収まる範囲内ですね…」

「じゃあ純粋に引き抜いた方がいい連中か…でも仕事できるなら残しておいた方がいいのか?」

「そこはもう朱里姫にお任せするところですね。引き抜くことは私はおすすめしませんが、桃麗妃が楽になれば管轄範囲内にはなると思います」


 そこで侍女頭に頼れないというのが桃麗妃の辛いところか。なんでもかんでも桃麗妃が指示したり注意したりしないといけないというのがここで響いてくる。


「そいつらは仕事は真面目なんだよな?」

「はい?真面目らしいですよ。朱里姫も見たかもしれませんが、太陽邸の侍女は仕事が遅いですが、その方たちは真剣に取り組んでるようです」

「んー…まぁ分かった、それも含めて桃麗妃に聞いてみよう。案外なにもしなくても解決するのかもしれん」

「そうなんですか?」


 解決しなかったらまた桃麗妃と話し合えばいい。今度は堂々と太陽邸で。


 あとは細かい段取りを決めて、決行前日にばあさんが太陽邸の侍女に巫女の侍女へ明日一日なることを告げて。桃麗妃には夏霞妃のところへ行くように言う。


 そして当日になれば朝からなんの仕事か分からないために集まる侍女達へ告げる。

 集まった太陽邸、蕾邸の侍女達に焔宮へ赴くように、そして宴を争いなく起こすこと。楽しむ範囲であれば誰と話そうと自由であること。


 予め涵佳と佳林、真桜で蕾邸で手伝ってくれる侍女に目星は付けておいたのであとは三人と蕾邸の侍女に任せて焔宮は任せることにする。

 真桜は問題が起きたときに私のところに来るようにして、佳林は最初だけ手伝ってもらってから休息。


 全員が移動を確認しつつ、焔宮の様子を見れば後宮の食堂にいた下女達も一時的に私の侍女になっていたのか巫女饅頭なんていうものを出して盛り上げようとしてくれている。

 下女だけじゃなく男衆も結構な数がいるので文官とばあさんが頑張ってくれたのだなと思い私は蕾邸に向かう。


 灯花妃を迎えに行けば笑顔で私に近寄ってくる。


「こんなに静かな後宮は初めてですよ朱里姫」

「そうかぁ?夜は静かだと思うんだが」

「朝昼から静かでそれも二人きりなんて滅多な事ないとありませんよ!」


 談笑しながらも塾邸に向かうが、桃麗妃は一体どんな気持ちで待っているのだろうか。不安が胸をよぎるがやれるだけのことはやった。

 あとは私が覚悟を決めるだけだ。巫女を最後まで全うする代わりに桃麗妃が后妃に選ばれても選ばれなくても実家で嫌がらせみたいなのを起こらないようにしてほしいと。


 塾邸に入れば梦慧と天楊の二人で三妃と私をもてなす準備をしてくれている。

 夏霞妃も桃麗妃も二人そろって座っており、あとは私たちが座れば妃の宴だ。


「多分、私が何か言った方がいいんだろうな?だから言う。全員仲良くなるために開いた宴だ宴会だ。無礼講で本音で語り合おうぜ」


 桃麗妃以外からは笑顔で受け入れられ、桃麗妃は顔を下に向けたまま表情を見ることはできない。


 そこからは一旦お茶や菓子などを挟んでゆっくりとした会話を広げる。


 侍女達は休息のような形でどんな風に楽しんでるのだろうかとか。三妃がこうして集まることは無かったから何から話していいかわからないねと言い合ったり。

 その会話に桃麗妃が混ざることはない。


 夏霞妃から視線を感じてみれば。要件を話すように視線で促される。


「桃麗妃」

「なにかしら?」

「本音で話してほしい」


 言葉足らずかもしれないが、何を言われてもいい。桃麗妃が思ってることを聞きたい。ただそれだけのためにここまでやってきた。


「本音?そんなの屈辱以外の何物でもないですわ。一体何が目的なのか私には分かりませんが貴方は私のことがそんなに嫌いだったのかしら」

「朱里姫は――」

「いや、灯花妃いいんだ。桃麗妃続きを聞かせてくれないか?」


 灯花妃が私のことを庇おうとしてくれるのはありがたいが、灯花妃と桃麗妃が言い争いになっても仕方ない。桃麗妃が怒っているならそれは私に対して怒るべきだ。


「続きもなにもないわ。東紅老師から一日だけの処置とは聞いていますわ。それでも私が今まで積み上げたものを貴方が壊したことに変わりないのよ。明日は?明後日は?巫女の侍女である方が彼女たちにとって価値あるものだとしたらそれは私がやってきたこと全て無駄だったことを証明するだけなのよ」


 言う通りだ。実際私に仕えてないにしても宴という餌付けをしたから私の侍女になったら楽なんていうのを植え付けているだけなのかもしれない。


「頑張って頑張って責任を持ってやっても結果は実らない。それとも子供ができない私への当てつけなのかしら。だとしたら私のせいとも言えるわね。それでも貴方がなんとかしてくれるというの?貴方が后妃へしてくれるの?何もしてくれないのに何かしてくれるように振舞うのはやめてくれないかしら。苛々するのよ。こんな集まりただの茶番でしかないわ。仲良く?仲良くなって何が変わるの?妃同士で仲良くなっても意味なんてないのよそれともそれで上手くいく根拠でもあるの?ないでしょう?」


 それが桃麗妃が溜まっていた気持ちだと言うのなら全てを受け入れよう。

 私に出来ることを。為すべきことをやるだけだ。


「桃麗妃、あんたは何がしたいんだ?」

「は?」

「責任が大事なのは分かった。努力してきたのも分かった。妃の務めというのをこなしてきたのも分かった。どれもこれも責任を守ろうとしてるあんたの気持ちは分かった。ただ桃麗…あんたが何をしたいのか私にはわからねぇんだ」


 后妃へなりたいっていうのは実家のためなんだろ。侍女に気を遣うのも実家のためなんだろ。

 妃になったことは私にはどうしようもできない。后妃になりたいのも私にはなんにもできない。できないことだらけだ。


 それでも。


「それでも何かになりたいって思っているその気持ちがあるならその気持ちはどこから来るものなんだ?侍女か?皇帝か?家族か?自分の気持ちはどこにあるんだ?桃麗の気持ちを教えてくれよ、色々調べても后妃になりたい気持ちなんか私には欠片も分からねえ、家族のためだというのならあんたの気持ちはどこへ行っちまったんだ。教えてくれよ桃麗」

「そんな自由どこにもあるわけないでしょう?ここにいる誰も、好きでここにいるわけじゃない。家族のためにやっていることだって私が頑張っても后妃に選ばれなきゃ意味なんてないわ。私は――」

「その気持ちを教えてほしいんだ。努力をせずにここにいる、誰かのためなんて言えることも許されない、何も残されてない…夏霞妃も灯花妃も桃麗を救いたいと思う何もできない私に教えてほしいんだ」

「言ってどうなるっていうの!?」

「聞いてやる!同じことを何度繰り返してもずっと聞いてやる。それで解決できそうなことがあればみんなでどうにかしちゃおうぜ。誰も好きでここにいるわけじゃないんだろ?それなら仲間じゃねえか。苦しみを分け与えてもいいんだよ。助けを求めてもいいんだよ」


 夏霞妃や灯花妃が実際助けてくれるかって聞かれると、いきなり巻き込んですまないと思う。

 それでも二人が優しいことを私が知ってる。


 ここにいる梦慧も天楊もそうだ。


 桃麗の敵か味方か分からない状況だった場所じゃない。ここにいるのは間違いなく誰もが味方であり敵なんて一人もいない。責めるやつなんか誰もいない。


「桃麗、教えてくれ。なにがそこまであんたを苦しめてるんだ?」

「……最初は妃に選ばれるなんて思わなかったのよ」


 ただ商家の娘として、両親が教養があると以前妃だった者に推薦したことから始まった。


 当時は好きだった人がいたけれど妃の侍女になれば商いに携わる上で箔が付くのだと説明されて好きだった者とはそのまま分かれたがいつかは戻ると約束を交わしてしまう。

 妃は病弱で桃麗も懸命に尽くしていたが、先代の姫巫女が后妃として選ばれることも決まっていたために妃もこれ以上身体勤めを行う必要はないのだと思っていたが皇帝の女癖もあり病弱ながらも奉仕して、耐えきれずにそのまま衰弱して亡くなってしまったという。


 それだけであれば良かったのだが。侍女を務めていた者たち全員に亡くなった妃の責務を問われ、それぞれが悩んでいたが妃ともなれば安泰だと思う者も少なからずいて、桃麗は実家に帰るだけだと思っていた。


 侍女を務めるという目的は果たしたのだから後は実家に戻り後宮の侍女だったということを告げて戻れば良い。ただ妃の訃報は桃麗の実家にも届いており推薦したこともあってそれは当家の娘の責任でもあると実家は述べて。美しさは問題ないはずだと教養もあるならば皇帝の妃として実に相応しいと大量の貢ぎと共に妃への推薦が始まる。


 皇帝からすれば妃はどうでも良かったのだと言う。後宮に住まう侍女も皇帝からすれば数ある女の一人に過ぎない。皇帝は子孫を残すという役割をすることしか考えておらず最愛の人は先代の巫女ただ一人であり、献金が貰えるのならそれに越したことはない。


 ただ皇帝も実家の言う通り、見目麗しいことに違いない桃麗は妃として選んでも十分だと考えそれを受け入れる。


 あくまで金ではなく見た目で選んだと言う皇帝の言葉に周りは納得の意を示すが、それでも金銭のやりとりを知っている人物はいたらしく、それを黙らせるためにも。また他の下女や侍女になる者も皇帝の子を宿す機会が得られるのではと権力ほしさに目が眩む者もいた。

 実際そんなことは先代の巫女が亡くなって以降無くなるのだが。


 そうなれば今度は桃麗の立場でやってもらわなければならないことがある。自分達に箔が欲しいのだ。

 桃麗の実家はすでに沢山の金を貢いでいたから立て直ししてようやく復興する頃合いだろうがそれでも金銭は余裕とは言えない。妃としてやっていってるが周りから圧力をかけられたら自分が養うしかなくなる。


 好きな人を諦めて妃になった自分は実家に戻りたいとも思えない。今ここにいるのは以前まで侍女として奉公していた病弱な妃への想いでしかない。好きな人と亡くなった妃の二人だけが唯一、桃麗を桃麗として認めてくれている人物なのだと言い聞かせて彼女が出来なかったことを代わりに成し遂げることがせめて自分にできることなのだと信じる。


 それでも耳に入ってくるのは侍女の実家への圧力。いまさらどうなってもいいとは思ってもちらついてしまうのだ。自分を大事にしてくれ育ててくれた暖かった家族の記憶が。

 箔だのどうだのとそんなことはどうでもいい。ただ亡くなった妃が自分を褒めてくれたことがあった。


「家族のためにここまで来てくれたのね。偉いわ」


 その言葉が家族の暖かった記憶を保持し続けさせている理由。


 だから桃麗は家族も捨てれない。日を重ねても子供が身籠ることはない。好きでもない相手との逢瀬に愛情はなくとも結果はほしい。何も残せない。


 夏霞妃が羨ましかった。娘だとしても子供がいること。

 灯花妃が羨ましかった。まだ恋も知らない無垢な縛られない心が。


 朱里が羨ましかった。次代の巫女を探して自由になろうとしているその姿が。


「助けれるなら、助けてよ…」

「ああ。私が助けてやる」


 実際どうなるかなんてわかりゃしない。今でもその両想いだった八の所へ戻してやったら解決するのかもわからない。


 それでもやれるだけのことはやってみよう。


「私がなんとかしてやる」

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