第23話 朱里の宴 後

「簡単に言ってるけどどうするの~?」

「朱里姫がなんとかしてくれると言ってるんですから大丈夫ですよ!」


 夏霞妃の言う通り何も考えちゃいない。

 灯花妃は私を過大評価しすぎてる。だが気休めでも桃麗妃をそうやって励ましてほしい。


「結局のところ皇帝の目的を知るところからだな」

「それは先代の巫女が亡くなった時点でどうにもならないわ。皇帝は彼女だけを愛していたもの」

「皇帝の愛は知らん!亡くなった奴は戻ってこないからな。だからと言って后妃は選ばなきゃいけないんだろ?」

「別に選ばなくてもあたしの可愛い女帝がいるよ~?」

「それはないわね。武を重んじてるからこそ他の皇都とは違って女性を君主にするようなあの人じゃないわ」


 灯花妃以外からは意見がちらほら出てくるが、今回において重要なのは桃麗妃のやりたいことを定めるところからだろう。


「皇帝の目的っていうのはな。桃麗妃をどうしたいかって話しだよ。自由にしてやれるなら桃麗妃の初恋の相手へ戻してもいいってことだろ?」

「それはどうかしら…それに彼が手付きの私を今も待ってくれる保証なんて…」

「私は愛だの恋だの分からん。だが大切に思う人を待ち続けていたらそれは桃麗妃は会ってやるべきなんじゃないか?」

「それは…」


 皇帝に桃麗妃を実家に帰してやってほしいなんて望みを私が言って叶えてくれるかは分からないが、もしも今もずっと桃麗妃を好きでいて待っているなら叶えてやりたい。


「もしも実家に帰って、フラれてきたら私の侍女に戻ってくるといいさ。巫女の侍女なんてそれこそ箔ってやつだろ」

「簡単に言うのね…貴方は箱巫女じゃない…」

「その件だが、巫女を最後までやり切ることにした。だから私は正式な巫女として生涯を過ごすつもりだ」


 そう言うと夏霞妃以外は灯花妃は嬉しそうに。桃麗妃は渋そうな顔を見せる。


「私のためにっていうんじゃないでしょうね」

「桃麗妃のためでもあるし、灯花妃や夏霞妃。そして私のためだ。私は姉妹を残してどっかに行ったりしないから安心してくれ」

「姉妹…」

「あとは皇帝に何を望むかだが、桃麗妃を実家に戻して解決するならそれでいいと私は思ってるんだがみんなはどう思う?」


 灯花妃は何も言うことはなく、夏霞妃はお茶を美味そうに飲んで必死に考えてるのは桃麗妃くらいなもんだ。

 実際二人に望みがあるかなんて今まで聞いてなかったから何もないと言われたらそれでいいと思う。


「小朱は后妃に選ばれたらどうするの~?」

「まぁ、そん時はそん時だな。そしたら私は次代の女帝として夏霞妃の子供を強く推しておこう」

「嫌よ。女帝じゃなくてあたしの子は好きな恋をさせてあげるの~」

「さっき女帝って言ってなかったか…?」

「あんなの冗談に決まってるでしょ~」


 励ましのつもりで女帝とか言ってたのか。まぁ私が后妃に選ばれることはないと思いたいが本当にその時はそん時でしかない。


 桃麗妃は寂し気な顔で悩んでいる様子だし、今のところ私が巫女を続けることに不満自体は無さそうだ。

 むしろ辞めるっていう方が皆は嫌だったのかもしれない。私みたいな奴でも巫女はそんなに大事なのだろう。


「もしも彼がまだ待っているのなら…私は戻りたいわ…何もかも責任全部朱里姫に押し付けてしまうことになるわ」

「構わん。というか実家に関しても皇帝になんとかしてもらうようには願うつもりだ」

「その為だけにこんなまどろっこしいことをしたの?貴方馬鹿なのね…」


 馬鹿ではあるが、こんなことをしないと桃麗妃が一人になろうとしないからだ。

 一人になっても三妃揃って味方だと宣言するためだけにはこうまでしなければいけなかった。


 他にも上手いやり方があるのかもしれないが太陽邸の侍女が邪魔で思い浮かばなかった。


「朱里姫が皇帝に言っても焔宴会…正式な宴会までは桃麗妃は外に出してもらえないのでは?」

「そうだね~。その間に桃麗の想い人が今どうなってるか調べておくといいんじゃないかな~?」


 そうか、予定変更したらさすがの皇帝でも困るかもしれないから、夏霞妃の言う通り調べておくのがいいんだろうが。それはどうすればいいのだろう?


「それなら…手紙を送れば、代わりに読んでくれる人をあの人が探してくれれば返事をもらえると思うわ…返事は朱里姫に送らせるようにすれば東紅老師が協力してくれるなら貰えると思うの」

「じゃあそれで」

「軽いわね…」


 話しの大体はこんなものだろうと思っていると夏霞妃が手を挙げてこちらを見てくる。


「あたしの子供に自由な権利を求めるよ~」

「分かった。皇帝に言っておく」

「やった~」


 今度は灯花妃が小さく手を挙げて見てくる。意外と要望をみんな持っているんだな。


「私は朱里姫の妃に…」

「そうか分かった」

「貴方本当に分かってるの?そもそもなんで貴方に妃なのよ」

「むしろ子宝が恵まれるかもしれないという意味では灯花妃を妃にすると私の精神衛生上良い気がする。ばあさんは文句は言うかもしれんが納得してくれると思う」


 灯花妃に一度も手を出してない辺り執着はしてないだろうから許可も下りるかもしれないしな。

 そうなると後宮の妃が夏霞妃一人になるんだが果たして大丈夫だろうか。


 三妃のうち二妃を私にくれと言ってるようなものだ。強欲すぎると却下されても桃麗妃だけは実家に帰してやらないと。


 梦慧が食事を運んでそれを皆で食べて桃麗妃も最初の雰囲気よりも明るく笑顔を見せるようになったので仲良くなること自体は成功したな。


 結果がどうなるか次第ではまた恨みを買ったりとかあるかもしれないけどそれでもやらないよりはやったほうが良かった。


 ばあさんにも改めてお礼を言わないといけない。


「桃麗妃に聞きたいことがあったんだった。侍女に関してなんだけど侍女頭にしてほしいやつがいるんだが」

「急になにかしら?」

「真桜に色々調べてもらったんだけど。有能なのにいじめみたいなことしてるやつがいるんだが、そいつらが本当に嫌がらせするやつらなのか。それとも真面目過ぎて折檻みたいに見せしめというかそういうのしてるのか私には判断つかないから桃麗妃に直接判断してもらいてえんだ」

「貴方…別にいいけど嫌がらせの内容によるわね。私の侍女はなにかしら家の事情で送られてきた子達ばかりだから真面目過ぎる子は少ないと思うわ」


 それなら性格が悪いってだけなのか、でも仕事は真面目にするって変な話しだ。

 真桜は嫌がらせの内容を省いていたがもっとちゃんと聞いておくべきだったか。


 他に何か話しがないか確認したあとは桃麗妃も気が晴れたのか怒っていた時より明るい顔だ。

 これで少しでも鬱憤が溜まればまたこんな風にみんなで集まればいい。桃麗妃が後宮から出たとしてもなんとかやっていけるくらいに。


 そう、私はちゃんとできたはずだ。


「それじゃあ焔宮の方に顔出して向こうの方も終わらせに行ってくるよ」

「そうですわね。朱里姫…お願いする形になってしまうけれど私の事どうかお願い」

「ああ、任せとけ」


 夏霞妃の三侍女にはお世話になりっぱなしだ。本人ももちろんだが灯花妃も今回はかなり頑張ってくれたと思う。私が立ち去る前に灯花妃と夏霞妃が話してるのを見て今後もこんな光景が見れればと想いながら焔宮へ向かう。


 どうやって締めくくるべきか等を考えたが思いつかないので言葉だけでもいいかと思っていると。

 着いた時にはみんなが酔っていた。


 もちろん酔ってない奴もいるんだが、酒をどこかから出してきたのか?問題は起きてないか心配になったが私がこちらに顔を見せたことで真桜がこちらに駆け寄ってくれる。


「朱里姫!どうでしたっ!?」

「ああ。こっちはなんとかまとまったが、なんだこりゃ」

「それがどういうわけかお酒を持ち込まれた方がいまして、涵佳とも相談したんですが宴なら良いだろうと判断してお酒を飲んだ者は広場から離れないことを条件に許可したんです」

「酒臭いな…まぁってぇことはあれだ。それなりのご身分な奴が混じったってことなんだろうけど花町じゃねえんだからやりすぎ感は否めねえな」

「す、すみません!」

「いやいいよ」


 こうなってるなら仕方ない。私も焔宮を歩き回って問題ないか確認してから終わりを告げた方が良さそうだ。


 真桜と涵佳の監視がちゃんとしてるのか心配は杞憂だったか部屋も覗いて何もないか確認しつつ広場まで戻って少し淫らな恰好をしている下女も混じって、今回の騒動は間違いなく今後禁止だろうなと思って中央に立つ。


 全員が視線を向けてるわけではないので、踊っても仕方ないし。歌を歌うことにしてみんながこちらを見てくれるようにする。


 酔って眠ってるやつは男は放置してもいいとして。事後処理が大変だろうなこりゃ。

 みんなが聞き入って静かになってくれた頃合いを見て締めとする。


「今日の宴は一日限りですが、私なりの宮廷の焔祭と思ってください。また、お酒を飲んで眠ってる方は知り合いなら協力して後片付けをお願いします」


 多少終わることを渋る者もいたが、大体の人は楽しんでもらえたようだ。

 主に食堂担当にはずっと働き詰めだったろうし感謝を特に伝えておいたが「作るの好きですのでー」とあしらわれてしまった。私の無理を結構な頻度でやってくれるからもっと何か言ってきてもいいだろうに。


 寝転んでる侍女はそのまま知り合い同士に任せて帰らせて、太陽邸の侍女を探してみれば少しは男と絡んでる者もいるみたいで桃麗妃に変な恨みを持たないでくれるといいんだが。

 蕾邸の侍女を見ればほとんど男と関わることなく下女達と絡んでる姿があって知り合いと久しぶりに会えて楽しかったなど小さく聞こえる声に純粋に灯花妃がみんなにしてあげたかったことは出来たのかなと思う。


「姫巫女様は結局最後に歌うだけでしたね」

「ほえ?」


 声をかけられたと思って見れば文官の奴だ。そういえばこいつにもお礼を言わなければならないな。


「なんか期待とかしていたならすみません?」

「いやいやこっちが勝手に期待していただけなので。でも久しぶりに華のある宴だったので楽しめましたよ」


 別に男は外へ自由に出れるんだからその足で花町に行けば良いだろうが。

 あ、でも一人で行くのとか気まずいのかもしれないな友達いないらしいし。


「お酒を持ってきたのって知り合いですか?」

「そうだよ。女官達では入手するのは困難だろうからね、医官に話しを通してるとも思えなかったからこちらで用意しましたよ」

「それは、盛り上げるためにありがとうございます?」

「あはは。どういうつもりでこの催しを考えたのかわからないけど姫巫女様の話題にしばらくは尽きないでしょうね」

「それはどういう?」

「後宮の侍女を全て出したんだ。皇帝へ思いっきり反発してるように見えて仕方ないでしょう?」


 そう見えるのか?というかそう言う風に普通はなるのか?

 これから交渉するかもしれない相手だっていうのに最初から喧嘩売ってしまったってことなら私に対する印象って相当悪いところから始まるのか。怠いな。


「いやー…皆が喜ぶと思って善意ですよ?」

「冗談ですよ、皇帝に聞いたらきっと許可すると思いますよ」

「…?そうなんですか?」

「姫巫女様が皇帝へどんな気持ちを抱いてるかは知りませんが…まぁそうでしょうね」


 皇帝とも知り合いなのか、知った風に話すので大人しく信じておくとしよう。

 悪いほうに考えても気持ちが沈むばかりだしな。


「朱里姫ーそろそろ帰りますよー!」


 真桜の声が聞こえたので一応最後に念のため見回りしたほうがいいかと思ったが、文官の人が軽く手を挙げて安心するように話してくる。


「僕があとは見ておくので姫巫女様は帰って大丈夫ですよ。酔ってない下女も多くいますし、男の方はちゃんと連れて帰るので」

「そ、そうか、ですか。ありがとうございます」


 言葉に甘えて真桜の元へ行くが、人見知りなのかと思ったが顔が広いのか、寝ている奴を起こして帰らせている姿を後ろ目に見ながら後宮へ戻る。


 あとは廊下で酔って倒れたりしてないか真桜と一緒に見回って、涵佳ともすれ違うときに今回の件を感謝すると気にしないで良いと言って微睡邸に向かうのを見て。周りに助けられてばかりだなと思う。


 今回の件が本当に上手くいったかは私が皇帝に頼んでそれを承諾してもらって本当に解決する問題だから気を緩めるつもりはないが、桃麗妃が案外溜めこんでいたのか早々に悩みを打ち明けてくれたのが良かった。


 おかげで皇帝にどう進言するかをゆっくりと考える時間を作れる。


 廊下の見回りを終えてから真桜と一緒に自室で休む。改めて感謝しないとな。


「真桜今日は、というかいつもありがとうな」

「いえいえ!朱里姫のお役に立てて私は嬉しいですよ!暇ばかり与えられても困りますからね?」

「でも休みはあった方がいいだろ?佳林も羨ましがってたぞ?」

「そう、なんですかね?私は何もないより何かある方が嬉しいです」


 真桜が話してくれた景色が暗いという話しをしてくれたのを思い出すが真桜の笑顔は少なくともそんな気持ちを一切感じさせないし、普段もそうは見えない。


 私の目が曇ってるだけなのかと言えばそうかもしれないが、真桜は純粋で素直で良い子。その印象は変わることはない。


 ただ見えないだけでどう思ってるかはその人にしかわからないもんか。一体どんな過去があるのかも誰にだって言ってくれなきゃ分かるもんでもないんだから。

 そう思って真桜を抱きしめる。


「あのあの…急にどうしたんですか?」

「もっと甘えていいんだぞって意味を込めて、な?」

「ありがとうございます…」


 桃麗妃の話しを皇帝にすれば私は正式な巫女だ。そうなればもっと長い付き合いになるだろうし。

 それに…子供の件を考えれば真桜の嫁ぎ先なども考えてあげた方がいいのかもしれないな。私にばかり付き添っていたら相手が見つからなくなりそうだ。

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