第24話 皇帝 前

 近々武闘会が行われる。それは炎刃将を決める大事なものである。

 そして私の婿になる可能性を秘めてるとてもとても大事なものである。


 踊りの練習をしながらもそんなことを考えてしまう。だが…それよりも大事なことがある。


「明日おまえさんに皇帝が会うてくれるそうじゃ。真桜にも伝えたから正装で待つんじゃぞ」


 まだ炎刃将決まってないのにこんなことになるってことはそろそろ純潔を散らす覚悟を決める時が来たかと遠くを見てしまう。


「ばあさん。私はできれば相手は可愛い男がいいな」

「わちに言われてものぅ…少なくともそんないきなり相手が決まるわけでもなかろう?」

「でもばあさん皇帝が襲ってくるかも言ってたじゃん?いきなりなんてことないか?大丈夫か?私はどうなる―あでっ!」

「落ち着かんかい!おまえさんが決めたことなんじゃからしゃきっとせんかい!」


 そうだけどそうなんだけども!いや、うじうじ悩むにしても仕方ないか…。

 でも炎刃将決まってからくらいだと思ってたから予想以上に早くて驚いた。


「皇帝って実際どんなやつなん?」

「先代の巫女に惚れ込んでおる奴よ」

「それもわかんね。前の巫女ってどんなやつだったんだ?」

「そうじゃのぅ?決して表情が変わることがない人形みたいなと思われることが多かったかのぅ?実際はどうかは知らんが…無口で必要なことしか言わんやつじゃったな」


 想像つかない。それで皇帝が惚れるってところも分からない。

 二人の時は会話が弾んでいたとかそういう過去があったりするならばあさんも知らないだろうし皇帝に直接聞いた方がいいんだろうけど、私みたいな性格だと巫女の尊厳を馬鹿にしてーとか怒られたりするんだろうか?


「つーかなんでそんないきなり決まってんの?文句言うべきか?」

「ばかたれが!性格はどうあれ皇帝は忙しいんじゃ。それを予定を空けておまえさんに時間を割くことを選んだんじゃよ」

「元から会いたがっていたんだろう?暇じゃね?」

「おまえさんは皇都しか知らんようじゃから言うが、地方の管理報告書を見たり大まかな決め事を決めなあかん。下の者に任せても良いことももちろんあるが皇帝にしか許可できんこともあるんじゃよ」


 って言っても書類仕事だろう?暇じゃん。

 文字が読めるってことは勉強したんだろうが…あーでも夏霞妃が強さも大事とか言ってたから鍛錬もしてるのか?そう思うと忙しいのか?


 強く頭も良いのに、巫女の妄執だのなんだのと散々な言われようだし、巫女が亡くなる前は女好きとか…良い印象まったくねえな!


「ちなみに聞くんだが、言っちゃだめなこととかあるの?」

「そうじゃな。特にはないじゃろ、もうおまえさんの性格も出回っておるから皇帝の前で猫被らんでも良いじゃろうしなぁ」

「それは楽でいいんだが…それなら正装で行く意味あんのか?」

「周りの目があるじゃろう?調子に乗りすぎないことだけ気を付ければええわい」

「ばあさんも一緒じゃねえの?」

「一緒じゃよ、とはいえ部屋に着いたら人払いはするじゃろうが」


 不安な気持ちもあるがやる気起きねえな。気合を入れなおそうと思っても武闘会がどんなやつが来るかってことに意識向きすぎていていきなり方向転換して思考がまだ追いついてない感じだ。


 踊りに関してもばあさんから駄目だしはほぼ無くなったし、むしろ忙しすぎて体が忙しいことを求めてるとか?いやいや…楽な方がいいに決まってるって。


 桃麗妃の現状も知りたいが何かあれば言ってくるとは思うんだが、それもないし。


「一つ聞くんじゃが…おまえさん巫女になったこと後悔とかせんのか?」

「今更だな?私は悪さしてたんだぜ?盗んで見つかって、それなら何されたって文句は言えねえさ。私が今巫女やって生きてるのは兄弟達のためだし」

「おまえさんのやりたいことは無いんか?誰かのために行動してばかりじゃないかの?」

「それが私のやりてえことなんだよ。絵を見ても何が凄いのかわかんね。壺見てもわかんね。服なんて寒さを凌げればそれでいい。兄弟達はああなりたいこうなりたいなんて夢を語ってそれを叶えてやってすげえって思われたいとかそう言う気持ちはあるが、私の夢はただ皆で笑ってられりゃいいのよ」


 強くなりたいと弟が言うのなら悪い事をさせないようにするし。

 綺麗になりたいと言えば私が盗んできて化粧道具を渡す。

 商人になりたいなら悪い噂のないところを教えて下働きを勧める。

 旅がしたいと言うならどれくらいお金がありゃいいのかわからないから巾着に詰まる小銭持たせて体中のあちこちに盗まれたときように忍ばせて旅立たせる。


 そうしていつか語ってくれるのを期待する。自慢の兄ちゃんがいたんだってことを。悪さしかしてない自分をいつか感謝して生きてくれてればそれでいい。


「わちはどんなのが忍び込んだのかと思って見ればちびっこじゃ。何がしたいのかと思えば兄弟のためとかほざきおる。関わってみれば言うことは素直に聞くし、おまえさんならもっとまともな生き方もできたじゃろう?」

「そうだなぁ…別になりたいもんはないが、誰かの笑顔が笑えるほど好きなだけだよ」


 そう言われて思い出すのは真桜だ。暗い景色と言っていたのはある意味、私と同じような物なのかもしれない。

 ただ真桜の周りで本気で笑う奴がいなくてそれで暗く見えていたのかもしれない。そう思えば真桜のためにもっと色んな景色ってやつを見せてやりたくなってくる。


 ここじゃ見れない何かを見せてやりたいと思うと、後宮っていうのはつまらない場所でしかないだろう。

 それでも出来る限り新鮮な光景を見せて笑わせてやりたいもんだ。


「そうかい…じゃあまずはおまえさんが笑わんとな」

「おうよ!」


 なんでまた今更な話しをするのかもわからなかったがばあさんが私のことを良くしてくれてるのは十分に伝わってる。だから安心してほしい。たとえ苦しくても笑って最後を迎える程度には覚悟してるつもりだ。


 昼には踊りの練習が終わり、自室に帰ると今日は掃除していた真桜が部屋で待っていてこちらに振り返る。


「朱里姫!お疲れ様です」

「真桜、飯食うか?」

「はいっ!」


 どうやったら笑顔になってくれるか。そんなことを考えても無邪気に笑ってくれるこの子は今はどんな気持ちなのだろう。


「明日は皇帝との謁見と聞きましたが大丈夫ですか?」

「だいじょーぶ。問題ないだろ?大体なんとかなるもんさ」

「朱里姫だから安心してますけど、さすがに皇帝となると私は心配ですよ」

「そんな悪い噂あったっけ?」

「いえいえ、朱里姫が知ってる程度の話ししかないですけど。灯花妃のところに来ることはなかったので私はお会いしたことないので」


 そういえばそうか?それなら夏霞妃や侍女達、桃麗妃達は知ってても灯花妃の傍付きはそもそも皇帝を見たことないやつばかりなのか。

 色男みたいな話しは聞いた気がするが、年齢も四十だっけ?その辺だった気がする。


 明日に備えて今日は真桜も早めに就寝すると言って部屋を出ていくが、一人になってから余計に考えてしまう。


 真桜の笑顔が見たい。それと同時にばあさんの言葉がよぎる。

 私は別に今の生活も問題ない。他のやつも大半はそうだろう。みんななんだかんだで生きることに必死になってるのが普通だ。まぁ死にたいなんて思うわけでもないからそれでいいんだが。


 何かをしていれば自然と生き方なんて決まっていく。私も巫女を最初はなんだ?と疑問だらけでやってきていたが自分のしたいことがこれだったなんて思ったことはない。

 それでも別に不自由に感じては無いからこれでいいんだろうなと漠然的に思う。


 夏霞妃だって子供を大切にしていてつまらないと言いつつも色んな事に楽しみを見出して過ごしているし。灯花妃も私と話してるときは楽しそうにしている、それに宴の一件でこれからは三妃だからといがみあうフリをする必要もないだろう。


 桃麗妃がこの後宮から去ったら二妃となってこれからを過ごしていくことだろうし、私ももしかしたらその中に混ざって一緒に笑い合える日が続くんだろうななんて思える。


 その中に真桜はいるのだろうか。


 目が覚めれば太陽が昇って部屋を照らす。見慣れた光景だ。

 この光景すら、色褪せて見えてしまってるんじゃないだろうか。そう思えば真桜は本当に幸せなのだろうか。


 誰かの笑顔なんて思ってしまってから気持ちがどうにも考え込んでしまってる。一旦気合を入れなおして自分のやるべきことを考え直して今日をなんとか乗り切ることを全身全霊で挑まなければ。


 枕の下にずっと置いてある石ころを手に持って私は真桜が来るのを待つ。






「朱里姫きつくないですか?」

「大丈夫だ、いつもより服がちと重いくらいだぜ」


 正装というのは服を重ね着して季節的に暑いっていうのに余計暑くなるような苦しい服装だ。

 この時点で怠いって思うが、皇帝に桃麗妃を解放させればそれで十分なんだろうし我慢だ。


 それからはばあさんが来て、私の恰好を見て頷いた後に真桜と分かれてばあさんと一緒に皇帝のいる場所まで歩いていく。


「わかっとると思うが。失礼のないようにのぅ?」

「何回も聞いたって。安心しなぁ?」


 焔宮も抜けて一番でかい建物まで入って行き、道中色んな奴と出会うがどれも私に…なのかばあさんになのか頭を下げて道を開けてくれる。

 やはりこういう場所を歩く女というのは相応の立場を持ってると思われてると言うことなのかもしれない。


 なんなら稽古してる場所とかも覗きに行ってみたいもんだが結構な人通りでばあさんに話しかける機会も無く、手で顔を仰ぎたくなる暑さの中ようやくと言った感じでやたら豪華な扉を前にばあさんが扉を叩き名を名乗る。


「東紅じゃ」

「入るがいい」


 中に入れば机越しに座ってる男性と、両隣に武官なのかどちらも武器を所持している。

 こんな部屋で武器を持ってるってことは相当信頼を得ている人物たちなのだろう。


「お前が朱里か」

「あんたが皇帝か」


 私が言葉にした瞬間、逃げなければならない空気を感じる。私から見て右の男だ。

 少なくとも殺意なんていうものをまともに受けたことがない私でも今でも襲い掛かってくるんじゃないかという気迫がある。


「李偉?やめろ」

「…はい」

「驚かせてすまんな。普通に話してもらっていい」

「はあ?」


 この状況がどういうものなのか分からないが警護だとは思うんだが私みたいな奴に二人も警護がいるものなのか。立場上仕方ないのか?


 ばあさんの様子を見るがいたって普通にしているだけで特に会話に入ろうと言う気はなさそうだ。


「それで朱里、ようやく会えたわけだが東紅から聞いている。巫女としてこれからルクブティムに尽くしてくれるそうだな?」

「条件付きだがなぁ?それを吞むなら私は巫女として働くつもりだぜ」

「はっ!話しに聞いてた通りだ!ふてぶてしいにもほどがあるぞ?東紅が気に入るからもっと可愛げがあると思ったんだが噂通りだと逆に面白いな」


 どんな噂だろうと考えても私の噂なんて悪い噂が大半だろう。

 むしろ良い噂ならもっと意外そうな顔をしているはずだ。


「それで?何が望みだ?」

「色々あるが、桃麗妃を後宮から自由にしてやってほしい。それも皇帝の権威?ってやつで実家も守ってほしい」

「うん。まぁいいだろう、後釜はどうするつもりだ?」

「後釜?」

「桃麗が妃じゃなくなら次がいるだろう?それは考えてなかったのか?」


 後宮から一人減るくらいしか考えてなかった。ただ候補くらいいくらでもいるだろう?少なくとも桃麗妃の侍女達は妃になりたい奴で溢れてるとは思う。


「皇帝なら太陽邸から選べばいいんじゃないのか?私が決めていいのか?」

「太陽邸…あぁ桃麗のいるところか。あそこにいるのはほとんど欲が強い者ばかりだな。寝首を搔かれでもしたら大事だ。そうは思わんか?」

「無欲なのを妃にしたいと?欲がある方が夜伽の相手として満足させてくれんじゃねえか?」

「それもあるな。ただいちいち気にしていたら萎えるだろう?ゆっくりしたいときもある」

「つまりそういうこった。私が選んでも皇帝からしたら不本意になる。自分で選ぶべきじゃねえか?」


 私が自由に選んで全部嫌なんて言われでもしたら、じゃあ私はどうですか?みたいなやりとりになってしまう。それすらも否定しそうな気がするが。


「そうだな。では俺の方で選ぶとしようか。お前の侍女がいたな?」

「は?」

「献身的で無茶な行動にも対応をこなす。見事な侍女だ。妃としても都合が良いだろう」


 真桜を妃に?それは…それは良いことなのか?真桜は妃になりたがっていたか?下女や侍女はある程度権力を欲してる人が多い、とは言え夏霞妃の侍女達はそういうのとは無縁だ。むしろあいつらなら面倒臭いとか言ってしまいそうなもんだ。


 それと同じくらい真桜が妃になるのだとしたら真桜は望んでいないんじゃないだろうか。


「それは…だめだ」

「何故だ?」

「真桜が大切だからだ。私が必要としてるから」

「だからこそだろう?朱里が一緒に後宮で守ってやると良い。巫女の寵愛も皇帝の寵愛もある妃となれば大抵の者は手を出そうなんて思わないだろう」


 それは…その通りだ。守ると言う意味なら間違いない。私の侍女なんかよりも立場で言えばよほど幸せだろう。

 巫女もそうだが妃だってなろうと思ってなれるものじゃない。それならその方が幸せになれるって思うのが普通なのかもしれない。私が余計な口を挟んで機会を無くすなんてことをしていいのか?


「…皇帝」

「東紅は黙っていろ、朱里?それでお前の望み叶えてやる。桃麗に金銭援助もしよう困ることが無いように配慮して定期的に不穏な動きがないかも確かめてやろう。真桜と言ったか?それも愛そう」


 私は…どうしたらいい?何が正解だ。どうしたら…いや、そうか。ばあさんの言ってた言葉がそうなのだろう。私がどうしたいかなんだ。ただ断れば桃麗妃の約束が守れなくなるかもしれないそれでも。


「真桜は私のだ。真桜が皇帝と結ばれたいと言うのなら納得するしかないが…それでも真桜の景色を汚させたくはない。あいつにはあいつの幸せがある。だから私は真桜をくれてやるくらいなら一緒に後宮から。ルクブティムから出ていく」

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