第28話 炎刃将 後
結局桃麗妃に会う機会とかないから真桜にそのまま伝えてきてもらうように頼もうかと思ったが真桜に断られた。
「時間がかかっても朱里姫からお伝えするべきですよ。朱里姫が忙しいのは桃麗妃も分かってると思いますので」
「そうかぁ?」
皇帝の言うことを信じるならあれ以降、桃麗妃の所に行ってないと思うが何も伝えることが誰にもできてないまま武闘会やらとしていると怒られそうな気がする。
その時はその時か…。今はなんとか少年を将にしてから婚姻関係になって皇帝の思惑通りに進んでるのだと示す方が桃麗妃も安心するだろうし。
「それじゃばあさんが来たら私は行くよ、真桜はどうする?」
「私も行きたいですが、その方が治療してるところって焔宮よりも外なんですよね?」
「多分?」
「それじゃあ大人しく暇を頂こうかなと思います。最近では朱里姫は皆の憧れの人ですからねっ!」
そんなことした覚えはないが、どちらかと言えば何がしたいのか分からない得体のしれない存在くらいだろう。
ただ真桜がそう言ってくれるのは良い気分なので大人しく気持ちだけ受け取って、ばあさんが来てからは真桜と分かれて移動する。
「おまえさん本気で小僧を取り立てるのかい?」
「そうだぜぇ?本人のやる気にもよるけどよ、忠誠とかはこれから頑張るとしても子供の件があるからな」
「俊濤の方が全てにおいて優れておると思うがおまえさんがそこまで言うならええわい」
そりゃたしかに実力とかも大事なんだろうが私のやる気に関わってくるところでもあるしな。
ばあさんもなんだかんだ汲み取ってくれて分かってくれてるからいいんだが、少年と俊濤の説得に関しては私がやらなければいけないことなのだろう。
そりゃばあさんが言ってしまえば解決することなのかもしれないけど、俊濤を引き呼んだのは私だし。少年に関しても私が選んだのだから自分がやったことのケジメくらいは自分でつけなきゃいけねえ。
ばあさんに付いていくのは焔宮で、ここの医務室に少年がいるとのこと。
隣にばあさんがいるから多少相手に圧を与えるかもしれないが私が人肌脱いで接しやすい空気を出してやれば少しは気がまぎれるだろう。
「元気してるー?」
扉を開けるのと同時に軽い挨拶を入れたのだが、医務官に渋い顔をされた。
「医務室では静かにお願いします」
「あ、すいません」
少年がどこにいるか聞くと奥の方で横になってるらしく、そのまま私とばあさんは向かうが途中で後ろからばあさんに小突かれる。さっきのことを怒ってるんだろう。
寝台に横になっている少年を見るが、やはり見た目は小柄で愛嬌を感じる。この体でよくもまぁ宮廷の武官相手にやり合っていたものだ。私には無い才能に焦がれるような気持ちすらある。
「少年、起きてくれるか?」
「ん…げ…巫女様ですか…」
「調子はどうだぁ?わりと無茶してたんだろ?」
「やわな鍛え方してないんで大丈夫ですよ…それよりも将の件ですけど…辞退したいです。負けたのに見た目で選ばれたなんて屈辱だぜ…です」
まるで昔の自分をそこはかとなく感じてしまうかのような雰囲気だ。ただこう…何か私と違うのは強くなる方法?強さのあり方がなんだかずれている気がする。
「私にはわからねえ。強くなりたいのならここで鍛えればいいだろ?それなのにその機会を失くしてまで自分の尊厳でそんな絶好の機会を捨てるってのか?」
「尊厳とかじゃない…あの試合だって巫女様の言葉が無けりゃやられていたのは俺の方だった。純粋にまだ俺が力不足なだけなんだよ!あんたには分かんねえよ!」
「それは違いますよ。僕から言うのもなんですけど姫巫女様は戦いというのを分かった上で君に助言したのでしょう」
いつの間に来たのか俊濤が後ろから来て勝手に喋り始める。
いや、なんか過大評価されてるみたいだけど戦いとか分かんねえよ私?
「姫巫女様は兵法書を読んで戦いというものを自分なりに理解しようとする知性をお持ちだ。そして君に対して助言を言ったことは間違ったことを言っていたかな?」
「それは…けど俺は一人の力じゃ勝てなかった!それにあんたも将になりたがっていたのになんで今更俺にそんなことを言うんだよ」
「あれから考えてね。姫巫女様なら衆として仕えても顔を出すだろうと思えばまだ僕にも望みはあるのかなと思っただけのこと」
「余計分かんねえ。一番にならなきゃ意味なんてねえだろ」
二人の会話はなんというかズレている気がするけど、この際、俊濤の言葉は無視していこう。
一番という言葉はとても魅力的だ。私だって一番になりたいなんて雑な考えで思いつくことがある。ただ実際は私は一番とはほど遠い存在だっていうのは散々味わってきた。
「少年、名前を聞かせてくれ」
「…浩然」
ハオランか、覚えやすくていいな。
「浩然、一番になりたいなら尚の事、炎刃将としてこの俊濤から色々学ぶといい。そして学んだうえでやりたくなかったら宮廷で武官として働いていけばいい。私は少し働いてやーめたっとか言われたら受け入れるぜ?無理に考えすぎることなんかなんにもねえんだよ」
「訳が分からない、そんなことして巫女様になんの得があるんだ?」
「その間に浩然が私に興味を持ってもらう時間を作れる。そしたら婿とか関係無しに仲良くなれるだろ?」
まだ五年もあるしな、初経ってやつもいつ来るか分からないが五年以上も可能性があるならそれで見つからなかったらそれはそれだろう。その時に一番いい方法を考えるのが私で、未来で一番になりたいのが浩然や、思惑がまだ知らない俊濤のような連中なのだろう。
この差は私が巫女になったからじゃなくて底辺から偶然こんな立場になってる私だから楽観視してるだけなのかもしれないが、誰も困ってないなら誰かが楽になれるようにしてやりたい。
「将になったら強くなれんのかよ…」
「任せろ!俊濤が強くしてくれる!」
「僕なんですね…それで姫巫女様は僕も炎刃として認めてくれるんですか?」
「むしろ人を呼んでくれって言ったのは私で本人が来てくれたんなら断る理由ないだろ?」
「僕の前で大人しかった時よりあっさりとしていますね」
呆れるように言われるが、呆れられるのは慣れている。ここじゃみんな小綺麗にまとまって自分を押し殺して何かをやり遂げようとする人ばかりで、自分のしたいことを出来るわけじゃない。
それでも私の元に来てくれたと言うことは私の元でしかやれないことをやろうと考えて来てくれてるはずだから、少しでも役に立てるのならそれでいいだろう。
俊濤が皇帝の息子なのは気がかりだとしてもこいつが私に危害を加えるつもりならそれこそ皇帝になにかしら言ってきて遠回しにチクチクと言ってくるだろうし。
「ばあさん話し終わったぜ」
「まだ小僧が頷いておらんじゃないか」
「ほえ?浩然はまだ嫌がってるのか?」
「ははは。いいよ。なんかあんたと話してると馬鹿らしくなってくるから…俊濤先生、俺の事強くしてくれるか?」
「僕で良ければ。とはいえ炎刃衆なんて久しぶりに出来上がるから今じゃどういう扱いになることやら」
たしか珍しいんだっけか?将と違って重婚ができないだろうし、色々不便をかける…いやこいつは皇帝の息子だからそのあたりは関係ないのか。
分からんことは仕方ないのでばあさんを見れば仕方ないと言った様子でこれからを説明してくれる。
「おまえさんはそろそろあの個室から出ていくとええわい、南西に住んで小僧と俊濤は焔宮と後宮の間に急いで住む場所を作るからそれまでは小僧はここで、俊濤はいままでと同じところで暮らしておるとええわ。南西の準備が終われば小僧はそこまでなら行き来は許される」
そう言われると後宮に炎刃将とはいえ浩然が入ってきていいのか不安だが真桜を傍において置けば安全か?まぁ、炎刃将に色目を使う侍女がいるとは思えないからいいんだが浩然が他の女性に手を出せば皇帝からお怒りを受けてしまう気がする。
「なんか後宮って結構雑だよな」
「ルクブティムが雑なだけだわい。いや…西も大概雑じゃが北と東はしっかりとしておる」
「姫巫女様は他の皇都についても知りたがってましたね?」
俊濤がいきなり言ってくるがそんなことあったっけ?なんか西について少し教えてもらった気がするが、武に長けたこの国でも向こうは常勝無敗を誇る巫女がどうとか。
「まぁ、よくわかんねえけど、話し終わったならあとは浩然と俊濤に任せてもいいか?それとなんか巫女巫女言ってるけど普通に呼んでくれていいから」
「それでは僕は朱里様と呼んでもいいでしょうか?」
「いいよ?素で話せばいいのに言葉遣いも」
「いえ…一応形は大切なので。たまに失言したらすいません」
そんなことで気にしないが。周りからしたら皇帝の息子って結構認知度高いのかな?
「俺は…なんて呼べば…?」
「朱里でいいけど?」
「いいのか?主人なんだろ?」
「もしかしたら婚姻するかもしれないからな!」
「それはねえ!俺の好みはもっと体つきの良い女だ!」
気にしたことはないが、確かに胸は小さいし女性らしさは私にそんなない気がする。
だとしたら夏霞妃や桃麗妃を見たら喜ぶかもしれないな。
「まぁいいや、適当に呼んでくれたらいいよ。ばあさん炎刃将は決まったし次は俊濤に闘技会だったか?優勝してもらおう」
「わちは聞いておらんが…」
「僕がですか?さすがに闘技会に参加しても上位に入って終わると思いますが…?」
「上位に入るってことは可能性はあるだろ?それに必要なら私も協力するぜ」
私の仲間になった時点で趣味なのかは知らないが書庫に籠ってばかりの生活よりもっと好きなことして体を動かせばいい。それとも体を動かすのが実は嫌なことだったらそれはそれでまた別の事を考えればいいしな。
「怪我しない程度に参加して無理だったら諦めりゃいいさ。私は闘技会で勝ったなら勝者同伴なら外へ行ける権利が欲しいだけだから」
「外…それは皇帝が許可したというのか!?」
「お、おう?」
余程驚いたのかやはり急に言葉遣い変わるのは驚くから普段からそれでいいんだが。
「朱里様。僕に任せてください、今から仕上げれば最悪運が良ければ勝てる程度には体を鍛えて参ります!」
「やる気になってくれるのはありがてえが、無理はしないようにな…?」
「はい!」
俊濤は外に行きたかったのか。やはりそれぞれ目的があって将を目指したりとしてるのだろう。
将を目指していた俊濤も今では衆として落ち着くことを良しとしているし、目的がいまいち分からないが私のそばにいることで何かを出来ると言うのなら応援だけはしておこう。
「俺はなにすればいいんだ?」
「浩然にも参加してもらって俊濤の優勝を手助けしてやってくれ、皇帝がいやらしい性格じゃなければ私の炎刃衆同士を戦わせることなんてしないだろ」
「皇帝はいやらしい性格をしてると思いますがね」
まぁ面倒臭そうな性格はしてると思うが、私に対して結構譲歩していたからそんなことはしないと思いたい。
闘技会まで一カ月だからあんまり鍛錬をするにしても周りの連中も強いだろうからどうなるか分からないが武闘会で優勝した俊濤に思わず期待してしまう。
「おい朱里」
「どうした?」
「機会…与えてくれてありがとうな…」
頬を赤くしながら言ってくるのは照れてるからなんだろうけどわざわざ言わなくてもいいのに。私の都合でやっただけだし。
「一番…頑張れよ」
浩然がもう少し文句を言うかと思っていたがすんなりと進んだので早い時間にばあさんと一緒に帰ることになる。
「おまえさんはこれから忙しくなるじゃろうな」
「ほえ?どうして?」
「将だけではなくその炎刃衆も集めるとなれば一人では足らんじゃろう。それと今みたいな暮らしでは示しが付かんからのぅ。南西の先代巫女の侍女達と共に暮らしてもらうための準備…わちがしてやれることは少ないがおまえさんならなんとかするじゃろ」
期待は嬉しいが、そう言えば後宮の南西って元侍女達が今は使ってるんだっけ?食堂で働いてるくらいしか印象はないが、それでも仲良くは出来そうな雰囲気はあるから大丈夫だとは思いたいが。
さすがに自分たちの領域に新しい巫女が来るってなったら多少は嫌な顔をされるのではないだろうか?それとも真桜も一緒に住まわせてもらってるのを見たことはあるから案外歓待されるかもしれない。
「住む場所くらいはどうにでもなるだろ。それより俊濤と浩然の方が心配だな。一カ月後で闘技会ってえのに勝てるもんなのか?」
「出場者によるのぅ…十中八九というべきか皇帝のことじゃ。あんな好条件の餌をちらつかせた以上実力者を出してくるじゃろう」
そうなると不利なのはこっちか。ばあさんが出る人によると言ったと言うことは今回みたいに人材発掘とは違う催しなのだろう。つまり苛烈な戦いが起こると言うことで私がなんとか協力するとは言ったが出来ることがない。
大丈夫か!あいつら強いし、負けたら負けたで慰めてやろうその時は。
後宮へ戻ると真桜がいつも通り出迎えてくれるので、今後のやることを明確化しておく。
まず闘技会に関しては丸投げ。その間に私達は南西の邸宅を一室でもいいから貰いに行く。
そして闘技会がある月には焔宴会と呼ばれる私がなぜか踊らにゃならん行事がある。
ここまでをなんとかするために引き続き真桜とばあさんに協力を仰いで事を進めていかなければ。
「朱里姫の部屋ならずっとありますよ?」
「あんの!?」
「はいっ!先代の巫女が使われてた部屋以外なら自由にしても良いと言われたので少しずつ片づけて用意してあります」
なんて有能な侍女なんだ真桜は。思わずほっぺたを撫でまわすとされるがままになっている真桜の顔が面白かったので笑ってしまった。
「ばあさん聞いたか?問題一つ解決だ!」
「真桜、他の女官は聞いとるのか?こんばかたれが住むことは」
「えとえと、問題ないかと思います。ただ仕えるわけではないので結局侍女は私だけになると思いますが」
「別によくねえか?勝手に住んで、それで周りの掃除とかはそっちでやってくれんだろ?」
「それは先代の威光を残したままにしたいという意味かもしれんのぅ…」
どういうことだ?と聞けば、新しく住む人が変われば毎回建物を改築してその人好みにして名前を付けるのだとか。
別に私はこだわりとかそういうの無いし名前も考えるの面倒くさいからそのままでいい。
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