第29話 後宮不思議話

 塾邸にて舞踊の練習をしていると夏霞妃が来て、少し時間が経ってから灯花妃、桃麗妃も後から来て舞踊の練習を中断して夏霞妃と談笑してるところに来たので真桜が慌てた様子でお茶を取りに行ったりとして珍しい三妃と私が揃うことになる。


「よっ、二人とも久しぶり。桃麗妃はなんか色々話すことあったのに悪いね」

「別にいいですわ。皇帝から直接内容は聞きましたから…貴方はそれでよかったのかしら?」

「良いも悪いもねえだろ。私はやりたいようにしてるだけさ」


 せっかく三妃が揃ったのだからもっと私以外の話しでもしてくれないかなと思って水を飲みながら無言の時間が少し続く。


「あの朱里姫…ここで朱里姫の舞踊が見られると聞いたんですが」

「別に踊ってもいいけど宴会でまた見ることになるよ?」

「それでもいいです!」


 灯花妃の望みなら別に構いはしないが、出来る限りみんなが楽しめるように踊るとそれぞれ三人で喋り始めたのである意味これで良かったのかもしれない。

 ただせっかくのお披露目という時に見慣れた踊りをするということになると飽きたりしないかの心配はでる。


「あは~。小朱は凄いよね~」

「そうですよね夏霞妃!これなら毎日見ても飽きないです」

「お二人の意見には半分同意しますが…二人はどうしてここへ来たのかしら?」

「遊びに~?」

「朱里姫と一緒の時間を過ごせるからです?」

「人たらしなのねあの子は…」


 話題の中心がやはり私なのかと呆れつつ踊り終わって水を口に含んでから汗を拭って三人の所へもどる。


「そういう桃麗妃はどうして来たんだ?」

「皇帝の件を話しに来たのもありますけど…かなりの恩情を頂いたことへの感謝ですわ」

「そいつはどうも。ありがたく頂いたぜぇ?とはいえこんな簡単に集まって良かったなら私があれこれしなくてもよかったかぁ?」

「小朱が太陽邸の侍女を満足させるように働きかけた上に皇帝から桃麗妃を実家に戻す働きは後宮で噂になってるからね~。やって良かったんじゃないかな~?」

「それならいいが」


 結果的に良かったならそれでいい。とはいえ、いざ三人で自由に集まれるとなっても特に話すことが無いんじゃ物寂しいもんだ。

 真桜が戻ってきてからそれぞれにお茶を出してゆったりとした時間が流れるもいまいちパッとしない。


「こうも集まったんなら面白い話とかねえの?」


 一応提案はするが私には面白い話が特にないという前提で三人にお任せする。


「小朱が好きそうな話しと言えば~。後宮不思議話かな~?」

「不思議話?心が反応しそうな響きだが、内容は?」

「それなら私も知っています!後宮に夜な夜な亡霊が徘徊してるとかですよね」

「そうそう~。あたしの知ってる話しだと甘い香りに誘われて付いて行ったら宮廷外に出ていたとか~?」


 どっちも信憑性に欠ける話しだ。亡霊って言っても見間違いもあるだろうし。甘い香りっていうのもどうやって後宮から誰にも気づかれず宮廷から出るのか。

 外壁の外堀には水があり、最低でも濡れるはずだ。


「それなら私も知っていますわ。後宮の待遇に不満を持った妃が壁を上って脱走したのだとか」

「あ~。なんか壁に血が付いてて過去の妃の呪いとか言われてたかな~?」

「壁に血?今も残ってるのか?」

「最近見つけたらしいよ~?南西の壁に高い位置にもあるからまだ塗装されてないから見てみるといいかも?」


 南西って私が侵入してきたところじゃないか?あれ?私じゃね?

 手のひらを擦りむいて降りてきたから多分血が付いててもおかしくはない。


「亡霊って人間みたいに血が流れてるんですね?私は触ったりできないのかと思ってました」

「そうですわね…大抵の不思議話には痕跡が残ってたりするらしいですわ」

「痕跡ですか?」

「例えば後宮の廊下が一夜にして水滴があって、侍女は掃除を確かにしたはずなのに濡れていたとかですわね」


 水滴…そういえば髪を部屋で洗った後乾かすのに丁度いいから散歩した気がするな。その時に何も考えずに歩いていたからそれかもしれない。


「あとは~夜な夜な子守唄が聞こえてくるとかかな~?」


 これ以上この話を続けると私の赤裸々な夜の散歩が出来なくなるかもしれない!


「あれだな!全部子供だましだぜ!きっと小雨でも降ったかもしれねえし子守唄なんて誰でも歌えるだろ!」

「怖いんですの?」

「小朱は怖い話が苦手だったか~」

「朱里姫大丈夫ですよ!こういうのは誰かが仕掛けて楽しんでると佳林が言ってましたから!」


 チガウ。そうじゃない、犯人に心当たりがあるだけで怖いわけではない。

 ただ変に否定しても、じゃあなに?ってなるからそういうことにしておく。


「楽しい話とかはねえの?それこそそれぞれ趣味があったりするだろ?」

「それなら桃麗の得意分野じゃないかな~?」

「商家の話しなんてどれも裏があって気分が悪くなる話しが多いですわ…ただそうですわね…金を運んでくる鳥という話しがありますわ」


 金を運んでくる鳥。別に鳥自体は何の変哲もないただの鳥なのだが足に金を一粒毎回届けてくれるのだとか。

 その鳥を追いかければ崖に落ちたり、馬に轢かれたりと不幸な目に合うが。困っている人の元へ金を一粒運んでくる鳥は幸福をもたらすと言われて商人では金を一粒懐に忍ばせることが流行ったことがあるらしい。


 今でもそうしてるかは桃麗妃が後宮に来てからは商家との連絡はほぼ取ってないので分からないがなんともほのぼのとした奇怪な話しだ。


「それって桃麗妃もやっていたりするんですか?」

「私は計算は出来ても物の価値は教えられてませんから。それに金を持っていても後宮では意味がないでしょう?」

「そうですね?てっきり縁起が良い物なのかと思ってしまいました」


 灯花妃の言う通りどっちかと言えば意味なんてなくて縁起が良いからやってる風水に近い物を感じる。


「私も金の価値はどれくらいかわからんけど、鳥が運んでくる量なんてたかが知れてるんじゃないのか?」

「そうですわね。ただこの噂は一説によると巫女の仕業だと言われてもいますの」

「私は自分以外の巫女を知らんから何とも言えんが巫女ってそんなにすごいんだな」

「小朱は巫女…他の皇都にいる巫女をそんなに知らないもんね~」


 色んな人の話しを合わせるとルクブティムの巫女は希少で、西の巫女は戦争で強いとかだったか?

 東と北に関してはほとんど覚えてない。


「北の巫女は置いとくとして~、東の巫女は結構交流があったりなかったり~」

「どっちだよ。というか皇都に関してもそんなに詳しくないんだよな。仲悪いの?」

「それこそ北は全面的に中立かな~?東と西に挟まれてる中立もしてないルクブティムは巻き込まれがちだね~」


 というと東と西は仲が悪くて、北は平和主義。ルクブティムはなんかよくわからんけど戦争には参加したり?ここは何がしたいんだ。


「それこそ巫女が正式に決まったから中立をこれから意思表示できると思いますわ。朱里姫の存在で周りも警戒するでしょうし」

「朱里姫はやはりすごいんですね!」


 巫女ってのが偉大というのは分かったが私が凄いわけではない。灯花妃も私と同じで多分何も分かってないんだろうな。

 でも話しには参加したいもんな。気持ち分かるよ。


 お茶も飲み終わり各々が帰り支度を済ませて帰るのを見送って真桜と二人きりになる。


「真桜はどう思う?」

「えとえと…巫女のお話ですか?それとも朱里姫が不思議話になってることですか?」

「あ、なんか黙っててもらってありがとう」

「いえいえ!きっと朱里姫ならそういう悪戯やりそうだなって思っただけですっ!」


 悪戯してたわけじゃないんだけど…。まぁ真桜にばれてるならいいや。


「あ、南西はなんて呼ばれてる場所なの?」

「炎鳥邸ですね。ルクブティムを象徴して、先代の巫女様が鳥を好きだったので」


 さっきまで金を運ぶ鳥の話しをしてたけど、私にもそういう金を運ばせたりとかできるのかな?なんて思うがばあさんがそれなら話してるか。


「えんちょう邸か…なんか燃えて無くなりそうな名前だな」

「周りの人に言ったらだめですよ…?皆さん気に入ってるそうですから」


 普段から端の部屋に慣れてるからそこにまだ住んでるけどそろそろ移動してもいいのかもしれない。


 挨拶とかもしなきゃいけないんだよなぁと思うと。あまり乗り気になれないけど。


「今日から住まわれますか?」

「いんや。まだいいや」


 とりあえず今日は部屋に戻ってからゆっくりしたい。そう思っていたがばあさんが塾邸にやってくる。


「おまえさん炎刃将がそろそろ回復しきっておるから面倒みてやらんか?」

「あぁ、浩然か。たしかに…でも俊濤に任せてればなんとかなるんじゃない?」

「そう言うと思って俊濤に話しはしたんじゃが自分の鍛錬に今は専念したいそうじゃ」


 なんか外に出れる許可が下りると聞いてから張り切ってた俊濤を思い出すが。私から浩然に何か言ってやれることなんか無いが…。


 とりあえず浩然のところに、後宮から出て焔宮との間で木剣を素振りしている姿を見つける。


 私を見るなり走って犬みたいに近寄ってくるので私も好かれたものだと思っていたら。


「朱里!将になってもやってることがいつもと変わらない!」

「知らん!」

「えぇ…」

「ばあさん、適当に喧嘩吹っ掛けるのとかありなのか?それなら浩然には色んな奴と戦わせれるんだけど」

「まぁいいんじゃないかい?相手が受けてくれるなら。わちとしてはおまえさんがさっさと引っ越して小僧も世話してやれば良いと思うが…」


 炎刃将は後宮でも入れるんだっけか?

 ただ浩然が後宮に来ても意味がない気がする。勝手に鍛錬して護衛になってくれればそれでいい。


「朱里も武術に詳しいんじゃないのか?」

「なんで?知らんけど?」

「あの時助言したじゃないか!」

「知らん!私なら逃げるね!まともに戦ったら勝てるわけないじゃないか!」

「くっ…信じた俺が馬鹿だったのか!?」


 仕方ない。久しぶりだが私の技術というものを見せてやるか。

 私は浩然の隣を歩いて体の懐にスッと手を伸ばして、大体の奴は同じところに何かしら…主に財布を忍ばせてるもんだから懐かしい感触を感じて浩然から奪ったものを見る。


 財布だ。しかし中身が全くない。


「ほれ浩然。こんな風になることがないように気を張って修行してこいよ。他の奴に負けても気にすんなよ」

「は?俺の財布…や、やっぱり武術を何か――」

「こんばかたれが!何自慢しておるんじゃ!」


 ばあさんに小突かれてしまい、そのまま後宮に引きずられていく。

 真桜が丁寧に頭を下げてから私達の後を追いかける。


 しかし浩然はそんなに強くなりたいのか。俊濤が使えないならそれこそ適当に挑んで勝手に成長してくれるのを待つしかないが。闘技会さえ終われば多分俊濤がなんとかしてくれるだろ。


 ばあさんはそのままどこかへ行き。真桜と一緒に部屋に戻ってからは今日の出来事を思い出しながらなんにもしてない日だったことを思い返す。

 まぁたまにはそういう日があってもいいか。


「あ、朱里姫。私も不思議話があるんですよ」

「それは私とは関係ないやつか?」

「だと思います。なんでも後宮で生き血に飢えた植物が徘徊するとか」

「それっぽいな。でも植物?木か?」

「その証拠にルクブティムの秘宝が隠されてあった蔵の近くにある木が不自然な折れ方をしてたそうですよ。しかもしかも、その折れた木が重いにも拘らず移動してたそうですっ!」


 それ私じゃね?


「真桜。多分そいつはたまたま入ってきた盗人だな。やべえやつもいたもんだな」

「盗人が入ってきたほうが事件じゃないですか?あれ?」

「まぁ気にしても仕方ないだろ?実際それ以降何も無いんだろ?」

「あ、すでに朱里姫はこの話をご存じでしたか。その一回以降何事も無くなったのでもしかしたら知らない間に人が一人消えてるんじゃないかって噂になってたんですよ」


 私という存在が入れ替わってると言う意味では確かに一人消えてるな。


 あんまり後宮では話のネタがないのか、なんでもかんでも不思議扱いして楽しんでるんだろうな。

 暇のかと言えば暇なんだろうけど。多分後宮からめぼしい話題は出ることはないだろう。それなら焔宮の方が面白い話が出てきそうなもんだ。


 それもまた饅頭の不思議話とか出てきたらがっかりするが…。


「ま、噂なんてそんなもんか」

「朱里姫は何でも興味を持つんですね」

「真桜も噂を知ってるから似たようなもんじゃないか?」

「そう言われたらそうかもしれませんが私は自分からあまり聞きませんから。朱里姫みたいに自分から聞きこむことはないですね」


 私も別に好きで聞いてるわけじゃないが。三妃の時だって私の話題ばかりだと楽しくないだろうと別の話題にしたかっただけだし。


 実際は私の話しだったけど…。


「あのあの。闘技会の前には炎鳥邸にお引越ししましょうね?」

「そういやそうだな。それじゃあ食堂に行ってからみんなで肉まん食べる準備してからにするかぁ」

「朱里姫がそれでいいならいいですけど…なんでいつもお饅頭なんでしょう…」


 私も知らない間に饅頭姫扱いされてるからもうそれでいいかなって。真桜からしたら饅頭侍女扱いされて弄られたりするのだろうか。それはそれで見てみたい気もする。


「ま、なんとかなるかぁ」

「はいっ!いつも通りなんとかしてくださいね!」


 いつも通りか?まぁいつもこんなんか。大体何も考えなくても行動を起こせばなんとかなるだろう。

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