第30話 炎鳥邸
朝から食堂へ真桜と一緒に行って挨拶をするも。
「今日はお饅頭おいくつご入用ですか?朱里姫」
すっかり肉まんが定着していることに真桜も驚いてないようで切ない気分になるが、まぁ肉まんを当人たちに肉まんを作ってもらってみんなで食べようなんて考えをするくらいだからそれでもいいかと前向きに捉える。
「いや、実は炎鳥邸に引っ越そうと思ってね、それで皆で肉まん食いながら仲良くなれねえかなと思ってたんだが」
「炎鳥邸にですか?皆で食事と言われましても日が沈むまでは手が空いている者がいないため日が沈んで遅くなってしまうかもしれませんが?」
「んー?それじゃ皆、飯はどうしてるんだ?」
「各々時間が空いた時間に自ら作って食べております。私達は妃様達の食事を担当してますが食事を運ぶのも我々の務めです。朱里姫には東紅老師より食事のみ作れば良いと言い渡されていましたので朱里姫が存じてなかったのかもしれませんね」
なんだったか?妃の食事を安全に提供するために先代の巫女の元侍女達が今下女として働いてるんだよな?
それで私だけ運ばせないのはそのしがらみ関係でばあさんが気を遣ったんだと思うが、ここの食堂で働いてる連中は食事をそれぞれの妃に運んでいると言うのは過保護な気もするが普通なことなのか?
「夜は皆で食ったりしないのか?」
「夜も各々自分で食事を作り摂られております。真桜には時間の都合が合う者が同伴しておりますがそれ以外は基本一人か時間帯を共にした者二人で食事をしておりますね」
「そうかぁ…皆ここで飯を食べるんだよな?」
「いえ、炎鳥邸、蕾邸、微睡邸、太陽邸にも炊事場は存在しますので、ここで食べるのは炊事担当された者ですね。各侍女は自邸で食されますし、我々も炎鳥邸で食事をする者が大半です」
ここで待ってれば全員と挨拶出来るかもと思ったがそうでもなかったか。仲良くなるのも大変そうだ。
それじゃ飯は飯で食堂にいるここの連中と過ごしてから炎鳥邸に言って食事してそうな者に一人一人声を掛けていくのがいいかもしれない。
ただそれだと、逆に食いづらくなったりしたら相手に迷惑かもしれないが…どうしたものか。
「朱里姫は食事会を開きたいのでしたら予定変更もしますが?」
「いんや、それは悪いだろう?飯の都合が悪いなら茶だけでも一緒に過ごすのも悪くないだろうし、皆の仕事が終わる時間帯を教えてもらっていいか?」
「それでしたら炊事が終わって炎鳥邸に戻る際にお声かけ致しますよ。朱里姫は炎鳥邸と普段使われている宦官の間本日はどちらへお過ごしですか?」
「宦官の間って言うのは私が普段いるところか?そこで待っておくよ」
「畏まりました。ちなみに本日のお饅頭は餡に拘っておりますのでご堪能くださいませ」
一通りのやり取りを終えて帰りながら真桜に宦官の間のことについて聞くと、真桜もそんなに知らないと言った様子だ。
「えとえと、さすがに宦官と言えど妃の邸宅にお邪魔するのは駄目なので客間みたいなものだと思いますが…朱里姫のお過ごししてたところがそうだとは知りませんでした」
それにあんな掘っ立て小屋と言ったら失礼かもしれないが、寝泊りするだけの場所を間と言えるのかも怪しいもんだ。
単純に宦官の扱いが雑なんだと思ったが、それなら今私がそこを使わせてもらってるの私を雑に扱ってることになるのかということになるが。
ばあさんからそんなことはないんだろうが。それを知ってる侍女連中は私のことを良い顔しなかったりもしていたかもしれないな。
なんせ巫女と名乗ってるのが炎鳥邸に住むでもなく宦官の部屋で満喫してるんだから。
涵佳や微睡邸の三侍女が親し気にしてくれるのがありがたいのと同時に蕾邸と太陽邸の侍女とはあまり仲良くやれてないのも少しは解消しておくべきか…。
「それで朱里姫はどうされるのですか?」
「ほえ?私が何かか…?そうだな。茶、茶、桃麗妃に菓子を貰いに行くか」
朝から出向いて結果的に不作だったのだから、いっそ頼れるものは頼っていって茶に向けて菓子を用意したほうがいいだろう。
そう思って真桜と一緒に太陽邸に行くのは初めてな気がして、視線を感じながらも太陽邸の前にいる侍女に訪問を告げると桃麗妃と侍女数名を引き連れて出迎えてくれる。
「朱里姫からお越しいただくなんて珍しいですわね」
「よっ…じゃなかった、お久しぶりです桃麗妃。実は頼み…相談がありまして」
「中へ入って頂戴、お茶をお出しするわ」
以前は入れなかった客室へ案内されて席に座るも侍女達の目があるのでどうにも頼みづらい。
何か人払いするか言い回しを考えないといけないのだが上手い言い方がなんも思いつかん。
「朱里姫から相談を受けれるなんてそれほど親しく思っていただけて嬉しいわ」
「こちらこそ急な訪問なのにありがとう、ございます」
「それでその内容はもしかして例の件ですか?それなら人払いを致しますが、朱里姫の侍女にも外で待ってもらうようにお願いしますわ」
「…?是非お願いします」
例の件とはなんだ?私何か桃麗妃に頼んでたことあったっけ?実家に帰る手筈とかは皇帝から直接聞いたとか言ってたけどちゃんと話してなかったからそのことか?
客室から侍女全員が廊下に出たと思えば桃麗妃が菓子を一摘みして頬張る。
「それで朱里姫は唐突に何の用かしら?」
「あれ?例の件はいいのか?」
「そんなのないでしょう。侍女の視線をずっと気にしていらしたから人払いしないと話せないことなのかと思っただけですわ」
「なんか気を遣ってもらったみたいだな。すまん、というかまぁこれから言うことも図々しいとは思うんだが菓子をもらいに来た」
「本当に図々しくて笑いそうになったからやめてほしいわ…」
口元を抑えて吹き出しそうになっていても上品さを欠かさないその姿勢に見習う物を感じるな。
とはいえ私がどういう意図で来たのかをまず説明しないといけないと思って今日炎鳥邸に引っ越すことを告げた上で炎鳥邸の下女達に挨拶をしたいことを告げると、納得してくれたみたいで桃麗妃が悩む仕草をする。妙に艶めかしい仕草だが、様になってるのは普段の行いだろう。
「炎鳥邸の下女は舌が肥えてるとは聞いてるわ。だから三妃の食事を担ってるのだとも思うけれど…私に言わなくても炎鳥邸に茶菓子くらいあると思うわ?」
「手土産なんもなくて大丈夫かな?言っちゃなんだが世話になりっぱなしなんだよなあそこの下女達って」
「それを言ったら私や他の二妃もそうね…それなら菓子を三妃と貴方四人の物だと言って渡してもらえるかしら?普段私達は関わらなくても侍女に迷惑を掛けられていたでしょうし」
別にそれくらいならなんでもないが、他の二妃にも気を遣ってるあたり桃麗妃からしたらもう后妃を目指すという気持ちは薄らいでいるのだろう。
仲良くなってくれることはこちらとしても嬉しい限りなので私は快諾する。
「悪いな。桃麗妃が丹精込めて作ってくれたって言っておくわ」
「それだと私だけ目立つでしょう?変な言い方せずに素直に渡して頂戴」
桃麗妃が扉まで行き開けると侍女達が待っていたようで中に入ってくるも桃麗妃だけそのままどこかへ行くので桃麗妃の侍女が追いかける形になっていく。
「朱里姫どうでした?」
「むしろ気を遣われてばっかりだったな。茶菓子もらえることになったから真桜も楽しみにしてな」
桃麗妃が箱に梱包して持ってきた茶菓子を受け取り、他の妃みたいに侍女に任せられないとこういうところで自分が動かないといけないのを見ると桃麗妃が一番妃らしいのに一番庶民的な動きをして大変なんだろうと言うことが伝わる。
夏霞妃は母性がありすぎるくらいだが、人を見る目だけはかなり鋭く見ているし。もっと気軽な場所で出会えていたら桃麗妃とは冗談を公の場で言い合えるくらいには仲良くなれていただろう。
むしろ宴会さえ過ぎてしまえば、闘技会の結果次第では挨拶に行って普通にダチとして仲良くしていきたい。
桃麗妃に感謝をしつつ、太陽邸を後にして自室に戻ると梦慧が扉の前で暇そうにしているのを見かける。
「なーにしてんの?」
「あ、小朱探したっす。塾邸やらなんやらと、どこにいたっすか?」
「桃麗妃の所に菓子をもらいに行ってたぞ?」
「態度がでかいのに悪びれもなく言うのはさすがっすね。夏霞様がどうせ小朱のことだから皆で食事をとか言い出すと言ってるだろうと茶葉を持って行ってやれと言われたっす。ここに来たってことはまだここに住んでるんすね」
「いや、今日から炎鳥邸に住む予定だよ。だからこそ菓子を貰いに行ってた」
「行動が珍しく遅いっすね?まぁ引っ越すなら灯花妃に伝えておいてやらないと多分拗ねるっすよ」
言われて見れば灯花妃だけは私がずっとここに住むと思っているかもしれないし報告はしておくべきだな。
佳林も誰もいないここへ来ていたのなら可哀相なことになるし。ただ塾邸で舞踊の練習するようになってから気を遣ってか知らないが来ることはなくなっていたから忘れていたんだが。
「いっそ扉に書いておくか?」
「読める人が少ないっすよ」
「というか書いていいんですか?引っ越すのに」
二人から非難の目が来るのでやめておくが、まだ時間はあるし久しぶりに灯花妃のところに行くかと思って、梦慧の手土産も貰いながら部屋に置いておく。
「梦慧も一緒に行くか?」
「わっちは微睡邸へ帰るっす。というか気軽に誘ってくれるのは嬉しいっすけど暇なわけではないんすよ?」
「そうか、それならお礼はまた今度言いに行くって言っといてくれな」
「っす。小朱も今日は生意気だったって伝えておくっす!」
やはりというべきか、いまだに天楊とはあまり話せてないが三侍女は話しやすい。
梦慧の言う通り、灯花妃にも伝えておくべきと思ってそのまま蕾邸にも向かう途中で真桜が梦慧と仲良くなっていたのか小話を聞く。
「朱里姫は梦慧が自分のことわっちって言うの気になったことありますか?」
「いや?そういう風に夏霞妃に指示されてんのかと思ったくらいかな?」
「なんでも東紅老師や侍女頭の丹三に憧れて自分のことをわっちって言うようになったみたいですよ?」
「丹三は風格あったけど、ばあさんに憧れるのはなんでだ?確かになんでも出来る感じはあるけどさ」
「朱里姫って東紅老師のこと雑に扱ってますもんね…才女として東紅老師は後宮でも皇帝ですら手が出せないほど知性と美貌で溢れていたそうですから」
今とは想像できない。しかも平気で人に怒鳴っていたり、私に対しては小突いてきたりと乱暴な印象ならすぐに思い浮かぶんだが。
「三妃と巫女、そして東紅老師の五大勢力が当時はあったとか聞いたことあります」
「ばあさんは別に妃でも巫女でもないのにか?」
「立場上後宮以外にも顔を出していたから求婚が絶えなかったそうですよ?そしたら男同士で東紅老師に相応しいのは誰かと争いにまで発展したとか」
「信じられんが…それを知ったらばあさんなら怒るのだけは分かる」
「実際怒って文字も読めない乱暴者など相手にするわけがないと断言してから、少しの間武官でも本を大人しく読む時期があったそうです」
そんなに影響力があれば五大勢力と言われても仕方ないのか。それにしたってばあさんの性格は昔から変わりないようで安心はした。
昔からここで働き詰めで疲れることばかりだろうに歳をとってもずっと働いているのはこの国が相当好きなのか。
話しをもっと聞きたい気持ちもあったが、蕾邸まで来てから灯花妃に会いたいと告げて中まで通されては灯花妃が笑顔でいるのと、佳林が灯花妃の近くにいるのに疲れた様子でいる。
佳林に話しを振るのもあれなので無視するが…。
「朱里姫!本日もお見えになれて嬉しいです」
「おう、私も灯花妃が元気そうで嬉しいよ。まぁ今日は挨拶?みたいなもんなんだが」
「挨拶ですか?それは嬉しいですけど…何の挨拶でしょう?」
「引っ越すことになってな、その挨拶だ」
「どこに行かれるんですか…!?私とずっと一緒にいてくれるのでは!?」
そんな約束したっけか。したのかもしれんが忘れた。
「炎鳥邸って分かるか?そこに引っ越すから今後何かあればそっちに連絡をくれたら助かるってな話しだ」
「炎鳥邸…朱里姫が行くのに名は変わらないのですね?」
「名前考えるの面倒くさいし、ほとんど私の侍女じゃないしな。だからそのままなんだよ」
ある程度の事情を話してやるも不満そうにしているのは何故なのか。私が考えても饅頭邸にしかならん気がするからやめた方がいいぞ。
報告も済ませたし大丈夫だろうと思い、私は本当に挨拶だけ済まして帰ろうと思ったのだが灯花妃が引き留めてきて今まで色んな饅頭の刺繍をしてきたのだと言って饅頭の手巾を沢山渡してくる。
こんなに用意しても私と真桜の頭にはすでに髪留めとして肉まんがほくほくとあるのだが。
「せめて炎鳥邸に住まう下女が朱里姫と一緒に住むことになるのだと分かってもらうために…そう!お引越し祝いです!」
「私が引っ越すのに、それを炎鳥邸の下女に渡すのか…まぁいいけど、いいのか?せっかく作ってもらったものなのに」
「気付いたら増えていって佳林からもどうするのか困っていましたから丁度良かったです」
相変わらず灯花妃の行動を制御しきれてないんだろう。苦労を察して佳林を見るも遠い目をしているだけだ。
結構な量貰ったので真桜と二人で持って帰ることにして部屋に戻る。
何故かは知らないが桃麗妃の思惑とは違った方向で三妃から下女への手土産が三つ揃ってしまった。
灯花妃の手巾に限っては喜んでもらえるか微妙なところだが、手拭いとして使ってくれてもいいだろうし困ることはないだろう。
あとは食堂から仕事の終了が伝えられるのを待つだけだが、移動したり茶菓子をちょいと摘まんだりしたくらいで何も食べずに動いていたのでお腹が空いた。真桜に至っては茶菓子も食べてないので猶更だろう。
少しくらいなら菓子を食べてもいいんではないかとも思ったが我慢することにして、真桜と一緒に茶を飲んで誤魔化す。
日が沈んで暗くなる頃合いになると食堂にいた下女が扉を叩いて訪問してきてくれる。
「朱里姫お待たせしてしまってすいません。ご用意できたのでお迎えにきました」
「むしろ急でこっちも悪いね。助かるよ」
来てもらった下女にも手巾を持ってもらい手伝わせてしまうが、私と真桜も両手に手巾と夏霞妃、桃麗妃のお土産を持ってから炎鳥邸に向かい。「朱里姫を連れてきました」と下女が扉に呼びかけると中から美味しそうな匂いを広げながら開く。
下女の数は十数人と結構な数がいて驚くも全員でわざわざ出迎えてくれたのかと思うと嬉しい。
「朱里姫は今日お饅頭を頼まれなかったのでこちらで用意しておきました」
そういえば朝に餡に拘ってるとか言われてたけど結局頼んでなかったな。ここでも気を遣われてしまったが純粋にお腹が空いて我慢できそうにないので感謝する。
「みんなにもお土産があるんだよ。三妃が日々お世話になってるってことで感謝の菓子やら茶葉やら手巾やらと。良かったらもらってくれい」
お土産は喜んでもらえたし、どうやら食堂に伝えた皆で食事というのも気を利かせて夕飯を食べずに待ってくれてたみたいで全員で食事をすることになった。ありがたいことだ本当に。
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