第31話 未来視の可能性

 炎鳥邸に用意された私の部屋は普段使ってた部屋よりも広く少し落ち着かなかったことを除けば問題なく過ごせた。


 真桜も同じところで寝泊りしているからか随分早い時間に来て着替えを済ましてくれる。


「本日はどうされるんですか?」

「塾邸で踊りながらばあさんに寝床を引っ越したことを報告するかね」

「やっぱり朱里姫は真面目ですよね」


 ついでで報告するだけで踊りもついでみたいなもんだ。

 部屋を出て侍女…ではなく下女に挨拶しながら塾邸に向かう。大抵の下女は私のことを普通に受け入れて特に生活が変化したわけでもなく忙しそうに歩き回ってる。


 塾邸で踊って待っていたらばあさんが現れて引っ越したことを告げると満足した様子で、踊りの方も順調に余裕が生まれてくる。

 ここまで来たらあとの不安は闘技会とやらなんだが、すっかり放置してしまってる浩然は置いておくとして。本命の俊濤がどうなってるのか気になる。


「そういや後宮と焔宮の間になんか作るって言ってなかったっけ?」

「なにとぼけた風に言うとるんじゃ、おまえさんの配下がそこに住むっちゅうに」

「どんな建物建てるんだ?」

「そこそこの建物じゃよ。家事働きは焔宮で行うから睡眠できれば良いじゃろうに恩着せがましく皇帝が張り切っておっての、完成まで二月はかかるかもしれんわい」


 どんだけ張り切ってんだよ、そしてそこそこの建物を二月で完成させるって重労働させるってことだよな。変な恨み買わなきゃいいけど。

 働く連中からしたら仕事が増えて良いのか、面倒な仕事が来て大変なのか微妙なところだろうな。


 しかしそれだけ聞くと俊濤が元々どこに住んでるか分からないためどこで何を頑張ってるのか分からない。


「おまえさんがどう思うとるか分からんが闘技会はあまり期待せん方がいいぞ」

「それってこの前みたいにズルとかしちゃだめなん?」

「ありゃ都合が良すぎじゃ。大方小僧と侮っておったのもあるからおまえさんにも動きが読めたんじゃろうが、戦闘に関して素人のおまえさんがしゃしゃり出ても困惑するだけじゃろう。試してみるか?」


 そう言って宝珠を一つ渡してくる。なんだかんだ貰いっぱなしで部屋に二つ転がしているだけなので真桜に一つ渡すのを忘れてしまっている。


 とりあえず前回の感覚を思い出しながら空虚に沈んでいく心の中で視界がはっきりとばあさんが私に向かって小突く姿が視える。

 その光景を見て焦って頭を押さえようとした瞬間にばあさんが初めて出会ったときのように私を組み伏せるように地面に倒してきた。


「ほえ?」

「普通はこうなるんじゃよ。おまえさんが…というよりルクブティムの巫女が視えた未来を変えれば物事が大きければ多くの人の行動が変わりよる。わちがおまえさんを小突こうとしてそれに気づいたおまえさんが頭を押さえればわちは行動を変える。未来が視えてもおまえさんが喋れば戦っとる最中で応援しても相手は行動をそれに合わせる。舐めておるか油断でもしてないとこんなもんじゃ」


 予想外のことが起きたと言うのもそうだけど…ばあさんが私に痛みを与えないように地面に倒してきた技術の方がすげえ。もうばあさんが闘技会出てくれよ。


 ただまぁ言いたいことは分かった。私が応援という意味で未来を視て掛け声を出してもむしろ邪魔になってしまうかもしれない。


 じゃあ何のために未来が視えるんだ?と思うも、なんだかんだ役に立ってきたから文句は言えないが使い道に困る。

 戦闘面で少しでも役に立つのかと思えばそうでもない。視えるだけで本当に困ったときに役立つ奥の手みたいなもんかと思えば別に必要そうに感じない。


「思うんだけどルクブティムの巫女っているのか?」

「厄災を退けたり、暗殺、毒殺。色々あるじゃろう。それを未然に防ぐのも巫女の役目よ。そうじゃの。東の巫女はある意味おまえさんが思う必要な要素を全て兼ね備えておるわい。じゃが万能に思える巫女であっても厄災は防げぬし、国の危機を未然に気付くなんてこともできん。そういうもんじゃ」

「あれか。私がいる意味は予防であってあんまいる意味がない!」

「聞いておったんか!」


 小突かれるも、なんとなくは分かる。

 それでもどうしても踊ったり喋ったりとしているが今のところルクブティムの巫女っていうのがよく分からん。未来が視えても変わったんならその未来をまた視ないといけない。


「そもそもおまえさんはいつも無意識に視ておるものこそが災厄なんじゃよ。意識的に視たものはおまえさんにとってそれほど大きな出来事ではないと言うことじゃ」

「ってえことは、私が自分で視ようと思ったものは別に何もしなくても解決できるってことか?」

「じゃろうな。過去の巫女はそれを喋ることはなかったがおまえさんの場合はそうなんじゃろう。わちも助けられた手前憶測でしか喋れんが、小僧を取り立てたのも別に活躍せんくてもおまえさんが無理やり取り立てることもできたじゃろ?」


 たしかに浩然に勝ってほしいとは思いつつも勝っても負けても同じことをするつもりだったと言えばそうだ。

 私役に立たないな!未来が視えるってことが凄いもんかと思ったら全然大したことないじゃないか。


 宝珠をばあさんに返すと素直に受け取り箱に納めていく。


 この調子だと本当に歌って踊る形だけの巫女だ。とはいえばあさんが言ってた厄災云々の話しが本当に起こったときのことを考えたら役に立つとは思う。

 自分の立ち位置がどんなもんかと考えたら、あの皇帝がまぐわえまぐわえと言ってくるほど貴重な者ではないように感じるが。他の皇都に巫女がいるのに自分の国が巫女不在だと下に見られるとかそんなんなのかもしれない。


「じゃが…おまえさんが本気で未来を変えようとすればできんことはないぞ?」

「お?それだよばあさん、そういうのを知りてえ!」

「その代わりに失う物が三つある…まずは皇帝の信頼じゃ。分かっておるじゃろうが皇帝はおまえさんをかなり気にかけておる。じゃがそれを私用で使うとることが知れれば話しは変わるじゃろう」


 それはそうだ。わりとこっちが言えば条件付きではあるが許してくれる範疇を用意してくれる。私が今回の闘技会で未来を変えてしまえば条件なんて無いに等しいから対応は変わるかもしれない。


「次に武官達の信頼も失うじゃろう。おまえさんが前回やったのは応援したかっただけでまだ済むじゃろうが、小僧の気持ちを考えたことはあるか?おまえさんの助言でようやく勝てたという自分の弱さをこれから仕える者に指摘されたようなもんじゃ」


 それは…考えてなかったな。確かに応援で済んでると言えばそうだが浩然の気持ちを考えたら私のやったことはむしろお節介だし、仮に逆の立場なら私は自分を恥じるだろう。


「最後に俊濤の忠誠じゃ。なにがきっかけで知り合うたかは知らんが、あやつの忠誠は本物じゃろう。それをおまえさんが未来を視て変えるというのをあやつに強いたなら忠誠ではなくただのままごとじゃ」


 さっきの浩然の話しをされてたから余計にでもその通りだと思う。

 私が自分はこうしたいという未来にした場合それに巻き込まれた人間の心までは変えようがない。


「それを踏まえて尚も変えたいなら止めはせん。むしろやりきるならとことんやるべきじゃ」

「いやいやさすがに私も良心もあれば人の心くらい少しは残ってるさ。ばあさんの言う通り未来っつうのは早々変えていいもんじゃねえってのは十分わかったぜ?」

「それならいいんじゃ」

「まぁそうさな。私も絶対に成功する上手い話しなんてもんがあっても真偽はどうあれ自分の手柄とは思えねえからな」


 今後未来に関してまつわることがあれば早々に行動していいのか考え物だな。ばあさんの言う通り突発的に視せられる未来に関しては緊急時なのだろうと分かるが自分で視るもんじゃない。


 それじゃあ自分に何が出来るのかってなったら何も出来ん。間違いなく助言もへったくれもなく何も出来ん。

 だからこそ応援しよう。純粋に勝ってほしいと未来の分からない状態で応援だけをするべきだ。


「それと…あまり使っていいものかも分からんしの」

「どういうことだ?」

「未来なんか視えても良い事だけが毎回視えるわけではなかろう?その力は幸せになるかもしれんし不幸になるかもしれん。それだけは胸に刻んでおくんじゃ」


 あまり使いこなせてない意味の分からない力なので過信するなってことなのかと思うが。ばあさんからしたら心配事らしいので顔が曇っている。


「だいじょーぶ!私だぜ?不幸になっても次もまた不幸になるなんて分からねえしな。安心してくれよ」

「はぁ…まぁ良いわい。危機管理だけはしとくんじゃよ」


 今まで不透明だった力なだけに少し知れたのは安心だ。ばあさんは私よりも未来が視えることに関して不安なことが多いようだが、ようは悪用しなければ…いや少しは悪用したとしても。迷惑がかからない程度であれば問題ないってことだ。


 ばあさんの言葉をちゃんと覚えて、闘技会について思い馳せるもせめて闘技会が始まれば十分に浩然と俊濤に頑張れと言ってやらねば。頑張れだと無責任すぎるか?でもまぁ気負うなという意味でもこれくらいは言っておこう。


「念のため聞いておきたいんだが、どんな方法なら勝てる未来に繋がってたんだ?」

「そりゃ俊濤に宝珠を持たせて、おまえさんが相手の動きをすべて俊濤に伝えたら確実に未来は変わって俊濤に優勢な状態から始まるじゃろう」

「そうか…すぐ起こることじゃなくて予め知っておくことか…悪徳商人の屋敷に忍び込む前の事前準備みたいなもんだな」

「ばかたれが。なんちゅうもんと比べとるんじゃ」


 ただ、私の体が保つかは置いといて全てを事前に知っておけば確かにいろんな場面で活用できるだろうし、有利になんでも事が運べる気がする。


「ただ…使えるかわからん力だなぁ巫女ってのは」


 ばあさんもこれ以上舞踊の練習をするつもりはなく真桜も交えてお茶を飲んでいたが、ばあさんはそのまま別の所に行って真桜が改めてさっきまでの話しに混ざる。


「あのあの…朱里姫が望むなら変えてもいいんじゃないんですか?だって朱里姫は巫女として選ばれたのだからそうしていいと思うんですが」

「どうだろうな?私が選ばれたのは成り行きみたいなもんだしな。それに真桜だって未来が思う通りになったらつまらなくないか?」

「私はどうでしょう?もし朱里姫の立場ならきっと私は自分の思うことをしていたと思います」

「最初はそれでもいいかもな。多分真桜もそれに慣れちまったら前言ってたみたいに景色が綺麗に見えなくなっちまうぜ?私や真桜が自分を変えるためにやるならまだしも、他の奴を巻き込んで思う通りになっちまったらなんにも満足できなくなっちまうからな。あのばあさんはよく分かってら」


 一生懸命考え込んでるが真桜からしたら何とも難しい話なのだろう。私も難しいには難しいが…。

 盗人として最低限自分の中で誇りみたいな格好いいものではないが超えてはいけない物を見極めていたつもりだ。


 それが兄弟の無言の掟だったりとあるが、今回に限って言えば私の独りよがりな理由で周りの気持ちを踏みにじる行為だからな。


 ばあさんはあえて言ってなかったが、四つ目。ばあさんの信頼も失うところだっただろう。

 曲がりなりにも未来視に関して未熟な私だから許されてることが多いし、巫女としても本当に成り行きだと知ってるから見逃されてるが。浩然に関して未来を教えたことを本当はもっと怒っていたんじゃないだろうか。


 未来視について詳しいことを知らない割に危険性に最もすぐ気付いているくらいだから、こうして教えてくれる間はその言葉に甘えてばあさんの信頼を裏切らないようにしたい。


「そうだな。真桜が今日着替えてる姿を私がまじまじと未来視で見てたらどう思うよ?」

「ななななんてことしてるんですか!?こんな貧相な体よりももっと見るべきものがありますよ!」

「見てないからな!?もしもの話しだよ、というか真桜にも恥じらいとかあったんだな」

「ありますよ!私は朱里姫みたいに綺麗な肌してませんから!けど言いたいことは少し分かりました。朱里姫が変なことに巫女として動いてたら確かにみんな不安になりそうです」

「そうそう。それをばあさんに教えられた感じさ。使い勝手の悪い力だよまったく」


 誤解を解く方に必死になってしまったが真桜は別に汚い肌をしてないと思う。町を出歩いていたら男に声を掛けられても別におかしくないくらいには可愛いと思うが。

 まぁ好みは色々あるだろうし追及するとこでもないか。


 せっかくなのでばあさんに教えられたことだし、浩然に謝ろうかとも思ったが。それこそばあさんの言う弱さを指摘する行いかと思って今後どうやって接するか少し考える必要がありそうだ。


 俊濤にもなんだかんだ世話になってるし二人にお返しみたいなものをしてやりたいが肉まんしか思いつかん。持って行ってやるか?


 食堂へ行って肉まんを作ってもらいつつ、後宮と焔宮の間に行けば浩然は相変わらず一人で素振りをしている。

 別にここでやるのはいいんだが、まだ頼みたいことも警護も必要ないからここにいる必要はないんだが場所が分からないよりはいいかと近づけば不機嫌そうな顔でいる。


「どうしたよ浩然?」

「誰も相手をしてくれない。俺が炎刃将と名乗ってもだ」

「そうか…とりあえず肉まん食えよ」

「饅頭か…ん、美味いな。朱里が作ったのか?」

「いや、全然?下女の子に作ってもらっただけだ」


 期待させたようならすまんて。ただ残さず食べきるあたりお腹は空いていたのだろう。


「俊濤には声かけてないのか?」

「あいつはどこにいるか分からん。俺の部下のはずなんだが…」


 実際は立場が向こうの方が上だろうしな。

 食べ終われば素振りを再開するので黙って見てやるが、別にちゃんとした素振りだ。感想を言っても私では大した感想を伝えることすらできない。


「私が許可するから俊濤の名前だして誰かに挑んで来たらどうだ?仲間なんだから名前くらい使ってもいいだろ?」

「俺が将なんだよな…?まぁ、何もしないよりはいいか。朱里は何しに来たんだ?」

「そりゃ可愛い炎刃将殿を応援しに来たんだよ。今回の闘技会は浩然と俊濤の二人に私は賭けてるからな。堂々と胸を張って実力を示して来いって言わなきゃ分かんないだろ?」

「…安心しろ。俊濤も全員俺が倒してやるから」


 少し自信なさげにそう言ってくれるのは嬉しいが、本当に期待してんだから自信持ってほしい。


「少しだけど相手してやろうか?」

「馬鹿なのか?主人を傷付ける奴がどこにいんだよ」

「避けるだけなら出来ると思ったんだがなぁ?」

「朱里姫!駄目ですよ、怪我をされたら私どうすれば良いか…!」


 残念だけど相手をするのは無しみたいだ。まぁ急にばあさんみたいに本気で来られたりしたら私も一瞬で倒れるだろう。

 避けるだけ…か。私もばあさんを見習って少しは護身術の一つでも覚えてみるかね。


 浩然の素振りを見ながら実際に避けれるか頭の中で考えるも、私だとあの速度に追い付けずどこかしら怪我をするだろう。

 それを覆すとしたらそれこそ未来を視るという荒業くらいなもので自分の無力さを再確認する。


 浩然も今同じ気持ちなのかな。だとしたら明日からは俊濤の名前で訓練を付き合ってもらえる相手が見つかることを切に願うばかりだ。


「ところで身長伸びた?」

「ちびで悪かったな!」

「悪い、見ているだけだとつまらんくて」

「だったら帰れよ!本当に何しに来たんだよ!」

「朱里姫…思っても口にして良いときと悪い時がありますからね!」

「お前も俺の事ちびって思ってたのかよ!」


 これ以上怒らせるわけにはいかんと肉まんを置いて退散する。

 闘技会が実際どうなるかは分からないにしても少しでも元気になってくれたらありがたい。

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