第32話 闘技会 前
結局あれから俊濤と出会うこともなく、後宮と焔宮でうろついてた浩然も姿を見せなくなったので恐らく相手をしてもらえるようになったんだと思う。
心配が一つ減って安心はしたけど、ただ漠然と踊りの練習をしてるだけでたまに三妃、灯花妃のところに絡んだら結構な頻度で引き留められたりしながらと過ごして。微睡邸の三侍女は相変わらず天楊は何の仕事をしてるのかそこまで出会うことなく他の二人と廊下で会ったら雑談程度を挟んで。
そんな暮らしをのんびりとした気分で過ごしていると時間もあっという間に過ぎていき闘技会が行われるということで、今回は真桜も付いてくることが大丈夫でばあさん含めて三人で以前武闘会が行われたところに向かう。
そこでは皇帝も出席しており、私も目立つ位置の見物席で全体を見渡せるように座る。
皇帝もこちらを見てこれるので若干嫌な気分だが、左右にばあさんと真桜がいるので落ち着いて見渡せば前回の武闘会がお遊びだったのかというくらいに剣や槍が振り回され準備万端という厳つい人や、静かにしている者もいる。
これら全員が武官だということに驚きながら俊濤と浩然を探せば。俊濤の方は知り合いと話してるのか気負ってる様子は見られない。
浩然はどこかと思えば隅の方で剣を振っている。相変わらず一人で剣を振ってるとこっちが心配になってしまうだろうが。
試合形式は前回は五か所で試合開始だったが今回は三か所で試合をしていくらしい。掲示される紙にてどのように試合が進んでいくのか記されているが、大半は理解してるのかしてないのか分からないが自分の名前は分かっているようで試合が近い人が叫びながら舞台に上がっていく。
説明やらなんやらとまだしている最中なのに血気盛んすぎる。焔宮でこんな奴は見たことないので多分こちらに関わりがほとんどないような奴なんだなと分かる。
逆に言えば焔宮でうろうろしてたような顔も少しは見当たるのでこの辺りは見ていると和んでしまう。
「ばあさんの心配はしてないが真桜は見てて大丈夫なのか?」
「えとえと…あまり戦いというのを間近で見たことはないですが大丈夫でしゅ!」
「噛んどるがな」
「いずれ他の巫女と交流する機会はあるんじゃ、真桜も少しは慣れておかんといかんじゃろ」
だったらもう少し軽めのところから始めてやればいいのにと思うも。実際こういう汗臭い感じで色んな巫女と交流するんだったら私は嫌だけどな。
説明が終わってから、もうそろそろ試合が始まるという頃になれば緊張感が全体に漂ってきて私も空気に吞まれて緊張してしまう。
一戦目の開催を告げる言葉が発せられると同時に各々三か所で最初から全力なのか激しい攻防が始まる。
はっきり言おう。何が起きてるか分からん。
分からな過ぎて皇帝の方を思わず見れば感心してるような顔をしているから多分凄い戦いをしているんだ!
俊濤は平然とした様子で見ているし。浩然は素振りを止めて口を開けて呆けている。
どうやら私と同じ気持ちなのは真桜と浩然くらいらしい。体に痛々しい音を叩きつけてもそれで終わることはなく致命打となってない場合は続行するようで、武器が壊れた者は素手で木剣相手にやり合ってる。
場違い感が私にひしひし伝わる中、一戦目が終わる試合が出ればお互いに汗をびっしゃりと疲弊してる姿がある。
勝ち残ってもまた同じようなことをしなければいけないとか辛すぎるだろう。ただ勝者は喜んで腕を上げて叫んでいるからこれこそ武の国なのだろうと感心する。
そりゃ私が炎刃将を求めても誰も応じないわけだ。そもそも意気込みからして違うんだと見てれば分かる。
試合が進んでいくと剣や槍とは違って薙刀を使う者もいるようだが、木製故にやはり途中で折れてしまって肉弾戦が始まるという構図になる。
明らかに筋肉弾けるというような肉体の持ち主は分かるが、体格が小さくても素手になった後も苛烈に戦うものだからばあさんみたいに見た目で侮ってはいけないんだと思い知らされる。
武器はともかく肉弾戦ならばあさんは結構奮闘するんじゃ?なんて思ったがばあさんの体じゃ殴られただけで試合的な意味じゃなく現実的な意味で致命になりそうな気がする。
先に戦うのは浩然と俊濤どちらだろうと思っていると浩然の方が呼ばれて中央に木剣を携えて真剣な面構えでいる。まだ何も私はしてないので応援のために立ち上がり精いっぱいの声を出す。
「浩然!悔いの無いようにな!これも強くなるための練習みたいなもんだ!いつも通りやっちまえ!」
ばあさんからは小突かれたが「もうその口はとことん直らんわい」と呆れたように言われ、真桜も笑いながら私たちのやり取りを見ている。
肝心の浩然は私の声を聞いて触発されたのか深呼吸をした後に、他の吠えてる連中の声にかき消されないように声を張り上げていた。
「俺は炎刃将の浩然!死んでも食らいつく!」
死んだら終わりだからやめてほしいが勢いは良し。あとは全力を出して勝つにしても負けるにしても浩然が納得のいく戦いをしてくれればいい。
俊濤の方に頼ってると言うのが本音だが、浩然は毎日頑張ってきたのを私は知っている。こればかりは贔屓させてもらおう。
相手は中肉中背と言った体格だが獲物は槍のようで、私はいまいち武器の相性なんてわからんからばあさんに試合の様子を聞くことにする。
「剣とか槍とか色々あるけどどれがいいんだ?」
「小僧については知らんがここはルクブティムじゃぞ?武器も格闘もすべての武に通じておるのがルクブティムの精鋭が誇る国の有り様じゃ…それを踏まえて言うなら小僧には剣だろうと槍だろうと実力が足らんじゃろうな」
案外辛辣な評価で相性以前の問題っぽい。
浩然は油断してたとはいえ武官と張り合えてはいたのだからもっと期待はしてたんだがばあさん的にはそれほどまでに実力差が開いてるらしい。
試合が始まり、他の所は即座に戦闘に入っていったが浩然のところは落ち着いた始まりで、槍の間合いに浩然が入らないように剣で槍の牽制を捌きながら様子を見てるのか?
一撃一撃が重いのか、捌くのも一苦労な苦痛な顔を表に出しているのが伝わって痛々しい。
「ばあさん解説」
「わちをなんじゃと思うとるんじゃ…。相手の武官恐らく武闘会、炎刃将を決める試合を見ておったんじゃろう。小僧にそこそこ力があるのを知っているから攻めてくれば距離を取る足取りで近寄れないようにしながら確実に小僧の体力から削ろうとしておるわい。小僧も見切れる自信がなくとも攻めて相手の思惑に乗るか乗ったフリをせねば状況は変わらんわい」
ばあさんの話しで大体は分かったが、浩然をそんなに警戒してるということは力押しで挑めば勝てるということか…。未来が視える視えない以前にそういう助言もしない方がいいとはなんとなく分かっちゃいるんだが、浩然に二度も私が助言をするというのは間違ってるだろう。
もし何か言ってやるにしても戦いが終わって本人が私に聞いてきたときにばあさんの話しをしてやろう。
ふと牽制の槍を浩然が思いっきり距離を取って剣を上に掲げ構えている。あれでは捌けない。防御が疎かになってしまうのでは?と思ったが武官の槍がいやらしいことに浩然の利き手とは反対、それも正確に関節を狙っている一撃を放つ…のに合わせて槍が叩き折られる。
浩然の体からは想像できない力が剣に乗っていて槍を短くしてみせた。
長さという長所を失っても残った棒切れを体術と組み合わせて浩然に迫り至近距離で浩然が反撃もできずに叩き殴られていく。
「ばあさん」
「言ったじゃろう?武器が無くても実力があってこそじゃ。戦術的に戦えないならその時その時で戦闘の系統を変えて臨機応変に戦うんじゃ。むしろ槍を折ったのは早計じゃったな。目で追いきれるようになってきたんなら相手が行動を変える前に仕留める一撃を持っていくべきじゃった」
つまり動きが急に変わってそれに追い付けずに殴られっぱなしということか。たしかにばあさんの言う通りなんだろうが。私も何も知らなければ武器を奪っていく方の選択を取っていたと思う。
武の国というのが実際にどんなものかと、今まで汗だくになりながらぶつかり合ってる男たちを見ていたがばあさんの解説付きだと一気に状況が分かっていく。
もう無理かと浩然が剣を杖代わりにして立ち上がっているのを見て限界かなと思った時、武官が棒を風を切る音と共に薙ぎ払ったときにしゃがんで顎に木剣を打ち込んでいた。
以前私が言ったときのような動きを再現して見せてるかのように。とはいえ打ちどころは悪かったのか武官の方は痛そうにしてるのか反撃を食らったことにか、喜んだ様子で攻撃なんて無かったかのように左手での掌底を浩然の腹に打ち込んで、浩然は倒れ咳き込む。
以前までの試合を見てれば分かることでもあるが、勝てるという光景が想像できない…というかこいつら体力の限界まで立ち上がって殴り合ってるくらいだから急所を一撃当てたところで所詮は鍛錬用の剣や槍、木製だと骨まで届いたとしても痛みがないかのように立ち上がってくる…。
武官は折れた槍を捨てて拳を構えて油断なんて一切ないようにしている。咳き込んでいた浩然も再度立ってはいるがふらついてしまいながらも走って剣を振りかぶるがその腕を掴まれて地面に叩きつけられる。
今のが当たっていたらどうにかなったんだろうか?
「手加減されたの」
「そうなのか?」
「舐めておるからじゃのうて、一撃与え。そして最後まで立ち上がる威勢の良さにこれ以上怪我をしないように配慮されたんじゃろう。他の者を見てれば分かると思うが大抵は腕か足の一本は折られて戦闘不能にしておるわ」
「そうか…私からしたらありがてえけど浩然はどうなんだろうな」
「これで腐るならそれまでじゃろう。大人しく俊濤を将にして終わりじゃよ」
叩きつけられ気絶してるのか、武官は勝鬨を上げずに浩然という一人の戦士を労わるように抱きかかえて舞台袖の医官に渡してきている。
本当に手加減してくれていたんだなと分かるが、浩然は気絶をしていて良かったかもしれない。また色んな苦悩をすることになっていただろうし。
次の試合が始まりつつも浩然の様子も気になってはいたが、その次の試合で俊濤が呼ばれて私の近くの舞台に上がる。こちらを見て手を振る程度に余裕そうなのは期待をしていいということか?
浩然にしたように、私は立ち上がって応援をする。
「俊濤!勝て!」
「僕にはやけに短いですね。まぁ勝ってきますよ」
相手の武官を見ればがたいの良い肉体を持っている剣を持った男か。
「私は知らないんだけど俊濤って実際どれくらい強いんだ?」
「わちもそんなに誰彼詳しいわけじゃないわい…そうじゃの。上から数えた方が早いくらいには強いはずじゃ…とはいえあやつの場合は都合上武芸のみに励んでおるわけじゃないから状況によるかの」
ばあさんでもそんなに分からないってことか。見た目だけならすでに負けてるんだけど。
俊濤も剣を構えて剣先をふらふらと揺らしている。それに意味があるのかは分からないが試合が開始すれば身軽な俊濤がのらりくらりと相手に近づいて剛力で振られる剣を紙一重で避けて見せた後に相手の後ろに回るように首後ろにさりげなく一撃を与える姿が見える。
高みの見物をしているから何とか分かっただけだが、はっきり言って流れるような動作すぎてそれが当たり前の光景で当然の結果だったと言うような自然体な動きにただ一言。
「あぁ、強いんだな」
思わずぼそっと呟いてしまう程度に綺麗な剣技だった。
急所を当てられて圧倒的体格差でもそんなの関係なく俊濤は再度剣先を揺らしながら構えている。
相手が攻撃すれば反撃を的確に打っては、休もうとしていれば嫌がらせのように利き手をあえて攻撃するか、利き手じゃない方は関節の類を狙っていってる。時には脇腹すら当てている。翻弄してるとはこのことかと見本を見せるように。
「ばあさん」
「そろそろ来るかと思うたわい。あれは戦争とかでは使われん手じゃの。試合用に相手がこれ以上力を保てないように随所を疲弊させて武器があろうとなかろうと経戦できないように肉体が限界になるように計算された動きじゃ…とはいえそれが出来るのは実力差があるからじゃ、対等か格上相手にやっていれば剣を弾かれるか狙いを読まれて短期戦を挑まれるわい…俊濤のことじゃから初めの一手で急所を当てたことでわざとこういう戦いに切り替えたかもしれんがの」
そういえば一カ月で体を仕上げるとか言ってたけどこういう戦い方を学んでいたのか、それとも自分で考えたのか。
友達いないって言ってたし一人で考えたんだろうな。
俊濤は一切攻撃を食らわずに相手が膝から崩れ落ちるまで無駄のない動きで叩きのめされてそのまま勝ってしまった。
こちらを見て笑顔を向けてくるが、戦い方がさっきの浩然を相手にしていた武官より慈悲が無くて恐ろしいながらも頼りになる男だ。
手を振ってお返ししておくが、俊濤のように初戦が無事に終わってる者があんまりいないから大抵は肉弾戦まで発展してボロボロになるまで死闘を繰り広げていたんだろう。
すっかり忘れてた皇帝の方を見れば満足そうに見ているが、この皇帝が試合に混ざったらやっぱり一番を狙えるくらいに強いのかと思う。俊濤の見た目でさえあれだったのだから俊濤の上位みたいな位置にはいそうだ。
それが満足そうにしているということは精神的か、実力に満足してるということで。他の国にはないものをここに居る者が備えている。
かつての兄弟達で兄や姉が指名手配されたら死んでいったのを思い出し、たしかにこんなやつらに狙われたら逃げれなかったら間違いなく殺される選択しか持ち合わせてないわなと思う。
まぁ…私も人の事言えないんだが。
第二試合が開催されつつ半分になった全体を見れば元気そうな奴で一人見覚えがある。たしか皇帝に桃麗妃の件など色々話していた時に隣にいた一人だ。
側近なんだろうけどこういう催しにも参加してるんだな。怪我とかしたら護衛に支障が出たりしないのかそれとも強さに自信があるからこその出場なのか。
俊濤同様怪我をした様子が無いから初戦は余裕で勝ったんだろうけど。俊濤とこいつが当たらないことを祈る。強い奴は他の奴と潰れ合ってほしい。
私は真桜のことをすっかり忘れていたのを思い出して見てみると、目を輝かせていた。心配はしなくて良さそうだ。
「真桜楽しいのか?」
「えとえと…楽しいと言うより新鮮な気持ちです。このように自分の命を賭けて真剣に戦ってる姿というものは見る機会がなかったので…いえ…朱里姫に言うなら安全な立場からみなさんが必死に戦ってる安全が保障されてる状態で安心して見られるというのが不思議で新鮮と言った方がいいでしょうか?」
「あぁ…たしかにそれなら分かるな。別に私達が戦うわけじゃないもんな」
だとしたら皇帝もそんな気分で見てるんだと思ったら同じみたいでちょっと嫌だが…。
「おまえさんの場合こういう争いに巻き込まれる可能性があるから他人事とは言えんぞ?」
「そのための炎刃将なんだろ?まだ想像はできねえが?争いっていうのも少しだけでもここで学んでいくさ」
ルクブティムの後宮【TS物語】 空海加奈 @soramikana
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