第27話 炎刃将 中
明らかに私が少年に指示を出していたが、それでも周りは急に私が叫んだことの方に注目は行ってたし、ばれてるとしたら対戦相手と少年くらいだが、特に何もいわれずに試合が進行をしていく。
残りの人数を改めてみると予想通りという感じでほとんどは武官にやられてしまったようだ。
文官は…武官も圧倒して倒してしまう程度には強かった。
頭もよければ強くもある。まさに皇帝の器みたいな存在だな。息子と聞いてから若干の敵意をむけてしまうがこちらが睨んでいることに気づいて向こうは小さくお辞儀をするくらいだ。
「それよりもこれ以上はあの小僧には無理じゃろう?おまえさんが頑張っても体がもう保てん」
「まぁそうだろうな。けどこれで十分だ。武官を倒したってだけでも少年を選んでも不満は出ないだろ?」
「出るに決まっとるわい!おまえさんが加勢して倒せた程度なら次はないんじゃぞ?」
「将来性はあると思うし、これから鍛えてもらえばいいさ。あとは…どうやって言いくるめるかだな!」
「はぁ…おまえさんが男を選ぶなら皇帝は喜ぶじゃろうがこの武闘会の主旨とは大きく変わってくるのぅ…」
実際私も今回は強さよりも見た目を重視したいとは思っている。
とはいえ、あの皇帝の息子がこんなに強いと思ってなかったのも意外で息子なところは気に入らないが優男で言うことを聞いてくれそうなところは文句しようもない。
この二人に炎刃将へなってもらえたら私としてはかなり楽できるのだが。
「炎刃将って二人選んでもいいの?」
「無理じゃよ、一人だけじゃ。他にもおるのか?」
「あの皇帝の息子だよ。話した時なんでも言うこと聞いてくれそうだったから」
「それなら炎刃将は俊濤じゃろうな」
「じゅんたお?文官とは思えない名前だな」
「ばかたれが。文武を両立させておるのが皇帝の意志じゃ。あやつが教育を怠っておらんじゃろうからどちらかといえば武官じゃろうて」
というと勉強してたのは息抜きみたいなものなのか?ほぼ毎日書庫に通っているなら鍛えてる時間はいつなんだ?
少年の方を見るとさっきの試合でもう体力は尽き果てた様子だ。それでも残っているのはまだ戦う気でいるのだろう。
「ばあさん、やっぱりあの子も欲しい」
「あの小僧は見込みはあるじゃろうから武官として勧誘はされるじゃろう、安心せい。将来はちゃんと見込まれておるわい」
「それじゃあ炎刃衆として俊濤を据えて、炎刃将にあの子を置こう。それならいいか?」
「…本気であの小僧を伴侶にするつもりか?」
「年齢も近そうだし、何より…ここにいる武官が舐め腐った態度で挑んでる中一人だけ熱意が違った。私はあいつが一番この中で燃えてると思ったよ」
他にも外から来た者もいたが命を消耗しようとしてまで歯向かっているやつなんか他にいない。
相手が武官だと分かったら闘志が消えていくものばかりだ。
後付けの理由でしかないのは分かってるが、実際に最後まで諦めることなく勝利をもぎ取ろうとしたのはあの子だ。
「はぁ…そしたらどう判定するかじゃのう…」
「悪いねいつも」
「おまえさんのいう通りなのが癪なだけだわい」
ばあさんにも熱意はちゃんと伝わっていたようで、どうなるかという部分でばあさんに丸投げすることになってしまうが私はこの武闘会を開いてもらってよかったと思う。
試合がこのまま行けば少年が負けるだけなのでばあさんが進行に話して少年には勝っても負けても退場しないように言い付けてもらい、あとは結果を待つのみとなる。
俊濤は順当に勝っていき、少年は疲労も蓄積していたからか一撃でやられてそのまま医官に治療を施されて端の方に寄せられている。
どこまで俊濤が強いのかを見ているが力は無さそうなのにちゃんと決め手を打ってるところが力に頼るのではなく技術でのし上がっているというのが分かる。
受け流して返し技で仕留めることもあれば、少年の牽制とは違って本気で打ちあってきそうな牽制に身構えているところを隙を突いてそのまま最後まで立てないように最小限の動きに留めて自分が疲れないように戦っている。
対戦相手も本気で挑んでるはずだろうが、力技でごり押しして顔を顰めることがあっても、長期戦に持ち込むようにして少しずつ相手に剣戟を与えていく。
地味と言えば地味だが、武官にとってはかなり嫌な戦いだろう。
「ばあさん的にはどっちが優勢とかわかるもんなの?」
「わちにもわからんが、余裕な顔しておっても俊濤は実際辛いじゃろうな。周りから見れば受け流しておっても完全に流しきれておらんじゃろうからそれを顔に出してないだけで相手に隙を見せんようにするので一杯一杯じゃろう」
「そうか。あいつも辛いのか」
そんな風に私も見えてないから余裕なように見えるが、たしかに後半になれば武官しか残ってない状況で誰も彼もが一撃の重さを連戦でぶつけてきているんだ。
みんな疲れているのだろうがそれを顔に出すこともなく全員が力の限りを振り絞っている。
「じゃがおまえさんの言う通り、武官共は外から来た者を舐めて油断しておった。おまえさんが加勢したとはいえ、あん小僧が勝ったのは油断のしすぎじゃから実力じゃろう」
「私の目は確かってことだな」
「調子にのるでないわい」
俊濤は最終戦まで残ってようやく長い武闘会も終わりを迎えるのかと思うと一日ずっと戦いばかりで疲れたが一カ月後また同じような光景を見なければいけないと思うと少し億劫になる。
さすがの俊濤も余裕がないのか休んでいる最中下を向いていたかと思えば、澄ました顔で歩き始める。
武闘会にどれほどの強さを持った奴が集まっているのかは分からないがそれでもここまで残るのは相当な気持ちなのだろう。炎刃将にそんなになりたいのか疑問だが、巫女を続ける件は皇帝から広まっただろうし腕自慢も参加してることを思うと対戦相手も俊濤も本気というのは分かる。
開戦すれば今までと違って俊濤から攻撃を仕掛け横一閃の振り払いからそれを流すでもなく受けきる武官が押し返すようにして剣を弾くと、勢いを殺さずに斬り伏せようとしたところで俊濤は真っ当に受けず避けることに専念している。
そうなってくると俊濤の今までと同じような戦い方をするのだろうなと思えば、そうではなく打ち合いをし始める。
「あの武官強いのか?」
「真剣なら同じ戦い方をするであろうな。打ちあっておるのは斬られても致命傷にならんからじゃ。それを分かって急所だけは俊濤の攻撃を避ける準備をしておるのよ」
「んー…それって真剣なら俊濤の方が強いってことだよなぁ?」
「そうとも限らん。真剣であっても肉を斬っても骨まで届かん自信はあるじゃろうて」
武官のおっさんが俊濤の顔を掴んで地面にぶつけるように叩きつけるのを見て痛そうだなと思うのと同時に、意識が飛んでしまったんじゃないのかと心配したが。
攻撃を食らいながらも武官に対して蹴りで頭を顎から打ち抜く。意外と体が柔らかい事にも驚いたが、初めて致命的な攻撃が俊濤に入ったと思ったのに諦めることなく反撃を即座に展開しているのはこうなることを見越していたのだろうか。
ただ互いに立ち上がり、頭から血を流してる俊濤が不利に思えたが少し武官がふらついた瞬間に剣戟を連打して勝ってしまう。
ここまで頑張ってもらって炎刃将じゃなくてもいいか?と凄く言いづらい。
それぞれ敗者は治療を施して退場してもらうのだが、残るのは私とばあさん、進行役と俊濤、そして少年。
「俊濤、どうして参加したんじゃ?別におまえさんなら炎刃将なんぞならんくても良かろう?」
「あはは、僕は純粋に姫巫女様へ忠誠を示したかっただけですよ」
「ほぉん…それならもっと早くに言えばよかったじゃろう?」
「僕もそうしようかと思ったんだけど。姫巫女様が宮廷からは本気で姫巫女様を想う人がいないと懸念していたので証明してみようかとね。さすがに苦戦しましたよ」
「そうかい…それなら証明はできたのじゃからおまえさんは満足なわけかい?」
「そう、ですね?これで晴れて姫巫女様と一緒に入れるのかと思うと――」
「それなら炎刃衆として頑張ってもらおうか、おまえさんが忠誠だけを示したいと思っていて良かったわい。あの小僧を将として鍛えてくれると助かるわい」
そう言った瞬間に俊濤が笑顔のまま固まるのをみて心の中ですまないと小さく謝っておく。
肝心の少年は何が起こってるのか分からないという表情で、進行役もどうしてそうなってるのか困惑している。
「あはは。はは…じゃあ何のためにこの武闘会を?」
「おまえさんも言った通り忠誠を試すためと、実力を測る目的じゃ。なんぞ文句があるんか?」
「将でないと意味がないじゃないですか、それともこれは最初から茶番だったと?」
これだとばあさんが悪者になるだけになってしまう。色々世話になった俊濤には素直に話した方がいいんじゃないだろうか。
とはいえ何をどう話せばいいのかと悩むのだが。いや、悩めば悩んだ分不信感は募るだろう。
「俊濤、優勝おめでとう。私はさ、猫被ってたんだよ。ほら噂とか聞いたことないか?」
「姫巫女様…それは薄々気づいてましたよ、それでも僕は貴方なら、一緒にやっていけると」
「聞いたよ、皇帝の息子なんだろ?将来は安泰じゃねえか。そんだけ強かったら。無理にとは言わない、ただ私は俊濤とも仲良くなりてえと思うし、炎刃将はそこの少年が良いと思った。私の我儘なんだ」
思ったことを正直に告げることでしか応えることはできないが、炎刃将を強さとか誠実さよりも見た目で決めてる不純な動機がどうしても申し訳ない気持ちになるのを抑えておく。
「僕と彼に一体何の差があるのか…答えてもらえませんか?」
「ああ…決定的な差だ、こればかりは覆ることはできない…あいつの見た目が可愛くて強さも備えてるからだ!特に可愛いのは、見た目は悪いが拘らせてほしい!」
「僕は可愛くないんですか!?」
「むしろ格好いいだろうが!なんで苦戦しながらも優勝してんだよ!」
「まさか…本当に見た目が判定に左右されるなんて…しかも可愛い方が有利…」
納得…とは言い難いが、衝撃を受けすぎて小さく呟いてる姿は優勝者とは思えないほど小さく見える。
少年の方を見れば呆れたような目でこちらを見ている。
「名前を聞かせてくれないか?」
「おまえさん、試合の度に名前を呼ばれて出場しておったのに聞いておらんかったのか…」
「悪いばあさん、あんなに暑苦しい状況でそんなこと気にしてなかった」
一人は項垂れて、進行は気まずそうに、ばあさんは疲れて、少年は呆れて、私は満面の笑みで少年へ手を差し伸べる。
「さあ、名前を教えてほしい!私の婿になるのだから」
「は?」
「え?」
俊濤と少年が疑問を素っ頓狂な声で漏らす。
少なくとも俊濤には伝わっていたと思っていたんだが、皇帝からもまぐわえとか堂々と言われていたし炎刃将が私の伴侶になることは周知の事実なのだと思っていたが。
「お、俺は将になりに来て…巫女の婿になりにきたわけじゃない!」
「ばあさんやべえ!私フラれたぞ!」
「どんどん状況を混乱させるんじゃないわい!ばかたれが!」
「婚前試合だったのか…!僕は…だから見た目で将が決まるのか…!?」
どうしたものかとばあさんに助けを求めるも今回の件は一旦怪我もあるので一日少年には療養してもらってから次の日改まって四人で話し合おうということになった。
少年は私に興味はないのかと少し残念だが、また婚姻相手は探すしかないだろう。
俊濤も話し合いには賛成とのことなのでそのまま進行役の人がようやく掃除をできると疲れた様子を最後に私とばあさんは部屋に戻る。
相変わらず笑顔で出迎えてくれる真桜に私がフラれたことを告げると一緒に怒ってくれた。
「朱里姫の婚姻を堂々と断るなんてどんな恥知らずですかっ!」
「だよなぁ!なんのための武闘会だと思ってんだかって話しだぜ」
「おまえさんの方が恥知らずじゃろうが、贔屓はするわ、将は誰がいいだの好き勝手しおってから」
「でもでも東紅老師!朱里姫の相手が選ばれなければいけないのも事実ですよ?」
「真桜はどんどん染められておるのぅ…別に将にせんくても普通に婚姻関係を求めればよかっただけじゃろうに」
それはそうだが、私に愛がなくても子供さえできればいいんだから重婚できる立場の方がいいだろう。
あの少年だって桃麗妃みたいに好きな人がいてここに来たのかもしれないし、自由の幅が広い方が彼のためでもある。
明日はそのことを理由にもっと丁寧に話しを進めてみるか?
「それにしても私も行って朱里姫の相手を見定めたかったです」
「どうせすぐ終わると思ったんだけど、あんなに集まってると思ってなくてな?悪い」
「もう一人の方は以前朱里姫が言っていた文官の方なんですよね?」
「こんばかたれの勘違いじゃ、相手は文官じゃのうて皇帝の息子じゃったわい」
「それって…じゃあ次代の皇帝で朱里姫は次代の后妃ってことですか!?」
「それはわからんのぅ…皇帝が俊濤の武闘会へ参加を認めたんなら皇帝にするつもりだとして炎刃将が実質空席になってしまうからの」
ややこしくなる話しは聞かないに限ると思いながら茶を啜って今日も美味い。
二人の会話を流して聞きながら婚姻相手を考えるが、候補が今のところ少年が断ってしまえば俊濤と皇帝…ろくなやつがいねえな!いや俊濤が悪い奴じゃないのは分かるが皇帝の息子って聞くと「まぐわえ!」と言うあいつの声が思い出す。
「朱里姫はその少年?が好きなんですか?」
「いや?全然?ろくに話したことないのに好きかどうかわかんねえだろ?」
「それなら別に炎刃将は誰でもよくないですか?」
「まぁなぁ?私が好きでもないのに相手に無理させたくないからって理由だが、私も私で相手は選びたいしなぁ」
「そうですか?朱里姫がそんなに言うってことは凛々しい方なんですね」
「熱い気持ちを持っていて見た目が可愛いんだよ」
「熱い気持ち!かっこいいんですね!」
「なるほど…真桜はそうやってこやつの都合の悪いところを聞き流すんじゃな…主人に似ておるわい」
しばらくしてばあさんもどこかへ行き、真桜と二人になってから今日一日あったことを話してれば時間も過ぎていきそのまま真桜も就寝しに行く。
私は私で、なんとか勝たせてやりたいと思ってばあさんから預かったままの宝珠を取り出して前とは違って意識的に未来視を使えた感覚を思い出す。
枕下においたままのもう一個の宝珠を取り出して二個ころころと転がしてみるが特に何の変哲もない宝石だが、ばあさんの言う通りこれに未来が視える力が宿っていて私にそれが使えるのだとしたら他に使い道がないか考えるも特に何も思い浮かばない。
そもそも今回だってあの指示が適切だったのか怪しいものだ。未来が多少視えたからと言ってそれを変えても大きく変わることは無い。
いや、もしかしたらもっと大切な何かを変えることはできるのかもしれないけど、無意識に今まで使ってたばあさんの時みたいに危機的状況なら変わるだろうが。自分から未来を視たところで変え方が分からないというのが正しい。
それと、夏場だったから冷えてもそんなに違和感は感じなかったが心が冷える感覚が空虚になればなるほど何かを失っていくような気がして使う気が失せるのもある。
あそこまでしたのだ。俊濤には悪いがやはり少年に将へなってもらってそのまま婚姻してから俊濤にも出来れば炎刃衆になって私の力になってもらいたいのが贅沢で我儘な望みだ。
闘技会とやらも俊濤ならある程度勝ち進めるだろうし、皇帝の外出許可をもぎ取ってくれそうなので私のために、というと俊濤に苦労ばかりかけるが頑張ってもらいたい。ただ無理な時は諦めよう。
「あぁ…眠い」
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