第26話 炎刃将 前

 武闘会というのは焔宮の反対側に位置するところにあり、中央の通りを隔てた場所にある。

 外部からの参加者がそこそこにいるのか宮廷の参加しない武官や、文官も駆り出されて入口で名前や軽い質疑応答があるらしい。

 質疑応答に関してはなんでそんな真似するのか疑問だったが皇帝が私の意思を組みこんで粗雑な性格な者を極力避けるためというのをどういう基準か分からないがやっているらしい。


 真桜は留守を任せておいて、ばあさんと一緒に武闘会場に私は連れていかれて神輿とまではいかないまでも見物席が用意されてあるのでそこに座って見るらしい。

 もっと豪華な場所もあるのだがあちらは皇帝の席で今回はあくまで炎刃将を決める催しのため皇帝は不在。


 それなら皇帝の場所に座らせてほしいものだが、私を見やすくするためにして、皆がこれから仕えるかもしれない人物を周知させるのに必要なのだとか。


「ばあさん」

「なんじゃい」

「暑くね?なんか人が増えていくごとに蒸してくるというか…久しぶりに汗臭いって感じたぜ」

「ここは稽古場としても使われておる。今は撤去されておるがの、じゃから臭いに関しては元々じゃ諦めい」

「うへぇ…それでも暑いってぇ」


 用意された水を口に含みながら全体を見てみるが、どれもこれもパッとしない者ばかりだ。中には筋肉がはち切れんようなやつもいるがあの皇帝本当に私が可愛いのと言うこと聞くやつというのを聞いていたんだろうな?


 とはいえこれから集まってくる人物が締め切られるまでに来る者で選ばなければいけない。表向き炎刃将は巫女の精鋭を選ぶ内容だが、私にとっては伴侶を選ぶ催しでもある。

 いっそ子供でも良い!これから成長するに連れてなんでも言うことを聞くように育てられるから。


 外出は闘技会の優勝者と歩けばいいから!


 しばらくして扉が閉じ始めるころには何十?下手したら百人いるのか?という数には集まってる。


「ばあさんこれってさ、一人一人戦っていくの?」

「そうなるのぅ。五試合同時に行って、敗者はそのまま退散だわい」


 それって何試合するんだ?


 扉が閉まったことで改めて見るが、顔をぼーっと眺める。ただ余りにも人がいるので参考にはならないが好ましい顔というのは見つからないものだ。


「それではこちらで試合表を決めたので確認するように。名前と札番を呼ばれた者は前に出るように」


 試合を進行する奴が声を上げて紙を板に張り付けていく。

 番号が書いてあるのは同名がいた時用かな?これらもばあさんの提案なのか準備がやけに早いんだな。


「用意周到だな?」

「前々から参加者は紙に書いておる者がいて、今日になっての参加者を追記しただけじゃからな」

「武器は?」

「こちらで用意するが、変わった武器は認めておらん。純粋に剣技か槍技で決まる試合じゃ」


 第一試合の準備がゆっくりとされつつ、一から五の会場を見るが強そうな奴も見た目が良さそうな奴もいないため後は戦いを見るだけになるのだが、試合開始と同時に槍を持ってる者が得物の長さを活かして反撃を食らわない位置から一方的に攻撃してるのを見ると何とも言えない気持ちになる。


 槍…つまりは棒なんだが、それをひたすら突くというのは速度が速いから凄いには凄いんだが地味に見えるのは私だけだろうか。

 中には槍を掻い潜って近距離に持ち込んだあと剣で猛攻を続けてる。暑いのによくやるなぁ。


「おまえさんちゃんと見とんのか?」

「見てるっちゃ見てるけど、もっと派手なのかと思ったら地味だなと…いや私が戦ったら惨敗するんだろうけどな?」

「言っとることは分かるが、目を慣らしておかんか。武官も混じっておるからその剣戟を見過ごすことになったら何が起こったか分からんこともあるわい」


 慣らすか。それで言うなら確かに目を慣らすにはちょうどいい感じにもたついた試合だった気がする。


 全部の五試合が全て終わるまで次の試合が開催されることはなく、勝者と敗者が決まった時点で次の試合をする者たちを呼び、それぞれが並んでいく。

 この試合も特に何事もなく進んで、一応私なりに動きを見るが攻めっ気はあっても防がれた後に困惑する者が多いように見える。思いっきり攻撃を踏み込むというのは私には出来ない芸当だからこそ思う。それなら槍を使った方がいいんじゃないのだろうか?と。


 そのまま流れて三戦目が開催されるというとき、見まわした時気付かなかった者が現れる。

 身長は私より少し高めというくらいだろうか男にしては小さめではあるがそれ故に埋もれて見えなかったのだろう。


「ばあさんあいつは子供じゃないのか?」

「ここにおるということは子供ではないと思うがのぅ。それに…」


 剣を持てば身の丈に合ってないのか不格好に見えるそれを見ると心配になってしまう。

 ただそれを軽く振って見せてしまうところを見ると使いこなせているのだろう。


「武闘会に参加する際におまえさんと同じようなことを思われて実力は示したはずだわい」


 他の奴らよりもむしろこいつが一番可愛いと思って是非とも応援したくなる。試合が始まれば少年の振る剣が無謀にも相手の剣で防がれてしまうと分かる軌道に何をしてるんだと文句を言いたくなったが、少年の振る剣に対して何故か反撃を行わない相手が不思議だ。


「ばあさん、あれやらせか何かか?」

「違うじゃろう。組み合わせはこちらが決めておるしの。あの見た目に反して剣戟が重いから反撃できんだけじゃろう…おまえさんあの小僧が気に入ったのか?」

「この中ならありじゃないか?」

「おまえさん…本当に見た目で決めておるんじゃな…」


 何歳くらいなんだろうなぁと思ってみるが、ばあさんの言ってた通り剣戟が重いのか用意された剣が耐えきれずお互いの剣が砕け散る。

 この場合どうなるのだろうと見ていると肉弾戦が始まってからは少年が一気に不利になってしまう。

 単純に手足の長さが足りてないのもあるが腕を掴まれた時点で体重の軽さもあって投げ飛ばされてしまう。


「ばあさん、あの子優勝で」

「本気で言うとるんか…?」

「だってこのままだと負けちまうよあの子」

「はぁ…」


 ばあさんが下に降りて、少年のいる試合を再戦するように審判に言ってくれたようで。少年に新しい武器と相手にも武器を渡して試合を再開する。


「これでいいじゃろ?」

「大丈夫か?本当か?色々攻撃食らった後だけど?」

「おまえさん…まぁ技術は小僧の方が上じゃ。言っとくが格闘でも強くなければならんのじゃぞ?贔屓はこの一回だけじゃ」


 少年よ、できれば今度は武器を壊さずに勝ってくれと願っていたが、戦い方を変えたのかさっきまでの力技ではなく相手の武器を絡めとるように弾いて無手の相手に遠慮することなく剣を叩きこんでいく。

 立てなくなるまで叩かれた相手はそのまま医官が手当をしつつ。こちらを見る少年に手を振ると反応はなかったがそのまま男衆に埋もれていく。


「一応おまえさんのために先に言うが、あの小僧じゃ優勝は無理じゃ」

「え?なんで?」

「宮廷の武官はあの小僧が放った一撃より遥かに重い。技術もまだ拙い部分が多いのぅ…」


 ばあさんがそう言うならそうなのだろうが、強さだけで選ぶなら武官なんだろう。見た目で選ぶなら少年なんだけどなぁ…なんとかならんか?


「第一なんであの小僧に執着しておるんじゃ?」

「女の恰好させればあの見た目なら私が襲っても問題ないだろう?」

「小僧を辱める趣味がおまえさんにあるとは思わんかったわい…」


 そう言うわけではないが、まぁ成長してしまうことを考えたらいずれは立派な男になってしまうのだろうな。

 四戦、五戦と進んで行って六戦目になると見慣れた人物が出てくる。


「文官じゃん」

「文官?」

「あの二番目の試合してるところ。私が書庫でちょくちょく見かけてた文官だけど?」

「あれは…皇帝の指金かと思うたがおまえさんの知り合いか…珍しいもんが出とると思えば…あの者は皇帝の息子じゃ」

「そりゃ驚きだなぁ?友達もいないし書庫で本読んでるのが好きらしいぜ?」

「友がおらんのは立場上仕方ないだけじゃろう。じゃが、あれが自分で望んで来ておるなら優勝候補の一人じゃ」


 そんなに強いのかと疑問を抱いていたが試合開始と同時に六戦目に限りほとんど一撃二撃の試合で終わる。

 文官の方を見ておきたかったが、それぞれが相手の剣か槍ごと砕いて一撃を与えるか、武器を使わずして掌底を食らわして吹き飛ばしていたり。

 この六戦目だけ異様な光景を見せる。


「あんなんありか?」

「むしろこれくらいが普通じゃ。ルクブティムの武を舐めすぎじゃよ。素人相手なら警備兵でも同じことは出来よう」

「凄いな…私!よく掻い潜って行けたな!」

「つまりおまえさんは超がつくほど無謀なことをして後宮に来たと言うことじゃばかたれが」


 見つかってたら確実に両足を砕かれて捕まっていたってことか。それにしても優男にしか見えなかった文官がここまで強いなんて思わなかった。皇帝の息子というのはなんというか気に入らないが、性格は良い奴なのは分かっている。


 勝者は平然と下がっていくが、今の試合を見て棄権を申し出る者もいたそうでそのまま出ていく者が続出していく。


「これやりすぎてないか?」

「根性無しに残られても仕方あるまい?最初に外部からちゃんと来ている者を見せて、武官の実力を見せても尚残るものを選別するやり方じゃよ」


 出て行った者を進行が消していって、次の試合まで少し時間がかかったが予定通りなのか次の試合が始まる。


 人が減ったのを良いことに少年が戦意喪失してないことを確認して端っこの方で試合を見ているのを見て安堵する。

 贔屓は一回ということもあってこれ以上は何かしてやれることはないだろうが、偶然でもいいから勝ち残ってほしい。


 何戦目になるか分からない試合の時に少年が再度呼ばれて戦うが、苦戦の中勝利をもぎ取って疲弊しきってる様子だ。

 武官たちは疲れた様子を見せることはない。


 それでいて武官同士の試合は苛烈の一言に尽きる。

 どちらも剣を使っているが、得物が壊れないように配慮しているのだろうが一撃がぶつかるたびに壊れるだろうと思ってみるが、そのまま連撃の中に足、手、全てを使って戦っている、肩をぶつけて重心をずらしたりしているのを見るに本気で戦ってるのだろう。


「これって私が炎刃将を好きに決めていいんだよな?」

「なんのための武闘会じゃ。不満の出る結果を言えば誰も納得せんぞ?選ばれた者も含めてな」

「あー…そうだよなぁ…少し考えるか」

「また変なことを考えておるのか…」


 今残ってる人数を確認しながら、あと一勝くらいだろう。少年にはできればあと一回勝ってもらいたい。

 ばあさんの説明を聞きつつなら武官達がいるなか勝ち進んでる外から来た者も少なからずいる。


 文官に限っては暑いはずなのに汗一つ零すことなく水を飲んでいる。

 組み合わせ表を見てこのまま行けば少年は武官相手に戦わなければいけない。


 人が減ったことで休息も感覚が短くなって少年の番が来れば回復しきってない体力を引きずって武官を相手にしている。

 そうなれば後は実力勝負なわけで、開始直後に無謀に攻めてるように見せるが牽制に引っかかることはなく武官が一撃を放とうとした瞬間に足を引っかけ転ばそうとするも体幹が崩れることはなく少年が一撃を受ける。

 さすがに負けてしまったかと思ったが武器は壊れてないが亀裂が走っており、武器はまともに扱える状態ではない。


 ばあさんの方を見るが首を小さく振ってしまうので何かしてやれることはないのだろう。


 敗北は必至と言った様子だが、それでも立ち上がる少年に私が出来ることを考える。


「ばあさん!石…宝珠持ってるか!?」

「はあ?持っておるが…」

「一個くれ!」


 ばあさんが宝珠を一個手渡してくれるのを預かり、なんとか未来が視えないか念じるもそんな練習はしたことは無かったが、心だけは空虚に感じる。


 場所は変わらない。少年がなんとかぎりぎり立っている様子だけが視えるだけだ。

 それに止めを刺すかのように勝利を確信した武官が剣を振り、少年は終わる。それは雑な横薙ぎの一撃でしかない。

 ただ雑なら少年が踏ん張ればまだいけるはずだ。


「無理に立つな!しゃがめ!」


 映る光景がブレる。空虚な感覚がじわりと蝕んでいくように心が冷える。

 少年が一撃を避けたのは良いが素っ頓狂な顔をして困惑しているのと同時に武官のおっさんも驚いてこちらを見ている。私の方を。


 ここで少年に力が残ってるならそのまま剣を振りかぶってもらいたいが、少年が剣を振れば耐えきれず剣が砕けるところまで視えて、考え方を変える。


「剣に頼るな!今見えてる死角をそのまま突け!」


 必要最低限のことしか言えないがそれで伝わったのか。また心が冷たく空虚に感じる。

 先ほどまで暑いと思っていたっていうのに、今では寒いと感じるくらいに思うのは集中しているからか。


 ブレる。ブレる。ブレる?光景が幾重にも重なりブレて視えたのは武官が後ろに下がる光景。

 今の少年では体力勝負なんて出来はしないだろう。武器も保てない。

 武官の判断は間違いなく正しい、それに対応する戦法なんてこちらは持ち合わせてないのだから少年がどうなるかを見るが武官に一撃を放って掠めてはいる。

 そんな光景が視える。


 他に何かないか考えるがこれ以上を求めるのは無理か。


 私は目を開けると眼前の真実を見る。

 少年が私の言った通り死角を突こうとしているところだ。


「急所!顎を打ち抜け!」

「おまえさんさっきから何を言うとるんじゃ!?」


 この後の行動は武官が後ろに下がるはずだ。その間に少年がなんとか回復してもらいたいが今にも砕けそうな剣を地面に突いて体を倒さないように踏ん張っているだけだ。


 私が大声を出したことで注目を浴びてはいるが、武官からしたら不公平に聞こえる少年贔屓、少年からしても私の言うことを聞く保証はなかったがその通りに動いてくれた。


 あとはしばらく休憩してもらって再度戦えるようにしてもらえば…と思っていると武官の方が膝を折り倒れはしないが、立ち上がることができない状態になる。


「これは…おまえさん自分で未来が視えたのか?」

「いや、よくわからん。ただ視えたと思いたい」


 武官がなんとか立とうとするものの立ち上がることはなく勝敗は少年に勝利と判定される。

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