ルクブティムの後宮【TS物語】

空海加奈

第1話 ルクブティムの秘宝 前

「ちくしょうが!あん悪ガキがまた盗みやがった!」


 その声を後ろに聞きながら走る。真面目に働いてそんなに楽しいのか?いいや?楽しくないね。

 どうせならバッとでかいことしてバッとド派手にやり切って見せるのが人生ってもんだろ。


 どいつもこいつもつまんねえったらねえ。

 こんな自分でさえつまんねえ…奪ってきた鶏肉を裏路地で頬張ってくっちゃくっちゃと音を立てて食べるが大して美味くないのはスパイス不足だな。

 頼むから露店に並べるならもう少し美味く作って並べてほしいものだ。買った奴が不味さのあまりに文句を言っても知らねえぞ?


 下町で何か面白いものはないかなと探していると、いつも食い扶持に困ってる貧民仲間を見つける。


「よお!なにしてんだよ!」

「あ、兄やん」「盗人兄やんだ!「なにしてんだはこっちの台詞よ!」


 続けざまに言われるが俺たちに特に名前は無い。どいつもこいつも親に捨てられて名前がないというのもあるが、だから兄弟のようにそれぞれが思いやる。

 弟とちび助と妹。血がつながってないながらもそれが案外仲良くなるに良い結果をもたらしている。


「んだぁ?妹がなんか怒ってるけどお前らなんかしたのか?」

「してないよ?」

「そんなことよりも今日こそは私のほうが姉さんってことちゃんと覚えさせるって約束してたのにすっぽかしてどっかいったでしょ!」


 そんな約束してたか?はっきり言って覚えてない上に、兄とか姉とかは別に第一印象でしか決めてないから、こんなものに大した意味はない。ないがからかうと楽しいからからかって妹を強調していつも呼んでやってる。


「妹はうっせぇなぁ。お前らもそう思うだろ?」

「まぁ姉やんはこれくらいじゃないとね」

「でかい声が姉やんだから」


 弟二人もいるんだからそれでいいだろうに。


「それならどっちがお金稼げるか勝負よ!」

「金って…そんなのより肉盗る方がいいだろ?計算もできねぇ俺たちが金盗っても意味ねぇじゃん」

「計算は…!できないけど…それでもみんなはお金でやりとりしてるの!今日も綺麗な服着てる人がいたんだから!」

「それなら服盗ればよくね?」

「もーう!少しは普通になりたいと思わないの!?」


 盗人が金銭を盗って普通になるとはどういうことなのか?それにしても妹は普通に育ちたいのだろう。

 普通とは言っても大したものなんてないだろうに。真面目に働いて貰える金だってたかが知れてる。


「わぁーったよ…ただ金目の物盗んだって換金方法どうすんだ?」

「そんなの下町で働いてる連中に売ればいいじゃない?それに兄さんならお金そのものを奪って見せれるんじゃないの?兄さんならね?」

「…やりすぎてお互いお天道様が見れなくならないようにならなきゃいいけどなぁ」

「それは…」


 俺にも兄さんや姉さんがいたけどやりすぎで国の警備隊が出てきて公開処刑された。

 苦い思い出でもあるが、受け継いだ物としてやりすぎは注意すべし。

 金を直接奪う場合は殺されても文句は言えない。

 決して戦ってはいけないし、人を殺せば兄弟ではなくそのまま決別すること。


 殺しに関しては家族全員の命が危なくなるという理由だからこっそり仲良くしてた兄弟もいたけど、そいつらも一緒に最近処刑されてしまった。


「お前は普通になりたいなら別に働いたって良くないか?商人について行きゃ計算もそのうち教えてもらえっだろ?盗むのも下手だしよ」

「なっ!嫌よ…どうせ私が働いたって何も教えちゃくれないんだから」

「そうかねぇ?そうだ。やりすぎたら駄目だし一品勝負しねぇか?」

「一品?」

「そそ。貴重品を一品盗ればさすがに捕まらない限りは大丈夫だろ。逃げ足だけならお前でも大丈夫だと思うしな」


 それに何度も下手な盗みをすれば妹は人売りに合う可能性も高い。

 危険性は何度も教えているがそれでも無謀な盗みを何度もして売りに出されたら抜け出した時点で殺されるなんてことも普通にある。


「一品かぁ…なんだろ?」

「物の価値なんか俺たちは知らねぇからなぁ」


 弟たちは楽しそうにしてるが付き合わされてるこっちの身にもなってほしい。


「じゃあ俺は探しに行くけど今日の飯はお前らちゃんと食ったか?」

「姉やんがくれた!」「おれももらったー!」

「家に残ってる奴は食わせたか?」

「まだ残ってる食材があったし、兄さんが集めたものを売ればぼったくられるかもしれないけどお金にもなると思う」

「そうか…」


 どうにかして養ってやりたいが今残ってるのは幼い連中しかいない。年長者はそのまま出ていくものや処刑されてしまった。

 このやりかたもこの国じゃ限界なのかもしれないと思うと案外思い切って他国へ行くのも悪かないかもしれねぇ。


 兄弟達と別れて、欠伸を噛み殺しながら下町を適当に歩いて情報を集める。


 やれまた泥棒が現れただの。やれどこかの誰かが浮気をしただの。やれ巫女が亡くなっただの。やれ炎刃将がどうだの。やれ祭具殿で秘宝が使われるだの…。


 秘宝?適当に期待はしてなかったが気になる言葉が聞こえて思わず聞き耳を立てて町人の話しを聞く。


 今年この国ではそりゃぁもう御大層な祭りがあるのだという。それに用意された祭具殿の秘宝を使って新しい巫女様を奉るのだとか。


「ちょっとそこのお二方、その話しもう少し詳しく聞かせてくんねぇか?」

「あん?お前まだ生きとったんか…」


 顔を見たが別に知らない奴だがいきなり殴りかかってこないあたり盗みの被害者ではないのだろう。


「そいつ誰だ?」

「あー…下町のちょっとした貧民だよ。それより祭りに興味あんのか?言っとくがそこで問題起こせば死罪だぞ」

「だいじょーぶだいじょーぶ。祭りに参加するつもりはなくてな?ただちょっと知り合いが煌びやかなものが好きで知りたいだけなんだよ」

「そうか…まぁ見るだけならいいだろうしその知り合い連れてってやったらどうだ?」


 ぜひとも秘宝とやらを貰った後は兄弟共を連れて観光するのはいいかもしれない。


 それから気前良く話しを聞かせてくれた内容は聞き耳を立てていたよりもちゃんと教えてくれる。


 ルクブティムの後宮から巫女を選出し、そこから選ばれた巫女がこの国、この町の今後を予見して平和と幸運をもたらすためのお祭りだと言う。

 焔祭。この国はやたらと火に大して信仰心でもあるのか火やら炎やら焔なんて色々と火を称えている。


 焔祭でも町中灯篭で夜もかなり明るくして一日中お祭り騒ぎらしい。


「騒ぎに乗じて肉の一つや二つ消えてもおかしくないかもな?」


 わざわざ隣の奴ではなく俺に耳打ちしてきて言ってきたのは親切からなのだろう。さっきは問題を起こせば死罪と言ってたくせに妙に下町では優しい連中がいるから見知った顔のところでは盗まないようにしてるのだが…。こいつの顔も覚えておくか。


「ほむらさい?ってのは分かったんだけどよぉ…巫女様の秘宝っていうのはなんだ?」

「あぁ、巫女様が亡くなったのは知ってるか?」

「知らねぇ」

「興味なさそうだもんな。その巫女様を選ぶのに使われるのがその秘宝らしいけど詳しいことは俺らにもわからんよ。ただ後宮から選出されるんだしルクブティムの後宮で使われるんじゃないのか?」


 使い切りの秘宝か…金になるかと考えたらどうにも微妙そうなものだ。

 ただそれ以外にも問題がある。後宮という場所が男子禁制という話しを聞いたことがある。それを考えたら盗むにしてもリスクが高い。


 …。妹が衣服の話しとか普通になりたいとかしているのを思い出すがさすがにな…?


「まぁ話ししてくれてあんがとよ。焔祭ってやつ気が向いたら参加するよ」

「それまで無茶はするなよ」


 秘宝…秘宝ねぇ…まず形がどんなものなのか分からん。ネックレスとかそんなんか?貴重品すぎると売れないかもしれないが妹が喜ぶなら盗むのもありなのかもしれねぇ…。


 あーあ。嫌だねぇ兄貴分っていうのは。弟や妹連中が可愛くて仕方ないし、今までの兄や姉もこんな自分に優しくしてくれたから少しくらいは良い目を見させてやりたくなる。


 様子見だけなら行ってみるか。そう決めると後宮とやらを見に行く、場所はもちろん知らないが花町に行って知り合いに話しかけて場所を聞いたりしてゆっくりと後宮へ行くが、宮廷内ということもあって全貌が分からない。


 やりすぎに注意って言ったその口で宮廷に忍び込むっていうのもな。


 焔祭ってやつはまだ日数があるはずだから大丈夫だとは思うんだが、それが逆に今盗人が入り込む可能性ってやつがないと安心しきってるということでもある。


 様子見で入り込むっていうのも無しだ。一度ばれれば警備体制が強くなって次が無くなる。


 花町で聞いた話しだと宮廷の太陽の登る側だと教えられたから右だとは思うんだが右って言っても結構な広さがある。


 夜に忍び込んだ方がいいか?さすがに夕方に近いから少し様子見してからにするか…。


「そこで何してるんだ?」

「ほえ?」

「お前だお前、なんで子供がこんなところに…」

「あー、そりゃあれですよ、焔祭が楽しみでいつかなぁって…楽しみなの分かるでしょ?」

「あぁ…もう町に話しが出回ったのか。とはいえそれはまだ先の話しだ。それにこの辺りにはうろつくな。まだ子供とは言え男児がうろうろしていたとなればお前くらいの歳でも斬られてもおかしくないからな?」

「うっs…はいっす」


 危ねええええ!ちょっと様子見とか言って壁をよじ登ろうとしてたら即座に殺されていたに違いない!

 それに今回見つかったのが気の良さそうな間抜けで良かった!


 一旦離れるが、巡回して周ってるのかそのまま移動していくのを見てからようやく一息吐く。


 こりゃあ本格的にやべえのかもしれねぇ。だが…燃える…!


 今までも私腹を肥やしたやつから盗んだこともあるが、それに似たような感覚を感じる。

 秘宝っていうのがどれだけのものなのかは分からないが、死ぬかもしれない。そのスリルがどうしようもなく難易度の高さが滾る。


 兄弟達には悪いとは思うし、妹の普通とはかけ離れているが。俺はどうしようもない馬鹿で盗みが楽しくて仕方ない。


 夜まで少しの時間待って暗くなる頃になれば段々と人気が少なかったこの場所も更に人気がなくなり冷静になれと自分を律する。


 まずどのタイミングで盗みに行くべきか?

 夜が深くなればなるほど恐らくだが宮廷というのは警備体制が強くなる気がする。これは今までの盗みの経験則でしかないが、深夜ほど警備を強くして守ろうとする奴が多い。


 増して今回盗むのは別に悪い奴じゃあない。盗まれる可能性とか色々加味しても間違いなく秘宝自体の警備は今が厚い。ただ宮廷に入るのには今が適しているはずだ。


 そこまで考えた上で一旦中に忍び込むなら暗くなった直後の今がいいはずだと思い宮廷の壁を見るが、外堀に水があり中に侵入するにしても水に入ったあと足がかりのない壁を登らなければならない。


 それをしないで中に忍び込む方法を考えないといけない。


 もしくはそれを無理やりするかだ。暗い中夜目を利かしてよく見るが、さすがに宮廷というだけあって登れそうにはない。

 じゃあ外堀が無い場所だが、そこの警備はしっかりとしてるに違いないが様子を見に行き、中に出入りする人物をよく見る。

 武器を所持してる連中が多少出入りしたり、その程度の物が見れる程度だ。さすがに夜に門から出入りする人物なんて警備してる連中くらいか…。


 ふと、出入りしてる連中を見ていた時に思ったが門は木製だ。傷付ければ多少は足場として活用できるんじゃないだろうか?堅さにもよるがこの周囲を囲む壁さえ抜ければ中が水やら高い壁やらで防がれてることはないだろう。


 とはいえ見張りがいる状態で中に忍び込むために下準備してる時間はない。


 いっそ堂々と入り込むなんてことも考えたがあまりにも馬鹿げた発想すぎる。

 こうなったら注意を逸らすか。そう考えてからは手頃な石を拾い上げて数は十数個。


 できる限り気付いてもらえるように山なりに奥へ水に落ちるように投げ入れる。

―ぼちゃん―ぼちゃん―ぼちゃん


 一定間隔で投げて見張りに気付けとばかりに投げ続けていくと異変にようやく気付いたのか見張りの動きをじっと眺めていれば内側にもいたであろう見張りに声をかけて二人して水の音がした方へ様子見に行ったのを確認してから出入口に近づいてそっとドアを開ける。


 中を見れば圧巻だった。壮大な建物や広い道。はっきり言ってしまえば宮廷なんて初めて入ったしこんなに凄い場所だとは思ってすらいなかった。


 ただ呆けてる場合じゃないし急いで身を隠せる場所へ行かなければならないと周囲を見渡して茂みに隠れる。むしろ茂みくらいしか隠れる場所がなかった。


 こんなにだだっ広いとは思わなかったのもあるし、隠れる場所が少なすぎる。

 それに中に入れば壁は低いだろうと思っていたが宮廷内の壁もそこそこな高さを持っていて簡単に登れる代物じゃない。コソコソするのもいずれ限界が来そうだが秘宝とやらが重い物なら諦めて帰るしかない。

 その時は別の物を盗んで終わらせるくらいか。


 茂みから茂みへ移動しつつ周りの様子をみるが宮廷内は予想に反して結構な人数が闊歩している。

 侵入自体はできたけどそのあとが続かない。


 比較的警備体制の薄い外壁付近を移動しつつ行くが、その途中に小屋があり、中からは声が聞こえるのでより慎重に後宮があるという方向へ進むが、一つの町なのかというくらいに宮廷が広いことにうんざりする。


 ただそれだけ人数にも限界が来るだろうと思うのが関の山か。空元気に気合を入れてとにかく音を立てないように静かに移動する。


 ようやく日の登る側の壁についたと思ったがこれまた大きい壁で登れる気配がしないのでどこか出入りできる場所を探すが警備兵が動く気配のない場所くらいしか行き来できそうな場所がない。


 仕方ないので一旦休憩を挟むことにする。もう少し夜も深くなれば警備も緩むだろう。ただ時間が経ちすぎると秘宝の方の警備が強くなると思えば焦燥感も否めない。


 せめて道具を揃えてから忍び込むべきだったかなと後悔を振り払い集中力を高める。

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