第2話 ルクブティムの秘宝 中
はっきり言ってこれ以上忍び込むのに限界を感じてる。
私兵を持った連中なんかよりも、なんだ?こういうのは武官っていうのか?正規兵であろう連中の警備がきつすぎる。
門兵を誤魔化したところで中の警備が全然薄くなる気配がしない。
だからといって帰るのも今からなら難しいとは思うが出来ないことは無いがここまで来てしまったならと思うとめそめそ帰るなんてこともしたくない。
さっきと似たようなことにはなるが音の鳴るものを遠くへ飛ばして意識を逸らすか?
ただふと気になったことではあるが、壁を見れば、壁の端っこ。角の部分。
これなら両手両足を駆使すれば登れないことは無いのではないだろうか?途中で力尽きたら地面にたたきつけられる上に見つかっても終いになるがそれでも監視の目を搔い潜るならそれくらい力技を試さないと進展がない。
高さはどれくらいだ?大人の身長何人分だ?自分の腕を見るがそれほど筋肉はついてない。
別に誰かと戦う予定もなければしがない盗人くらいしかしてこなかったから器用さには自信があるがそれでも自分の身軽さを考えたらなんとかいけるかもしれないと角の壁をよじ登る。
右。左。バランスが崩れそうになるのを両足で固定するようにするが壁が思いのほか滑りやすく力が入りづらい。
それでもただでさえ肉付きの悪い自分の体なのだから自分くらいしっかり両手両足でなんとか登る。
どれくらい登ったかと下を確認すれば大して登ってないことに絶望しそうになるのをなんとか歯を食いしばってゆっくりだけど着実に登っていく。
手汗が凄く気になる。滑ってしまうんじゃないのか?
足を上げる際にバランスを崩すんじゃないのか?
まだ半分も行ってないんじゃないのか?
見張りが気付くんじゃないのか?
月明り次第では目立つんじゃないのか?
不安になること全てを放棄してただ登ることだけに集中する。
「だらっしゃぁ…」
軒天まで着いて最後に滑らないように自分の体重をようやく内壁の上まで運びきった。
盗人なめんじゃねぇ!別に誰にもなめられてないが!
これが終わったら兄弟達に天下の盗人様と呼ばせてやりたいくらいだ。
しばらく休憩してそのまま壁上を芋虫のように移動しながら後宮を目指す。
上から見ると宮廷の広さがより際立つ。右見ても左見ても豪華な場所だ。
なにより宮廷内で外壁に沿って隠れていたつもりだったが迷路みたいな作りをしていて下から見る景色と上から見る景色では大きく違って見える。
下の警備を掻い潜ってもまた次の壁や警備の目があって結局難易度が高かったわけだ。
そして今さらながらに気付いたことだが…。登ったのはいいけど降りるのはどうすればいいんだ?
悪いことは考えない気にしないに限る。とりあえずはそのまま進んでいき、少しでも秘宝の情報が欲しい為、下にいる連中が何か会話をしていたら聞き耳を立てるようにしてるんだがそれも大したことを話してないし途切れ途切れにしか聞こえないから後宮らしき場所までなんとかもぞもぞいそいそと移動した。
女官揃いで男がほとんどいない場所。そう思って探した結果警備が他よりも薄い場所に着く。
警備が薄いと言っても外堀が他の場所より広く掘られていたり、上から見たから分かることだが右奥のこの宮廷だけ明らかに出入りの警備が強いから恐らく後宮だろうと目星は付けたが。
後宮に入ることが別に目的なわけではない。ルクブティムの秘宝とやらが目的であって入ったら目的完遂というわけじゃないのだから再度気合を入れなおさないといけない。
とりあえず他よりは内側の警備が薄いというのもあるから一旦ここで地獄の壁降りをしなければいけない。
登るときとは違って力の入れ方が難しくて何度か滑って手のひらが擦りむけたがなんとかコツを掴んでからは靴を滑らせてゆっくり降りればいいだけかと登るときよりは簡単に降りれた。
それでも今までの疲れが蓄積されていってるのか体が少し限界に近いのだが。
ようやくここまで来れたと思い近くを見れば薬草…と亡くなった薬学に詳しかった姉を思い出しながら薬草のある場所で少し休憩する。
下町でどれだけ真面目に働いても計算が出来なければぼったくられるし、薬学に詳しくても暴力で奪われてしまう。真面目な思いをするだけ馬鹿ってもんだ。
ただそれでも妹が憧れる気持ちは分からなくはない。煌びやかな花町を見たりすればそう思ったりもするかもしれないが花町も良いことばかりではない。
それに商人のところで働くと言っても下働きだけさせられれば計算を覚える暇なんかないかもしれない。
それでも妹が普通に憧れるのはきっと自分も綺麗に着飾りたいからなのだろうと思い、後宮にはそれっぽいものの一つや二つあるだろうと秘宝のことを少し忘れて何を贈ってやるか考える。
休憩も終わり、気をしっかり保ってとにかく奥へと向かう。
倉庫みたいなところでも見つけれたらいいんだが、もしくはいかにも守ってますという警備があればそこが怪しいだろう。
「まああああああたサボっとるんかおどれら!」
いきなり大きな声がして思わず声のした方を向くとばあさんと警備の人間となにか揉めてるのが見える。
「だからちょっとな?ちょっと休憩してただけだって」
「いい加減にしておくれ!焔祭も近いのにいつまでもだらだらだんらだんらと…!」
「婆様?あまりお怒りになっては体に障りますんで…」
「なんかあったらおどれらの首がなんぼあっても足りゃあせん!」
「分かったから?な?」
じっと眺めていると焔祭という単語が混じっていることからもしかしてと淡い期待を持つ。
「もうええ!今日は帰れ!わち一人で管理するわ」
「いやいやさすがに婆様には…」
「しゃあっとれ!」
どっちにしたって構わないが後を追いかければ宝物庫様とのご対面も近いかもしれない。
なにも手がかりが無かったから最悪潜んで一日二日は飲まず食わずも覚悟したが僥倖と言っていいだろう。
しかし怒鳴り宥めとやりとりが長い。夜なのにこんな大きな声を出して大丈夫なのかばあさん。
しばらくしてようやく話しがまとまったのかばあさんが一人で移動していく。
「大丈夫かね?あの婆様」
「分からないが婆様の許可なく後宮に留まっていたら根無しにされちまうぜ?さっさと行っちまおう」
詳しいことは分からないが結構な権力者なのかあのばあさん。
おっと、見失う前にばあさんの後を追わなくちゃいけない。
歩く速度が遅いおかげで見失うこともないし、こちらも慎重についていけるのだがばあさんが夜歩きしてる女官を見かけると「こんな時間まで出歩いてるんじゃない」などと叱ったりするのでそのたびにこちらの体が強張ってしまう。
やがてまだ作って新しいような作りをした建物の近くで座り何もしない時間が続いていく。
もしかしてだけどここに秘宝があるのか?それにしては大した場所ではなさそうだが…?
それだとしたら窓とか無いかとよく見てみるが窓らしきものは特に見当たらない。
ドアに関しても押しか引く扉と言った感じの物で鍵も掛けられてる様子はない気がする。
またばあさんがどこかへ行くのを待っていると。女官が出歩いてるのを見て怒鳴りに行ったところを見計らってすかさず扉を開けようとするが開かない。見た目ではわからない鍵が仕掛けられているのか?
すぐに戻ってばあさんが戻ってこないうちに建物の周囲を再度確認する。
よく見れば裏手の上に小さな格子窓がある。そこならなんとか行けるだろうか?とは言ってもそこまでよじ登る方法がパッと思い浮かばない。
近くにあるもので何か使えないものはないかと見渡しても特にはないが…いや木がある。
この木の枝をどうやってか折って足掛かりにするのはどうだろうか?
ばれないように木によじ登り、少し太めの枝に体重を乗せるが簡単には折れない。むしろ折れてしまっては足場に使えないからそれでいいのだがどうにか体重を乗せて蹴り落とすように何度か試していくと音で気付かれないか焦るが折れさえすれば自然現象だと無視してくれることを祈って思いっきり蹴りぬく。
―ミシッ―ベキィ―
明らかに不自然な折れ方をしてるが夜だし大丈夫だと思いたい。そう思ってバキンという音がして枝が地面に落下する。
「なんじゃぁ!?」
ばあさんも反応してるが木の葉に隠れるようにして様子を見ているとばあさんも怠そうにしながらまた元の位置に戻る。
「なんや腐っとんたんかいな?」
あとはまたばあさんが女官弄りをしてる間に少しずつ枝を移動させて格子窓のところに立てかけるように配置して失敗しないように登る。
格子に関しては木材だから最悪力技で壊そうかと思ってはいたが見掛け倒しな物で嚙み合わせが悪かったのかガタガタと動かしたらすっぽりと抜けた。
ここまで大変だったから拍子抜けではあったが楽なことに越したことは無い。
中の様子は暗くてあまり見えづらいが誇りっぽさもないし、よく目を凝らしてみれば物置みたいな感じもある。
降りる際には棚を伝っていけばなんとか降りれそうなので静かに歩いて物を落とさないように中を探索する。
探索するのはいいがあまりにも暗いからどうにも何があるのか分かりづらい。
月明りが都合よく窓から光が届いてるときになんとか拝見していくが、これといって宝になりそうなものが見当たらない。
あるのは巻物とか花瓶?のような酒瓶のような物。もっと金目の物はないのかと思っているとチャリっという音と手触りの感触。これはなんだろうか?ネックレスの類なら少しは足しになるかもしれないがあまり期待はできない。
音が出ないように首にかけて服の内にしまうようにして貰っておく。
あとは衣服の類があるがこれはさすがに持ち帰るのはきついかもしれない。着て帰るにしても動きづらいと見つかる可能性があるし。
一応広げて見てみるが予想してた通り女物の衣服だ。金刺繍なんてされてあったりしてわりと値打ちものなのだろうと思い破れてもいいから無理やり着て帰る分にはいいかもしれない。ハンカチや手ぬぐいにして売れば少しは金になるだろう。
いざとなれば捨てれるしな。
あとは酒瓶と花瓶みたいなものだが、ご丁寧に酒瓶の方には盃まで用意されていてこれまでの疲労を考えると少しくらいなら酒であっても飲んでいいかもしれないと酒瓶の蓋を開けるとアルコール臭はしない。
もしかしたらただの水なのかはたまた薬水なのか、盃に入れてみれば透明な液体だ。指を試しに付けて舐めてみるが特に変わった味はしない。
普通の水なら問題はないだろうとそのまま酒瓶ある分を全部飲み干す。
こんなに頑張って結局何の金属でできてるか分からないネックレスと金刺繍の服か…。
まぁ、この服をなんとか持ち帰れば妹も喜ぶかもしれないし十分な成果かもしれないな。
起き上がろうとすると疲れが相当溜まってたのか思わずよろめいてしまう。
帰るまでが盗人の矜持だ。気合を再度入れなおそうと思うも足取りがどうにもおぼつかない。
さっき飲んだものはもしかしたら新種の酒だったのか?だとしたら飲みすぎたのかもしれないと焦るも息苦しい胸のもどかしさを感じてふらつくのと同時にこれ以上意識を保とうとすればするほど熱く燃えるような感覚が来る。
意識を手放したいのと同時に今意識を失えば間違いなく打ち首だ。処刑だ。ここまで忍び込んだことを考えれば公開処刑だってあり得る。そうなれば兄弟達が悲しむかもしれない。
耐えなければ…。疲れたからと言って酒か毒か知らないものを飲んだ自分の責任だ。根性でどうにかなるとは思えないがとにかく窓のあった場所まで棚を登らないと。
もがきたくなる苦しさと熱さを我慢して棚に足を掛けるが巻物を踏んでしまっていたことにも気付かずそのまま転げ落ちる。
しまった。そう思っても体と巻物が落ちるばたばたとした音を立ててしまう。
「だぁ!?中に誰か入っとるんね!?」
都合よくばあさんが女官弄りしてくれていればよかったのだがさすがにそこまで幸運は長続きしないか。
急いで窓まで逃げなければと体の熱なんてどうでもいいとばかりに力を込めて棚に手をかけるが鍵がかかっていたと思っていた扉をあっさりとあけてばあさんと目が合う。
「あ、あぁぁぁなにしとるか…!?」
最悪の展開だが暗闇だからまだ顔が完全にばれたわけではないはずだ。
ばあさんの横を通り抜けようとするが想像してたよりもばあさんの体技が凄まじく床にねじ伏せられる。
「ぐぅっ!?」
「これは…はっ!?あんたぁ飲んだんか?」
「げほっ」
「飲んだんかって聞いとろうが!」
こんなに強いとは思ってなかったのもあるが、なんとか弁明しようにも喋ろうとするがばあさんに組み伏せられた反動と、体全体の熱がどんどん苦しく喋ろうにも喋れない。
「ちょっと待っとれ!」
そう言って物置小屋に放り投げられてばあさんが扉を閉めてどこかへ行ったのだろう。
今がチャンスだ。なんとか逃げなければ。
顔は見られたがまだ窓の存在などに気付かれてないなら…いやこの状態で壁をよじ登れるか?
隠れるにしてもばあさんが隈なく探すように指示すれば間違いなく見つかる。
それならいっそこの物置小屋で隅の方に隠れて過ごしていた方がいいんじゃないだろうか?
そうだ。無理をするより今は体力を戻さないと…。
思考がまともに働かないまま隅の壁に頭を当てるとひんやりとして気持ちいい。
「……あ”づい”…」
喋れば喉も焼けるような熱が迸る。
なにが天下の盗人だ。所詮子供の見る夢に過ぎなかったってことか。
でもどうせ大人になっても盗人なんか続けていたら死罪になっていたか。なにしても無駄無駄。
ただなぁ…妹の喜ぶ顔もう少し見たかったな。こんな兄になってほしくないものだ。
あ…そういえば…秘宝って結局なんだったんだ?
とにかく意識だけは失わないように余計なことを考え続ける。
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