第3話 ルクブティムの秘宝 後
ぼんやりとする意識の中、耳にばあさんの声が鐘の音を叩くような鈍痛で何か叫んでる声が聞こえて床に寝かせられる。
「―――」
何言ってるかわかんねぇ。ただ休もうとして隅っこにいても意味はなかったということだろう。
どうにか意識を保ってられるのも不思議な気分ではあるが熱が引くことがないのでこのまま死んでしまうのかと思うとやはり心残りが兄弟達だ。
生きて、生きて、生き延びてあいつらの悲しい顔をさせてたまるかと苦しいのを我慢し続ける。
一体どれだけの時が流れたのかと思うも視界もぼやけていく
「しゃきっとせんかい!」
ただでさえ苦しいのに頭を叩かれたのかばあさんの声がはっきりと聞こえて意識を保つ。
「ぁ…」
体中汗塗れで。視界がちゃんと見えて。それでいてばあさんがこちらを睨みつけている。
「起きたんか?」
「ぁ…ん”ん”。あーあー。喉痛くない…」
「喉ぉ?」
ずっと苦しかった熱が引いたのか体も無事だ。ただ頭の中に響くような甲高い声が疲れた体に少し厳しい。
「ばあさん…俺は殺されるのか…?」
「そりゃあこんだけ大事してくれたじゃったら死罪よ」
「ネックレスと服返すからって命乞いもだめか?」
「はぁ?元々わちらのもんじゃ」
それはそうだ。とはいえなんとか命乞いするにしてもしがない盗人の自分では差し出せるものもないし。
「生き汚いから生きとんかの?おまえさん自分がなにしとおかわかっとるんか?」
何を言ってるのか?今からでもばあさんをどかして逃げるという考えを思い浮かぶがばあさんの強さは身に染みてる。
周りを見ればまだ物置小屋の中のままだ。それに誰もいないところを見るとばあさんがもしかして介抱してくれていたのだろうか?
「ばあさん後生だ…せめて俺の命と引き換えに金をくれ…」
「よ、ようそんな出鱈目なこと言いよる…」
「よく考えてくればあさん。こんなちっぽけな命なんだ、むしろ大切にしてくれたら短い余生綺麗に生きれると思わないかぁ?」
「まだねぼけとんのかおどれは!」
「あでっ!」
頭を軽く小突かれてしまったが痛みは特にない。
万策尽きたからこそ最後の会話がばあさんというのも悲しい話しだが案外ノリがいいのかこんな最後なら悪くないかもしれない。
「おまえさん…小僧じゃったよな?」
「ん?どこからどう見ても立派な男児だぜ?」
「ふぅむ…ほれ、よう見てみ」
ばあさんが床に置いてあった手鏡なんて高級品を取り出して見せてくる。
金糸の髪に熱を帯びた紅い瞳。まるで作り物のような少女が映っている。手鏡ではなく新しい巻物の類か?
「これはなんだばあさん」
「態度がでかいのぅ…おまえさんじゃよ」
「悪いが俺はこれでも冗談は好きな方だがばあさんと洒落こむほど落ちぶれちゃ―いでっ!」
頭を叩かれて俺と同じように叩かれた場所を手で擦ってる自分と同じ動作をする少女。
「は?」
「おまえさん自分がなにしとおか理解しとるんか?」
「いや、普通に金目の物を盗ろうとしただけなんだが?」
「どうやってここまで入ってきたのか知りゃあせんが…おまえさんそこにあった聖水飲んだじゃろ?」
せいすい?飲んだと言えば確かに水というか毒物なら飲んだが。
「あの毒のことか?」
「毒じゃない、ありゃ聖水…ルクブティムの秘宝の焔雫と言うもんじゃ」
「ほむらしずく?雫って量じゃなかったが?」
「おどれが馬鹿みたいに飲んだからじゃろが!」
あ、あれか薬水だったけど飲みすぎたから中毒的な感じを引き起こしたってことか!
いや、それだとしても盃の大きさからして明らかに雫って量ではないと思うんだが。
「はっきり言うて…あれは男衆が飲むようなもんじゃない。それに全部飲むっちゅう馬鹿もおりゃあせん」
「あ、その話し長い奴?もっと分かりやすく話してくれよばあさん」
「はぁ…。巫女のことは知っとるか?」
「知らん」
「はぁ…」
溜息ばかり吐かれても知らんものは知らん。ただ大切な物飲んでしまったのは悪いがもう消化しきってしまってるだろう。それとも吐けばまだ残りはあるか?
「おまえさんに選択肢がある」
「金か?」
「開き直っとる場合じゃないわ! 今までの人生全て捨てて生きるか。死ぬかじゃ」
「ほとんど選択肢なくないか?」
ただどうせ死罪だろうと思っていたが生きれる選択が用意されてるとは思っていなかった。
聞く限りだと今までの人生と言われても思い返しても兄弟達しか心残りのない人生だったからそこだけはなんとかしたいのだが。
「おまえさん金がほしいんじゃったか?」
「くれるのか?」
「働き次第では金はいくらでも詰まれるじゃろうて。使い道がないほどにな」
「冗談のつもりだったんだがな…。これさ、俺が働いたら兄弟達に金とかそういうの送ってもらうのとかだめか?生きるのに不自由ないように出来れば計算とかも覚えさせてやりたいんだが」
さすがに要求しすぎだったか、ばあさんが考え込むような動作をする。
しばらくしてこちらを真っすぐと見つめてくるのでばあさんに見られても恥ずかしいことなんかないので見返していると、ばあさんが頬を赤らめている。
「きしょいぞばあさん」
「女のわちが見ても惚れ惚れする見た目をしとるからじゃ」
ばあさんは咳払いをして改めてこちらを見てくる。
「どういう理由かは知らんがおまえさんは兄弟達が裕福に暮らせれば働くんじゃな?」
「お、おう?本当は働きたくないが、死と比べたらさすがにな!」
「それじゃあ働いてもらおうかの…おまえさん汚い言葉遣いは今後一切禁止じゃ」
「はぁ?――あでっ!」
「言ったじゃろ、今までの人生全部捨てるんじゃ。名前も過去も全て捨てて巫女として生きよ」
元々何かある過去ではないが、巫女っていうのが何するのかすら知らないのに大丈夫なのか?
というか過去を捨てたら兄弟達の安否を確認することも禁止なのか?
「俺は別に名前とかねえしいいんだけどよぉ…兄弟達と会うことも禁止なのかよ」
「会うたところでその見た目でどう説明するつもりじゃ?小僧が小娘になったと誰が信じる?」
「ばあさん」
「わちも知らん現象じゃ…聖水を飲めば大概の連中は男女問わず死ぬし、男児で生き残った例など過去にもなかったはずじゃ」
やっぱり毒薬だったのかよ。なんでこんなものを守っていたのかは知らないが秘宝とか大層な呼び方せずに毒薬ってちゃんと言ってくれれば取りになんて来なかった。
「とにかくよ?兄弟達とは会いたいぜ?」
「やめとけ、小娘が何を言うても小僧には戻らん。それに仕送りをしたいなら手紙くらいは出すことは許しちゃる」
「はっ!甘く見るなよばあさん。俺は文字が書けないし読めない!――あでっ!」
「はぁ…教養も全くないのに聖水に見染められる素質がどこにあったんじゃ…」
何を言ってるかわからんが、ばあさんは立ち上がって俺の手を掴んで立ち上がらせる。
すると上着以外がするりと脱げていく。
「おぉ。体も小さくなってんのか?」
「恥じらいを持たんか!」
いちいち小突いてきてたまに痛いからやめてほしいんだが…。
仕方ないので下着を布をきつめに巻いて履きなおすと、ばあさんが付いてくるように促してくるので素直に後ろを追従する。
昨日の夜は人通りが結構あったように思ったけど今は人が全く見当たらない。もしかして夜よりも朝とか昼の方が盗みやすかったのだろうか?」
「なんか昨日とは違って人が全然いないのな?」
「今日一日外出禁止にしておる。おまえさんを見られたら困るからのぅ」
やっぱり結構な権力者なのかこのばあさん。今のところわりと気が良いばあさんに思えるが俺を生かすのも理由は分からないが本来なら死罪だろうに。
案内されていくと一部屋綺麗な場所へと連れてこられた。
無駄な装飾が気に入らないがこういうのが箔というものなのだろう。
「ここがおまえさんの部屋じゃ」
「えぇ?なんか悪趣味な装飾とか嫌なんだが?」
「おいおい好きにするとええわ。とりあえず着替えを済ましてから、多少の教養は身に着けてもらわんと困るわ」
手慣れているのか俺が特に抵抗することもなくスルスルと着替えを済ませていってくれる。
途中いやらしい手つきで体を触られたこと以外は何も問題はない。
「なんか重たくね?」
「巫女という者は格式高いもんじゃ…それもわちが教えるから分かるまでおまえさんはこの部屋から出ることは禁止じゃ」
「おいおい兄弟達の食い扶持はどうすんだよ」
「まさかおまえさん達は住む家もないのか?」
「家みたいなものはあるが…屋根があるだけの場所だな」
不憫そうな目をするんじゃない。別に下町で家がないやつだってそこそこな数いるからおかしいことではないだろう。
住所をそれとなく伝えて、出来る限り兄弟達の容姿も伝えるがちゃんと分かっているのかわからないまでも、ばあさんは仕送りをしてくれると約束してくれる。
そこからは文字の読み書きが最優先だと言われて黒い石みたいなものを持ってきて文字を黒い石に書くように叩きこまれる。
「ばあさん、そろそろ腹減ったんだけど?」
「言葉遣いもついでに直した方がよさそうじゃのぅ…」
「悪いって。そんなに一気に覚えられねえし服もきついしずっと椅子に座りっぱなしとかあんまり体験したことないことばかりなんだって」
「文句だけは一人前じゃのぅ…」
ただ言えばちゃんと飯が用意される。肉まんを頬張りながら文字の読み書きをやろうとしたら頭を小突かれた。
「あにすんだよ?」
「食べながらはやめい!」
「そのための肉まんなのかと思ったぜ…」
病み上がり?だと言うのに横からちょっかいをかけながらも丁寧に教えてくれる。
できれば俺じゃなくて妹に教えてやってほしかったな。この立場も俺よりも妹だったらもっと喜んだかもしれない。
それでも俺が頑張れば兄弟達が勉強とか出来るなら案外悪い物でもないのかな。
あまりいい気分じゃないけど、怠いなぁと覚える文字は下町のどこかで見たことあるような文字だったりする。
花町の方が見たことあるか?でもあっちは人通りが多くてそんなに文字を見る機会なんてなかったしな。
「ほぉん?」
「んだよ、ばあさん?」
「字は綺麗じゃと思ってな」
「真似するだけだろ?それより覚えるのがきついぜ?」
褒められて悪い気はしないが…。器用さだけは得意分野だ。
そしてほぼ一日中文字の読み書きを続けたら夕食も貰って美味しくいただいた。
「だはぁー…これいつまで続けるんだよ…」
「まだ一日じゃぞ…焔祭までには読めるようになってもらわんと困るわい」
「焔祭っていつだよ?」
「ひと月過ぎたあたりには開催されるのぅ」
ってことは一カ月丸々繰り返すのか?しかも外にでることもなくひたすらずっとこの部屋で?
「散歩くらい許してくんね?」
「言葉遣いがちゃんとするまでは駄目じゃ」
「さすがに歩かないと健康にも悪いって!な?別に脱走しようにも方法とかねえだろ?」
「どうやってここまで来たのか分からんが…忍び込むほどおまえさん凄腕の盗人なんじゃろ?」
「まぁな!俺くらいになると毒さえ飲まなかったら完璧に盗めてたね!」
「…駄目じゃ…」
くそっ…。まぁ夜適当に抜けて散歩する機会を伺うか…。
ばれなければいいんだろうし。
寝る時間となってからばあさんが部屋を出て行ってから試しに扉を開けることができるか試すとすんなり開いた。
さすがに初日から外に出たら何か言われるかもしれないし出ないが、案外信頼してくれてるのか?
ただ文字の板書ばっかりしてつまらない生活になりそうな気がするし娯楽がほしいな。
誰かの物を盗むっていうのも後宮っていうのは今俺が着てる物みたいに何か物を入れる場所があるわけでもない服を着てるわけだろ?盗む相手がいない。
でも兵士なら鎧越しから盗めるか?金銭を持ってるかは分からないがそれはそれで新しい挑戦な気がする。幸いばあさんがいれば殺されることはないだろうし。
無駄なこと考えて疲れた…。寝よう。布を緩めて寝台に入ると柔らかい布で包まれてる感触が想像以上に心地よくて気付かない間に眠っていた。
「起きんかあ!」
「ほえ!?」
いつの間にか朝になっていたのか。それにしても寝覚めの第一声がばあさんっていうのは心臓に悪い…。
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