第4話 ルクブティムの巫女 前

 二週間ほどは大人しくしていたが、そろそろ夜に散歩しても怒られないんじゃないだろうかと考え込む今日この頃。

 喋り方も多少は良くなってきた自信がある。


「ばあさん私、腹減ったんだけど?」

「汚い言葉遣いをもうちと直さんかっ!」


 ただそれでも毎回怒られるのはさすがに理不尽を感じる。私だって頑張ってる方だってのに。


「肉まんばっかだなこの後宮って場所」

「それはおまえさんがまだ秘密の存在だからじゃ…」

「そうなん?美味いからいいけどさ。てか文字って色々ありすぎて全部覚えるの無理じゃないか?」

「はぁ…そうさな。そろそろ台本を読む練習をせなあかんのぅ」


 そう言ってずっと持っていたのか、袋から取り出したのは本だ。

 厚みは無いし三枚くらいを丁寧に糸で留めてあるそれをこちらに渡してくる。


「なにこれ?」

「焔祭でおまえさんが暗記して読むんじゃよ」

「暗記って…見ちゃだめなの?」


 有無を言わせないように睨みつけてくるので仕方なく一枚めくってみて中身を読む。


『帝より賜れたし…なんかそれっぽいものを授かって、繁栄とか色々頑張る』


 うん、少しは読めた。


「ばあさん完璧だ!覚えたぜ!――あでっ!」

「嘘つけ!一枚しかみとらんじゃないか!」


 毎回小突くことに意味はあるのか聞きたいが、仕方ないので二枚目を見るがまた小難しいことが書いてある。


「これ覚えなきゃいけないの?」

「祭事が巫女の初仕事よ」


 その焔祭ってやつも別に詳しくないんだけど…。第一になんで私がそんなことしなきゃいけないんだ?

 巫女っていうのもいまいち分からないし、結局のところそれっぽいことを言えば丸く収まるのでは?


「ちゃんと言葉にして読んでみてみい?」

「えぇ…あー、帝よりたまわれれし焔――あでっ!」

「噛まずにちゃんと言えるように練習せんとな」


 まじかよ、こんな言いづらいことをわざわざなんで暗記してまで言わなきゃいけないの。


「もうちょっと簡単にしてくんない?三枚はきついって!」

「ふぅむ…さすがにもう時間も無いから仕方ないのぅ」

「ありがとうばあさん!そういうとこ好きだぜ!」

「おまえさんは本当調子ええのぅ…」


 なんだかんだこちらの要望を聞いてくれるのは助かる。肉まんもスープが欲しいと言えば用意してくれたりとなんだかんだ至れり尽くせりな環境だ。


 暇なことを除いてだが。


 結局朝から晩までばあさんと二人っきりでずっと文字の読み書きを続けるだけの生活もさすがに二週間もすれば飽きる。

 飽きたと言えば言葉遣いの練習とか言い出すからばあさんなりに気遣ってくれてるんだろうけど気遣いの方向性が違う気がする。


「そういえば結局巫女ってなんなんだ?」

「少しは興味が出たか?少し説明しておこうかの。小娘はそもそもこの皇都がどういうものなのかを知らんかったの。まず巫女とは四人おる」

「じゃあ私いらなくね?」

「四人おるとは言ってもルクブティム…この国に一人、残り三人は別の皇都におる、一つの皇都に付き一人じゃ。そして巫女はそれぞれ特有の能力を持っておる」

「おぉ!急にそれっぽくなってきたじゃん!」

「その能力は…秘密じゃ」

「そこまで来てそれはないだろ?」


 ただ別にいじわるしてるわけではなく何とも言えない顔をして言うか言わないか迷ってる感じだ。

 私としてはそれっぽい能力で暇を潰せるなら是非とも使ってみたいものだ。


「はっきり言ってしまえばお前さんがそれを使えるかわからん」

「ていうと?」

「おまえさんは異例の存在っていうのが一つ。代々のルクブティムの巫女は未来を視ると言われてきたがどう視えていたのか巫女にしかわからんのよ」


 未来ねぇ…占い的な?占いを否定するわけではないが今まで信じれる占い師に出会ったことがないから信じる信じない以前によく分からないという。


 ばあさんも言ったところで私が使えるか分からない上に不確定要素だから秘密にしたかったのかもしれない。


「でもその未来が視えないと巫女として役に立たなくね?」

「ルクブティムは巫女よりも武勲で皇都として成り立っておるから飾りみたいなもんかのぅ」

「ほへー…私いらなくね?」

「言ったであろう?祭事は巫女の仕事じゃ。他の巫女との交流もあるから今のうちに言葉遣いも直さんといかん」


 そんな怠いことがあるのか。ただ交流って言っても何を話すのか?またその時になれば話す内容を叩きこまれるのか。


「仕方ねぇなぁ。祭事とやらとか色々済ましてさっさと遊んで暮らすか!」

「動機が不純まみれじゃの」


 文字の覚え方は書いて読んで覚えるという動作の手順は教わったので暗記も台本を書いて読んで覚えていく。

 その気合もすぐに萎えていくのだが…。


 焔祭というのもどれくらいの規模なのか知らないしな。ばあさんに聞けば教えてくれるのかもしれないけど聞いたところでまた難しい話をされるだけだし。


 淡々と読みながら書いていると、さりげなく茶をばあさんが置いてくれたり、真面目に暮らし自体は悪いものではない。


「ところでばあさんって暇なの?ずっと私と一緒だけど」

「わちをなんじゃと思うとるんじゃ…焔祭は台本を読むだけで良いがこれから祭事の準備などで忙しくなるからずっと面倒見るのも少なくなるわい」


 茶を啜りながら思うのだが、私に脱走してもいいのか緩い軟禁状態なのは何か理由でもあるのだろうか?そもそも私の矯正をするよりさっさと新しい巫女を用意したほうがいいだろうに。


 甘んじて今の環境を受け入れはするがな!

 食事に困らない。兄弟達に仕送りはされる。お互い利害の一致がされてるなら問題は一切ない。


 ふとばあさんもお茶を飲んで気を緩ませているのを見て先ほどの台本を取り出した子袋が気になる。

 別に大したことではないのだろうが、重みがまだあったから中に何か入ってるのだろう。


「ばあさん疲れてんだろ?私が肩でも揉んでやるよ」

「それよりも真剣に文字を覚えてくれんかのぅ」


 なんだかんだ言いつつもばあさんは文句を言いつつも肩を揉ませてくれるので、さりげなく子袋の中身を私の服にスッとしまい込む。

 感触的には手鏡だったのか固い物だった。ばあさんが夜にいなくなったら後で確認しておこう。


 しばらく肩を揉んでやると満足したのか読み書きを催促してくるので渋々また文字を書いては読む。





 はっはっは!と笑いたくなる気持ちを抑えて、ばあさんが夜になって就寝時間になったので盗んだ物を見ると長方形の箱だ。中に何か入ってるのかと振ってみるが特に音がしないが重心が微かに動くのを感じる。


 開け方が分からないので少し手間取ったが回して開く仕様だったようで珍しい入れ物だと関心しながら中身を見る。


「宝石か?」


 丸い宝石が七個ある。これはなんというかばあさんには悪いことをしたかもしれない。

 案外貴重品だったか?それにしても何に使うのか試しに一個手に取ってみるが特に変わったことは無い。


 宝石なんて持ってても仕方ないし明日にはばあさんに返してやろう。素直に返すと小突かれるかもしれないから机の上に置いておけば落としたとか適当に言えばいいだろう。


 しっかし我ながらまだスリの技術は衰えていないということが証明されたわけだ。別に今の立場的にだからなんだという話しなんだが覚えたことが出来なくなると言うのは惜しい気持ちもある。


 どうせならばあさん以外にも試しておきたいんだが、再三言われてきた他の誰かと会ったときに言葉遣いがどうのとか言われてきたのも含めて他の連中と顔を合わせると面倒事になる可能性もあるから大人しくしているのだが…。


 やっぱり暇だなぁ…。そう思って大人しく眠ってからばあさんの怒声で起きる。


「おどれ!この宝珠盗みおったな!」

「ほえ!?朝からどうしたんだよばあさん…それ落としものだから机に置いといただけだぜ?」

「ふぅむ…素直に返すのも不気味じゃが、変なことしてないじゃろうなぁ?」

「ほんとほんと。落とし物だからさ?それよりももう朝なのか」


 そんなに大事な物ならまた私に盗まれないようになと心の中でほくそ笑むが、それでもばあさんが機嫌直しそうなのでちゃんと表情には出さないようにする。


 今日も読み書きの勉強だったが、ばあさんと一緒に昼食を食べてから今日は祭事の準備に出かけると言い始めた。


「言うておくが、真面目にやるんじゃぞ?」

「ほーい。夕食には帰ってくるの?」

「ちと遅くなるかもしれんがちゃんと戻るわい」


 そのまま食器を片付けながらどこかへ行くばあさんを見送って、面倒ながらも台本の読み書きをしていると頭痛が起こる。


 最近真面目に頑張りすぎたのかと思ったが頭痛が収まる気配が無いので寝台で休もうかと考えていたら目の前の景色が移り変わる。


 どこかは分からない。どこかは分からないが揺らり揺らりと上下に揺れる視界で覆いつくされる。

 自分の体がどこにあるのかも分からない。


 あえて表現するなら空虚な感覚とでも言うべきだろうか?その感覚が吸われるような自分事飲み込まれるような恐怖を感じてハッと息をする。


 冷や汗が全身に感じる。どうせならばあさんにお湯と手ぬぐいを準備してもらうんだったと思うのと同時にどうにも不安が止まらない。

 先ほどの感覚がどういうものなのかは自分でも分からないが嫌な予感がしてならない。


 ばあさんの所へ行くために私は扉を開ける。


 久しぶりに自分の足を部屋の外に出すが、感傷に浸るよりもとにかくばあさんを探さないといけない。理由は分からないが急がなければという焦燥感で胸を締め付ける。


 たしかばあさんは食器を片付けに行ったはずでその後は祭事がどうのとか言ってたはずだ。とはいえ後宮の地図なんてものも持ち合わせてないし、近くに誰かいないか周りを見れば一応人はいる。いるにはいるが…。

 なんて声をかけたらいいのか。たしかばあさんは特に誰とか名前で呼ばれていなかったはずだし言葉遣いだけ注意すれば大丈夫だ。大丈夫だよな?


 さすがに複数人いるところに話しかける勇気はなかったので一人で掃除をしている侍女に近づく。


「えっと、すいません?」

「は、はい!なんでしょう?」

「婆様ってどこに行ったかわかんない?ですか?」

「婆様…東紅老師ですか?」

 とうこう?てか老師なのか?こんなことなら名前を聞いておくんだった。


「そうです、ね…多分東紅老師だと思います。食器を片付けていたとおもうんだ、ですけど」

「それでしたらご案内しましょうか…?」

「急いでるんだけど走れる?ますか?」

「は、はいっ!」


 するとトテトテとかわいらしく走ってるので余りの遅さに笑いそうになってしまったが、これでも急いでくれてるのだから文句は言えない。


 出来る限りゆっくり付いていくと食堂らしいところまで来たが、そこにばあさんは見当たらない。

 さっきの子も一緒に探してくれてるが見つかってない様子だ。


「あの、すいません。皆さんに聞いたらもう食堂からどこかへ行ったそうです」

「ありがとう。えっとそれじゃあ祭事の準備する場所とかしってる?ですか?」

「えっと…それなら町の方だと思います…」

「後宮でやれるところとかないか?ですか?」

「後宮で…祭具殿の中とかでしょうか?」

「連れて行ってください!」

「はいっ!」


 連れまわすようで申し訳ないが別に大して走ったわけでもないのに胸がどんどん締め付けられるような感覚が止まらない。

 あまりの遅さにそろそろ耐えきれなくなったので、案内してくれる子を抱えて走る。


「わっ!?」


 重っ!?いや、私の筋力が無くなってるからか?とにかくこの子に走らせるよりは私が走ったほうが早いので案内を頼む。

 そうして進むと結構な人数が集まってる建物まで着く。どこにいるか遠目に確認するがパッと見で分からない。


 侍女を降ろしてからばあさんを探すが、女官の数も多いし少ないながらも男性も数人作業に混ざっている。祭具殿の中の方にいるのかと入ろうとしたら外の方で相変わらず喧しい怒鳴り声で人を動かしてる声が聞こえる。


「あんたらもっとしゃきっと動かんかい!そこも遅くなっとるわい!」


 想像してたよりも元気にしてるようで安堵したが、ばあさんの近くで大きな物を運んでる人たちが少し不安定に見えた。


 急いでばあさんの元へ走るがこちらへばあさんも気付いたのか目を見開いて驚いている。


「おどれは外に出るなって――」

「ばあさん!」


 すぐにばあさんの手を掴んで体ごと引き寄せて後ろに下がると、先ほどまで近くで運んでいた人たちが大きく物を倒してばあさんがいた場所に物が散らばる。


 途端に胸騒ぎも消えて落ち着きを取り戻すが。これから怒られそうな気配を感じて私は即座に走って自室に逃げる。

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