第5話 ルクブティムの巫女 中
自室に戻ろうと思ったのだが、すっかり迷ってしまい。ばあさんの所へ戻って勝手に出たことを怒られたがばあさんが怪我をするところを助けたこともあってか小さく「少しは感謝するわぃ…」と言われたので良しとしよう。
その後は散らばった物の片づけなどもあるので作業を中断してばあさんと部屋に戻ったのだけど一体どうして外に出たのか問い詰められたので素直に胸騒ぎがしたことなどを伝えると首を傾げていた。
「おまえさんが今まで大人しかったのもあって多分本当のことなんじゃろうが…暗かったと?」
「真っ暗だったけど、なんか上下がぐわんぐわんする感じだったよ。酔いそうな感じ」
「ふぅむ…」
ばあさんが悩まし気に取り出してきたのは昨日盗んでから朝に返した宝石。
それの一つを摘まんで渡してくる。
「これをどうしろと?」
「持っておれ。もし未来視ができるのならこの宝珠がおまえさんに何か伝える…かもしれん…」
「曖昧だなぁ…まぁもらえるならもらうけど、使い方わかんないんだけど?」
「わちも知らんから教えようがないわい」
未来視ねぇ。別に信じてないわけではないがそれにしても唐突すぎないだろうか?昨日の今日知ったようなこんな石ころにそんな力があるとは思えないし。
手のひらでコロコロ転がしてみるが特に何も起こらない。
「大事に扱うんじゃぞ?」
「ほーい。あ、汗かいたからばあさんお湯と手ぬぐい頂戴?」
「後片付けが残っとるんじゃ!少しは我慢を覚えい!」
そう言ってさっきまでの作業に戻っていった。
あ。侍女の子にお礼とか言うの忘れてたな?掃除サボらせちゃったし大丈夫かな?まぁばあさんにも侍女の話しはしてたから大丈夫だとは思うがちゃんとお礼言いたかったな。久しぶりにばあさん以外と話した記念だったし。
また会う機会があるとは思えないが会ったときに再度お礼を言おう。
一騒動あったにしてはただ走り回っただけだったりもしたが大分疲れてしまった。
寝台で転がっていると結局することが無くなって読み書きを勉強する。なんか私真面目過ぎないだろうか?
久しぶりに外に出たのも半強制的な緊迫感に迫られてのことだったし、その時もばあさんの事で頭がいっぱいになってたし。
もっと楽したいなぁ…。とか考えつつ夜までずっと読み書きをしていると台本の内容も勝手に頭の中で大分覚えて行ってる自分が憎らしい。いや?私のこの才能か?天下の盗人ではないなそれなら。
天下…天下…天下の万能?いやそれは吹かしすぎか…。くだらないことを考えていると相変わらず肉まんとスープを持ってくるばあさんが来て勉強の成果を確認したりする。
「ほぉん…おまえさん何も知らないって言ってた割に物覚えは悪くないのぅ」
「ほろほろほとにふぁみふぇも―あべっ!」
「食べながら喋るんじゃないよ!行儀が良ければもっとマシなんだけどねぇ」
最近は小突く力加減が適切なのか痛くはないが衝撃で若干くらくらする。腕を上げたなばあさん。
「そろそろ外に出してもいいんでないの?てかもう出ちゃったしさ?」
「おまえさんが何をやらかすか分からないのもあるが…色々事情があるから待っとれ」
祭事の準備を見ていたからばあさんが本当に忙しそうにしてるというのは分かるけどそれはそれで暇だ。
「そうさね。台本を読むときはもっと感情を持って喋ってくれんか?」
「感情?帝に忠誠を誓ってるわけでもないのになんで私がんな真似しなきゃいけないの?」
「わちはなんでおまえさんが巫女なのかわからんようなってくるわい」
「別に巫女になりたくてなったわけじゃないしな?」
不幸の事故みたいなものだ。本来はもっと格式あるような奴があの毒水を飲んでいたのか分からないが望んでなったわけではないのだから仕方ない。
ただ感情を入れた方がいいと言うので一応それらしくは練習する。
「ところでばあさんは老師とか呼ばれてんの?」
「そうさね。人によってはそう呼ばれることもあるわい」
「へー。だから教えるの上手いのか」
素直に感想を述べると照れくさそうにしているが相手はばあさんだ。
ただ老師という割にはやってることが雑務な気がする。人手不足?もっと雇えばいいのにと簡単に思うのは私が無知なだけか?
最近は巫女がどうのとか後宮がどうのとかばあさんが説明してくれていたが聞き流しているだけでわりと大切なことを言ってたりする?
わかんないときにまた聞けばいっか。その時は覚える努力を少しはしよう。
「あ、ばあさんこれの書き順わかんねえんだけど」
「仕方ないのぅ…」
平凡な日々がしばらく続いて未来視がどうのとかも無く延々と読み書きと台本を読む練習をしていって多分暗記できたろうというばあさんの太鼓判も貰い。
焔祭まで残り三日までというところまできた。
実際にどういう段取りで進んでいくかを説明されていく。とはいえ私のやることはほぼない。
「要約すると神輿の上に立って中央に着いたら台本読めばいいんだな?」
「大分端折ったなおまえさん…本来は舞踊等を行うがさすがにおまえさんにそこまでは求めておらんからな」
「舞ねぇ…踊ってやろうか?」
「抜かすな小娘が。そんな教養なんておまえさんになかろう?」
「分かってないようだなぁばあさん。こう見えて天下の盗人だぜ?」
「それじゃあ踊ってみい?」
別に自信があったからというわけではないが、花町の知り合いに教わった程度の踊りなら踊れる。
元々は運動ついでにやってたことだが兄弟達が…というよりも妹がそういうのを特に喜んでいたから覚えていた踊りをばあさんに披露する。
「どうよ?」
「なんというか…見た目のおかげで綺麗に見えるんじゃが小僧が踊れるということにわちは意外だわい…」
「別に踊れるに越したことはないだろ?それよりも今のはどうだったよ?」
「褒めたくはないが見事じゃ。ただ神輿の上で踊るにはおまえさんには難しかろう?移動し続ける神輿の上では下手すれば怪我をするしやはりやめておいたほうがええじゃろ」
せっかく踊って見せたのに結局こうなる流れなら見せる意味はなかったんじゃないのか?
ただばあさんが何故かご機嫌だから何か満足いったのだろう。
「そういえば気になったんだけど巫女って世襲制とかじゃないの?」
「おまえさんそういう言葉知っておったのか?」
「読み書きの練習してるときに意味とか知って気になった」
「なんじゃ…興味本位じゃったか。まぁよいわい、本来は世襲制じゃ。だが先代の巫女が子を産む前に亡くなったのよ。悲しいことに子宝に恵まれない家系が続いておって先代で血筋が途絶えてしまいおった」
だったら焔祭っていうのは誰が巫女をする予定だったんだろうか?
「最悪を想定して他の巫女に頼むことを考えたり、焔雫…おまえさんの言ってた毒水の継承者を探しておったところにおまえさんが都合悪く来よったのよ」
「都合良くじゃないの?血筋が無いなら新しい巫女が出来て万々歳だろ?」
「おまえさん子供を作る気あるのかえ?」
意地悪くそう言ってくると、そう言うことかと思わず納得してしまう。
たしかにいくら一人称を変えたところで私は俺であって、精神状態も特に変わることなく自分のままだ。
「そりゃあたしかに都合悪いなぁ?けどそうだな。可愛い嫁さんならもらうぜ?」
「そんなことするくらいなら無理やり襲わせるなんてことも考えてもいいんじゃぞ」
「ばあさんがそういうつもりなら新しい巫女探した方がよくね?」
「まぁわちのは半分は冗談じゃ。皇帝の耳に届けば本人の意思問わず子孫を作るじゃろうな」
半分て言うのは気になるが。皇帝っていうのはわりと強気な態度を取るんだな。
ばあさんが良い奴っていうのはわりと一カ月という期間ほとんど付きっ切りだったから分かるんだが皇帝のその対応から考えるとばあさんはあれか?私の事を守っていたのか?
「心配せんでもえぇわい。巫女はおまえさんが言ったように新しい巫女を据えるようにするからしばらくの間は仮初の巫女をやっておればええ」
「仮初ねぇ…退職金はたんまり頼むぜ?」
「そうじゃの…もうおまえさんは男に戻れんからの…」
「そんなに未練はないと思っていたが直接そういわれると胸に来るものがあるからやめてくれぃ」
カカカと楽しそうに笑うばあさんを見ながら、もし退職金をもらっても帰る場所がないんだよなと思うと巫女を辞めたあとの生活も考えないといけないな。
いつになるかは分からないがとりあえず仮初を全うしなければな。
そのままばあさんが就寝時間になって退室していくと、久しぶりに踊ったというのもあって他の踊りを踊ったり唄を歌う。
私が唄えるのは子守唄くらいだが、それでも兄弟達の暮らしを思い出して感傷に浸る程度は許されてもいいだろう。
いつかは死んで終わると思っていた人生だ。悔いはあっても今あいつらは幸せにやっていってると思えば私は十分すぎるものを残したと思う。
妹との一品勝負も金は駄目だって私から言ったけど普通の暮らしを与えたと思えばそれは一品に含まれたっていいだろう。
一通り体を動かしたり喉を使ったが唱となれば喉の使い方に違和感を感じたり踊りも細かい部分で思う通りに動けないのは体が縮んだ影響だろうか?
ただ今の自分に慣れないと。戻れるという保証もないし、未来視で酷い頭痛を感じて動けなくなっていたことも考えると巫女の体は負担が大きいものかもしれない。まぁ未来が視えていたわけではないんだが…。
「長い付き合いになるけどよろしくな」
改めて自分の体に挨拶をするが返事は来るわけもなく、今の自分を認めようとするケジメみたいなものだ。
次の日になれば台本を読まずに言えるようになり、ばあさんも朝から忙しそうにしながらも昼と夕食には必ず食事を持ってきてくれる。
最初は便利なくらいに思っていたがあまりに親切なものだから「もう少しゆっくりしたら?昼飯抜いてもいいよ?」と言ったら頭を小突かれてしまった。
ばあさん曰く「小娘が貧弱な分際で偉そうにするんじゃない」とのことでせっかくの気遣いも親切をごり押す感じに言われた。
口は悪いが良い奴だよな。
その次の日にはばあさんが意味深なことを言い始める。
「おまえさん家無し名無しじゃろ?」
「そうだけど?ばあさん相手だと孫になるんかな?」
「ばかたれが。わちの孫はもうおるわい。そんなことよりも明日の焔祭の祝い歌を楽しみにしとるとええわ」
祝い歌?というのも初めて聞くが、一回で覚えることは難しいだろうが新しい唱を覚えれるのは素直に楽しみだった。
そんなこともあり、焔祭当日となった日には私も大忙しになる。忙しいと言っても多くの侍女をばあさんが引き連れてきて何事かと思ったらばあさんほどの手際の良さではないが着替えがあっという間に終わっていく。
「ばあ…東紅老師?」
「なんじゃい?」
一応誰かに聞かれないように小声で話すが周りはあれやこれやと忙しそうにしている。
「この服ちょっと大きいんだけど?」
「仕方なかろう?一カ月で仕立てる店がなかったんじゃ」
そういうものなら仕方ないかと思い大人しくするが、化粧なんかもつけられて鏡を見せられても素顔が良いから自分では良く分からないのでばあさんに基本任せてたら、本番だと言われて移動をする。
「東紅老師?」
「なんじゃい?」
「歩きづらいんだけど…」
「我慢せい…神輿に乗れば動かんくて良い」
頭にも私とは元来無縁であろう変な帽子を被せられて髪の毛も結い合わせているからか凄く頭を傾けて歩きたい。頭が重い。
後宮の外まで歩いて出て行き、壁をよじ登ったのが懐かしく感じる光景だ。
あの時はただひたすらに秘宝を盗むことに躍起になっていたな。
人生何が起こるか分からないにしても色んなことがあの一日で凝縮しすぎてむしろ今が落ち着いているくらいだ。
とはいえ焔祭なんていうものに出ているわけなんだが。
侍女たちは一体どんな気持ちで私の服装を整えたりしていたのか分からないがそれでもやることやりますって感じでテキパキしているし、この国のお偉いさんもいるのか色んな人らとすれ違う。
またばあさんに色々聞きたいが今話しかけたら怒られそうなので大人しく転げないように気を付けて歩いていくと神輿と呼ばれる物が見えてくる。
「乗り方分からないんだけど…?」
「わちが案内するから大人しくせんかい」
「はーい」
入口を開けられて中から階段で上に登ってから階段に蓋をして、後は私は棒立ちでもいいとのことで私が小細工で乗り込んだ門が今度は私を解放するように開く。
ぐらぐらと揺れて屈強な大人の男性たちが神輿を持ち上げて若干の怖さと、何とも言えない浮遊感の楽しさが少し面白い。
「高いなぁ…」
どうせ誰も聞こえないだろうと小さく呟き上から見下ろす町の光景を目に写す。
悪いことだけに限らず良いこともあるようで、こんな風に生きることや養うことに必死だった毎日と比べて綺麗な光景を見て私はばあさんに感謝だ。
生まれて初めてこの町を綺麗だと思ったぜ。
「朱里姫巫女の焔祭の開催である!」
神輿を担いでいた男衆が大声を張り上げて叫ぶ、それは体に振動を与えるほどに大きい。
ところでしゅりひめ巫女って誰?巫女だから私のことか?
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