第6話 ルクブティムの巫女 後
ばあさんが名前がどうのとか言ってたのはこのことか。
名前に関しては付けないことでいつ死んでもいいという意味合いも込められていたのだが。まぁ兄弟達からしたら私はもう死んでるようなものだから自分の名前が初めてもらえたと思ったらばあさんの粋な計らいなのだろう。
しかし朱里ねぇ…自分の名前だと感慨深い。これからはそう呼ばれるというのももどかしい気持ちになるというものだ。
祝い歌に関しては巫女の歴史と一緒にその名を刻もうという内容のものだ。
全部は聞き取れなかったが。
初めに龍がいてその龍がなんか知らんけど四つの力を分け与えたのが巫女だのとか言っていた。
あとは名前が続いていって誰々がこんな栄光を手にしたとか繁栄をもたらしたとか。
もうすぐ中央に着くという所で私も楽しむだけじゃなく暗記した内容を言えるように心の準備を整える。
「途絶えたと思われた龍の奇跡が続く栄華の先に誘いいざなわれた聖なる灯火を今一度燃えいずる朱里姫巫女の生誕である」
そろそろ歌い終わりかと思って深呼吸する。
全員の視線が私に向いてると思うと緊張してしまうが、大成を果たした天下の盗人と思われてると思ったら清々しい気分でもある。
「帝より賜れたし焔の炎は民への情熱であり、龍より希望を授かって繁栄と道標を映す瞳を持ってルクブティムの新たなる奇跡を見据え、私は今ここに誓わんとする。永劫の未来まで龍の熱き息吹のように体が果てるその時まで更なる進歩と躍進を進めて――」
自分でもなんだこの声明はと思いながらゆっくりとみんなに聞こえるように話しかけるように。唄うように話し続ける。
「我らが魂を燃やし皆の故郷であるルクブティムを照らし続けることを――」
ふと目にした人物を見る。今までの姿と違って一瞬誰か分からなかったが…妹が弟たちを連れてこちらをまっすぐ見ていることに。
ばあさんがちゃんと仕送りしてくれていたのだろう。やたらと小綺麗な恰好してるもんだから誰か分からなかった。
思わず安心してしまって笑顔になる。
そして次の台詞を忘れた。
「血の繋がりが無くともそれは家族であり、触れ合う人すべてに大いなる祝福を!」
忘れたもんは仕方ないとさっさと締めくくりの言葉を告げる。台本と違うものだから楽団が少し困惑していたが私は音楽に合わせて踊る。
ばあさんが隣にいたらまた小突かれてしまったかもしれないが焔祭がなんだか知らんが祭りなのだから楽しまなきゃ駄目だろう。難しいことを言っても多少勉強したやつならまだしも勉強してないやつらも多く混ざっているんだ。
それなら目で見て分かる楽しさこその方が大事だろう?
その証拠に先ほどまできょとんとこちらを見ていた妹たちが笑っているんだから。
音楽に合わせて声を届けよう、歌として。全員がもっと笑顔になるように。
あ。あいつは私が肉を盗ったときの店員だな。こっちには布をおもいっきり盗んだ店主までいる。
下町にいたやつらもちらほらと見かける。
やっぱ小難しいことより単純な方が私達は楽しい。
そう思って歌って踊っていたら。楽団も辞め時を見失ってるのか困っていたからそろそろ終いにするかと手を振って全員に挨拶をする。
兄弟の無事を確認できたのは偶然だったのだろうけど良かった。それはそれとして台詞のことや他の事でばあさんが怒りそうだから帰ったらまた小突かれるかもしれないな。
帰りは帰りでまた下にいる連中が仰々しいことを喋りだして気分が台無しになりつつあるがそれはそれでみんな笑っているから良いだろう。
あれ?そういえば手を振っていいんだっけ?まぁいっか。手を振ってくる相手に振り返しておく。
「あ”あ”-…疲れた…」
「おまえさんよくもまぁ途中から楽しそうにしとったのぅ…」
「あ、怒ってる?」
「最初こそ怒ったが…おまえさんのやりたいことを思ったら馬鹿らしくなったわい」
「悪いとは思ってるけど祭りなんだろ?楽しいのがいいって」
「巫女のお披露目も兼ねておるのだからしばらくは話題に尽きんじゃろうな…」
ようやく巫女として認められたという意味合いも込めてなのか食事がいつもの肉まんではなく豪快な焼肉を用意されたりしてガッツリたべるのも久しぶりで美味い。
「これでもう外で歩いていいの?」
「後宮を歩くならまずある程度の規則を知っておかねばならん」
「なにそれ?」
「簡単に言えば自分の侍女ではない者は許可なく小間使いとして扱ってはならんとかな。身に覚えあるじゃろ?」
そういえばそんなことあった気がするな。
「他には自分で侍女を見繕うこともあれば…というのもあるが、おまえさんの侍女はわちが決めるつもりだわい安心せい」
「ばあさん助けたときの子は駄目なの?良い子そうだったけど」
「あん小娘は…そうじゃの。良いかもしれんのう、おまえさんのせいで侍女から下女に落ちたそうだしのぅ」
「ん?なんか違うの?」
「強いて言えば給金が違ってくるのぅ。下女のやることは下働きが多く侍女は後宮に携わることが多いと言った感じじゃ」
てっきり後宮にいる人らは全員侍女って呼ぶのかと思ったがなんかそこでも立場みたいなものがあるのか?
しかし好都合と言ったらその子に申し訳ないが、私が気楽に過ごしやすい人であるならいいんだが…あれ?むしろ恨まれたりしてないだろうか?
「じゃあその子だけで良くね?どうせ私の住んでるここって他の人が掃除するんでしょ?」
「おまえさん素のまま関わる気じゃなかろうな…?」
「だめなん?」
「はぁ…まぁこの調子なら一人ずつゆっくりとしたほうがええかもしれんのぅ」
それからばあさんが規則について話すがよく分からなかったのでこれから侍女になった奴に聞けばいいか。
「それよりもばあさん?」
「なんじゃい?」
「名前ありがとさん。なんて意味なの?」
「意味か…ルクブティムについては少しは学んだじゃろう?」
ルクブティムについてか…うん。学んだ気がする。学んだ気がするんだけど全く覚えてない。
焔とかどうのとかだったから火に関することだったっけ?
「おまえさん…まぁええわい。ルクブティムは炎に所縁のある皇都じゃ。それ故に火に関する名前を由来とすることが多いんじゃ」
「へー?じゃあ私の名前もそんな感じなんだ?ばあさんが付けてくれたの?」
「わちが付けなきゃおまえさん名無しのままじゃろ。少しは自分で勉強するようにしてみい」
とは言っても文字が多少読めるようになったくらいで後のことはからっきしなんだが。
まぁなんだかんだ分からないことがあれば聞けば答えてくれるだろう。
「あ、あと気になったんだけど姫巫女ってなにさ?」
「何回か説明したんじゃがな…そもそも後宮には妃や侍女が住んで男衆は原則として立ち入り禁止じゃ。ただ皇都では少し違って巫女の扱いが妃と同列であるが皇帝の妃ではない。故に姫巫女と呼ばれておる」
つまり私は結構偉い立場の人間ってことか?
「それって他の妃と喧嘩することあるの?私は嫁さんじゃないんでしょ?」
「侍女を勝手に使われたら喧嘩にもなるじゃろうな」
それで規則規則言ってくるのか。元々誰に仕えていたのか聞いて謝りに行けばいいだろうか?
なんというか面倒な臭いがしてならない。
「じゃあ今後はどうすんの?言葉遣いなら関わらなければいいんでしょ?」
「話しかけられたらどうするつもりなんじゃ?」
「挨拶して終わりじゃね?」
「そんな舐めた真似してたら恨みが募って毒でも盛られるかもしれんぞ?」
別に私は無法地帯みたいな存在なんだし無視してくれていいんだけど。ちょっと手癖が悪いくらいで多分無害だぞ私は。
「結局言葉遣いかぁ…怠いな」
「その性根が治らんとなんともならんのぅ」
「妃は置いといて巫女としての仕事は何かあるの?」
「それぞれの妃に挨拶回りかのぅ…」
「しなきゃだめなん?」
「だめじゃ」
妃って何人いるのか知らないけどなんで私がそんなことまでしないといけないんだ!?
ていうか私が巫女なら向こうから来いよ!来られても困るけどさ。
「ほえぇぇ…期限とかあるの?」
「とりあえず焔祭の疲れがあると言っても二週間後からは働いてもらわんとな」
「うえぇぇ…」
美味しい物を食べた後に苦いものを食べさせられたようなものだ。焔祭も面倒な文章を覚えさせられたのに今度は人付き合いか。
盗人に人付き合いとかできると思ってんのかなこのばあさん。
しかし考えても仕方ない。せめて適当に受け流すことができる程度にならないとこの部屋からそもそも出ることができないのだから。
時間も時間ということでばあさんも就寝に向かったので一人になってからもやもやとこれからのことを考えるが、一つ思い浮かんだこととして全部侍女に任せればいいのではないだろうか?
ようは最初の挨拶だけが肝心なのであってそれ以降はまったくもって侍女に全部任せれば私が口が滑って悪態を吐くこともなくなる!それが良いかもしれない!
そんなことを思って気楽に眠っていたらばあさんがいつも通りの朝の時間に怒鳴って起こしてくる。
「おまえさんいつまで寝るつもりだわい!」
「えぇ…言葉遣いなら朝からしなくてよくね?」
「侍女を選んだんじゃからそんなだらけて挨拶なんぞできんわい」
そういえば侍女を選んだのは私なのか?とはいってもなんて挨拶すればいいんだ?
「真桜!入っといで」
まおう?そんな名前してたのか。
「えと…失礼します!しま…していいんですか?」
私が寝台でゴロゴロしてる姿を見て躊躇っているのか全然入ってきて問題ない。
「おまえさんはしっかりせんかい」
「えぇ…ばあさん私にだけ名指しじゃないしなぁ…」
「何を気にしとるんじゃ!朱里、せめて侍女の前でくらいはしっかいせい」
「はーい」
改めて真桜の方を見るが特にこれと言った印象はない。頭に二つあるお団子の髪型が可愛いくらいだろうか?
「よろしくね!」
「はい!精一杯お務めさせていただきます!」
「ばあさんこれでいい?」
「はぁ…わちが教えるからおまえさんは大人しくしておれ」
久しぶりに明るい時間もだらけて過ごせると思って二人のやり取りを大人しく見ているとばあさんが私に対して人目が無ければ巫女だと思わず厳しく接するように指導している。
なんの恨みがあるのか。
それにしても私が言えることではないが初めて接したときも思ったが純粋そうで真面目な印象あるけど、私が一回サボらせたことで侍女じゃなくなるなんてあまり思えないのだけど?
仕えていた妃が相当短気だったのだろうか?それとも侍女の扱いってそんな慎重にならないといけないものなのか?
いたことないから分からないんだよなぁ。
「あの!朱里姫!」
話しが終わっていたのに気付かず考えていたら、ばあさんはもうとっくに退室してたみたいだ。
今後はこの子が色々世話してくれるのだろう。
「どしたの?」
「えっと…お着換えをしましょう!」
「よし!任せた!」
「ええぇ!?ね、寝たままですか?」
ばあさんはそれくらいあっという間に転がして着替えさせて皺もなかったけどさすがに無理難題か。
私も同じことやれって言われても無理だしな。
「はーい、着付けが分からないからそれやってもらっていい?」
「はい!任せてください!」
なんというか初々しいなと思うと微笑ましい。ばあさんもこれくらいだったらもっと可愛げが―ぐぇ…。
「ちょ…きつい…締まりすぎてる」
「あ、ごめんなさい!もう少し緩めますね!」
元気はいいんだけど、緊張とかしてるのかな?あ、そういえば言い忘れてたことあったんだった。
「あのさ真桜?」
「はい!なんでしょうか!」
「なんか私のせいで侍女から下女?になっちゃってたみたいでごめんね?でもあの時は本当に助かったよありがとう」
「いえ…!そんなそんな…姫巫女様のお頼みなんて、それに私を侍女として選んでくださったのもとても光栄です!」
それは…。最初から寝転んだりして夢を壊したかもしれないのに本当に申し訳ない。
楽できそうな子が良かったなんて本音もあって色々ごめんなさい。
「是非これからも私に言い付けてくださいませ!」
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