竜魔法の代償

「ギルくん、心の準備はいいですか?」


 お城の中庭の真ん中で、後ろから僕を抱きしめるメルさんが、耳元でささやく。

 今からメルさんが、僕の身体を使って魔法を行使する。


 目標は、目の前にある噴水。


「大丈夫です。いつでも行けます」

「……分かりました。これからギルくんの身体に魔力を流し込み、火属性魔法を放ちます。威力は最小限に留めますが、さっきもお話ししたとおり、君の身体に悪影響が出る可能性は否めません。ですから……」

「はい。その時は、回復魔法ですぐに……」

「違います。そうなる前に、私に教えてください。いくら回復魔法が使えるからって、君が受けた痛みが消えるわけじゃないんですからね?」

「あ、はい……」


 いつになく神妙な顔でメルさんに注意され、僕は素直に頷く。

 それだけ僕のことを心配してくれているのだと分かるから、すっごく嬉しいな。


「ね、メルさん」

「なんですか?」

「その……僕、メルさんが大好きですよ」

「あ……ふふ、私もギルくんが大好きです。世界中の誰よりも」


 何となくだけど、僕とメルさんでは好きの種類が違うような気がする。

 きっとそれは、まだ僕が十歳の子供だからかもしれない。


 でも、いつか僕が大きくなったら、その時は……。


「ギルくん、いきますよ」

「はい!」


 メルさんの身体から、僕の背中に魔力が流れ込んでくる。

 それはまるで、血液のように身体中を駆け巡り、やがてそれはある場所……僕の右手へと集まっていく。


「メルくん。右手を噴水へ向けてください」

「は、はい!」


 僕はすう、はあ、と呼吸を繰り返して気持ちを整えると、噴水を見据え右手をかざした。

 その手に、メルさんが右手を添える。


「では……いきます! 【フランメ】!」

「っ!?」


 熱い!? 僕の右手が……右手が、焼けるように熱いんだ!

 だ、だけど……だけど、ここで止めるわけにはいかない!


 僕は竜魔法を覚えなきゃいけない。

 竜魔法を使えるようになって、メルさんを……大切な女性ひとを、守るんだッッッ!


「あああああああああああああああッッッ!」


 右手の熱さを吹き飛ばすように、僕は大声で叫ぶ。

 こんな痛み、どこかへ行ってしまえ!


 僕は……僕は!


 ――ゴウッッッ!


「っ!?」


 轟音とともに僕の右手から大きな火球が飛び出し、噴水を直撃する。

 あれほどたたえていた水が一瞬にして蒸発したかと思うと、噴水そのものがえぐれ……ううん、炎の熱で溶けてしまった。


「す、すごい……」


 まさかこれほどの威力があるとは思っていなくて、僕は呆けてしまった……んだけど。


「っ!? ギルくん、大丈夫ですか!?」

「え……? あ……」


 メルさんの悲痛な声で我に返り、僕はその時、右手が魔法によって消し炭みたいになっていることに気づいた。

 だけど、これくらいだったら。


「えいっ」


 左手をかざすと、真っ黒になった右手は回復魔法ですぐに元どおりになった。


「だ、大丈夫です。ほら、見てください……っ!?」

「私は言ったはずです! 『そうなる前に、教えてください』と! なのに……もう!」

「あ……」


 メルさんが綺麗な顔をくしゃくしゃにする姿は、僕がいけないことをしたのだと理解するには充分だった。

 いくら彼女を守るためだからって、悲しませたら本末転倒じゃないか……・


「その……ごめんなさい……」

「本当です! こんなふうに軽々しく自分を傷つけたりすることは、絶対にやめてください!」

「はい……」


 メルさんに本気で叱られ、僕は申し訳ない気持ちで一杯になった。


 けど。


「その……多分、もう大丈夫だと思います。きっと僕、竜魔法を使ってみせますから」

「だからといって、また同じことを繰り返すのでしたら、絶対に止めますからね!」

「はい……」


 メルさんを心配させないように、完璧に使えるようになろう。

 今も泣きそうな表情で抱きしめるメルさんを見て、僕は心に誓った。


 ◇


「駄目だ……」


 深夜になり、こっそりと部屋を抜け出した僕は、中庭で竜魔法の特訓をする。

 メルさんを安心させるためにも、僕は竜魔法を使いこなさないといけないのに。


「魔法は出せるようになったけど、どうしても火傷しちゃう」


 変質させた魔力を一点に集中させ、一気に放出するということは、メルさんが僕の身体を使って実戦してくれたことで理解した。

 そのおかげで、こうして火属性魔法【フランメ】を使えるようになったものの、やっぱり僕の右手は黒焦げになってしまう。


「多分、竜は人間と違って強靭な身体があるから、魔法を使っても僕みたいに傷ついたりしないんだろうな……」


 竜魔法が人間には扱えない理由は、そういうところにもあるんだと思う。

 もちろん、僕はメルさんが教えてくれたおかげで、魔力をどのように変質させるか、どうやって魔力を集中させるのかを学ぶことができた。本当は、これだけでもすごいことなのかもしれない。


「とにかく、もっと魔力を上手く調整して、自分の身体が魔法で怪我しないようにしないと」


 そのためには、繰り返して練習あるのみ。

 僕はむん、と気合いを入れると、再び【フランメ】を放つ……んだけど。


「ギルベルト様」

「あ……」


 エルザさんが中庭に現れ、僕の秘密特訓が見つかってしまった。

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