帝都に訪れた危機 ※ハーゲン=ヘルトリング視点
■ハーゲン=ヘルトリング視点
「ふう……」
ギルベルト殿下が暗黒の森へ出立してから一週間が経ち、執務室で政務に励んでいた私は筆を置いて息を吐いた。
「無事に着いているといいが……」
なお、ギルベルト殿下の護衛には、皇宮の兵士ではなく我がヘルトリング家の兵士をつけた。
皇宮で彼が受けていた扱いを考えれば、道中で悲惨な思いをするばかりか、金品に目の眩んだ兵士によって殺害されてしまう危険もある。
「本当に、皇宮というところは魔窟だな」
下手をすれば暗黒の森よりも危険な場所と言えるかもしれない。
何せここの連中ときたら、常に人の足元をすくうことしか考えていないからな。
中でも五人の皇子に関しては、彼等の下につく貴族達を含め、次期皇帝の座を狙って骨肉の争いを繰り広げている。
しかも皇帝陛下自身がそれを
だからこそ。
「ギルベルト殿下の存在は厄介なのだがな」
万が一にでも彼を担ごうと考える貴族が現れたら、後継者争いは泥沼と化す。
今は兄弟同士で争っているとはいえ、それでも表立って何かあるわけではない。
だが、ギルベルト殿下も後継者争いに参加してしまえば、よく思わぬ者が直接的な手段を取る可能性が生まれる。……いや、むしろそうなるに違いない。
一度たがが外れてしまえば、後は言うまでもなく帝国は分かれ、最悪の道に進む未来が待っている。
「……などと言い訳じみたことを言っても仕方ない、か」
そうだ。私はただ、言い訳をしているのだ。
帝国のため、帝国の平和のためを
彼を見捨てた時点で同罪……いや、知りながら手を差し伸べないのだから、より罪は重いだろう。
謁見の間にギルベルト殿下を同席させたのも、これまで一度も顔を合わせたことのない皇帝陛下とギルベルト殿下を引き合わせる意味もあったが、何より、彼の存在を認識した陛下が排除しようとすることまで見越してのもの。
結果、ギルベルト殿下はある意味死刑宣告と同じ、暗黒の森の領主となったわけだが。
「これ以上考えるのはよそう」
私はかぶりを振って席を立ち、窓の外を眺める。
いくらか雲が見えるが、晴天と呼んで差し支えのない天気だろう。
「よし」
軽く伸びをし、政務を再開しようと席に戻ろうとした、その時。
「ん?」
大空を舞う、一つの影。……いや、よく見るとその後ろから、群れのようにいくつもの影が続いている。
どうやら鳥のようだが……いや待て!?
「まさか……っ」
影は、皇宮へと近づくにつれその大きさも、形も露わになっていく。
そう……あれは。
――まごうことなき、竜と呼ばれる存在だった。
◇
「ぬうう……っ」
玉座の間で、ハイリグス帝国の皇帝フリードリヒ=フェルスト=ハイリグスは顔を歪め
それも仕方ない。何せ陛下は……いや、帝都プラルグにいる者全ては、人の身ではどうすることもできないほど、理不尽な力を目の当たりにしてしまったのだから。
「遠征に出ているラインハルト殿下とアルベルト殿下を急ぎ呼び戻し、ギュンター殿下には引き続き北方の攻略に当たっていただいております。……なお、帝都の半分が壊滅状態となって……」
「いちいち言わんでも分かっておるわッッッ!」
現状の報告をすると、皇帝陛下は怒りで玉座のひじ掛けに拳を振り下ろす。
そう……飛来した竜の集団は、その巨大な口から帝都を破壊した。
そして、代表と
『我等竜に……ドラグロア王国に服従せよ! 下等な種族らしく家畜として従うならばよし。歯向かうならば、この土地の全てを焦土と化してやろう!』
惨状を目の当たりにしてしまった我々には、どうすることもできなかった。
あの誇り高く独善的な皇帝陛下ですら、ただ声を失うばかりだったのだから。
そして竜は、我々に言い残した。
従属するか、滅ぶか、三か月後までに答えを選べ、と。
竜達は満足げに頷き、帝都の空から去っていった……のだが。
「おのれ……! この屈辱、万倍にして返してやろうぞ……!」
「ですが、さすがに空にいる竜に対し、帝国軍には歯向かう術がありません。魔法や弓で攻撃を仕掛けるにしても、距離も遠く、むしろ向こうが放つ光線のほうが遥かに強力です」
「ならばどうする! このまま大人しく、我に
「…………………………」
皇帝陛下の言うとおり、このままにするわけにはいかない。
あの竜達は、我々のことを『家畜』と言い放った。つまり、奴等にとって人間は食料に過ぎないのだ。
ならば早晩、滅ぼされてしまうことは目に見えている。
「そのために、殿下達を呼び戻しているのです。まずは竜と交渉して時間を稼ぎつつ、その間に軍の増強を図り他国と連携して打開策を見出すのです。捲土重来を期すためにも」
「むう……っ」
竜達がやって来て、そして帰っていった方角には、暗黒の森がある。
(……まさか、竜の伝説が本当だったとはな)
暗黒の森の中央に位置するデュフルスヴァイゼ山には、竜の国がある。
ギルベルト殿下に語ったおとぎ話を、まさかこのような形で目の当たりにすることになるとは思いもよらなかった。
(ギルベルト殿下は、どうしているだろうか……)
今も顔を紅潮させ怒鳴り散らす皇帝陛下の言葉を聞き流しながら、何故か私の脳裏には暗黒の森へと向かった第六皇子のことが浮かんでいた。
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