皇帝の態度
『そうですか……なら、生かしておく筋合いはないですね』
「ひっ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!?」
メルさんにぎろり、と睨まれた瞬間、あれだけ横暴に振る舞っていたポルケ夫人が、悲鳴を上げたかと思うと、泡を噴いて倒れてしまった。
兵士達はポルケ夫人を転がすようにして、僕達の前に差し出してきた。
きっとこれは、あの人を生贄にすることで助けてほしい、そんな意図が込められているんだと思う。
『さて……ギルくん。この女をどんな目に遭わせてやりますか? 腕と脚をちぎって、木の枝にくくりつけて鳥の餌にするというのもいいですね』
『私の酸のブレスを浴びせて、ニンゲンとは思えないような醜い存在にして放置するというのもありかと。そうすれば、この世界で誰からも受け入れてもらえない存在として、この上ない罰になると思います』
『あら、それいいですね』
エルザさんの提案を聞き、メルさんが口の端を持ち上げる。
一方でその話を
近衛兵長で武人の彼は、常に正々堂々と相手を倒してきた人。だからこそ、そういった拷問のような罰というものに抵抗があるんだと思う。
そんな中、僕は……。
「その……ポルケ夫人をどうするかは、メルさん達にお任せしてもいいでしょうか。あの人がどんな目に遭ったとしても、僕は何一つ気にしませんから」
本音を言えば、この十年間でポルケ夫人にされてきたことの全てを、全部返してやりたい。
でも、きっと僕じゃ上手にできなくて、結局は何もできずに終わってしないそうだから。
「こんなことをお願いして、僕……酷いですよね」
僕は
もちろんポルケ夫人が……ううん、ここにいる人達がどうなろうと知ったことじゃないし、メルさん達がしてくれたことは僕自身がしたことでもあるから、それによって物語にあるような地獄と呼ばれる世界に堕とされるというのなら、甘んじて受け入れるよ。
だけど、実際に手を汚すのはメルさん達。僕はこんな
『ふふ……何を言っているんですか。ギルくんの受けた傷の痛みは、私の痛み。君の悲しみは私の悲しみ。なら、君の怒りは私の怒りでもあるんです。だから、私が自らこの
「で、でも……」
『だからギルくんは、気にしないでください……と言っても、優しい君ですからそんなことできないことも分かっています。なら私は、ギルくんのその気持ちも全て含めて、ニンゲンに鉄槌を下すだけです』
そう言ってにこり、と微笑むメルさん。
ああ……どうしてこの
「メルさん……ありがとうございます……っ」
『あ……ふふ、どういたしまして』
感極まった僕はメルさんの首を思いきり抱きしめると、彼女は目を細めた。
その時。
「こ……皇宮の中から、皇帝陛下が発見されました!」
一人の兵士が、この場にいる全員に聞こえるほど大きな声で叫んだ。
◇
「き、貴様等! 余はハイリグス帝国皇帝、フリードリヒ=フェルスト=ハイリグスなるぞ!」
兵士達に縄で縛られ、僕達の前に連れてこられたフリードリヒ皇帝。
かつては、僕のお父さんだと思っていた人。
『それにしても、芸がないわね。さっき捕まえられた、ええと……』
『ハイリグス帝国第二皇子のギュンターと名乗る男です』
『ああ、そうそう。
エルザさんの説明を聞くも、メルさんは面倒くさそうに手をひらひらとさせた。
でも、確かに彼女の言うとおり、同じような反応を見せたことからも、二人は親子なんだなって思ったよ。
そう考えると、ひょっとしたら僕はフリードリヒ皇帝の子供じゃなかったのかもしれない。
今となってはそのほうが嬉しいけど。
『さて……コンラート、
『確かにわしとエルザが会った者で間違いなさそうですな』
その顔を、忘れるはずがない。
三か月以上前、僕を暗黒の森に捨てるように指示をして、まるで見てさえもくれなかったあの男だ。
だというのに。
(どうして……?)
僕はフリードリヒ皇帝に対して、何の感情も抱かないんだ。
怒りも、憎しみも、悲しみも、悔しさも、口惜しさも、その何もかもが。
『ギルくん、王を名乗る
「え……? あ、は、はい」
いけない。ついぼーっとしちゃった。
何か引っかかるけど、いずれにしても僕達はそうするためにここに来たんだ。なら、何も
「ま、待て! その前に一つだけ約束をしてくれ! 余の命はどうなっても構わんが、ここにいる者達……いや、ハイリグスの民は、どうか助けてやってはくれんか!」
「え……?」
どうしてフリードリヒ皇帝が、そんなことを言うの?
実の息子である僕を、平気で暗黒の森に捨てたくせに。
それよりも、十年間僕のことをいじめてきた、そんな人達のほうが大事だっていうの……?
『ふざけたことを! ギルくんを苦しめた分際で、許されると思うな! 全員、その命をもって償えッッッ!』
「「「「「っ!?」」」」」
怒りの形相でメルさんが咆哮を上げると、帝都中の大気が震え、地上にて平伏し許しを乞う人間達の顔が恐怖で彩られた。
ただ一人、フリードリヒ皇帝を除いて。
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