現れたのは、女神の愛し子
『ふざけたことを! メルくんを苦しめた分際で、許されると思うな! 全員、その命をもって償えッッッ!』
「「「「「っ!?」」」」」
怒りの形相でメルさんが咆哮を上げると、帝都中の大気が震え、地上にて平伏し許しを乞う人間達の顔が恐怖で彩られた。
ただ一人、フリードリヒ皇帝を除いて。
『ギル坊』
「コンラートさん……?」
コンラートさんがこちらに近づき、僕に声をかけた。
『
彼の言う『
実際、コンラートさんから聞いた一か月前の様子では、皇帝は彼とエルザさんの姿に慄いて泣き叫んでいたという話だった。
でも、今のフリードリヒ皇帝は堂々とし過ぎている。
「メルさん。僕のために怒ってくれるのは嬉しいですけど、ここはあえてフリードリヒ皇帝に話を合わせてみましょう」
そう耳打ちすると、メルさんは軽く頷いてくれた。
さあ……フリードリヒ皇帝の思惑は何だろうか。
「そちらの怒りはもっとも! だがお主も竜の頂点に立つ者であれば、民草の安寧を考えるであろう! 余の言葉に、少しは思うところもあるはず!」
『民草? 何を言っているのかしら。私に守るべき民草なんていないわ。竜は敵、ギルくんを蔑ろにしたニンゲンも全て敵。大切なのはギルくんだけよ』
「ぬう……っ」
まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったのか、フリードリヒ皇帝は顔をしかめて唸る。
為政者としてのメルさんに期待して訴えかけたのだろうけど、それはあまりにも逆効果。
彼女が言ったとおり、メルさんにとって竜はただの裏切者に過ぎないのだから。
『話はそれだけかしら。なら、そろそろ死ね』
「ま、待て! ならば竜よ、お主は何を望む!」
『貴様達の死よ』
まるで噛み合わないメルさんとフリードリヒ皇帝のやり取り。
だけどメルさんは、僕の言葉を受け入れてくれたから、わざわざ冷静に対話をしてくれている。
僕もさっきからずっと皇帝の様子を
「コンラートさん」
コンラートさんに声をかけると、軽く頷いて一歩前に出た。
『はっは! 一か月前は泣き
まるで小馬鹿にするように
皇帝という立場であれば、誰よりも威厳と誇りを大切にするはず。そうでなければ、国民は皇帝を侮り、誰も従わなくなってしまうから。
さあ……どう出る?
「そうかもしれぬ! だが余は、どこまでもハイリグス帝国の皇帝である! ならば、たとえ一人であろうとも、帝国の……いや、民のために前のめりに倒れるだけよ!」
こんなことを言うなんて、やっぱりおかしい。
まさか、別人……?
でも、その顔は僕が知っているフリードリヒ皇帝で間違いない。
先程まで恐れ慄いていたギュンターが皇帝に対して羨望のまなざしを向けているけど、彼だってあの部屋で見た第二皇子だ。
そのはず、なのに。
「……【フランメ】」
僕は突き出した右手に左手を添え、竜魔法を唱える。
青白く燃える火球は、メルさんと対峙するフリードリヒ皇帝へと射出された。
そして。
火球はフリードリヒ皇帝に直撃し、そのすさまじい熱によって土や石は溶け、大きな穴だけが残った。
「「「「「ヒ……ヒイイイイイイイイイイイイイイッッッ!?」」」」」
周囲にいた兵士達、それに皇宮の使用人達から一斉に悲鳴が上がる。
自分の父親が死ぬ場面を目の当たりにした、ギュンターを含めて。
『ギ、ギルくん……』
「メルさん、多分あのフリードリヒ皇帝は偽物です。そもそもただの人間が、これだけ敵意を剥き出しにしたメルさんを前にして、あれだけ冷静に対峙することなんてあり得ないんです」
そう……一か月前にコンラートさんと対峙した時と今では、明らかに別人だとしか思えない。
となると、僕が竜魔法を放ったあの男はフリードリヒ皇帝の影武者というのが最も可能性が高いけど、そうだったとしても最強の竜であるメルさん相手に、どんな人間だって冷静になれるはずがないんだ。
だから。
「メルさん! コンラートさん! エルザさん! 今すぐ上空へ!」
『っ!? 分かりました!』
僕の言葉を受け、メルさん達は一気に上空へと浮上した。
すると。
「……酷いなあ。せっかく君を邪悪な竜から助けようと思ったのに、それどころかあんな魔法を向けてくるなんて」
「っ!?」
こちらを見上げる、一人の男。
間違いない。あの男が、フリードリヒ皇帝になりすましていたんだ。
「お前は一体……」
「俺かい? 俺の名は“ブレーデリン=シェーラー”。
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