目覚めと顛末

「姫様、そのように何度も触れては……」

「だったら貴様が……」

「いやいや、ギル坊を守るのはわしの務め。こればかりは姫様にも……」


 んー……なんだか騒がしいなあ。

 気持ちよく眠っているのに、静かにしてほしい。


「お二人とも、ギルベルト様が目を覚ましてしまいます。邪魔をなさるのであれば、退室願います」

「「っ!?」」


 あ、怒られた。

 でも、怒ってくれたのって、声からすると……エルザさん? ……って。


「そ、そうだ! メルさんは!? みんなは!?」


 メルさんの宿敵クラウスとの『王選』の最中だったことを思い出し、僕は慌てて飛び起きた。


 すると。


「あ……あれ……?」

「「「…………………………」」」


 僕を見つめ、きょとん、とした表情を浮かべる三人。

 何故か三人とも竜の姿じゃなくて、人間の姿になってる。


 それに、ここは……どこかの部屋?


「ギルくん!」

「わわわわわ!?」


 飛び込んで僕を抱きしめたのは、もちろんメルさん。

 思わず驚いて声が出ちゃったけど、今はまず状況を確認しないと。


「メ、メルさん。その……『王選』はどうなったんですか……?」


 こうして生きて僕を抱きしめてくれている時点で、クラウスに勝利したことは分かる。

 でも……それでも、僕はメルさんからこの耳で答えを聞きたいんだ。


「んふふ、もちろん……」

「はっはっは! わしらの完勝じゃわい!」

「っ!? なんで貴様が言うんですか!」


 コンラートさんに先を越され、顔を真っ赤にして怒るメルさん。

 ちょっと……ううん、すごく可愛いけど、やっぱり僕は彼女から直接聞きたいな。


「メルさん、教えてください」

「あ……はい、クラウスを打ち倒し、『王選』は私達の勝利で終わりました」


 メルさんがとろけるような笑顔を見せて答える。

 そんな彼女を見て、僕は色々なものが込み上げてきた。


 暗黒の森での、メルさんとの出逢い。灰色の竜に傷つけられたけど、メルさんが返り討ちにしてくれた。

 コンラートさんとエルザさんがやって来て、仲間に加わって。青い竜……ライナーは多くの竜達を引き連れて牽制してきて。


 そしてメルさんは『王選』に挑み、クラウス達の企みを全て退け、そして――。


「や…………ったあああああああああッッッ!」


 僕は嬉しくなり、両手を天井に突き上げて叫んだ。

 僕達は……僕達は、勝利したんだ!

「メルさん! おめでとうございます!」

「はい! ありがとうございます! 全てはギルくんのおかげです!」

「わっ! えへへ!」

 はしゃぐ僕をメルさんは思いっきり抱きしめ、そのまま床へと踏み出してくるくると回る。

 とても楽しくて、彼女も満面の笑みで、最高の気分だよ。

「コンラートさん、エルザさん、ありがとうございました!」

「はっは! 何を言うか! この勝利はギル坊の活躍あってのものじゃわい!」

「はい……私の命まで救っていただき、ありがとうございます」


 コンラートさんは僕の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫で、エルザさんは胸に手を当てて深々とお辞儀をする。

 二人ともすっごく笑顔で、やっぱり僕は嬉しくなって。


「えへへ……嬉しいな、嬉しいな」

「はい。とっても嬉しいです」


 僕とメルさんはおでこをこつん、と合わせ、勝利に酔いしれた。


 ◇


「そう、ですか……」


 三人から、僕が倒れた後どうなったのかを聞いた。


 まだ残っていた竜達は、全てコンラートさんとエルザさんの手によって倒されたこと。

 クラウスはやはり切り札を持っていたけど、メルさんの機転でそれをかわし、勝利したこと。


 そして……クラウスの後ろに、〝女神〟と呼ばれる存在がいること。


「……僕も、あの男一人の仕業じゃない可能性については考えていました」


 そもそもどうやって、毒に耐性があるはずの竜にすら効くほどの猛毒を手に入れたのか。

 あの切り札の数々を、クラウス達はどうやって用意したというのか。


 三人の様子や話を聞く限り、竜が単独でそのような物を手に入れることは不可能。

 もし竜族の宝物として存在していたのであれば、メルさんや古くから王に仕えるコンラートさんが知らないはずがない。


「むう……それに、女神の愛し子じゃったか。その者等が姫様を倒しに来るとな……」

「信じられません。この世界でメルセデス殿下に勝利できる者など、いるとは思えません」


 腕組みをするコンラートさんがうなり、エルザさんは無表情で言い放つ。

 僕もエルザさんの言葉に賛成だけど、それでも、メルさんだって絶対に倒せないわけじゃないことが今回証明された。


 毒を盛れば、罠を張れば、優れた武器を用いれば。

 これらはいずれも、クラウスが『王選』で仕掛けたもの。


 同じ物が他にもある可能性は高い。下手をしたら、もっとすごくて危険な物も。


「……まだ僕達には、何も分かりません。そもそもクラウスの言ったことは本当なのか。〝女神〟は存在するのか。愛し子とは?」


 僕は次々と口にしてみるけど、本当は心のどこかで理解している。

 これらは、全て事実なのではないか、と。


 どうしてかって? もちろん、クラウス達が所持していた毒や切り札も理由の一つだけど、何より、あの男の死に様を考えたら、ね……。


 メルさんに女神・・の存在をほのめかした瞬間、魔法陣が現れて、クラウスの頭が爆ぜた。

 つまりこれは、女神・・について言及してはいけないのだという、あの男が交わした契約と誓約なんだと思う。


 ただ。


「なら……僕達は戦うだけです。相手が〝女神〟だろうと、愛し子と呼ばれる人達だろうと」


 そうだ。僕達は……僕は戦う。

 十年間生きてきて、初めて見つけた僕の居場所。僕の大切な女性ひと


 絶対に、奪われてたまるか。


「ふふ……ええ、戦いましょう。私とメルくんの未来を邪魔するのであれば、全て蹂躙するのみです」

「はい。そんなことをする人達には、たくさん後悔させてやります」


 僕とメルさんは見つめ合い、頷き合う。

 役立たずと呼ばれ捨てられた僕と、信頼していた者に裏切られ全てを奪われたメルさん。


 こんな僕達だけど……ううん、こんな僕達だからこそ、これから先の幸せな未来をつかんでみせる。

 メルさんと一緒に。


「さて……とりあえず、残っている後片付けを済ませてしまいましょうか」

「え? 後片付け、ですか……?」

「はい♪」


 そう言うと、メルさんは僕の手を引き、部屋を出た。

 コンラートさんとエルザさんも、後に続く。


(え、ええと、どこへ向かっているんだろう……)


 よく分からず、僕は首を傾げながら一つの部屋へと案内された。


 そこには。


「「「「「…………………………」」」」」


 人間の姿をした大勢の竜が、全員平伏し、床に額をこすりつけていた。

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