青い竜の飛来

「ギルくん……起きてください」

「んう……」


 身体を揺すられ、僕は目をこする。

 ゆっくりと目を開けると、メルさんの険しい表情が飛び込んできた。


「ど、どうしたんですか!?」

「あれを」


 メルさんが指差した先……星がまたたく夜空に、大きな青い竜が浮遊していた。

 その周囲にも、数多くの竜達が。


「ふふ、心配しないでください。万が一のために、ギルくんには起きていただいたほうがいいと思っただけですから」

「は、はあ……」


 青い竜が率いる竜の大群を目の当たりにしても、いつもと変わらず微笑むメルさん。

 きっとそれだけ自分の強さに自信があるからだとは思うけど、それでも、何が起こるか分からないから、お願いだから傷ついたりしないでほしい。


「はっは、心配あるまいて。姫様にとってあのような連中、蠅と同じよ。それに、このわしがおるからな」

「わっ!?」


 そう言うと、コンラートさんが僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 な、何というか、急に距離が近く感じるんだけど。


「そういうことだから、そこで姫様と見ているがいい。ドラグロア王国近衛兵長、コンラート=ガルグイユの実力を」


 コンラートさんは獰猛な笑みを浮かべたかと思うと、その姿を巨大な赤い竜に変えた。


『グオオオオオオオオオオオオッッッ! 『王選』においては、王と挑む者に対し他の竜は手出しをしてはならぬのが習わし! にもかかわらず、兵を連れてここへ参ったのはいかなる理由か!』

『『『『『ッ!?』』』』』


 コンラートさんのすさまじい叫びに空気が震え、上空を舞う竜達がおののいた。

 ただし、青い竜を除いて。


『ハッ! んなこた分かってるっつーの! ただ、そこの姫さんが本気なのかどうか確認しに来ただけだよ』


 竜の姿でありながら、器用に肩をすくめる青い竜。

 その言葉遣いといい態度といい、すごく軽薄に見えた。


 でも……メルさんに向けるその視線は、まるで獲物を前にして舌なめずりをしているみたいだ。


『ならば即刻引き返せ! ここは貴様等の来る場所ではないわ!』

『んなこと言われてもこっちも困るんだよ。俺だって、クラウス陛下の言いつけで来たんだからよ』


 クラウスの命令で、ね……。

 言い換えれば、それだけメルさんのことを警戒しているってことかな。


 聞くところによると、ファーヴニルという一族は竜族最強の系譜とのことだし、毒を盛るなんて姑息な真似をしても、前国王を倒すのに三日三晩かかったほど実力差があるんだから、それも当然といえば当然だよね。


『それにしても陛下の言ったとおり、やっぱお前等は姫さんについたな。まあ、ジジイは前から鬱陶うっとうしかったし一緒に始末できて好都合だけどよ』

『グルルル……抜かせ。貴様等ごときにやられるわしではないわ』


 冷静を装っているけど、コンラートさんは明らかに苛立っている。

 でもそれは、自分を侮られたことに対してというより、メルさんへの不敬な態度に対してってところかな。


 だったら。


「ふうん……竜って恐がりなんだね」

『……なんだそのニンゲンのガキは』


 僕が皮肉を込めてそう呟くと、青い竜は顔を歪め僕を睨んだ。

 ちゃんとあおられたことを理解してくれてよかったよ。


「だってそうでしょ? 強いメルさんが恐くて、それで大勢でここまで押しかけて来たんだし。というかメルさんが気になるなら、クラウスって奴が一人で来ればいいのにね」

『はあ?』


 とうとう耐えられなくなったのか、青い竜は僕達の前に降りてきて、人間の姿になった。

 青い髪ですごく目つきが悪く、あからさまに僕を睨む……んだけど。


「私のギルくんにそんな視線を向けるなんて、いい度胸ね。クラウスを八つ裂きにする前に、貴様を鱗一枚残さずに消してしまおうかしら」

「っ!?」


 メルさんに強烈な殺気を向けられ、露骨に目を逸らす。

 たったこれだけで、青い竜は格の違いを見せつけられたことになるのかな。


「はっはっは! 兵を大勢連れてくるわ、姫様に睨まれて縮み上がるわ、何とも情けないのう! 先程までのふてぶてしい態度はどこにいったんじゃ!」

「だ、黙りやがれ!」


 愉快そうに笑うコンラートさんに対し、青い竜の男は食ってかかる。


 だけど。


「な……が……っ!?」

「目上の者に対して礼儀がなっとらんな。おまけにちと実力不足のようだわい」


 あっさりと青い竜の男を組み伏せ、コンラートさんはやれやれとかぶりを振った。

 たくさんの竜を率いていることからも、きっとこの青い竜はかなりの実力者なんだろうけど、それを簡単にあしらったコンラートさんは、相当強いんじゃないだろうか。


「コンラート、離してあげなさい。私にいつ殺されるのかと不安で不安でたまらないクラウスは、少しでも傷を舐め合う部下が欲しいでしょうから」

「はっは! そうですな!」

「くっ!」


 メルさんの指示でコンラートさんが手を離すと、青い竜の男は飛び退いて距離を取った。


「くそっ! 所詮お前等全員、『王選』までの命だ! それまでせいぜい残された時間を大事に使うんだな!」


 そう言うと、また青い竜の姿に戻って竜達の待つ夜空に飛翔し、そのまま山へと飛び去っていく。


 ただ、竜の姿に変わるその一瞬に、男が口の端を吊り上げたのを、僕は見逃さなかった。

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