彼が望むなら、世界中の全てを根絶やしにしたって構わない ※メルセデス=ドレイク=ファーヴニル視点

■メルセデス=ドレイク=ファーヴニル視点


「ふふ……眠ってしまいましたね」

「すう……すう……」


 気持ちよさそうに寝息を立てるギルくんの髪を優しく撫で、私は微笑む。

 たくさんの出来事があったから最初は緊張から眠気がなかったものの、その糸が切れてしまったのでしょう。


「……姫様、先程こぞ……いやいや、ギルベルト殿が言っていた、『話をしてくれる人が今までいなかった』というのは……」

「言葉のとおりです。ギルくんは生まれてからずっと、ニンゲンどもに虐げられ、つらい思いをしてきたの」


 おずおずと尋ねるコンラートに、私は語り始める。

 もちろん、そばにいるエルザにも聞こえるように。


 ……いいえ、この二人だからこそ聞かせてあげるべきですね。

 いかにギルくんに対して無礼な真似を働いたのか……自分達がやってはいけないことをしたのかという事実を、分からせてやるためにも。


 だからギルくんから聞いた話を、包み隠さず話してあげたわ。

 生まれてすぐ母親と死に別れてしまったこと。乳母にいじめられ、使用人達にないがしろにされ、後ろ指を差されながら生きてきたこと。


 毎日殴られ、蹴られ、傷だらけになっても、それでも父である皇帝が自分をどこかから見てくれていて、守ってくれているのだと、そう信じ続けていたこと。

 だけどそれは、ただの幻想に過ぎなかったこと。


「……そうしてこの子は、実の父のめいでこの森に捨てられたの。弱いニンゲンの身では三日と生きることのできない、この森に」

「なんと……っ」


 語り終えると、コンラートは絶句した。

 それも無理はない。あんなに明るく振る舞う彼を見て、誰がこんな境遇にいるのだと想像できるというのですか。


「……失礼を承知で申し上げます。ギルベルト様の狂言、ということは……」

「エルザ」

「っ!? し、失礼しました!」


 殺気を向けると、エルザはすぐさま平伏した。

 まったく……彼女がそんなことを口にするなんて、本当に気に入らない。


 どうもギルくんに対して思うところがあるみたいだけど、あなただけはそれを言ってはいけないわ。


「次に同じことを言ったら、ただでは済まさない」

「はい……肝に銘じます……っ」


 もう一度念を押すと、エルザは額を地面にこすりつけた。


「ひ、姫様。こぞ……ギルベルト殿の境遇については承知いたしましたが、その……姫様の傷を治し、毒を消し去ったという回復魔法だけは、どうにも信じられませぬ」

「コンラート」

「も、もちろん、姫様を疑っておるわけではないのですぞ! ですがそのような魔法をこのコンラート、生まれてこの方聞いたことがありませぬので……」


 確かにコンラートの言うとおり、ギルくんの回復魔法は異常とも言えます。

 竜は毒や状態異常、魔法に対して耐性があるがゆえに、本来傷を癒やす回復魔法や、身体強化の魔法なども効かない。


 だからこそ瞬く間に私を治療してみせた、ギル君の回復魔法が不思議でなりません。

 彼は自分の回復魔法が大したものではないと思い込んでいるようで、帝国の皇宮で暮らしている際も、誰にもそのことを話したことがないのでしょう。


 ……まあ、そもそも彼の言葉に耳を傾けるニンゲンなど、一人もいなかったようですが。


 でも。


「私がその気になれば、クラウスをはじめドラグロアに住む竜を皆殺しにすることなど容易いことは、貴様達も知っているでしょう。それができなかったのは、ひとえに毒におかされていたから」

「「…………………………」」

「なら、こうして完治した私がここにいる時点で、分かるでしょう?」


 そう……私を裏切り、救おうとしてくれなかった竜など、滅んでしまえばいい。

 それができなかったのは、ギルくんに出逢うまで毒におかされていたから。


 ギル君が治してくれたから、私は今、生きている。


「とはいえ、ニンゲンには一つだけ感謝しなければいけません」

「感謝、ですか……?」

「ええ。だってギルくんの素晴らしさを何一つ理解できないおかげで、私はこの森で彼に出逢うことができたんです。誰よりも優しく、心が強く、温かい……世界でただ一人信頼できる、大切な人に」


 ええ、そうよ。

 ギルくんさえいてくれたら、何もいらない。誰も必要としない。


 彼が望むなら、世界中の全てを根絶やしにしたって構わない。


 眠るギルくんを見つめ、私は頬を緩める。

 愛しい……何よりも愛しい君。


 すると。


「……その、わしもギルベルト殿に触れてみてもよろしいでしょうか」

「ふう……言っておきますが、万が一にでも彼を起こしたら、覚悟しなさい」

「も、もちろんですぞ」


 仕方なく、私は許可をする。

 コンラートはそばに来ると、おそるおそるといった様子でギルくんの頬に触れた。


「柔らかい、ですな」

「そうでしょう。ギルくんの頬はとっても柔らかくて、温かいんです。いつまでも触っていたくなりますね」


 独り占めしたいところですが、触ってもいいと言った手前、ここは我慢です。

 それにコンラートを見ると、顔をくしゃくしゃにして今にも泣きそうになっているじゃないですか。


「あう……えへへ……」

「はっは、見ましたか姫様。小僧がわしの指に嬉しそうに頬ずりしておりますぞ」

「……気のせいでは? あと、『小僧』はやめなさい」


 こんなむさ苦しい男にギルくんがこんな表情を見せるなんて、たとえ寝ているからとはいえ認められません。

 ギルくんの全ては、私だけのものなのですから。


「もし……もしあやつが生きておったら……っ」


 拳を握りしめ、コンラートはとうとうこらえ切れなくなり涙ぐむ。

 私が生まれるよりも遥か昔、彼は幼い我が子を失っている。


 きっとギルくんを、かつての子供と重ね合わせたのだろう。


「ぐむ……ま、まあ、ニンゲンであるがゆえに少々もろいでしょうな。姫様のそばにいたいのであれば、死ぬ気で鍛えねばなるまいて」


 涙をぬぐい、今度はやる気に満ちた目でギルくんを見つめるコンラート。

 い、いけません。この男、きっとギルくんに無茶をさせるに決まってます。


「駄目ですからね。ギルくんは可愛いからこそギルくんなんですから」

「いやいや、男子たるもの強くあらねば。なあに、このわしが見違えるようにしてみせ……っ!?」


 突然、私達を大きな影が覆った。

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