毒の謎
「……気に入りませんが、ハイリグス帝国を滅ぼすことだけは同意しますね」
指の隙間から真紅の瞳を
「ま、待ってください。いくらなんでもそれは……」
「どうしてですか? ギルくんを傷つけ、
「で、でも……」
確かに僕は、皇宮でたくさん酷い目に遭って、つらい思いをしてきた。
僕を捨てた皇帝陛下に、いつもいじめていた皇宮の人達に、思うところがないわけじゃない。
それでも。
「その……僕が出会ったことのない人の中には、いい人だってきっといると思うんです。同じように、つらい目に遭っている人達だって。だから、無関係な人達を傷つけるのは、違うと思います」
この森まで送り届けてくれた兵士達は、こんな僕のために敬礼までしてくれた。
何より。
「僕はメルさんに出逢わなければ、竜がこんなに優しいんだって知りませんでした。だから、まずはメルさんにとって人間がどんな人達なのか、それを見極めてからでも遅くないと思います」
僕がそんなふうに思えたのは、メルさんに逢えたから。
この世界には、ちゃんと優しくて素敵な人がいるんだって、知ることができたから。
「せっかく僕のために怒ってくれたのに、逆にこんなことを言ってしまい、ごめんなさい……って、わわわ!?」
「もう……優しい君にそう言われたら、何もできなくなってしまうじゃないですか」
お辞儀をして謝る僕を、メルさんは思いっきり抱きしめてくれた。
「分かりました。ギルくんに直接酷いことをした者以外は、むやみに殺したりすることはしません」
「あ、あはは……」
つまりそれって、僕に酷いことをした人には容赦ないってことだよね。
ちょっと怖いけど、それ以上に僕のためにそう言ってくれることが嬉しかった。
「……こほん」
「あ」
エルザさんに咳払いをされ、僕は我に返る。
いけない、今はこんなことをしている場合じゃなかった。
「とりあえず、クラウスの分際でそのような
真剣な表情に戻り、メルさんが頷く。
でも、何故か僕は抱きしめられたままだったりする。
「あ、あの、『王選』はいつ、どのようにして行うことになるんですか?」
僕は疑問に思っていたことを尋ねてみる。
『王選』というのは次の王を決める大事な闘い。なら、形式に則って正しく行う必要があると思ったんだ。
ところが。
「『王選』はいつでも行うことができますよ。別に段取りなどもありません」
「ええっ!」
メルさんの答えに、僕は思わず声を上げた。
「言うなればドラグロア王国で最も強い竜を決めるだけですから、いつでもどこでも、闘いたい時に闘えばいいんです。ただし、闘いを始めることができるのは挑戦者だけです」
つまり、いつ、どこで闘うかはメルさんが決めることができるんだ。
「……少しだけ、不安要素が消えたね」
「ギルくん?」
「メルさんが『王選』の開始日時と場所を自由に決めることができるのなら、それだけでクラウスの企みを潰すことができますから」
メルさんのお父さん……前国王が敗れたのは、クラウスに盛られた毒によるせいというのもあるけど、『王選』を始める権利が挑戦者にあるからだ。
クラウスは、毒によって前国王が弱ったところを見計らい、『王選』を挑んだわけだから。
「なるほど……確かに日時も場所もこちらが選べるのであれば、クラウスが何を企んでも、それが全て無に帰すということですね」
「お、お待ちくだされ! 『王選』は一対一により正々堂々と闘う掟! ですが姫様やその小僧……」
「小僧ではありません。彼にはギルベルト=フェルスト=ハイリグスという素敵な名があります」
「し、失礼しました! ギルベルト殿の言葉だと、まるでクラウス陛下が先に『王選』で掟破りな真似をしたとでもいうような口振りではないですか!」
コンラートさんが割り込み、驚いた様子で尋ねる。
よく見ると、エルザさんも僅かに目を見開いていた。
「ええ、そうです。あの男は、あろうことかお父様に、お母様に、そしてこの私に毒を盛り、苦しむお父様に『王選』を挑んで勝利したんですよ」
「なんと……っ」
当たり前だけど、二人はその事実を知らなかったみたいだ。
というか、わざわざ『王選』という手段を選んで王の座を手に入れたのは、竜達の信頼を失うわけにはいかなかったから。
なら、他の竜達に自分の企みを知られるわけにはいかないよね。
「お待ちください。我等竜に、そもそも毒など効いたりするのでしょうか……?」
「効いたのだから、それが事実よ」
エルザさんの疑問に、メルさんは吐き捨てるように答えた。
だけど、今の話って……。
「ま、待ってください。竜って、毒に耐性があったりするんですか?」
「……竜は生まれつき、あらゆる状態異常に対して耐性が備わっております。私の知る限り、竜にそれほどの効果を発揮する毒はございません」
「ただし、貴様を除いてね」
「……………………………」
メルさんに鋭い視線を向けられ、エルザさんは口を
「……あの毒が貴様の仕業ではないことは、分かっています。そもそも、ファーヴニルには通用しないのだから」
「はい」
疑われていないと分かり、エルザさんは安堵の表情を浮かべた。
だけど、二人の会話を考えてみても、メルさんが盛られた毒は、
もしデュフルスヴァイゼ山や暗黒の森で入手できる毒だったら、エルザさんが言うとおり問題ないはず。
じゃあクラウスって男は、その毒を一体どこから入手したんだ……?
「何かある……」
僕は口元を押さえ、みんなに聞こえないようにぽつり、と呟いた。
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