裏切られ、傷ついた竜のお姫様 ※???視点

■???視点


 ――竜族が住まう小さな国、“ドラグロア王国”。


 その国で三千年もの間、王として君臨し続けた一族“ファーヴニル”家の末裔として生を受けた私は、幼い頃から竜の女王として生きることを義務付けられた。


 といっても、ドラグロア王国は強き者が王になるのが習わしというだけであり、ファーヴニル家が他の竜と比べてただ強すぎたため、そのまま王の座に就いているだけなのですが。


 つまり、王国には私より先にいた者も、私より後に生まれた者も、国王……お父様を除き、私より強い竜は一人もいなかった。

 そう……否応なしに私は、ドラグロア王国の女王になる未来しかなかった。


 だけど。


「ぎ、ぎぎ……っ」

「ぐ、ふ……こ、これ……っ!?」

「ふふ……王国最強を誇るファーヴニル一族も、この毒・・・には勝てないようですね」


 お父様とお母様は、晩餐の席で信頼していた部下……ファーヴニル一族に代々仕えていた白き竜の一族の若き長であり、兄のように慕ってきた私の幼馴染、“クラウス=ドラッヘ=リンドヴルム”に毒を盛られた。

 もちろん、この私も一緒に。


「さあ国王陛下、今すぐ『王選』を始めましょう。竜の王族であるファーヴニル一族が、まさか断ったりするはずがありませんよね?」

「卑怯……な……っ!」


 ドラグロア王国において、王を決める闘い……『王選』を、王は断ることができない。

 これは、建国当時から受け継がれてきた不文律。最強の竜こそが王国を……全ての竜を導かなければならない決まり。


「ク、クラウス……どうして……っ」

「どうして? 決まっている。ただ強いというだけでこの俺の上にいつまでものさばり続ける……いいえ、違いますね。俺はその瞳が嫌いなのですよ」

「瞳、が……?」

「ええ、そうです。強者の余裕なのか知らないですが、いつも俺を見下して見つめるその紅い瞳が、どうしても我慢ならない」

「そ、そんな……」


 これまで私は、彼を見下したことなど一度もない。いえ、むしろ尊敬すらしていた。

 常に理性的で物腰も柔らかく、穏やかなクラウスが。


「……もういいでしょう。あなたはそこで見ているがいい。国王“マンフレート=フェルスト=ファーヴニル”の最後を」


 お父様は毒に冒されながらも奮戦し、闘いは三日三晩に及ぶ。

 だが……最後は、クラウスの手によって討たれてしまった。


「くく……くははははは! これで俺こそがドラグロア王国の王! ……それでは、王として最初の命を下そう。ドラグロア王国を矮小な国へとおとしめた大罪人、遺されたファーヴニル一族の最後の一人を粛清するのだ!」

「っ!?」


 そうして私は全ての竜からの迫害を受け、王国を追われた。



『さあ、お覚悟めされよ!』

『舐めるなああああああああああッッッ!』


 足元に暗黒の森が広がる上空で、私は追っ手である竜達を蹴散らす。

 いくら毒に冒されているとはいえ、最強の一族であるファーヴニルの名は伊達じゃない。


 それでも、多勢に無勢。

 次々と襲い来る竜達の手によって少しずつ傷つけられ、私は満身創痍になった。


『せめて……せめて毒さえなければ……っ』


 かなりの猛毒だったようで、耐性があるはずの竜であっても、今の私は本来の力の二割も出ない。

 このままではお父様と同じように他の竜達によって無残に殺されるか、お母様のように毒で力尽きるかのいずれかの末路を迎えるでしょう。


『これがあれほど最強を誇ったファーヴニルの真実・・か。確かに強いが、言うほどじゃない』

『ああ……結局俺達は、この一族に騙され・・・ていた・・・ということだ』


 お父様がクラウスに敗れたのも、私が醜態をさらし命からがら逃げているのも、結局はファーヴニルの強さが眉唾であったからだと思われているようです。

 追っ手である竜達の私に向ける瞳には、確かに侮蔑と怒りが込められていた。


『ふふ……所詮、弱い者がということ、ですか……』


 かぶりを振り、私は自虐的に笑う。

 いくら強さが全てとはいえ、これまでファーヴニル一族が代々築いてきた竜達への信頼がなかったことにされてしまったのを目の当たりにし、国や民のために尽くしてきたお父様が憐れでならなかった。


 クラウスなどに尊敬と憧れを抱いていた、私自身に対しても。


『がぅ……っ!?』


 背中や翼に更なる傷を負いながらも、私はかろうじて追っ手を振り切る……のですが。


『もう……無理……っ』


とうとう身体に力が入らなくなり、私は――森の中へと墜ちた。


『ふ……ふふ……私は、ここで……死ぬ……の、です……ね……』


 クラウスの毒が全身へと回り、動くことすらできない。

 顔も、背中も、胸も、翼も、手足も、無事と呼べる箇所は何一つなく、受けた傷の中には致命傷と言えるものも複数ある。


『悔しい……な……っ』


 何もできないまま……お父様とお母様の仇も討てないまま、ここで朽ち果ててしまうなんて。

 そんな悔しさがあふれ出てしまったのか、私は無意識に声を漏らしてしまう。


 逃げ伸びるためには、森の中で息を潜めなければならないというのに。

 そうでなければ、今も上空を飛び回り血眼になって捜している竜達に、見つかってしまうというのに……って。


(私は、生きたいと思っている……?)


 いくつもの傷と毒によって、生き残る可能性など無きに等しい。

 何より、私はもう独りぼっち。助けてくれる者などどこにもいない。


 それなのに、どうして私は……。


(ふふ……考えるまでもないですね)


 ええ、私は生きたい。生き延びたい。

 女王の座など望まない。お父様とお母様を殺した王国なんて、欲しいとも思わない。ましてや執拗に傷つけてきた王国の連中のことなんて、どうなろうと知ったことじゃない。


 ただ……生きていたい。


 そんなことを願い続けていた、その時。

 私の身体に触れる何かがいた。


 この森の魔物達は竜を恐れ、気配がするだけで近づいてくることはない。


(……無謀な者もいるものですね)


 そんなことを思いながら、私は下を見る。


 そこには。


「あ……」


 ――ニンゲンの小さな少年が、私を見上げていた。


 ◇


「……まさか、こんな奇跡が」


 竜達による無数の傷が、私の身体を蝕んでいた猛毒が、全て消え失せた。

 どうしてなのか、そんなことは言うまでもない。


「すう……すう……」


 地面に倒れている、この小さな少年が私を救ってくれたのだ。


「彼の手から出ていた、あの光……」


 それは小さく、淡く、とても温かかった。

 この身体を優しく包み込み、身体に負った傷も、蝕む毒も、壊れてしまいそうになった心も、全て癒してくれたんです。


「おそらく、回復魔法だと思うのですが……」


 竜は屈強な身体、毒や魔法などに対する耐性、更には魔法にも長けている。

 人間が使うことができない高次の魔法も、難なく使うことができた。中には竜族のみが使える魔法も。


 それでも。


「回復魔法では、竜を癒やすことはできない」


 それは、竜が特別な存在であり、回復魔法を必要としない身体であることを意味している。

 というより、そもそも魔法に耐性があるために、竜に回復魔法が効かない。


 ましてやニンゲンが使う魔法など、たかが知れている。

 だからこそ、この少年が使った回復魔法は異常・・なのだ。


「あなたは一体、何者なのですか……?」


 おそらく私の巨体を回復魔法で治療したが故に、魔力を使い切ってしまい、疲れて眠っているのだと思う。

 今は気持ちよさそうに寝息を立てている。


 そもそもここは、古くからニンゲン達が暗黒の森と呼び恐れている地。

 竜ならばともかく、数多くの魔物が棲むこの場所に、脆弱なニンゲンが訪れることなどあり得ない。


 それに。


「この少年は、私を恐れなかった。……いえ、違いますね」


 そう……少年は、恐れながらも私が傷ついているのを見て、助けようとしてくれたんです。

 この場にいては危ないと思い、あえてうなり声を上げて威嚇し、遠ざけようとしたにもかかわらず。


 きっと、心の優しい少年なのでしょう……って。


「何を馬鹿なことを……」


 あれほど信頼を寄せていたクラウスが裏切り、他の竜達もあっさりと手のひらを返したんです。

 この少年だって、何か思惑があるのかもしれない。


 もう私は、誰も信じることができない。


「こんな矮小な少年にどうにかできるとは思いませんが、警戒しておくに越したことはないですね」


 今は元の姿・・・になっている私は彼のそばに寄ると、その柔らかい頬をそっと撫でた。


 私を救ってくれたあの光の……少年の手の温もりに、恋しさと名残惜しさを覚えながら。

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