どんな小さな傷だって、僕は許さない
『ライナアアアアアアアアッッッ! そのニンゲンの小僧を、何としてでも殺せッッッ! 必ずだッッッ!』
メルさんから逃げ回っていたクラウスが、青い竜……“ライナー”に向かって絶叫した。
その表情に最初の余裕はどこにもなくて、まるで何かを恐れているみたいだ。
『はっは! このわしがギル坊をやらせるわけがなかろう!』
『まったくです。ここまで耐え続けていた分、暴れさせてもらいます』
コンラートさんがグレイブを構え、背中を合わせてエルザさんがククリナイフと呼ばれる特殊なナイフを手に迎え撃つ。
まさしく僕を守るために。
『てめえ等! クラウス陛下がお怒りだ! 絶対にあのガキを始末しろ!』
『『『『『は……はっ!』』』』』
ライナーは
変な武器を持ち出すまではコンラートさんに多くの竜が倒され、さらにエルザさんまで加わったんだ。どちらが劣勢なのか、火を見るよりも明らかだ。
それに。
「コンラートさん! エルザさん! 万が一傷を受けても、僕が全部治してみせます!」
『おお! 期待しておるぞ!』
『ギルベルト様がいらっしゃれば、私達は安心して戦えます』
そうだ。僕だって戦うために……メルさんに勝利してもらうために、ここにいるんだ!
絶対に、負けるもんか!
竜達は
『甘いわ!』
『ギャパッ!?』
『ゲヘ!?』
コンラートさんは正面の竜を袈裟斬りにし、返す刀で隣の竜も斬り刻んだ。
『毒女が! 死ね……ア……ア、グ……グル……ッ』
『その毒に
口から血の泡を噴き出し腐り始めた首を掻きむしる竜を、エルザさんは
でも、悪いけどいい気味だよ。
エルザさんに対して、『毒女』なんて言ったんだから。
『っ! やったぞ! ……あああああああああ!? 溶け……溶けるううううううううッッッ!?』
『……かすり傷をつけただけで大喜びするなんて、おめでたいですね』
酸のブレスを浴び、竜は頭からどろどろに溶ける。
見ると、確かに頬にほんの少しだけ傷がついていた。
「えいっ」
僕は手をかざし、エルザさんの頬を治療した。
『この程度の傷、回復魔法を使うまでもないと思うのですが……』
「駄目です。どんな小さな傷だって、僕は許しませんから」
『…………………………』
そう言うと、エルザさんは無言で顔を背けてしまった。
回復魔法は嫌だったのかな……。
『はっは! エルザはそういうことにあまり慣れておらんでな! 照れておるんじゃ!』
「そ、そうなんですか?」
『おう!』
そ、それだったらいいけど。
僕の回復魔法のせいで機嫌が悪くなったのなら申し訳ないし。
『……間違えてコンラート様にブレスを吐いてしまってもご容赦を』
『っ!? エ、エルザ!?』
あ、エルザさん怒ってる。
やっぱり余計なことをしたから……って。
『その……ありがとうございます』
少し照れくさそうに、エルザさんはお礼を言ってくれた。
それを受け、僕は胸を撫で下ろす。
『ちくしょう! てめえ等、何をちんたらやってやがる! たかがニンゲンのガキ一人殺すのにてこずりやがって!』
『で、ですが、武人コンラートと毒竜エルザでは、我々では太刀打ちできません!』
『グルルルル……ッ』
竜達の悲鳴にも似た訴えを受け、ライナーは
だけどこの男は、自分で戦おうとしないんだね。
部下達は命がけで挑んでいるというのに。
「……結局は、クラウスっていう権力に巻かれてるだけなのかな」
『っ!?』
僕はライナーに冷たい視線を向け、ぽつり、と呟いた。
それが彼の耳にも入ったみたいで。
『ニンゲンのガキが! 黙りやがれ!』
「本当のことを言われたからって、いちいち叫ばないでよ」
吠えるライナー。僕は耳を塞ぐ仕草を見せ、思いっきり舌を出してやった。
それでもやっぱり、この青い竜は軽々に挑発に乗ってこない。
(厄介だな……)
感情で動く竜なら行動も読みやすいし簡単に対処できるけど、こういう軽薄な態度を見せつつも裏で何を考えているのか分からない
特にクラウスの指示で僕の命を狙っている以上、迂闊なこともできないし。
といっても。
『はっは! どうしたどうした!』
『ギャオッ!?』
『遅い』
『ふ……ぐ……っ』
コンラートさんが振り回すグレイブによって真っ二つにされる竜。
背後から忍び寄り、瞬く間に竜の首を掻き斬るエルザさん。
二人の手によって、竜達は次々と数を減らしていく。
このままだと、ものの十分程で竜は全滅の憂き目に遭うことになりそうだ。
そうなれば。
「いいの? 手が打てる今のうちじゃないと、オマエの勝機はますます遠のくけど」
『グルル……ッ』
僕の一言に、苛立って
この男も戦況は理解しているけど、打開策が見出せずに手をこまねいているって感じだね。
まあ、僕達としてはそのほうが都合いいけど。
出来る限り引きつけておけば、ライナーをはじめ竜達はクラウスに加勢できないから。
そうしている間に、メルさんがクラウスを倒してくれるから。
「そうですよね、メルさん」
『ふふ……ええ、そのとおりです。ギルくんが頑張ってくれている間に、私はこの屑を仕留めてみせましょう』
「あ、あはは……」
あんなにすごい速さでクラウスを追いかけ回しているのに、まさか僕の声が聞こえるなんて思ってもみなかった。
りゅ、竜ってものすごく耳が良いのかな……って。
「っ!?」
『ちっ……やっぱり俺が出張らねえと駄目かよ』
これまで指示を出すだけで傍観し続けていたライナーが、大剣でコンラートさんに斬りかかった。
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