僕のちっぽけな回復魔法で救ってみせる
『な……な、ん……じゃ……?』
「コンラートさん!?」
風を切るような音が聞こえたかと思うと、気づいた時にはコンラートさんのお腹に穴が空いていた。
どういうこと……? なんで……なんで、なんで、なんで?
『ひゃははははっ! めでてえ奴等で助かるぜ!』
青い竜は手で顔を覆い、見上げながら大笑いする。
やっぱりこれは、こいつ等の仕業なんだ……っ。
「一体何をした!」
『ばーか、言うわけねえだろ。つか死ね』
――ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ。
『グ……ガ……グフ……ッ』
肩、足、右の胸が次々と穴が空き、コンラートさんは真っ赤な血を吐いた。
一体どうやって……何を隠しているんだ……っ。
『どうだ、痛えだろ。竜ってのは滅多に傷つかねえから、痛みに慣れてねえもんな』
『こ……こ、の……っ』
苦しむコンラートさんに顔を近づけ、これ以上なく下卑た笑みを浮かべる青い竜。
コンラートさんは手を振り上げようとするものの、力が入らない。
『ひゃははははははははは! 馬鹿が! てめえ等さえいなくなれば、この『王選』を見届けるのは俺達だけ! ここまで言えば分かんだろ!』
そうか……『王選』の正当性を証明するのは、闘った相手の死体と、それを見届けた竜だけ。
メルさん側の僕達さえいなくなれば、勝利を証明するのはクラウスに
……でも、そんなの今さらか。
だってドラグロア王国に、メルさんの味方をする竜なんて一人もいないんだから。
『ぐ……は、っは。心配……いら、ん……このわし、が……ギル坊を……守る、か……ら……な……』
そう言って苦しそうにしながらも柔らかい笑みを浮かべるコンラートさん。
僕を不安にさせないために。
『んなもん無理に決まってんだろ! てめえが堕ちれば、ニンゲンも地面に叩きつけられてひとたまりもねえんだからよ!』
『グムッ!?』
また風切り音とともに、コンラートさんの身体が傷つく。
お願いだ……どこから……どこから攻撃をしてきたのか、誰が攻撃をしているのか、それを見極めるまでは……っ。
苦しそうに顔を歪めるコンラートさん。
僕は唇を噛みしめ、血が流れようと耐える。
『ぶはあ……っ!?』
とうとう耐え切れなくなり、コンラートさんが口から霧状の血を噴き出した。
これ以上は、もう限界だ……。
――ひゅかっ。
『グ……グオ……ッ』
『ひゃははははひひひひひ! いい加減落っこちろよ! そうすりゃ少しは身体も残るだろうよ!』
またコンラートさんの身体に穴が空き、青い竜は狂ったように
でも……血
「エルザさん! 二時の方向ですッッッ!」
僕は力の限り、目いっぱい叫ぶ。
ここで絶対に、仕留めるために。
コンラートさんの痛み、苦しみを、無にしないためにも。
すると。
『いいいああああああああああッッッ!? 溶ける……溶けるううううう……っ!?』
聞こえてきたのは、竜の悲鳴。
そちらへと目を向けると、そこには。
『よくも姑息な真似を……っ!』
怒りに震えるエルザさんが、灰色の竜を酸のブレスで溶かしていた。
竜が手に持つ、ボウガンのような謎の武器とともに。
『ちっ! 早くあの武器を回収しやがれ! あれだけは絶対に死守するんだ!』
青い竜は目の色を変え、エルザさんと灰色の竜のもとへと急行する。
でも、それよりも早く竜も、武器も溶け尽くしてしまい、液体となって暗黒の森へと落ちていった。
『くうううう……っ』
悔しそうに歯噛みする青い竜。
きっとあの武器こそが、メルさんを倒すための必勝の策だったんだと思う。
どこから、どうやって攻撃しているのか分からなければ、たとえメルさんが最強の竜だとしても防ぐことができないから。
何故そんな武器を竜達が持っているのか気になるけど、そんなのは後だ。
僕は。
『グ……グム…………………………は?』
この小さな手から
メルさんを救った、僕の回復魔法によって。
『お、おお……これは……』
瞬く間に治った自分の身体を見て。コンラートさんは感嘆の声を漏らす。
全力で魔法を使ったから、身体がすごくだるい。
でも……この戦いが終わるまで、必ずやり遂げてみせる。
メルさんも、コンラートさんも、エルザさんも、みんな僕が絶対に死なせるもんか!
『…………………………』
『『『『『…………………………』』』』』
顔を上げると、青い竜をはじめとした竜達も、エルザさんも、呆けた表情でこちらを見ていた。
僕のちっぽけな……だけど、メルさんを救うことができた……メルさんがたくさん褒めてくれた、僕だけの回復魔法。
この魔法で、大切なものを守ってみせる。
『はっはっは! ギル坊すごいではないか! まさかこれほどの回復魔法の使い手だったとは!』
「あ……えへへ」
満面の笑みで褒めてくれるコンラートさん。
僕は嬉しくなり、思わずはにかむ。
『ギルベルト様、改めて謝罪と感謝を。あなた様の回復魔法は、確かにメルセデス殿下をお救いくださったのですね……』
連中が呆けている隙に、僕達と合流したエルザさん。
その表情は、どこか興奮しているようにも見えた。
「と、とんでもないです! それより、ありがとうございます! 全てはエルザさんのおかげです!」
クラウス達がきっと何かを仕掛けてくると考えていた僕達は、『王選』の掟を逆手に取って策を講じた。
それは、コンラートさんを囮にして、敵の策を潰すというもの。
クラウスでは最強のメルさんを倒すことができないため、毒に代わる
『王選』の掟がある以上、証人となる僕達を排除しなければ、クラウスの加勢をすることが……つまり卑怯な手を使うことができない。
なら、きっと竜達は僕達をまず消そうとするはず。
ただそのためには、本来はメルさんに使用すべき
聞いたところによると、コンラートさんはドラグロア王国でもファーヴニル一族の次、クラウスに匹敵する実力を誇るとのこと。だから問題ないとは、コンラートさん……ではなく、メルさんの談だ。
あとは連中が対メルさん用の
ただ……これは、正直賭けだった。
相手の
何より、僕の回復魔法が効かなかったら……。
「あ、あはは……今頃になって、手が震えてきちゃった……」
僕は頬を緩め、自分の手を見つめる。
本当に……本当に、よかった……っ。
拳を握りしめると、策が成った喜びを噛みしめた。
その時。
『ライナアアアアアアアアッッッ! そのニンゲンの小僧を、何としてでも殺せッッッ! 必ずだッッッ!』
メルさんから逃げ回っていたクラウスが、青い竜……“ライナー”に向かって絶叫した。
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