これは、僕が招いたことだから

 ――――――――――ッッッ!


 メルさんが大きく口を開くと魔法陣が現れ、紫電を纏った漆黒のブレスが皇宮の上半分を一瞬にして破壊した。


「ブ、ブレスって、人間の姿でも放つことができるの……?」

『はっは、そうじゃな。戦闘の時はいつも竜の姿で行うから分からんじゃろうが、ブレスを使うのに姿形はあまり関係ないわい』

「そ、そうなんだ……」


 僕の呟きを拾ったコンラートさんが答えてくれたけど、あまりのすごさにそう言うのが精一杯だった。

 メルさんて、どれだけ素敵な女性ひとなんだろう。


 すっごく綺麗で、強くって、優しくて。

 僕はそんな女性ひとの傍にいることができて、本当に幸せだな。


「ねえエルザ。あの宮殿に、王はいたと思う?」

「それは分かりかねますが、少なくとも目の前のごみ・・は、少しは身の程を弁えたかと」

「そうみたいね」


 メルさんのブレスで変わり果てた皇宮を見つめ、ギュンター皇子が、帝国兵が皆顔を青ざめ、茫然と立ち尽くしている。

 所詮人の身では抗うことができない圧倒的な力を見せつけられ、いかに自分達が二人に……竜に遠く及ばない存在なのか、ようやく理解したみたいだ。


「じゃあ、始めましょうか。貴様達の選んだ答えが私に挑み滅亡する道を選んだのであれば、早く終わらせないと。だってギルくんが、私を見てくれているのですから」

「あ……」


 上空を……コンラートさんの背中に乗る僕を見つめ、メルさんがにこり、と微笑んだ。

 僕がここに来たこと、気づいてたんだ……。


『……まあ、そうじゃろうな。姫様であれば、竜の気配を……いや、ギル坊を察知して当然じゃわい。何せギル坊は、姫様の全て・・じゃから』


 そう言うと、コンラートさんが頬を緩める。

 メルさんが僕のことをそう思ってくれることはとっても嬉しいけど、でもそれは僕だって。


「僕も……僕も、メルさんが全て・・だから」


 遥か下にいるメルさんには聞こえないような小さな声で、僕はささやく。

 この想いは、僕を認めてくれたあの日・・・から変わることはない。


 これまでも、今も、この先もずっと……って。


「ふふ! ギルくん嬉しい! 嬉しいです!」

「ええ!?」


 花が咲き誇るような満面の笑みを浮かべ、メルさんが大きく手を振って叫ぶ。

 ま、まさか、僕の声が聞こえてたの!?


『はっは! 姫様の聴力を侮ったな! おそらくわし達がここに来てからの会話は、全部姫様に筒抜けじゃわい!』

「はわわわわ……」


 は、恥ずかしい……。

 もも、もちろん今言ったことも含めて全部僕の本心だけど、全部聞かれていたなんて……。


「はああああ……! やはりギルくんは私の運命の人・・・・であり、かけがえのない男の子! そんな世界中の誰よりも大切なギルくんを十年もの間苦しめた、ハイリグス帝国という蛆虫の作った国を、地図から消し去ってみせましょう! ええ、それはもう!」


 恍惚の表情を浮かべ、メルさんはその姿を美しい女性から巨大な黒い竜へと変える。

 これこそが竜族最強の一族の唯一人の末裔である、メルセデス=ドレイク=ファーヴニルの真の姿。


 暗黒の森で初めて出逢った、かけがえのない女性ひと


「ひひ、ひ……退けい! 退けえええええええええいッッッ!」


 すっかり及び腰になったギュンター皇子は、馬を返して一目散に逃げ出した。

 帝国軍を率いる司令官なのに。大勢の部下を従える大将なのに。


 そんな彼の姿を見た帝国兵は、自分達が見捨てられたのだとすぐに悟り、蜘蛛の子を散らしたように方々へと逃げる。

 その顔を、恐怖で塗り固めて。


『あら……最初の威勢はどうしたのかしら。この私を討ち取るんじゃなかったの?』

『メルセデス陛下、いかがしますか? 何でしたら、この私が全て溶かしてしまおうと思うのですが』

『それも一興ですけど、まずはギルくんをいじめていた連中を引きずり出して、見せしめにしてやるのが先じゃない? 貴様のブレスだと、後で誰が誰だか分からなくなってしまうわ』

『かしこまりました』


 口の端を吊り上げて愉快そうにわらうメルさんと、恭しく一礼するエルザさん。

 その姿は、帝国の人間からすればとても恐ろしく見えるに違いない。


 その証拠に。


「あ……あ……た、たしゅ、たしゅけて……っ」

「お願いしますううううう! 俺には妻と子がいるんだ! だから許してええええええッッッ!」


 腰を抜かして逃げることができない者や逃げきれないと悟った者、逃げることを諦めた者達が、全員地面に頭を擦りつけて命乞いをする。

 その姿はもう恥も外聞もなく、ただ生き残るために必死だった。


『だったら貴様達に機会を与えるわ。私の想い人、ギルベルト=フェルスト=ハイリグスを傷つけ苦しめた、王とその一族、それに宮殿にいた者全てをここに連れてきなさい。その上で、貴様達を生かすか殺すかを決めるわ』

「「「「「っ!? は、はい! 必ず!」」」」」


 生き残るための活路を見出した帝国兵達は、我先にと上半分を破壊され廃墟と化した皇宮へと殺到する。

 あれだけの大軍が一斉に皇宮を取り囲むんだから、中にいる人は正気ではいられないかもしれない。


「みじめ、だね……」

『なんじゃギル坊。ひょっとして、あの屑どもに同情しておるのか?』

「……いいえ」


 コンラートさんの問いかけに、僕は首を左右に振った。

 そんなことを思ったら、僕のために人間の敵になってくれたメルさんに顔向けできない。


 だって。


 ――これは全て、僕が招いたことなのだから。

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