対峙する二人組の追っ手

「ほう……やはりと思い戻って見れば、案の定だったな」

「っ!?」


 先程の二人組が、木の陰から姿を現した。

 僕の嘘で誤魔化されたと思っていたけど、そんなに甘くはなかったみたい。


「……いいの? さっきも言ったけど、僕に何かあれば、その時はこの森が火の海になるんだけど」


 メルセデスさんを庇うように前に立ち、僕は男達を睨みつけて強気に言い放つ。

 彼女を見つけてしまったことでこの二人も引き下がらないと思いつつも、さっきは騙されてこの場を離れて行ったんだ。なら、少しくらいは効果があるはず。


「たとえそうなったとしても、メルセデス殿下……いや、今は我等竜族を騙した大罪人、メルセデス=ドレイク=ファーヴニルだったな。貴様さえ始末できれば、この森が燃えたところでクラウス陛下は褒めてくださる」

「そうだな。こんな森なんかより、この女を殺すほうがよっぽど価値があるしな」


 そう言うと、男達は一歩ずつ近づく。

 メルセデスさんに勝つ自信があるのか、その表情には余裕がうかがえた。


「……メルセデスさん、逃げて」


 振り向かずに、僕は静かに告げる。

 僕なんかじゃ敵わないことは分かっているけど、それでも、何があってもしがみついて、少しでも彼女が逃げる時間を稼いでみせる……って!?


「メ、メルセデスさん!?」


 なんと彼女は、僕の前に出て二人組と対峙してしまった。


「ふふ……大丈夫ですよ。このような雑兵が何人集まろうと、私の足元にも及びません」


 振り返り、メルセデスさんは人差し指を口元に当て、悪戯っぽく笑う。

 でも、出逢った時にあれだけの怪我を負わされたことを考えれば、彼女の強がりにしか見えなかった。


 それは、向こうの二人組も同じ考えのようで。


「面白いことを言う。強さを偽り、我等に散々痛めつけられた貴様が」

「ひょっとしてファーヴニル一族っていうのは、いたぶられるのが好きなのか?」


 肩をすくめ、あざけり笑う男達。


「おめでたいですね……なら、やってみるがいい」

「「っ!?」」


 メルセデスさんは苦笑しかぶりを振ったかと思うと、牙を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべた。

 それは、先程まで見せてくれていた優しい微笑み、温かい眼差しには程遠く、絶対的強者……この世界の頂点に立つ存在なのだと知らしめるかのよう。


 二人組の男達も、彼女から放たれる凄まじい殺気に気圧され、思わず両腕で防御の構えを取った。


「ギルベルトくん」

「は、はいっ!」

「君が心配する必要などないことを証明し、この二人を君が受けた分も含め完膚なきまでに叩きのめしてみせます。なので、その……」


 振り返って自信満々にそう告げたかと思うと、メルセデスさんは急に上目遣いになり、うかがうような視線を向けてきた。

 え、ええと、これは一体……。


「わ、私が勝利したあかつきには、ギルベルトくんにお願いしたいことがあります」

「僕に……ですか?」

「はい」


 一体何をお願いするつもりなのかは分からないけど、特に断る理由もない。

 何より……メルセデスさんは、役立たず・・・・と言われ続けた僕を唯一認めてくれた女性ひと


 こんな僕に、初めて優しさと温もりをくれた女性ひと


 ただ。


「……勝利なんてしなくてもいいです。お願いですから、傷つくことなく無事でいてください。そう約束してくださるなら、僕にできることならどんなお願いでも聞きます。だから……」

「! もちろんです! 私がこのような雑魚に、傷一つつけられるはずがありません!」


 僕がそう答えると、メルセデスさんは瞳を輝かせ、嬉しそうに頷いた。

 凛とした表情、僕を抱きしめてくれた時の優しい表情、僕のために怒ってくれた時の表情、あの男達に殺気とともに向けた表情……それらとはまた違う、どこか子供っぽい無邪気な笑顔。


 色々な表情を見せてくれる彼女は、とても魅力的な女性ひとだと思った。


 でも。


(悔しい、なあ……っ)


 僕にはあの男達と戦うすべはない。メルセデスさんを守る強さもない。

 こうして二人と戦おうとする彼女を、僕は見守ることしかできないなんて……って。


「ありがとうございます……君の気持ち、優しさ、ちゃんと伝わっていますよ」

「あ……」


 どこか苦笑しつつも、柔らかい瞳を向けるメルセデスさん。

 僕が考えているようなことなんて、全部お見通しみたいだ。


「だからこそ、ギルベルトくんは一歩も・・・動かずに・・・・そこで見ていてください。この私の……竜族最強の一族、ファーヴニルの真の強さを」


 そう告げると、メルセデスさんは本来の姿――巨大な黒い竜に姿を変えた。

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