死刑宣告 ※ハーゲン=ヘルトリング視点

■ハーゲン=ヘルトリング視点


「“ミンスター”の被害状況はどうなっている!」

「そ、その……」

「早く言え!」

「はっ! 複数の竜によってほぼ壊滅状態にありますが、住民達はかろうじて難を逃れました!」

「っ! ……そうか」


 部下の報告を受け思わず叫びそうになるのをぐっとこらえ、私はどっかと椅子に腰を下ろした。

 帝国有数の交易都市の壊滅は非常に厳しいが、それでも、住民が無事ならまだましだ。


 それよりも。


「竜達はどうして、約束を反故にした……っ」


 拳を握りしめ、私は歯噛みする。


 白い竜が率いる竜の大群が現れ、帝都プラルグを半壊させて従属か滅亡のいずれかの選択を迫られたのが二か月前。

 その時、あの白い竜は『三か月の間に答えを選べ』と確かに言った。


 だというのに、一か月前に竜の大群がまたもや帝国に飛来し、帝都だけではなく各地の都市を荒らし回っている。

 空を飛ぶ竜に対し帝国は……いや、人間はなすすべもなく、奴等の跳梁ちょうりょうを許してしまった。


 周辺の国と連携を取り対処しようと考え速やかに書状を送るが、帰って来たのは向こう・・・も帝国と同じ目に遭っているとのこと。

 このままでは期限の三か月を迎える頃には、帝国は滅びてしまうだろう。


「……一体どうすれば」


 右手で顔を覆い、情けなくも私は泣き言をこぼす。

 宰相として、私は昼夜を問わずできる限りのことをやった。だがそんなもの、何の言い訳にも、慰めにも、ましてや竜から国を守ることができなかった免罪符になどならない。


「せめて、竜と交渉することができれば……」


 そう考えるが、竜が棲むとされるデュフルスヴァイゼ山は暗黒の森にあり、人間が足を踏み込めばたちまち魔物達に殺され、餌と化すだろう。


「……ギルベルト殿下も、既に魔物の胃袋の中だろうな」


 皇帝陛下の戯れで使用人との間に生まれた、可哀想な子。

 皇子であるにもかかわらず皇宮内で使用人以下の生活を強いられ、最後は実の父である陛下の手によって暗黒の森へと捨てられてしまった。


 全て陛下が悪い……というつもりはない。

 彼を酷い目に遭わせていた皇宮の者達、それに陛下に引き合わせ、暗黒の森へと捨てられる流れを用意したのは、他ならぬこの私だ。


「はは……ひょっとしたらこれは、ギルベルト殿下の呪い・・なのかもしれないな」


 思えば竜が飛来したのは、ギルベルト殿下が帝都を発ってすぐ。

 そう考えると、あながち間違っていないのではないかと思えた。


 何せ、暗黒の森と竜の棲む山はすぐそばなのだ。殿下が竜と友誼ゆうぎを結び、帝国に復讐を考えてもおかしくは……。


「何を馬鹿な」


 くだらない妄想を振り払うように、私はかぶりを振った。

 間違いなく暗黒の森に入っていったことは、戻って来た部下から報告を受けている。


 なら、竜に出会うこともなく魔物に食われてしまったことは、間違いない。


 すると。


「た、大変です!」

「どうした!」

「帝都の上空に、巨大な赤い竜と紫の竜が出現いたしました!」


 兵士の突然の報告は、私を絶望に叩き落とすのには充分だった。


 ◇


「よ……余がハイリグス帝国の皇帝、フリードリヒ=フェルスト=ハイリグスである!」


 皇宮の庭園に舞い降りた二匹の竜に、皇帝陛下は首が痛くなるのではないかと思うほど見上げながら、名乗りを上げる。

 見る限り、帝国内で暴れ回る竜とは違い、とても理性的であるように見えた。


『わしはドラグロア王国で近衛兵長を務めるコンラート=ガルグイユと申す!』

「「「「「っ!?」」」」」


 赤い竜の怒気をはらんだその声に、我々は腹の底から震え上がる。

 間違いない。この赤い竜は怒っているのだ。


「そ、その……もし帝国に何か落ち度があったのでしたら、正式に謝罪いたします。どうか怒りをお鎮めください……」


 原因は分からないが、早々に謝罪したほうがいい。

 そう判断し、私は一歩前に出てそう告げた。


『ほう……貴様、それは何に対しての謝罪だ』

「それは……申し訳ございません。そもそも貴殿が……いえ、竜達が何にお怒りなのか、皆目見当がつきません」

『フン、そうか』


 ぎろり、と視線を向けられ、私は萎縮しつつも正直に話す。

 下手に嘘を吐けば、より機嫌を損ねてしまう。宰相としての経験が、そう判断させた。


 だが、これが失敗だったのだ。


『ふざけおってッッッ! 自分達が何をしでかしたのか、分からんだと!』

「ひ、ひいっ!?」


 赤い竜の叫びに、私は腰を抜かし、その場でへたり込む。

 気づけば股に、温かいものを感じていた。


 ただ、それは私に限らず陛下やこの場にいる全ての者に言えることで、もはやまともに立っていられる者は一人もいない。


『もう我慢ならん! 貴様等に残された道は、破滅のみと知れ!』


 そう叫ぶと、赤い竜はグレイブを手にし、切っ先を私達に向けた。


『……お待ちください。お怒りはごもっともですが、この屑どもに鉄槌を下すのは私達ではありません』

『む、むう……』


 紫の竜にたしなめられ、赤い竜は唸る。

 ただし、紫の竜の我々に向ける視線は、赤い竜の荒れ狂う炎を宿した瞳とはまったく異なり、まるで凍てつく氷のようだった。


『……貴様等、よく聞け。我が国の大罪人クラウス=ドラッヘ=リンドヴルムが貴様等と交わした期限である一か月後、その時に我が主君メルセデス=ドレイク=ファーヴニル陛下が、直々に報いを受けさせてくださるじゃろう』

「う……うう……いやだ……いやだああああああああああああッッッ!」

「死にたくない! 余はまだ死にたくないのだ! どうしてこんなことにいいいいいいッッッ!」


 恐怖と絶望のあまり、私が……陛下が……皆が、まるで幼子のように情けなくも声を上げて泣きわめく。

 こんなことをしたところで、何も結果は変わらないというのに。


『首を長くして待っておれ。そして……主君の想い人、ギルベルト=フェルスト=ハイリグスを十年もの間無下に扱ったことを、後悔するがいい』

「え……?」


 赤い竜は最後にそう言い残すと、二匹の竜は再び大空を舞い去っていった。

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