極大竜魔法

 土煙の中から飛来した、光の槍。

 気づけばそれは、コンラートさんの胸を貫いていた。


 だけど。


「えいっ」


 僕の右手から放たれた回復魔法が、その事実すら気づかせないほどの速さでコンラートさんにぽっかりと開いた穴を塞いだ。

 いきなりの出来事だったこと、気づいた時には既に無事だったことから、コンラートさん自身は思わず呆けた表情を浮かべた。


『っ! 今のがもしギルくんに当たっていたら、どうするのですかッッッ!』


 大地を睨み、メルさんは怒りの形相で咆哮を上げると、魔法陣を展開して特大の漆黒のブレスを放つ。

 その破壊力は僕の竜魔法なんて目じゃなくて、皇宮があった場所を中心としてキノコの形のした煙が立ち昇った。


「メルさん! コンラートさん、エルザさん! 気をつけてください!」

『う、うむ!』

『かしこまりました』


 コンラートさんとエルザさんは防御の姿勢を取り、下からの襲撃に備える。

 一方でメルさんは、ただ堂々と大地を睨んでいた。


(大丈夫……メルさん達に何かあっても、僕の回復魔法と竜魔法で守り抜くんだ……!)


 地面を睨み、僕はいつでも回復魔法を放てる態勢を取る。

 どんな攻撃を仕掛けたのかは分からないけど、少なくともメルさんの次に強いはずのコンラートさんの身体に致命傷を与えたんだ。絶対に油断できない。


 もしさっきの攻撃をメルさんが受けていたらと思うと……メルさんがこの世界からいなくなってしまったらって思うと、恐くて仕方がないんだ。


 メルさんの放ったブレスによって土煙に覆われていた大地が、ようやく姿を現す。


 そこには。


「なるほど……あれが世界に災いを為す『災厄の黒竜姫』と、七人目の愛し子……『希望の愛し子』なのだな」


 長剣を手にした一人の男が、どこか感心するかのように僕達を見上げていた。

 その後ろには、ブレーデリンとクリームヒルト、それに甲冑の女が控えている。


「そうです! 早く彼を悪しき漆黒の竜から救いませんと! 彼に相応しい場所は、私の胸の中だけなのですから!」

「いや、落ち着いて。とにかく世界を・・・救う・・ためにも・・・・、彼の力は必要なんだ。そうだろう? “ブリュンヒルデ”」

「ええ……あの回復魔法を見たけど、私達に欠けているものが彼の力だということを、思い知らされたわ」

「なら話は早い。すぐに『災厄の黒竜姫』を倒し、彼を……ギルベルト=フェルスト=ハイリグスを取り戻すぞ」

「はい!」


 僕を見ながら勝手なことを言う四人。

 何より……僕の・・メルさんを侮辱したことは、絶対に許さないッッッ!


「【シュトゥルム・ウント・ドラング】」

「「「「っ!?」」」」


 僕の右手から放たれた竜魔法が、四人の愛し子たちに襲い掛かる。

 全てのものを吹き飛ばす荒れ狂う嵐で、大地を巻き上げて。


「どうしてですか!? 私達は……いえ、私はギルベルトさんの味方なのに!」

「知らないわよ! ただ、これは私の盾でも防げないかも……っ」

「この俺達が、地面にしがみついているのがやっとなんて……。ていうか、彼は回復魔法しか使えないんじゃなかったのか!?」

「……分からん。だがこれは、あの素晴らしい回復魔法とは違い、女神の力・・・・は感じられない。つまり、愛し子とは違うまた別の……ギルベルト自身が持つ力だということだ」


 ブレーデリン、クリームヒルト、それに甲冑の女……ブリュンヒルデが飛ばされないように地面に這いつくばる中、長剣を地面に突き刺してまるで何事もないかのように立つ男。

 それだけで、あの男が『女神の愛し子』の中でも別格の存在なのだということが分かる。


 でも、そんなこと構うもんか。

 この魔法だけで物足りないというのなら、もっともっとぶつけてやるだけだよ。


 ドラグロア王国のお城の書庫で発見した書物にあった、『七つの極大竜魔法』を。


「【暴食フェレライ】」


 そう唱えた瞬間、四人の足元に漆黒で描かれた巨大な魔法陣が浮かび上がった。


「なっ!?」

「じ……地面が消えた!?」


 それは、深い闇がどこまでも続く奈落の底。

 この世の全てを呑み込み、どれだけ食らい尽くしても決して尽きることのない欲望。


 ――神代から決して赦されることのない、最も罪深い所業。


 闇の中から、うごめなにか・・・が四人にそっと手を伸ばす。

 空腹を満たすために。飢えを、渇きを満たすために。


 その身体を……命を寄越せと訴えて。


「お、おい、これはまずいぞ“ディートリヒ”!」

「……分かっている」


 焦るブレーデリンの言葉に、長剣の男……ディートリヒは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「ギルベルトよ、よく聞くのだ! 貴様の力はこの世界を平和へと導き、人々を救い、我等が女神に安寧を捧げるためにある! そのことを努々ゆめゆめ忘れる……っ!?」

『馬鹿ね』


 メルさんが口を大きく開いた瞬間、漆黒の魔法陣が現れた。

 それもいつもと違い、巨大で、しかも三つも。


『どうでもいいから、今すぐ死ね』


 ――――――――――ッッッッッ!


 その言葉とともに放たれた三つの漆黒のブレスは螺旋を描き、四人の『女神の愛し子』を貫いて、果てることのない奈落の底の奥深くへと突き進んでいった。

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捨てられた回復魔法の愛し子と、裏切られた災厄の黒竜姫が出逢ったら サンボン @sammbon

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