飛び立つ黒竜姫と侍女

「メルさん見てください! 【フランメ】!」


 次の日の朝、僕はメルさんを庭に連れてきて、早速竜魔法を披露した。

 右手から放たれた火球は、デュフルスヴァイゼ山の上空をどこまでも昇っていって、青空をさらに照らしたよ。


「どうでしたか、メルさん……って、わわわわわ!?」

「すごいです! すごすぎです! こんなにも見事に竜魔法を使えるニンゲンなんて、ギルくんが史上初です!」


 満面の笑みで振り返った僕を、メルさんは目いっぱい抱きしめてくれて、たくさん褒めて喜んでくれた。

 いきなりだったから驚いたけど、やっぱり一番大好きな女性ひとに褒められるのは、何よりも嬉しいな。


「えへへ。僕、頑張りました」

「はい! ギルくんはとても努力家で、頑張り屋さんです!」

「わぷっ!」


 さらに強く抱きしめられてしまい、僕の顔がメルさんの大きな胸の中にうずまってしまった。


「ぷはっ! く、苦しいです!」

「あ……ふふ、ごめんなさい。でも、ギルくんがすごくて、可愛くて仕方ないからいけないんです」

「もう……


 悪びれもせず、口元を緩ませてはにかむメルさん。

 そんな彼女がとても可愛く思えて、僕も負けないくらいぎゅってしたよ。


「メルさん。僕、他の竜魔法ももっともっと使えるようになりたいです。だから、たくさん僕に教えてくださいね」

「もちろんです。私の持てる全てを尽くして、きっとギルくんを史上最高の……竜を含め、これまで誰一人として存在しなかった竜魔法使いにしてみせます」

「はい!」


 ということで、僕はメルさんからたくさんの竜魔法を教わった。

 火属性だけでなく、水属性、氷属性、風属性、雷属性、地属性、光属性、そしてメルさんが得意とする闇属性の魔法を。


 メルさんはそれぞれの属性ごとに僕の身体に直接魔力を流し込み、僕を媒介として竜魔法を放つ。

 そのおかげで竜魔法の感覚をすぐに身に着けることができ、あとは術式をひたすら覚えて実践していくんだ。


 そうしてたくさんの竜魔法を使えるようになった僕を、メルさんは『すごいです!』って言っていっぱい褒めてくれるけど、本当にすごいのはメルさんだよ。

 だってそうでしょ? 僕に全ての属性の竜魔法を教えてくれたってことは、メルさん自身も全ての属性の竜魔法を扱えるってことなんだから。


 そうして僕は、一か月もかからずにお城の書庫で見つけた本に載っていた竜魔法の全てを習得したんだ。


「本当にギルくんには驚かされてばかりです。ニンゲンの身で竜の魔法を使い、回復魔法は全てを瞬く間に癒してしまうのですから。間違いなく、君は英雄です」

「そ、そんな。それはさすがに言い過ぎですよ……」

「いいえ。ギルくんは自分がどれだけ素晴らしい人なのか、まるで分かっていません」

「あう……」


 思いきり詰め寄って力説するメルさんに、僕は顔が熱くなる。

 メルさんの綺麗な顔が息のかかる距離にあるんだもん。さすがに恥ずかしいし、照れちゃうし、どうしよう……。


「ほう……ではギル坊は、もう魔法の特訓をせずともよい、ということですな?」

「っ!?」


 傍にいたコンラートさんが顎に手を当てながら、瞳をきらきらと輝かせて僕を見ている……。


「ということで姫様、ギル坊をお借りしますぞ! なあに、ほんの一年もあれば、姫様をお守りする立派な騎士に仕立て上げてみせますわい!」

「わわわわわわわわ!?」


 コンラートさんにひょい、と首根っこをつかまれ、僕は宙ぶらりんになる。

 まるで猫みたいな扱いだけど、当の本人はご満悦のようだ。ずっと『ギル坊を鍛えるんじゃ!』って息巻いていたからなあ……。


「むう……ギルくんとの時間を奪われるのは万死に値するところですが、ギルくんが素敵な騎士となって私の傍にいてくれるというのも捨てがたいです……」


 口元に手を当て、真剣に悩むメルさん。

 その言葉を聞く限り、僕がコンラートさんの特訓を受けることになるのは間違いなさそうだ。


「そ、その、よろしくお願いしますね。僕、メルさんを守れるような立派な男になりたいんです」

「はっは! もちろんじゃ! このわしの……コンラート=ガルグイユの全てを、ギル坊に叩き込んでやるわい!」


 先の『王選』でも、コンラートさんの実力が折り紙付きであることは分かっている。死んだクラウスやライナー達、それに逃げていった竜達と比べても、彼は一、二を争う強さだということも。

 それに、僕を鍛えるためにこんなにやる気を見せてくれているんだもん。きっと僕は、強くなれる。


 メルさんから学んだ、竜魔法とともに。


「そういうわけじゃから、早速特訓開始じゃ!」

「わわわわわ!?」


 コンラートさんが勢いよく走り出し、僕をどこかへと連れていく。

 メルさんはといえば、そんな僕を名残惜しそうな表情で見つめていた……んだけど。


(最後のメルさんとコンラートさん、それにエルザさんの目配せは、一体何だったのかな……)


 三人は間違いなく、僕に隠し事をしている。

 もちろん僕のことを慮って、あえて内緒にしているんだとは思うけど、どうしても気になっちゃう。


 そんなことを考えていると。


「あれ? メルさんとエルザさん……」


 二人が竜の姿になり、どこかへと飛び立って行くのが見えた。


「コンラートさん」

「なんじゃ?」

「メルさん達、どこへ出かけるんですか?」

「……さあのう。わしは聞かされておらん」


 うん、きっと嘘だよね。

 だってコンラートさん、あからさまに顔を逸らしたもん。


「……教えてくれませんか?」

「む、むむ……」


 上目遣いで尋ねると、コンラートさんは渋い表情を浮かべた。

 だけど、そのうち根負けして。


「……姫様が向かわれたのは、ニンゲンの国じゃ」


 コンラートさんは、静かにそう告げた。

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