心からの侮蔑を込めて ※メルセデス=ドレイク=ファーヴニル視点
■メルセデス=ドレイク=ファーヴニル視点
『よかった……本当に、よかった……っ』
クラウスを追い回しながら、私は胸の前で両手を握りしめ、心から安堵する。
ライナーが放った巨大なブレスはギルくんを飲み込み、そのまま消し去ってしまうかと思われた。
世界中の何よりも大切なギルくんが、消えてなくなってしまうのではないかと。
でも、彼は生きていた。生きていてくれた。
この私を救ってくれた、回復魔法の力で。
『ぐす……小さくてとても愛らしいのに、そんな力を持っているなんて反則すぎます』
涙を
よくぞその力で、彼が彼自身を守ってくれたと。
ライナーが放ったブレスの威力は、ファーヴニルのブレスに匹敵……いえ、それ以上の威力があった。
もしあれを受けたら、たとえ私であっても無事では済まなかったでしょう。
それを……まさか自分達が消滅するよりも早く、回復し続けるなんて……。
『……なら、私がすべきことはただ一つ』
ギルくんが命を懸けてあんなにも頑張ってくれたのは、全てはこの私のため。
回復魔法により魔力を使い果たし、意識を失ってしまったギルくんが目を覚ました時に最高の結果をご報告しないと。
私は口を開け、漆黒の魔法陣を展開する。
もちろん、今も無様に逃げ回るクラウスに、ギルくんがライナーに受けたことと同じ目に遭わせてやるために。
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ』
咆哮とともに、紫電を
ふふ……さて、貴様はみっともなく
『グ……グオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアッッッ!』
クラウスも負けじと白の魔法陣を展開し、光のブレスを放った。
私の黒のブレスとぶつかり、とめどなくすさまじい衝撃音が大空に響きわたる。
だけど。
『グ……グ……オ、オ……オオオ……ッ』
クラウスは必死にブレスを放ち耐えるけど、黒のブレスはものともせずにみるみる押し込んでゆく。
当然よね。クラウスごときに、私のブレスを止められてたまるか。
『くっ!』
これ以上は無理と考えたのか、クラウスは身を
それを見て、あの男がブレスで受け止めようとしたのは、避けるための時間稼ぎが目的だったのだと悟る。
『雑魚は大変ね。小賢しい真似をしないと、受け止めることはもちろんのこと、満足に
右手を口元に当て、私はくすくすと
ギルくんによって二つも切り札を失った今、クラウスに勝ち目はない。
もちろん、万が一ということがあるから、
『さあ、次は何? それとも、また私と鬼ごっこでもするのかしら』
『…………………………』
忌々しげにこちらを睨むクラウス。
でも……ふふ、顔色が悪いですよ?
『……毒に冒されていたはずなのに無事なのは、全てあのニンゲンの子供の仕業なのか?』
『あら、時間稼ぎ? でもそうね。すぐに殺してもつまらないから、答えてあげる。そのとおりよ』
ええ、ええ、私はギルくんの温かい小さな手に救われたの。
……少し語弊がありますね。正しくは、傷ついた私を救おうとしてくれた、最愛の
ギルくんは私を恐れ、あの場から逃げ出してもおかしくなかった。
私が遠ざけようとしたんだもの。本当はそうすべきだったのだから。
でも……彼はそうしなかった。
傷ついた私を見て憐れみ、手を差し伸べ、たくさんの温かい言葉と癒しをくれたの。
その後も、ニンゲンが竜に太刀打ちできるはずがないのに、それでも私を守ろうと傷ついて、必死に抗って。
この『王選』による戦いでも同じ。ギルくんはコンラートとエルザを守り、癒し、ついにはクラウスの企みを潰し、ライナーを倒してみせた。
ふふ……見てごらんなさい。コンラートとエルザが、とうとう他の竜を全て倒したわ。あの二人もギルくんの優しさと強さを知って、それで奮闘したの。
そう……ギルくんには特別な力がある。
全てを癒す規格外の回復魔法? いいえ、違うわ。
――私達の心を震わせずにはいられない、彼の高潔で強く温かな魂よ。
『もういいでしょ? なら、さっさと死ね』
『ああ、貴様がな』
私が面倒くさそうに告げると、クラウスが口の端を持ち上げる。
その瞬間、上下前後左右に魔法陣が私を取り囲むように出現した。
『この俺がただ逃げ回っていると思ったか!』
『く……っ!』
やはり用意していた、私を倒すための切り札。
ファーヴニルを長年信用させ、毒を盛ってあえて『王選』に挑み王となった狡猾なクラウスが、切り札の全てをライナー一人に託して自らが持っていないはずがない。
私はすぐに反転し、魔法陣の囲いから逃れようとするけれど。
『逃がすか!』
『あ……ギル……く、ん……っ』
計六つの魔法陣が一斉に発動し、光を放つ。
そして――ひと際大きな爆発音が、大空に響きわたった。
『クク……クハハハハハハハハハハハッッッ! やった! やったぞ! 俺はついに、
両の拳を天に突き上げ、クラウスは歓喜に震える。
いずれ竜の……いえ、世界の
クラウス=ドラッヘ=リンドヴルムに待っているのは、悠久ともいえる栄光の未来のみ。
『……なんてことを考えていたりして』
『っ!?』
背後からリンドヴルムの首をつかみ、私は口の端を吊り上げる。
ふふ……貴様の表情を見たら、何を考えていたのか……たった今、何を考えているのか、手に取るように分かるわ。
だから、私は貴様に言ってあげる。
心からの侮蔑を込めて。
『ばぁか』
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