今日、僕はお父さんに捨てられた

「あ、あの……」


 何故か僕は、衛兵達に引っ張られて大勢の人が居並ぶ豪華な部屋に連れてこられた。


「ギルベルト殿下、“ヨアヒム”殿下の隣に、同じようにひざまずいてください」


 いつもはすれ違うたびに足を蹴ってくる衛兵が、すごく緊張した様子でそんな指示をする。

 その表情はどこかへつらっているみたいで、僕は不思議でならなかった。


 よく見れば、他の衛兵達も同じような様子で、この部屋の端に隠れるように立っているあの・・ポルケ夫人ですら、大量の汗を流してこの世の終わりみたいな顔をしている。


「こ、これ、どういう……」

「殿下、どうかひざまいてください」


 少しだけ言葉にとげがあるものの、やんわりと告げる衛兵。

 状況が理解できないけれど、とにかく言われたとおりにしよう。


 ひざまずき、隣を見やる。


「…………………………」


 僕より少し年上の、綺麗な金色の髪に宝石のように輝く緑色の瞳の男の子。

 すごく素敵な服を着て、格好良くて、まさしく物語に登場する王子様みたいだった。


 さっき衛兵が『ヨアヒム殿下』って言ってたから、きっと本物の・・・皇子なんだろう。


(ということは、向こうにひざまずいている他の人達も、同じ皇子なのかな)


 隣のヨアヒム皇子と同じく、金色の髪と緑の瞳。それだけで、兄弟なんだと理解した。


 一方の僕は、五人とはまるで違う。

 髪もどこにでもいる茶色で、ぼさぼさで、瞳の色だって濁った灰色で、みすぼらしい服を着て。


 やっぱり僕は皇子なんかじゃないのだと、そう思い知らされるには充分だった。


「皇帝陛下のご入場です!」


 髭を生やした厳しそうな人が宣言をすると、立派な扉が衛兵の手で開け放たれる。

 全身を甲冑でおおったすごく大きな騎士に守られて、誰よりも豪華な服を身にまとい、王冠を頭に乗せ右手に大人の拳くらい大きな緑の宝石をあしらった杖を手にした男の人が、ゆっくりと部屋の中に入ってくる。


 周囲の人達が一斉に頭を下げ、隣のヨアヒム皇子をはじめ全ての皇子がさらに頭を深々と下げた。

 それを見た僕も、慌てて同じように下げる。きっとあのまま見たりしてはいけないんだろう。


「表を上げよ」


 低い声で告げられ、僕はおそるおそる頭を上げる。

 そこには――金銀財宝が散りばめられた立派な椅子に座る、先程の王冠を乗せた、金髪で緑の瞳の男の人がいた。


(これが……僕の、お父さん……っ)


 生まれて初めて目にする、お父さんの姿。

 僕の視界がぼやけて、頬を伝う何かがあった。


「貴様達を呼んだのは他でもない。帝国の更なる版図拡大のため、子である貴様達を司令官として派遣する」


 皇帝陛下がそう告げた瞬間、部屋中にどよめきが起こった。

 特に僕を除く五人の皇子は、どこか重苦しい表情をしている。


「……言っておくが、これは余の後継者を決める試練の一つでもある。言わずとも分かるな?」


 どうやらこれは、次の皇帝を決めるための試験ということらしい。

 おそらく、優れた成果を上げた皇子が、皇太子に選ばれるんだろう。


(僕が読んだ物語にも、そんなお話があったな)


 王子達が次の王になるために争い、やがて王子は一人もいなくなって国が滅んでしまう物語。

 少しやるせない結末だったけど、同じようにならないといいなと、僕はそう思った。


「“ラインハルト”」

「はっ!」

「貴様は西だ。いつも余の覇道の邪魔ばかりしよる、フランソワ王国の無駄にでかい土地を切り取ってまいれ」

「お任せください。必ずや、陛下のご期待に添えてみせます」


 僕から見て一番奥でひざまずいていた、一番年長者と思われる皇子が立ち上がり、力強く胸を叩いた。


「“ギュンター”は北、“アルベルト”は南だ。貴様達もラインハルトに負けるでないぞ」

「もちろんです! この俺が最も勲功を上げ、陛下に献上みせます!」

「南部は気候も良く過ごしやすい地。陛下の保養地として相応しいかと」

「はっはっは、頼もしいな」


 立ち上がる最も身体が大きく筋骨隆々なギュンター皇子と、金色の長い髪をなびかせて涼やかに微笑むアルベルト皇子に、皇帝陛下が満足げに笑う。

 一方で、一番奥に立つラインハルト皇子は二人に冷ややかな視線を送り、ひざまずいたままの二人の皇子は自分の番はまだなのかと、緊張した面持ちを見せていた。


「“グスタフ”とヨアヒムに戦はまだ早い。いずれその時に備え、日々の研鑽を怠るでないぞ」

「は……」

「は、はい」


 がっかりした様子の四番目のグスタフ皇子と、逆に安堵の表情を見せるヨアヒム皇子。

 いずれにしても、二人は皇宮でお留守番ということみたい。


「では、皆励めよ」


 そう言うと、皇帝陛下が立ち上がった。

 その……僕は今までどおりということで、いいのかな……。


 その時。


「……皇帝陛下。まだギルベルト殿下が残っております」

「ギルベルト?」


 部屋の壁際に控えている一人の男性が重々しい口調で告げると、皇帝陛下は不思議そうな表情を浮かべた。


「九年前、陛下と使用人“ロッテ”との間に生まれた御子にございます」

「ロッテ? 知らんな」


 壁際の男性に促され、皇帝陛下が……お父さんが、僕を見やった。

 でも、その緑の瞳には、何の感情も込められていない。


 それはまるで、路傍ろぼうの石を見るかのようで……。


「……宰相である“ヘルトリング”が言うのであれば、そうなのだろう。ならば西にある“暗黒の森”でも与えておけ」

「っ!?」


 壁際の男性……ヘルトリング宰相が、驚きの表情を見せる。

 ただ、隣にいる五人の皇子をはじめ、それ以外の人達は反対に嘲笑ちょうしょうを浮かべていた。


「お、お待ちください! それはあんまりでは……!」

「いずれ邪魔になるやもしれん存在ならば、捨てる・・・のが一番だろう」

「し、しかし……」


 面倒だとばかりに皇帝陛下が告げると、ヘルトリング宰相は苦悶の表情になる。

 でも……今、皇帝陛下は僕を『捨てる』って……。


「ま、待ってください! その……僕、何かしたでしょうか!」


 気づけば僕は、立ち上がって叫んでいた。

 だって、そんなのおかしいよ。


 僕は……僕は、お父さんに守られていたんじゃなかったの?

 お父さんが、『ここにいていいよ』って、皇宮のみんなに言ってくれてたんじゃないの……?


「ハア……どうしようもない馬鹿だな。やはり余の子とは到底思えん。ならば余が自ら教えてやる」


 溜息を吐く皇帝陛下。

 やっぱり僕を見つめるその瞳には、僕という存在は映し出されていない。


「余の血を引く貴様の存在は、帝国にとって害悪でしかない。暗黒の森とはいえ領地を与えてやったことこそ、余のせめてもの温情であると知れ」


 これ以上は面倒だと言わんばかりに、皇帝陛下は大きな騎士を連れて部屋から出ていく。


 残された僕は。


「あ……あは、は……っ」


 信じていたものが、皇宮で生きていくたった一つのり所だった存在が、ただの僕の思い上がりに過ぎないということが分かって、笑い声が漏れていた。


 ああ……僕はなんて馬鹿なんだ。


 守られているのだと、勘違いして。

 いつまでもここにいてもいいのだと、勘違いして。


 僕は、お父さんにとって子供じゃなかった。

 存在すら認めてもらえていなかったんだ。


「ふ……ひぐ、う……っ」


 こらえようとしていた涙が、僕の瞳からとめどなくあふれる。

 僕には最初から何もなかった。空っぽだったんだ。


 これが、あれほど望んだお父さんとの最初の出逢い。


 そして――最後の別れだった。

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