竜の近衛兵長は、ギルベルトを鍛えたい

「んんー……っ!」

「ギルくん頑張ってください!」


 僕に竜魔法を使う可能性があることを知ってから、一週間が経った。

 今日も僕は、メルさんに見守られながら竜魔法を使おうと頑張ってみるけど……。


「ぷはっ! だ、駄目だあ……」


 息を吐き出し、僕はその場に倒れる。

 メルさんが流し込んでくれた魔力と同じように、僕も魔力を変質させるところまではできるようになったんだけど、どうしてもそれを使うことができない。


 やっぱり竜魔法を人間が使うことは無理なのかな……。


「い、いや、まだ諦めてたまるか! きっと何か方法があるはずだよ!」


 そうだ。僕はメルさんと同じ魔力を生み出すことができたんだ。

 なら、竜魔法が使えないなんてことはあり得ない。


「その意気です! ギルくんならきっとできます!」

「は、はい! 頑張ります!」


 両手で拳を握りしめ応援してくれるメルさんに、僕も大きく頷いて返す。

 今後メルさんを狙ってくる脅威から守るためにも、竜魔法を会得して絶対に守ってみせるんだ。


 そう意気込んでいると。


「失礼します」


 扉をノックして入って来たのは、ワゴンを押すエルザさん。

 ワゴンの上には、ティーセットと美味しそうなお菓子がたくさん並んでいた。


「うわあああ……! すっごく美味しそう!」

「ギルベルト様のために、腕に寄りをかけて作りました。どうぞお召し上がりください」


 感嘆の声を漏らす僕の目の前に、エルザさんがカップとお菓子を置く。

 メルさんがドラグロア王国の女王になって、全ての竜がここから去って以降、僕達の食事や身の回りのお世話をしてくれているのはエルザさん。


 たった一人で大変なんじゃないかと思い手伝うことを申し出たんだけど、エルザさん曰く『この程度のこと、メイドのたしなみですので』と、表情も変えずに言い放ったんだ。

 その時のエルザさん、どこか誇らしげで格好良かったよ。


「その……困ったことがあれば、いつでも言ってくださいね。僕、皇宮でお掃除や洗濯なんかもしていたから、役立たず・・・・かもしれないけど、それでも……」

「何をおっしゃいますか。……ですが、ありがとうございます。ギルベルト様のその優しさに、私はいつも救われております」


 隣でしゃがみ、エルザさんが藤色の瞳で僕を見つめる。

 彼女は僕と話すとき、いつもこうやって目線を合わせてくれるんだ。


 それが嬉しくて『ありがとう』ってお礼を言ったら、不思議そうにされちゃったけど。


「むう……わ、私だってギルくんの優しさに救われておりますから!」


 僕とエルザさんのやり取りを見て、口を尖らせて拗ねるメルさん。

 もはや何に対抗しているのか分からないけど、見た目はすごく綺麗な大人の女性なのに、こういうところは本当に可愛らしいと思う。


 その時。


「ギル坊!」


 勢いよく扉を開け部屋に入って来たのは、言わなくても分かると思うけどコンラートさんだった。

 でも、どこか気合いの入った表情をしているコンラートさんを見て、僕は一抹いちまつの不安を覚える。


「コンラート、今はギルくんと楽しくお茶をたしなんでいるんです。静かになさい」

「はっは! いやはや、失礼!」


 眉根を寄せ、メルさんが注意する。

 コンラートさんは謝罪するけど、これ、絶対に悪いと思ってないや。


「まあそれは置いといて。ギル坊、いい加減本ばかり読んでおらず、身体を動かしたほうがよいぞ」「は、はあ……」

「せっかくじゃから、ドラグロア王国にこの人ありとうたわれた、このコンラート=ガルグイユがお主を指南してやろうぞ!」


 うん、嫌な予感が見事に的中したよ。


「あ、あの、今は竜魔法を習得するほうが先決ですから、すみませんけど……」


 そう言って、僕はやんわりと断る。

 クラウスが言っていた、女神やその愛し子とかいう人達がいつメルさんを襲ってくるか分からないから、まずはこっちを優先したいってことは、いつも伝えているんだけどなあ……。


「むむむ……じゃ、じゃが、男なら剣の一つや二つ、扱えるようになったほうがよいと思うぞ? ギル坊が剣で戦う姿を見れば、姫様もますます惚れ直すじゃろう……って!?」

「コンラート、そろそろ口を慎んだほうがいいんじゃないかしら」

「ひひ、姫様!?」


 仄暗ほのぐらい笑みを浮かべ、強烈な殺気をぶつけるメルさん。

 コンラートさんは思わず硬直し、額から冷や汗を流した。


「大体、貴様がギルくんを鍛えたいだけじゃないですか。私をだし・・にするのはやめなさい」

「……そもそも姫様がギル坊を独占するからいかんのであって……」

「コンラート」

「な、なんでもありませんわい!」


 何か言おうとしたコンラートさんだったけど、再びメルさんに睨まれて渋々諦めた様子。

 だけど、あからさまに落ち込んでいる……。


「りゅ、竜魔法を習得できたら、その次はコンラートさんに剣を教わりたいです」

「! ま、誠か!」


 さすがに申し訳なくなってそう告げると、肩を落としうつむいていたコンラートさんは、勢いよく顔を上げた。


「は、はい。その時はぜひ」

「うむうむ! 楽しみにしてるぞ! というわけで姫様、ギル坊が魔法を使えるように、早く何とかしてくだされ」

「貴様、私に対してますます遠慮がなくなりましたね……」


 ご機嫌になったコンラートさんに、メルさんはこめかみを押さえてかぶりを振った。

 ちょっとだけその気持ち、分からなくもないです。


「はっは! とりあえず、ギル坊を鍛える話は置いといて……姫様、例の期限が残り一か月を切っておりますぞ」

「? 例の期限って何ですか?」


 打って変わって真剣な表情のコンラートさんに、僕はおずおずと尋ねると。


「クラウスが周辺のニンゲンの国に勧告した、ドラグロア王国への従属についての回答期限じゃ」

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