092 サイド:シュバルツ帝国(1)
僕たちが人族領に戻って2ヶ月が過ぎたが、いまだにサイガを捜索するための許可は下りない。エンキとスミノエさんは国に戻り同盟国による捜索隊を結成するよう働きかけているが成果がないようだ。
シュバルツ帝国にある自国の大使館に在駐しているティアとフォルは魔族領から来る情報を集めて手掛かりになる情報を探している。マヤとアオはウラノス皇国に戻り、捜索に長けた加護や魔法を持つ人物を募っている。
各々がサイガを探すために動いている。僕も改めてサイガの捜索許可をもらうため軍の本庁舎を訪れていた。
「セグメント総帥、なぜサイガの捜索許可が下りないんですか?」
「国としては生死不明の兵士1人を探すために、勇者であるお前を捜索隊に入れる訳にはいかないそうだ。まぁ、そもそも捜索隊も結成はしないと思うがな」
灰色の髪を後ろに流して1つに纏めた壮年の男は肩を竦めると面倒くさそうに答える。僕が睨みつけても臆することなく平然と受け流し、窓の外を眺めながら独り言ちるように話し出した。
「そもそも魔王を討伐する目的は達成され、これ以上魔族相手に戦う必要はない。変に刺激して魔族がこちらに攻め込んできたら目も当てられない。ここはいっそ魔王討伐で犠牲になったアイツを英雄扱いにして世論を操作した方がいいと、上の連中は思っているんだろうな」
僕はセグメント総帥の話を聞き唖然とする。国は世界のために戦ったサイガを切り捨て、プロパガンダの道具として利用するつもりらしい。確かに魔王討伐で犠牲になった遺族と国が補償金などで揉めていることは知っているが、サイガの死を美談にすることで、そういった世論の声を抑え込もうとしている……。
余りにも無情な国の対応にふつふつと怒りが沸いてくる。僕は国に抗議するために皇帝への謁見を総帥にお願いするが、外遊のため不在ですぐには無理だそうだ。魔王討伐という共通の目的が無くなった今、各国との調整が必要らしい。
アイツの捜索も国への抗議も……何も出来ず途方に暮れる僕に総帥が声をかける。
「国の決定は気に食わないが、個人の力ではどうにもならん。とりあえず出来る事からやってみろ。まずはアイツの母親に、これを渡して来てほしい」
総帥は引き出しから袋を取り出すと机の上に置き、サイガの母親に届けてほしいと頼む。僕は袋を受け取り中身を確認すると金貨が入っていた。
「国からの補償金だ。もう国はアイツを戦死扱いにするつもりらしい。だが、生きていく上で金は必要だ。アイツの家は片親で裕福ではない、届けてくれないか」
そういえばサイガの家はそんなに裕福ではないと聞いたことがある。学校に通わず冒険者となって家計を支えていたらしく、その時に総帥の目に留まり軍に勧誘されたと話していた。アイツとはあまり家族の話をしなかったことを思い出す。
「分かりました。それでアイツの母親の家はどこですか?」
「1階の受付で聞いてくれ。地図も渡すように言ってある。悪いがよろしく頼む」
総帥に頭を下げ部屋から出ると受付へ向かい、地図と預けていた荷物を受け取り金貨が入った袋を鞄に入れて庁舎を出る。地図を確認すると帝都の外れにある貧民街と中流階級が住む住宅街の間にサイガの家はあった。
――――――――
サイガの家は母親と2人で住むには少し小さく感じ、その代わりに庭は広く様々な鍛錬するための道具が無造作に置いてあった。アイツらしい家だなと妙に納得してしまう。外から家の様子を覗っていると後ろから声をかけられる。
「うちに何か用かしら。サイガなら遠征に出て、ずっといないわよ」
振り返ると黒髪の中年の女性が大きな買い物袋を持って立っていた。40代だと思うが若くも見える。長い髪を1つに纏め肩から下し、少し目元がアイツに似ていた。
僕がまじまじと見ていると少し警戒するような表情をしたので、軍の同僚で今日はサイガのことで話があり訪れたと伝えると家の中に案内される。家の中は必要最低限の家具や生活用品しか置いてなく、これなら家が小さくても問題ない。
小さなテーブルが置いてある部屋まで来ると椅子に座るように勧められる。黒髪の女性は台所でお茶を入れて持ってくるとテーブルの上に置いて自分も座り、自己紹介をする。黒髪の女性はユウカと名乗り、やはりサイガの母親だった。
「それで何の用があって来たの? ひょっとしてサイガが亡くなったのかしら?」
いきなり核心を突かれて動揺して手に持つお茶を溢しそうになる。僕が驚いた表情をすると、彼女は悲しそうに笑うと話し始めた。
「アイツが魔王討伐の遠征に行く前に言ってたの。多分、今度の任務は無事に戻って来れないと思うって。だから、なんでって聞いたら『勘』だって。フフフ、本当に馬鹿のヤツだと思わない?」
何も言えず呆然とする僕に彼女は言葉を続ける。
「けど、アイツは勘って言ってたけどさ、違うと思うの。馬鹿だから上手く言葉に出来ないだけでアイツ、きっと何か分かってたんだと思う。自分の命を懸けなきゃいけない時が来るんじゃないかって……」
「そうですか、そんなこと言ってたんですね。けど、アイツは行方不明なだけで死んだかどうかは分かりません。今、捜索する為に仲間が懸命に動いてくれています」
彼女は僕の言葉を聞くと少し驚いた顔をした後、少しだけ明るく笑う。息子のために親身になってくれる仲間が出来たことが嬉しかったみたいだ。学校にも行かず冒険者になったアイツには同い年の友達がおらず、いつも1人で鍛錬ばかりして親としては心配していたらしい。
僕が国からの補償金を渡そうとすると断られた。アイツは軍のほとんどの給料を家に入れていて蓄えは十分に残していた。酒も遊びも興味がなく休みの日は庭で鍛錬ばかりしていたアイツには金は不要だったようだ。
しかし、失礼だが余裕がある暮らしには見えず、僕は少しでも蓄えの足しにしてほしいと食い下がると、それでも彼女は笑って補償金が入った袋を突き返す。僕が困った顔をすると、彼女は「もしアイツが生きて帰ってきた時に国から返せと言われると悔しいから」と言って笑った。
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