027 別れと逃走
メイさんにオテギネさんへの感謝の言葉を伝えてもらうようお願いし、コクジョウさんに正門まで案内してもらった。門を出て振り返るとコクジョウさんがきれいなお辞儀をしていた。最後まで礼儀正しいダンディなおサルさんだった。
目指す領地はオテギネさんの城から北へ向かった先にある。途中に村や町もあるので楽しみだ。人間だった時には行けなかったからな。
道も整備されており、文明レベルも人族とあまり違わないように思える。魔法は使えないが、身体能力は高く色々な種族がいるので、土木や建築は独自の技術がありそうだ。
初めての魔族領の一人旅に気分は上々だ。人間だった時の記憶は曖昧だが、人族領よりも自然は豊かな気がする。野に咲く花たちを見ると、蔦でウサギを絡めて捕食するサザンカや根を足のように動かしスキップするヒマワリなど季節感どころか常識も無視した光景に心が洗われる………もちろん、ほとんどの花たちは普通に咲いていた。
なるべく普通の草木を視界に入れるように努力しながら、道を進んでいく。日差しも高くなり昼が近づいてきたと分かる。昼食にしようと周りをみるが、ちらほらと例のサザンカやヒマワリが目に入り、落ち着いて食べられる雰囲気じゃない。あいつら、俺を尾行してるわけじゃないよな。仕方なくもう少し進むことにする。最悪、1食抜いても問題はないだろう。
ヤツらの尾行を振り切り、更に先に進むと小高い丘が見えた。道から少し離れるが、見晴らしが良さそうだ。昼食をするにはいいかもしれない。丘を登りきると眼下に黄金色の麦畑が一面に広がっていた。見渡す限り広がる金色の絨毯は壮観だ。
よし、ここで昼食にしよう!
適当な場所に腰を下ろして背嚢から携帯食を出す。携帯食と舐めていたが、なかなか美味しい。茹でた芋や豆をすり潰しものに小麦、水、塩、乾燥した果物を混ぜ合わせ、天日干した練り物。保存食にもなる優れものだ。もちろん、メイさんからの説明を憶えている訳などなく、【知識の神の加護】が蓄積した情報を食べながら聞いていただけだ。
携帯食を食べ終わり、ぼうと景色を眺めていると、ブーンと羽音がした。少しづつ近づいてくる羽音に、拳を軽く握り警戒を強める。
背後から聞こえる羽音は徐々に大きくなり、うっすらと気配も感じられる。こちらから攻撃するつもりはないが、背後から近づいてくる相手は大抵が油断できない。かなり近づいている……こちらから攻撃を仕掛けるべきか悩む。なるべく殺生はしたくない。どうすべきか判断に迷い、緊張感が増していく。
<コンニチワ、ボクハ、テンテンダヨ>
頭の中に声が響く。オテギネさんや『呪術:二進外法』で慣れているが、驚きは隠せない。こんなにはっきりと言語として脳に伝わってくるとは。コクジョウさんでも漠然と意思が分かるだけだったのに……かなり、上位の魔族に違いない。
俺は緊張しながら、ゆっくりと振り向いた。
…………………
……………
………
俺の目の前には、信じられない光景があった。巨大なテントウムシが目の前にいた。いや、たぶん、テントウムシの魔蟲だろう……どうでも良いが、テントウムシの後ろでスキップしているヒマワリが邪魔だな。
唖然とテントウムシを見ていると、頭に声が響いてきた。
<テンテンダヨ、ナニヲシテルノ? ナマエハ、ナニ?>
「………………」
<ソンナニ、ケイカイ、シナイデ、ボクハ、テンテンダヨ>
やばい、テンテンさんに対する警戒心が強くなる。「警戒しないで」って言って警戒しないのは、別世界で『フラグが立つ』と言うらしい……いや、そんなことはどうでもいい。どうしよう、後ろでスキップするヒマワリが増えてる。
増えてるヒマワリを無視してテンテンさんに挨拶をする。
「こんにちは、テンテンさん。サイガと言います。ここで食事をしていました」
<コンニチワ、ボクハ、テンテンダヨ。キミハ、サイガ。ヨロシクネ>
「はい、こちらこそよろしくお願いします。ちなみにここで何をしているんですか」
<テンテンハ、コムギヲ、ソダテテイルヨ。サイガハ、ナニヲソダテテルノ>
そうか、テンテンさんはこの立派な小麦畑で働いているんだな、偉いな。ちなみに俺は何も育てていない。誰かを殴るのが仕事です。
「すいません、何も育てていません。テンテンさんは一人で小麦を育てているんですか?」
「ウウン、テンテンハ、コムギヲ、タベルムシカラ、マモッテルヨ」
「そうなんですか、偉いですね、凄いですね、失礼しますね」
テンテンさんに深々と頭を下げると、背嚢を担ぎ一目散に丘を駆け下りた。
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