呪術と魔法は脳筋に

026 準備が万端

窓から差し込む朝日で目を覚ます……。よかった、三つとも目は閉じてたよ。

どうでも良いことに安どして起きる。いや、目が閉じられなくて寝れないとか嫌だし、睡眠は大事だ。起きてベッドから出て鏡の前に立つと、身体を確認する。服の上から見ただけだが、大きな変化は無いようで少し安心する。

「部分進化」って言っていたし、身体の一部が進化したということか。

まぁ、正直、昨日は焦ったが、今まで「進化」して悪くなったことは無い、無いとは言い切れないが……。まぁ、だいたい問題ないって感じだ。

別世界の『朝シャン』でもしようと、浴室に向かう。腰紐を解きガウンを脱ぐと、脱衣所に付けられた姿見に写る自分の姿を見る。

………なるほど、そうきたか。

褐色だった肌はかなり黒味が取れて、肩から胸にかけて入れ墨のような線が入っていた。背中にもあるかもしれないが、確認するのは面倒だ。それよりも両腕の変化に驚かされる。前腕に手甲のような外殻が付いていた。

黒い外殻を見ると兜主さんを思い出す。触ってみると鉄ような硬さはなく、硬さと軟らかさ両方を兼ね備えた高密度のゴムのような感じがする。兜主さんの外殻とは違うようだ。

まぁ、この進化で多少変化したようだが、あまり変わってないと言えば、変わっていない。この手甲の機能も分からないし、正直、今でも硬質化とかできるし、意味がないような気もする……。とりあえず、まずは『朝シャン』だ。

他に変わっていないか確認しながら身体を洗う。腕以外は大きく変わったところは無く、入れ墨みたいな線も念入りに洗ったが落ちなかった。とりあえず、「部分進化」で生活に支障がでることは無さそうだ。これから先は分からんが。

ガウンを羽織り浴室を出ると、扉を叩く音がした。入室を許可すると、サルの魔獣・コクジョウさんが朝食を持って入ってきた。テーブルに朝食を置くと一礼して退室した。相変わらず礼儀正しいダンディなおサルさんだ。

テーブルの上には、様々な果物が盛られた籠と蒸した芋や豆が載った皿、水差しが並べられていた。人族領でも見たことがある食材ばかりで安心する。ちなみにどれも味付けはされてなかった。

かなりの量だったため、申し訳ないと思いつつ残してしまったので、食器を下げにきたコクジョウさんに謝罪した。

食事も終えて出発しようと思い、メイさんを呼んでもらう。呼び鈴を鳴らすと、扉を叩く音がした。また、コクジョウさんだろうかと思いながら、入室を許可するとメイさんが入ってきた。若干、肌が白くなった俺を見て少し驚いた表情をするが、すぐに元に戻し挨拶をする。後ろには大きな袋を乗せた台車を押すコクジョウさんもいた。

「おはようございます。昨日はゆっくり休めましたか？」

「寝る前にちょっとした事件が起きたが、休めたし疲れは取れた」

俺の言葉にメイさんは少し怪訝そうな顔になるが、説明するのも面倒なので無視をする。

「……。そうですか、それはよかったです。出発の準備を始めさせてもよいですか」

「ああ、大丈夫だ。内容は知らんが、手紙なんて早く渡した方がいいに決まっている」

「ありがとうございます。では、さっそく準備に入りましょう」

後ろに控えていたコクジョウさんが大きな袋をテーブルに置いた。メイさんが袋を開けて、中身を並べていく。全てを出し終えるとテーブルの上には様々な道具が所せましと並んだ。

外套や着替え、手拭いなど説明が不要なものは背嚢に入れていく。太目の綱や小ぶりの鉈も準備してくれたようで有難い。他にも鍋、携帯食、方位計などもあった。

魔族になったと実感したのが、水筒と火打石だ。人族は個人差はあるが体外の魔素を操作することができる。一定の年齢になれば生活に必要な魔法は国の施設で無料で教えてもらえる。小さな火をつけたり、少量の水を出すことは誰でもできた。俺も人間だった時は出来ていたはずだ。

だが、魔族はなぜか体外の魔素を操ることができない。そのため魔法は使えない。火を点けるには道具がいるし、水を飲むためには携帯する必要がある。昔、転生者が『ライター』という魔道具を造り、一儲けしようとしたが全然売れなかったことを思い出した。

【知識の神の加護】に教えてもらったことを思い出しながら、手を動かし続けると、全ての道具を背嚢に入れ終わる。とりあえず、背負えるかどうか確認する。

「うん、結構重いかと思ったが全然だな。余裕、余裕」

「そうですか、私では背負う事も難しいのですが……。さすがサイガ様です」

背嚢を背負い、軽く跳んでる姿を見て、メイさんが苦笑を浮かべる。コクジョウさんは無表情だ。とりあえず、準備は整ったので後は出発するだけだ。

「サイガ様、最後にこれをお持ちください」

小さな肩掛け鞄を渡された。中を見ると硬貨の詰まった袋と貴金属や宝石が入った袋があった。

「いいのか？　硬貨は分からんが、貴金属や宝石は高価のものだろう」

「かまいません、オテギネ様から依頼料として渡すようにいわれております」

まだ、依頼も達成していないのに気前が良いことだ。まぁ、路銀は必要だし、有難く受け取っておく。最後に硬貨の価値について簡単な説明を受け、俺はオテギネさんの城を後にした。