呪術と魔法は脳筋に

025 常識と非常識

それから夜が更けるまでメイさんから魔族の常識について叩き込まれた。文官だけあって様々なことを知っており、一を問えば十を答えてくれた。その答えも千思万考、多種多様……さすがにオテギネさんの文官を務めるだけはある。

その中でも驚いた事が２つあった。

１つは貨幣があるということだ。ただ、魔人の中で主に流通しており、その他の部族はあまり使わないとのことだった。

もう１つは法律がないということだ。罪に対して裁くための法がない……社会秩序が破綻しないか不安を感じる。眉間に皺を寄せて考え込む俺を見て、苦笑しながらメイさんが答えた。

「法律を敷こうにも魔族には様々な部族がいます。魔蟲には魔人の常識は理解できない。いくら意志疎通ができても、根本的には別の生き物です。全ての魔族を律する法を敷くことは不可能なのです」

確かにそうだ。人族は全部族が近い種族だ。お互いに交配もでき子も産める。魔族は部族が違えば難しいだろう。だが、魔族領は無法地帯ではない。殺伐とした雰囲気もなく、それなりに互いを尊重しているように思える。

「我々には法律はありませんが、『掟（おきて）』があります。各々の地に住む魔族たちに合わせて、その地を治める者が規則を定めます」

「治める者とは、オテギネさんのような魔族のことか？」

「そうです。魔族領は８つの王領に別れており、それぞれ８人の魔王が統治しています。その広大な領地は、魔王に任じられた魔族『主（ぬし）』『長（おさ）』『頭（かしら）』が更に分割して治めています」

メイさんの説明だと

　　主（ぬし）：広大な土地を治める魔族。魔王の補佐も兼任する

　　長（おさ）：主が治める土地の一部の管理を任された魔族

　　頭（かしら）：小規模の土地、施設を任された魔族

人族でいう貴族のようなものらしい。主（ぬし）が公爵や侯爵で、長（おさ）が子爵、男爵。最後の頭（かしら）が騎士爵や町村長のような感じになる。

「当然、規則を破った者には罰を与えます。その裁量もその地を治める者にあり、処罰を行うのも統治者の務めです」

上層階級の魔族たちは、かなりの裁量権を与えられているようだ。規則を定め、罪を裁き、罰を与えることができるとは、もはや統治者というより支配者だな。

これから向かう主（ぬし）が治める土地にも「掟」があるということだ。どのような規則があるのか俺は気になりメイさんに尋ねた。

「メイさん、北にある領地の主（ぬし）は、どんな掟を敷いているんだ？」

「申し訳ありません。今の主（ぬし）様は最近任じされた為、既に掟を敷いているのかどうか、また、その内容も分からないのです」

……そんな気はしていた。メイさんが地図で説明してる時、「掟」について何も言わなかった。まぁ、あの時は俺に魔族の常識がほとんど無いとは思わなかっただろうし仕方がない。

「了解した。問題が無いわけではないが、どうにかなるだろう。メイさん、色々と教えてくれてありがとう」

「いいえ、こちらこそお役に立てて良かったです。また、明日、必要な物を揃えて参ります」

お互いに軽く頭を下げ会話は終了した。部屋からメイさんが出ていくのを見送るとベッドに倒れ込んだ。既に限界を超えている状態で更に詰め込まれた。大事な情報だったので必死で聞いていたが、正直、半分も覚えていない……。

けど、大丈夫！　俺には強い味方がいる。【知識の神の加護】さん、全部蓄積してるよね？

《もちろん、蓄積しています。新たな情報です。抜かりはありません》

なんか興奮してないか？　ほとんど持って無かった魔族の情報に喜んでいるのかもしれない。ただ、しっかりと蓄積されているなら問題ない。必要になった時は聞けば良いことが分かり安心した。

俺は寝返りを打ちベッド横の台座に置いてある兜主さんの眼球に手を伸ばす。目の前にある深紅の眼球は拳より若干大きい。じっと見つめると、真っ赤な魔核は未だに怒りで燃えているようだ。右手に持った魔核を台座に戻そうとした瞬間……

バグン、ゴクリ。

右手にある口が大きく開き、魔核を飲み込んだ。慌てて手の平を見るが既に飲み込まれている。魔核を咀嚼する右手……とても気持ち悪い。油断した、いや、してない！　右手が勝手に動くなんて分かるはずがない。

しばらくすると咀嚼は終わり、何事もなかったように動かなくなった。

＜既定量ノ魔素ノ摂取ヲ確認。心身進化ハ限界値ニ達シタ為、呪術『二進外法ー番外ー （ニッシンゲッポウ　バンガイ）』ヲ発動。部分進化ヲ開始シマス＞

不測の事態に頭が混乱する中、非生物な声が頭の中に響き、また、よく分からないことを言い出した。

「『二進外法ー番外ー』って何だ。部分進化って……勝手に始めるな！」

思わず右手に向かって怒鳴ってしまう。自分の右手に怒っても仕方がない。そんなことは分かっているが、俺の意思を無視して動き出した右手に、その結果、意図せず発動した呪術……混乱に次ぐ混乱で思考は停止する。

……もういい、限界だ。どうせ、明日になればわかるだろう。今日はもう疲れた。限界を超えた俺は考えることを放棄して、そのままベッドに倒れ込んだ。