024 訪問と手紙
正面の巨大な門を通り抜けて城に入ると、サルの魔族に部屋へ案内される。オテギネさんは専用の出入口があるらしく正門の前で別れた。あんなに巨大なので当然といえば当然か。しばらく城の中を案内されると部屋に着いた。サルの魔獣にお礼を言うと深く一礼をして去っていった。礼儀正しい魔族だと感心した。今度、名前を聞いてみよう。
案内された部屋はそれなりの調度品があり、来客用の部屋と思われる。準備された家具や日用品は魔人の為のものだ。魔獣や魔蟲用の部屋もあるのかな?
部屋に用意された衣服を見る。ズボンは用意されておらず、下着とガウンと腰紐だけが置いてあった。ガウンにはボタンがなく、灰色一色で意匠もなかった。腰紐は幅広く紅色の生地には所々に金糸の刺繍が施されていた。道場に通っていた時に着ていた道着を思い出す。
部屋の浴室で水を浴び身体を洗う。樹皮で作ったパンツもどきはゴミ箱に捨てた。浴室から出て下着を穿き、用意されたガウンを羽織る。はだけないように腰紐をガウンの上から巻いた。
着替え終えてベッドに横になる。たった数日だが、生き抜くために必死に足掻いてきた。死への可能性が下がり思わず気が緩み、強烈な眠気が襲ってくる。……ゆっくりと瞼を閉じた。
―――――――――
コン、コン
扉を叩く音で目を覚ます。どのくらい眠っていたのだろうか……疲れはかなり取れていた。ベッドから起き上がり扉を開くとサルの魔獣が立っていた。部屋に案内してくれた魔族だ。オテギネさんが呼んでいるので来てほしいとのことだ。準備することもないので、すぐに向かうことにする。
オテギネさんのところへ向かう途中に、サルの魔獣に名前を尋ねたが、与えられていないらしい。名前を頂くにはそれなりの強さが必要とのことで、もし呼びたいなら氏族名で呼んでほしいと頼まれた。氏族名は「コクジョウ」と言うらしい。色々と聞きたかったが、口数が少なくあまり多くを語らない魔族だった。ダンディーなおサルさんだ。
コクジョウさんの案内で地下へ向かって階段を下りていく。かなりの深さまで下りると大きな広間に出た。広間の奥には荘厳な扉があり、扉を挟むようにトラとカマキリ型の魔族が立っていた。両方の魔族も俺より大きく、隙がない佇まいは屈強な戦士を覗わせる。奥に進み扉の前に立つと、ゆっくりと扉が開いた。
さきほどの広間より更に広大な部屋があった。奥の一段高い台座の上にオテギネさんがいた。オテギネさんは俺が来たことが分かると頭をもたげた。
<来たな、呪われし者よ。さっそくお主に手紙を渡したい。念のためもう一度聞くが、我が依頼を受けてくれるか>
「ああ、問題ない。こちらも道具や情報を頂けるんだ。願ったり叶ったりだ」
<そうか、では、手紙を渡すので受け取れ>
オテギネさんの隣に控えていたリザードマンが恭しく頭を下げる。姿形はリザードマンだが、ここにいるということは魔族なのだろう。こちらに向きを変えて近づいて来る。両手で持った盆の上には小さな箱があった。
リザードマンは目の前まで来ると片膝を突き、盆を突き出した。オテギネさんを見ると小さく頷いたので、俺は盆の上にある箱を受け取った。
箱の中には手紙が入っているのだろう。オテギネさんの手紙なのでもう少し大きいものを想像していたが……。誰かに代筆してもらったのかな?
<手紙は我のものではない。我が仕えし王が書いたものだ。ただの紙ゆえに濡れもするし破れもする。大事に扱え>
なるほど、オテギネさんが書いたものではないのか。箱の中を確認すると意匠を凝らした封筒が入っていた。確かに高級感はあるが材質はただの紙のようだ。大事に扱わなければと思い、箱に戻して懐にしまった。
<……では、我が依頼任せた。必要なものは部屋に使いの者を寄越す。そやつから受け取れ。旅の情報も聞けよう、部屋に戻るがよい>
「わかった、必ず依頼を成し遂げよう。色々と世話になった、感謝する」
オテギネさんに深く頭を下げ、部屋から退出する。
部屋に戻ってからしばらくすると扉を叩く音がした。入室の許可を出すと妙齢の女性が入ってきた。なかなかの美人さんだ。紫の髪は肩口で切りそろえられ、少し吊り上がった目に眼鏡が似合っている。白色の上衣の上に瞳と同じ水色の上着を羽織り、紺色の腰紐には銀糸で刺繍が施されていた。
「オテギネ様の使いで参りました。メイと申します。サイガ様の旅に必要なものを用意するよう仰せつかりました」
オテギネさんの使いであると告げると、メイさんは深々とお辞儀をした。
失礼と思いながらも部屋の扉の前に立つメイさんを観察する。名前があるということは、それなりに強いと思われるが、あまり強そうに見えない。とりあえず、立たせたままは悪いので、テーブルの近くにある椅子に座るように勧めた。
「ありがとうございます。まず、手紙を渡して頂く『
メイさんは持ってきた筒の中から地図を取り出し、テーブルの上に広げた。羊皮紙に描かれた地図には領地や森や山、川などの情報が記されていた。
俺が地図を覗き込むと下端を指差して、現在いる場所だと教えてくれた。次に「兜主」が治めていた森、手紙を渡す「
「いいのか、貰っても? 貴重なものではないのか?」
「かまいません。この地域の一部を切り取ったものです。外部に流出しようと問題にもなりません」
「そういうことなら有難く頂こう」
軽く頭を下げ地図を受け取ると、メイさんに気になっていることを聞く。
「メイさんは名前があるということは、それなりに戦えるってことだろ。呪術も使えるのか?」
メイさんは一瞬、目を大きく見開くと少し笑って、首を横に振った。
「いいえ、私には戦う力はありません。文官としてオテギネ様に仕えさせて頂いています。魔族でも部族によって『名前』の意味が変わるのです。魔獣、魔蟲、魔鳥などの部族は群れで行動します。ゆえに『個』より『全』に重きを置きます。その中でも突出したものだけ名を持つことが許されるのです」
「なるほど、集団で行動する中では自我は不要ということか?」
「そうです。逆に魔人は個に重きを置きます。各々の意思、思想に従い行動します。また、集団で生活しますが、役割を決めて互いに深く干渉しません。故に個を識別する名前は重要なのです」
魔人にとって名前はお互いを区別する上で必要なものということか。逆に魔獣や魔蟲など群れをなす魔族は団結や統率が重要で、和を乱す自我は邪魔でしかない。
改めて俺は魔族について本当に何も知らない事を自覚させられた。
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