前のエピソード――002 進化と赤い果実

気が付くと太陽が昇り始め、あたりは朝日に包まれていた。意識のない長い間、よく魔族、魔物に襲われなかったなと他人ごとのように思い、リンゴの林から湖の近くに戻ってくる。

「ん？　今、普通に歩いてる……」

気がつかなかった、あまりにも自然で……。無意識に歩くことができる……この感覚は芋虫の時にはなかった。

あのよく分からない現象によって脳や意識も再構築がされたということか……。確か『心身進化』と言っていた。前なら移動するためには、腹筋に力をいれて尺取虫のように動かして進むしかなかったが、今は自然に移動できる。

視点が高くなって移動も楽になり、周りの景色や魔族、魔物の気配に注意することができる。

「ん？　魔族、魔物って……どうして、ここの森の生き物が魔族や魔物って分かるんだ！」

芋虫だったときは、生き物、動物、虫としか認識できず魔族、魔物という言葉や情報が頭に浮かんでこなかった。でも、今は魔族、魔物だと認識できて、芋虫の時にはなかった差別意識が沸いてくる。

急にどうして、これも『心身進化』によるものなのか……。

《あなたを『人間』と認識しました。加護の付与を申請します》

「！！！」

また、頭の中で声が響いた。今度はさきほどの非生物的な声ではなく、知性を感じるが感情が読めない中性的な声だ。

さっきの存在と同じなのだろうか……とりあえず、質問してみる。

「お前は誰だ？　加護の付与とは、どういうことだ」

《ワタシは、あなたが人間だった時に付与された【知識の神の加護】です。さきほどの存在とは別の存在です。再び人間と認識されました。加護の付与を申請します》

【知識の神の加護】か……ダメだ、全然、思い出せない。人間と認識されるとはなんだ。加護の付与とは、さっぱり分からない。

《加護とは神が人間に与える恩恵です。人間とは人族の中の１つの部族です》

つまり俺は人間に戻ったということか……。いや、人間に近づいていると思うが、人間では確実にない。容姿を確認するまでもなく、人間だった時とは違う……いくら考えても分からない。分からないことは考えても無駄だ。無駄なことはしないに限る。

「とりあえず、付与の申請を受ける」

《…………申請が受理されました。あなたに【知識の神の加護】が付与されました》

とりあえず、これで【知識の神の加護】とやらも、ごちゃごちゃと頭の中で喋らず黙ってくれるはずだ。少しスッキリとした気分になった。加護とか呪術より、今は確認すべき最優先事項がある。

そう、いまの俺の身体、容姿だ！　俺は自分の姿を確認したくて、ここまで戻ってきたのだ！　期待と不安でワクワク、ドキドキしながら、ゆっくりと水面を覗き込む。

「…………。うーん、なんか微妙だな。魔人というかサルの魔獣かな？　こんな身体で人間と認識するとは、どんだけ人間の『ストライクゾーン』が大きいんだよ」

《人間と認識する基準は、外見だけではありません。魂の在り方が重要となります》

ふーん、なるほどね、全然、分からないけど。魂とか、もうどうでもいいです。大事なのは俺の姿だよ。まさに人間というよりサルですわ！

薄々は気づいていたけど、身長は低いし腕は長いし脚は短いし……っていうか、首が無いし！　胴体に直結して頭がくっついているし、眼は相変わらず独眼（一つ目）だし、肌も褐色のままで皮膚は厚く堅そう、体毛は人間と同じか少ないぐらいだ。

それに一番、驚いたのが口が二つもあること。もう、本気でビックリです。顔に口があるのはわかるけど、右の手の平にもあるじゃないですか。これはどういうことだ。さっそく、【知識の神の加護】に教えてもらおう。

《…………》

【知識の神の加護】は何も答えてくれないのか……。

《私は加護を与えた人間の情報（経験、知識）を蓄積し管理するだけの存在です。蓄積してきた情報にないことには答えられません》

なるほど、知識はあくまで知識でしかないということか。何人の人間に加護を与えてきたか知らんが、確かに人間から芋虫に、そして魔人（サル）になった者など、なかなかいないだろう。仕方ない、自分で考えるしかないか。

芋虫から魔人にどのように進化したのか、あまり覚えていない。確か胴体を上下に引っ張られる感覚は覚えている。今の姿をみると、腹部から足が生えてきて、逆に背中から頭部が生えてきたという感じだ。そして、同時に頭と尻尾だった部分から指らしきものが生えてきて手になったのかも……結局は想像や予想でしかなく、考えても無駄だな。

とりあえず、気持ちを切り替えて自分の身体を動かし性能を確認する。俺にとっては、そっちが大事だ。

軽く運動してみたが、見た目を裏切る運動能力に驚いた。走ったり跳んだりしたが、なかなかの速さだった。また、近くにあった石ころを掴み力を込めると、あっけなく砕けてしまった。

右手の口も確認してみたが、開閉はできるが、喋ったりはできないし呼吸もしていない。ただ、噛むことはできるので鋭い牙も残っていることだし攻撃手段になるかもしれない。

とりあえず、チビ・サイクロプス・モンキーに進化した俺は、当面の目的「食の確保」を達成した事にして少し眠ることにした。